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キスガス

 いつもと肌触りの違うシーツの感触。嗅ぎ慣れない煙草の香り。側に寄り添う誰かの体温。そんなものを感じながら、ガストはゆるゆると微睡から覚めた。薄暗い部屋の中、自分を抱きしめて眠る恋人の顔。抹茶色の癖毛の間から覗く目蓋は閉じられていて、無防備な寝顔に胸のうちが温かくなる。
(そうか、昨日泊めてもらったんだよな)
 翌日がオフだからと、キースの自宅でふたりきりの細やかな飲み会に興じるのは初めてのことではなかった。そして、こうして同じベッドで眠ることも。洋服越しに触れ合う肌の温かさに、昨夜求めあった記憶がフラッシュバックして頬に熱が集まる。ガストはキースを起こさないようにそっと彼の頬に手を添えた。視線が緩く閉じられた唇へと吸い寄せられる。
(キス、してぇ)
 どくりと欲望が心臓の鼓動を速くする。躊躇いがちに顔が近づけられる。唇が重なるまで、あと五センチメートル、四、三、二……触れ合う寸前まで来たところで、ガストはぎゅっと目を瞑って動きを止めた。
(………駄目だ、なんかすっげぇ照れる)
 いつも主導権を握られてばかりの現状。キースが寝ている今だけでも積極的になろうとしたものの、恋愛経験のないガストはまだ気恥ずかしさが勝ってしまう。小さな敗北感とともに目を開けようとしたガストの耳に、楽しげな声が飛び込んできた。
「なんだ、しねえのか?」
「っ!」
 驚いて目を見開けばいつの間にか開かれていた瞳と視線がかち合う。あ、と母音が口から漏れた一瞬後には、もう唇が重なっていた。ちゅ、ちゅ、とリップ音を立てながら口づけが交わされる度、ガストの肩がぴくりと震える。いつの間にかガストに覆い被さる形へと体勢を変えていたキースは、瞳を蕩けさせたガストを見下ろしながら笑った。
「おはよ、ガスト」
「……おはよ、キース」
「よく眠れたか?」
「おう」
「そりゃ何よりだ」
 優しくあやすように指で髪を梳かれる。地肌を指が撫でる感触を、ガストはされるがままに享受した。
「んー、腹減ったな。朝飯何か食いたいもんあるか?」
「キースは?」
「お前の好きなもんでいいよ」
「じゃあ、ベーグルサンド」
「りょーかい、じゃあ、朝飯の支度といくかねぇ」
 ぽんぽん、と頭を撫でて離れていく掌。名残り惜しさが表情に出ていたのか、声に出さずに笑われてしまった。照れくささを押し隠すように、勢いに任せて唇を重ねる。はじめてガストからした下手くそなキスに、キースは耐えられないという風に吹き出した。
「わ、笑うなよ……」
「悪りぃ悪りぃ。つい、可愛くて」
 キースは言いながら、ガストの身体を抱きしめる。ついでとばかりにするりと服の裾から入り込んでくる掌にガストは慌てた。
「お、おい、朝飯作るんだろ?」
「あんなにかわいい真似されて何もしないんじゃ男が廃るからな」
「こ、こら!ちょ……!」
 抵抗のために伸ばした指は難なく絡めとられてしまう。今度は深く重ねられる唇の柔らかさを感じながら「やっぱりキスはやめておけばよかった!」と後悔したガストの意識は、優しく不埒な掌によって溶かされていった。
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