キスガス

「これ、お返しな」
 その言葉と共に色とりどりのキャンディが入った瓶を渡すと、ガストはきょとんと首を傾げた。
「お返し?」
「バレンタインに酒とチョコもらったろ」
「ああ、そうだったな」
 成人済みの相手に贈るのがキャンディとは、子供扱いしているととられても仕方がないチョイスだが、幸いガストはその辺りは気にしていないらしい。
「ありがとな」
 人懐っこい笑みと共に礼を告げ、瓶の蓋を開ける。その二指が摘み出したのは、黄色のレモン味キャンディだった。そういえばレモネードが好きだったな、と、思い返しながらガストがキャンディを頬張る様子を眺める。
「ん、美味い」
 ガストが表情を綻ばせる。
「ビリーからおすすめ聞いたからな」
「そりゃ美味いわけだ」
 オレンジ頭の情報屋の顔を思い出したのか、ガストがくすくすと笑う。その笑顔に胸中を暖かくしながら、キースはもう一つのお返しを渡すべく声をかけた。
「んで、二つ目のお返しなんだが……」
「え?二つ目があるのか?」
「オレが二つもらってるんだから、お前にも二つ返したいだろ。つっても、お前の好みに合うかどうかはわかんねえけどな」
「キースにもらえるものならなんでも嬉しいよ」
 ガストが言う。その言葉を聞いて、じゃあ、と前置きした後、キースはソファに腰掛けて両手を広げた。
「ガスト、こっちこい」
 一瞬置いて、その仕草と言葉の意味を理解したガストが赤面する。しかし嫌がることはなく、すんなりとキースの腕の中へとおさまった。キースはガストの背へと手を回し、抱きしめながら背と頭を優しく撫でる。
「よしよし、いいこいいこ」
「なんか、子供扱いされてるみたいなんだけど」
「嫌か?」
「…‥嫌じゃ、ない」
 言って、赤い頬を隠すようにキースの胸板に顔を埋めた。労りを込めてキャラメル色の髪を梳けば、甘えた声音が僅かに漏れた。しばらく続けていると、すうすうと安らかな寝息が伝わってくる。キースは微笑んで、ガストのつむじにキスを落とした。
「おやすみ、ガスト」
 応える声はない。それでいいと、キースは思った。子供のようにキャンディを頬張って、信頼できる誰かの胸の中で安らかに眠る。それが、キースがガストに渡したかったプレゼントだった。
(こういうの、子供の時にはあんまり経験できてなかったみたいだしな)
 又聞きにはなるが、幼い頃のガストの境遇は伝え聞いている。とても安らげる環境ではなかっただろう。そのことを思うと、キースの胸に鈍い痛みが走る。今のこの時間で、その頃得られなかった安らぎを、少しでも埋められたらいい。そんなことを思いながら、キースはまたガストの頭を一撫でするのだった。
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