このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

キスガス

 行きつけのバーでいつものように酒を飲んでいた俺が、見慣れた薄緑のぼさぼさ頭を見つけたのは三杯目の酒をマスターに頼んだ直後だった。
 キース・マックス。街を守るエリオスのヒーロー、その中でもメジャーヒーローと呼ばれる、最もランクの高いヒーローだ。それを聞いた当初は雲の上の存在だと萎縮したものの、実際に話をしてみればフランクで付き合いやすい人物(毎回飲みすぎて泥酔しているのは玉に瑕だが)で、今では俺の良き飲み友達だ。
 仕事帰りだろうか。そんなことを考えながら声をかけようとした俺は、キースの隣で親しげに話すひとりの男に気がついた。
 キャラメル色の髪をオールバックにした、若い、しかし落ち着いた印象の青年だ。酒のせいか頬を少しばかり上気させ、エメラルドの瞳がじんわりと酔いに滲んでいる。おそらくは彼もキースの飲み友達なのだろう。そうあたりをつけた俺はキースに声をかけた。
「よおキース。パトロール帰りか?」
「おー?ああお前か。しばらくぶりだな」
「最近仕事が忙しくてよー。そっちの人は?」
「仕事場の後輩」
「ノースセクター所属、ルーキーのガスト・アドラーだ。よろしくな」
 人懐っこく微笑むガストの顔は芸能人でも通じるのではないかというほどには整っている。そういえば、と妹が、ノースのルーキーがイケメンだのなんだのと騒いでいた事を思い出した。
「研修中のルーキーを飲みに連れ出すとか、キースもなかなかにワルい先輩だな」
「もう成人してるし、プライベートの時間は個々人の自由だろ?こいつも色々苦労してるから、たまには息抜きの時間も必要なんだよ」
「はははっ、ありがとな、キース」
 感謝の言葉を口にするガストは嬉しそうだ。キースは意外に面倒見がいいところがあるし、慕われているんだろう。後輩の息抜きの邪魔になっても悪い、俺は挨拶だけで退散しようか。そう思って視線を彷徨わせていた俺の目が、ある光景を捉えた。
 テーブルの下で指を絡ませる、ふたりの掌。
 一瞬時間が止まってしまったかのように固まった思考が、次の瞬間に理解を伴って戻ってくる。俺は焦る内心を悟られないように平静を保って言葉を発した。
「はは、じゃあ俺が邪魔するのも悪いな、退散するよ」
「そうか?じゃあまた今度な」
「ああ」
 短く言葉を交わして自分の席に戻る。俺だって、他人の恋路を邪魔して馬に蹴られるのは避けたい。しかし、キースが後輩とそんな関係になっていたとは。ついついキース達のほうに視線を向ければ、オリーブグリーンの瞳とばっちり目が合った。
(しー)
 ニヤリと不敵な笑みを浮かべたキースが、繋いでいない方の人差し指を唇に当てる。どうやらわかっていて見せつけられたらしい。イイ性格をしている。気づいていない様子のガストを見ながら、俺の唇が苦笑を形作った。
(そりゃ、苦労するだろうな)
 手強い恋人に翻弄されるガストの姿が容易に想像できる。がんばれよ、と、ガストに心の中でエールを送りながら、俺はグラスの酒を喉に流し込んだ。
11/22ページ