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キスガス

 多くの人が行き交う大通りの裏、薄暗い小さな路地を、ガストはキースに肩を貸しながら歩いていた。ガストに支えられながら歩くキースはすでに泥酔した様子で、ふにゃふにゃとした笑顔を見せながら千鳥足で歩いている。キースが転ばないよう、ペースに気をつけながらガストは進んだ。
「ありがとな〜、ガスト」
「気にすんなって。役に立ててるなら嬉しいよ」
 本心からの言葉だった。キースはなんだかんだと言っても面倒見がいい男だ。研修チームの面々に対しても、ガストに対しても。そのため、ガスト自身もキースに助けてもらう部分が多く、その恩を返せるのが嬉しかった。それだけではなく、世話焼きな気質のガストは、普段自分を甘やかしてくれるキースがこうして自分に甘えてくれることに密かに喜びを覚えていた。普段甘やかしてくれている分、目いっぱい自分に甘えて欲しい。それが、キースには伝えたことがないガストの密かな望みだった。
「もうすぐで大通りに出るから、そしたらタクシー拾おうな」
「助かるわ。ガストは頼りになるなぁ」
 まるで子供を撫でるような手つきで頭を撫でられる。酒のせいか少し高めの体温が心地いい。ガストは「もうすぐで」とは言ったものの、名残惜しさに進む速度を緩めた。
 タワーに帰れば、ガストとキースはそれぞれ自分のチームの部屋へと帰ることになる。別れが寂しいというのもあるが、酔ったキースが部屋に帰って、チームのメンバーにも甘えるのかと思うとじりじりと小さな嫉妬が顔を覗かせる。自分に甘えてくれるキースを独り占めできるのは今だけ。そう考えると、自然と足が重くなった。
 こんな思考をキースに知られれば、呆れられてしまうだろうか。込み上げてくる自嘲を隠しもせずに笑みを形作る。大人になったつもりでいたが、案外自分の中にもガキっぽい一面が残っていたらしい。そんなガストの心中を知ってか知らずか、キースは上機嫌でガストに告げた。
「またふたりで来ようぜ」
 次への約束。当然のように告げられる「ふたりで」の言葉が、ガストの心を暖かくした。胸の中で騒いでいたはずの嫉妬心が凪いでいくのを感じる。全くもって単純なものだ。先程とは別の意味での自嘲で、ガストは小さく息を吐く。
「おう、次も楽しみにしてるぜ」
 告げる言葉と共に向ける笑顔は心からのものだ。ガストはキースを支えながら、先ほどよりも軽い足取りで路地を進みはじめたのだった。
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