キスガス

 キースは任務の報告を終え、多くの人で賑わう夜の繁華街を自宅へと向かっていた。以前のキースだったなら帰る前に飲み屋を二、三件はしごして飲酒を楽しむ場面だが、今は同居人がいる。外で飲むのもいいが、今は早く帰って恋人の顔を見たかった。
 慣れた足取りで路地を抜け、たどり着いた玄関の鍵を開ける。普段なら出迎えの声があるが、今日の家の中はしんと静まり返っていた。だいぶ遅くなってしまったし、先に寝てしまっただろうか。一抹の寂しさを感じながら階段を登り、自室の扉を開ける。
「………………」
 部屋へと一歩踏み込もうとしたところで、キースの足がぴたりと止まった。見慣れた自室のベッドの上、そこに、すでに横たわっている人物がいた。
 ガストはベッドの上で横向きに寝そべり、すやすやと寝息を立てている。手元には抱き抱えるような形で握られたキースのルームウェア。まるであどけない子供のような寝姿に、疲れ果てたキースの胸の奥がぐっと締め付けられた。
(かわいいことしてくれちゃってまあ……)
 キースは込み上げてくる笑みを噛み殺しきれないまま、ガストの肩へ手をかける。乱暴にならないよう優しく揺り動かしながら声をかけると、ゆっくりとガストの瞼が開いた。
「おーい、ガスト、ガストー?」
「んん……………ぁ、キース?」
「おう、ただいま」
「おかえり…………っ、て!?」
 自らの置かれている状況に気がつき、ガストが弾かれたようにベッドから起き上がる。羞恥からか、頬がみるみる赤く染まっていった。
「わ、わりぃ!ここで寝るつもりじゃなかったんだけどな……」
「別に気にしてねえよ。かわいいもん見れたし」
「かわいいって……!!」
 耳まで赤くしたガストは、自分がキースのルームウェアを握りしめたままなのに気がついて慌てて手を離した。空いた掌を、キースの掌が優しく包み込む。反対の手で優しく抱き締めてベッドの上に押し倒せば、ガストが慌てたように言う。
「き、キース!?まだ風呂も入ってないだろ!?夕飯も下に用意してあるぞ!?」
「悪りぃ、全部明日の朝に回させてもらうわ。随分寂しい思いさせちまったみてえだし、挽回しないとな」
 キースが柔らかく笑む。ちゅ、ちゅ、と額や頬に啄むように口付けを落とせば、ガストは観念したように片手をキースの背中へと回すのだった。
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