キスガス

 難儀なやつだ、と、ビールの注がれたグラスに口をつけながらキースは思考する。控えめな照明に照らされたキース宅のリビング。ソファに腰掛けてくつろぐ彼の隣に座っているのは、後輩ヒーローであり、恋人でもあるガスト・アドラーだ。アルコールで頬をほてらせながらも、ガストのエメラルドの瞳にはまだ気遣いの色が浮かんでいる。
 先輩ヒーローとして、酒の席でくらいもう少し羽目を外せばいいのに、という気持ちが半分。恋人として、ふたりきりの時くらいは自分に甘えて欲しい。という気持ちが半分。それを悟らせないように振る舞いながら、キースはあまり褒められたものではない手段に出ることにした。
「次、これどうだ?飲みやすいから酒に慣れてなくてもいけると思うぞ」
「そうなのか?じゃあ、お言葉に甘えて」
 そう言って渡した少し強めの酒を、ガストは笑顔で受け取った。

「ん………」
「酔いが回ってきたか?寝ちまっても大丈夫だぞ」
 飲みはじめてから小一時間。辛抱強く待っていたキースは、眠そうに目を瞬かせるガストに優しい声音で提案した。無茶なペースにならないように見守りながら飲ませたため、どうやら気分が悪くなったりはしていないようだ。その事実に胸を撫で下ろしながら、ガストは酔うと眠くなるタイプか、と、新しく得た知識をそっと胸の奥にしまう。
 ガストは少しの間躊躇っていたものの、最後には隣に座るキースの肩にそっと頭を預けた。すかさず腕を回してキャラメル色の髪を撫でれば、すぐに小さな寝息が耳に届く。寝顔がよく見えないのは残念だが、今はガストが自分に身体を預けてくれているという事実が嬉しかった。
「酔ってない時にも、もう少し素直に甘えてくれたらいいんだけどなあ」
 ぽつり、と、呟きが零れる。本人に伝えても遠慮されてしまうだろうから、今すぐには告げることはない。しかし、時間をかけて甘えてもらえるようにしていこう。キースはそう決めて、空いた手でガストの頬にそっと触れた。
「待ってるぜ、ガスト」
 お前が、甘えてくれるようになる時を。そんなキースの思いはつゆ知らず、ガストは小さく声を上げながら身じろいだ。
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