キスガス

 じゅうじゅうという音と共に、食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐる。ひとりで座るには大きなソファに腰掛け、そわそわと落ち着かない様子で視線を彷徨わせていたガストが、キッチンの方へと振り向いてキースに声をかけた。
「なんか手伝うか?」
「いーや。大丈夫だよ。もうすぐでできるから待ってろ」
 言うと、手持ち無沙汰な様子のガストを横目に見てこっそり笑う。どうやらまだこの家で過ごすことに慣れないようだ。常の余裕のある姿とは違う、ある種初々しい仕草に、胸の内から愛おしさが込み上げてくる。キースはフライパンの中身の様子を見て、火を止めて皿に盛りつけた。今日のメニューはボンゴレビアンコ。ふたり分の皿を持ってガストの待つリビングスペースに向かうと、テーブルに並べてグラスに白ワインを注ぐ。
「じゃあ、乾杯」
「乾杯」
 チン、と軽くグラスを合わせ、白ワインを喉に流す。すっきりとした味わいのそれは、流石ブラッドのおすすめだという美味さだった。続けてあさりを一口。うん。我ながらうまくできている。さてガストの方はどうだろうかと視線を向ければ、問いかけるまでもない幸せそうな表情で、ガストが料理を口に運んでいた。
「美味いな、これ」
「そりゃ何よりだ」
「キースって料理上手いんだな……」
「一人暮らししてると必要に駆られてやるようになるしな。お前もそうだろ?」
「それはそうなんだけど、なんか俺が自分で作るより美味い気がするんだよな……」
(まあ、自分のために作るのと、食べさせたいやつのために作るんじゃ違うからな)
 不思議そうに首を傾げるガストに内心を悟られぬよう、素知らぬ顔でパスタを頬張る。好きなやつのために作るからうまくできるんだ、なんて、真正面から言えるほどキースは若くはなかった。
「俺ももっと料理頑張らないとな……次は俺がキースにご馳走できるようになりてえし」
「いいねえ、楽しみにしてるぜ」
 ガストが自分のために作ってくれる料理だ。きっと格別の味がするのだろう。想像して頬を緩めながら含んだ白ワインは、さっき飲んだ時よりも美味い気がした。
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