キスガス

 それは半ば恒例となった二人での飲み会の時のことだった。キースはいつもよりも心なしか多くビールの缶を空にしていたが、ガストはたまにはそんなこともあるだろう、と気にも留めていなかった。キースが突然、自分に抱きついてくるまでは。
「ガスト〜」
「おわっ」
 キースが全体重をかけて抱きついてくるため、必然的にガストは自分のグラスを置き、キースの背に手を回して受け止める形となる。ガストはキースの髪を撫でながら、困惑した様子で問いかけた。
「どうしたキース、もうそんなに酔ったのか?ていうか、重いんだけど………」
 決して広くはないソファの上に押し倒されたガストは、キースを宥めてその手を離させようとする。しかしキースはぐずるようにガストの胸元に頬を擦り寄せ、決して離れようとしない。困ったな、とガストが眉尻を下げた時に、キースは譫言のように呟いた。
「……………なよ」
「え?」
 それはとても小さな呟きだった。それを聞き取れなかったガストは、思わず聞き返す。
「おいて、いくなよ」
 どくん、と、心臓が脈を打つ。キースの行動の真意を知って、ガストは声をかけることもできずただキースの背を撫でた。ガストがHELIOSを裏切り、タワーを去ったのはついこと間のことだ。今は無事に帰っては来ているものの、それがキースの心にどんな影響を及ぼしたか、想像するのは容易だった。
(ただでさえ、ディノのこともあったんだ)
 今では元気にウエストセクターでの日々を過ごしている彼の親友が、かつては死んだことになっていたことを知っている。そのことで酒に溺れていなければ生きていられないほどに、キースが傷ついたことも。今度は自分が同じように彼を傷つけたのだと思うと、胸にぎゅっと痛みを覚えた。
「……ごめんな」
 ガストは謝罪の言葉を絞り出した。するとキースは不満そうにガストを見て、首を振る。
「あやまってほしいんじゃねえよ」
 そうしてまた、抱きしめる力を強くする
「もうおいていくなよ、どこにも、いくなよ」
 もうはっきりと意識を保てていないのだろう。舌足らずな口調でキースが言う。ガストはキースの頭を撫で、微笑んで言った。
「行かねえよ、どこにも…………あんたの隣が、俺の居場所だから」
 ガストがそう言い切ると、やっとキースは笑顔を見せた。そしてそのままガストの胸元に頬を寄せ、すうすうと寝息を立て始める。困った状況だなと苦笑するガストだが、決してキースをどかそうとはしない。強く抱きしめられるその感覚が、ガストにとっては嬉しかった。
「愛してる、キース。」
 ガストはつぶやいて目を閉じ、暖かい腕の感触に身を委ねた。
20/22ページ