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なれば鏤骨のみ







執務中の大倶利伽羅は、基本的に静かだ。
それはただの近侍から恋仲になった今でも変わらず、彼は手慣れた様子で翌日の予定表と資料を作成すると、ひらりと私の机に提出してくれる。そして大体、厨に夕餉の支度を手伝いに行くのだ。
「……あとでな」
そう言って、最後の資料を手渡しながら頭を撫でられるのが、近侍から恋仲に変わった時の唯一の変化だった。それは仕事中に私情を欠片も挟みたがらない彼なりの、最大限の甘えなのだろう。





「おい、そろそろ日付が変わるぞ」
ひょっこりと顔を出した大倶利伽羅に言われて部屋の時計を見上げれば、23時を少し過ぎたところだった。
その日は予定外に怪我人が出てしまい、且つ資材もギリギリという切羽詰まった状況下で対応が後手後手になった。そんな時に限って政府は余剰部隊の応援を要請してくるものだから、私はピンチヒッターで近侍をしていた長谷部を先に寝かせ、一人で黙々と書類作業に勤しんだ。もうあれから3時間も経ったのか。
「伽羅、起きてたの」
「青江の手入れは無事済んだ。あとは明日に回せばいいだろう」
「本当? じゃあちょっと寝る前に顔だけ見てくるよ」
言って慌てて審神者室を出た。モニターも部屋のライトも全て点けっぱなしだが、大倶利伽羅が居てくれるならいいだろう。

重傷を負った刀剣は、回復後必ず顔を見るようにしている。普段は夕食後に済ませることが多いこの習慣も、今日ばかりは深夜になってしまった。重傷者が夜更かしな青江で良かった。そんな不謹慎なことを考えながら青江の部屋を訪れると、寝巻きの彼がすっかり綺麗になった戦装束を丁寧に畳んでいるところだった。
「おや夜這いかい?」
「そう、全身ひん剥いてチェックしにきた」私が真顔で言ったのがよほど可笑しかったのか、青江はんふふ、と笑って寝巻きの襟をひらりと捲って見せる。
「心配しなくても、痕は残っていないよ……もっと見るかい?」
「良かった。今日は本当にごめん」
「そう真面目に返されると立つ瀬がないんだけど」
「私の指示がミスだった。次は無いようにするよ」
青江の肩に手を置いて、思わずはあぁ、と一日分の疲れを吐き出した。今日はとにかく疲れた。早く戻って残りのスケジュール調整を終わらせないと。眼前に聳える残務を心中で憂いていると、青江は不意に廊下の方を眺めて口元を歪める。
そして細長い指がすぅ、と薄い唇をなぞり、そのまま肩に置かれた私の両手をそっと握りしめた。
「君、あまり、僕にこう言うことはしないほうがいい」
「? どうして、」
「僕も、この本丸で長生きしたいからね」
いい意味でね。そう言った青江の目線の先で、障子越しに廊下の板張りがぎしりと唸るのが聞こえた。


とにかく、明日一日は無理はしないこと、昼過ぎまでは好きにしてくれていいことを念押しすると、青江はにこにこと了承してくれた。……多分あれは、昼餉まで起きてこないやつだ。でもそれでいいのだ。
一仕事終えた気持ちで部屋に戻れば、何故か大倶利伽羅がモニターの前でキーボードを叩いていた。そこは審神者の席であって、近侍の席ではないのに。
「過剰近侍だ」
「内番表できたぞ」
「あのなーそれは私がするから良いって、おいこら長谷部を七日連続馬当番にするんじゃない。私怨が過ぎる」
「あいつなら喜んでやる」
どうも、大倶利伽羅は不貞腐れているようだった。刀が不貞腐れる原因なんて、戦に出してもらえないことが大半だと聞いたが。
「……これ以上出陣はできないぞ。畑が痩せる」
「なんの話だ」
「内番要員が足りないって話」
「……よくわからんが、もう今日は休め」
「来週の派遣メンバー、まだ決めてないんだよ」
「じゃあ青江と長谷部でいいだろ」
言葉を重ねるごとに、大倶利伽羅の眉間の皺が深まっていく。わかりにくいのにわかりやすい奴だ。人はそれを面倒と言うが……何気にお気に入りらしい秋田を本丸に残す辺り、大分わかりやすく八つ当たりしている。
「この搬入物資リストだけでも、」
彼の座る私の椅子を退けて、横からキーを打とうとするとプツン、と無情な音を立ててモニターが暗くなる。見れば大倶利伽羅が、機器本体のスリープキーを押さえながら私を睨んでいた。


彼がここまで強引に仕事を奪ってくるのは初めてだった。
連日連夜徹夜続きというわけでもないのに、これは少しやりすぎなのでは。小さく息を吐いて彼を睨めあげる。
……金。金の瞳だ。最近は見慣れていたが、やはり神の双眸が相手ではこちらの分が悪い。
「____わかった。残りは明日にするよ」
わずか五秒間の睨み合いの後あっさり負けて両手を上げると、それでいい、とばかりに頷いて俵担ぎにされる。疲れている恋人兼審神者にこの扱いはどうだろうかと抗議しても、大倶利伽羅は無言で私の寝室に歩を進めるだけだ。
だが、眉間の皺はいつの間にかなくなっているようだ。何が彼の逆鱗に触れたのか、いまいち分からない。

部屋に入ると、彼は相変わらず無言のまま私を畳に下ろし、勝手に布団を敷き始める。いくらなんでも、日中戦に出ていた刀にそこまでさせるのは審神者として見過ごせない。「伽羅、いいよ」と慌てて止めても、彼は特に気にせず寝床の支度を整えた。……少し予想はしていたが、やはり二組。
「意外と元気な……」
「何もしない」
「え」
「執務室に戻らんように、一晩見張るだけだ」
いつもの無表情に戻った大倶利伽羅はそう言って、早く顔を洗って来いと洗面台を指す。私はといえば思い切り拍子抜けしてしまい、言われるがままべとついた顔を洗いに水場へと向かった。

一人で顔を洗いながら、何故あそこまで強引に寝室に連れてこられたのかを考える。正直、緊迫した出陣のせいで昂っていたのだと思っていた。だが彼は何もしないという。
見た目に反して重い刀だ。あるいは本当に、疲れた私の身を案じて叱りつけに来てくれただけなのかもしれない。そうだとしたら申し訳ないなと思った。この仕事だけでも今日中に終わらせたい、と言った自分の方がよほど子供のようだ。謝った方がいいだろうか。
悶々と悩みながら寝室に戻れば、寝巻きに着替えた大倶利伽羅が本体を枕元に置いて布団に潜り込んでいた。少し迷った末大人しく隣の布団に入ると、彼は迷うことなく腕を伸ばしてこちらを横抱きにしてくる。やはり謝罪はしなくてもよさそうだと心中で即断しながら、そっと小さな声で呼びかけてみる。
「伽羅、今日は随分機嫌が悪かったな」
「……」
「何かあった?」
「……あんたはもう少し、あいつらの私室を避けた方がいい。特に夜は」
「えぇ……」
青江の件か。だがそんなことを言われても、執務と手入れ時間の関係上今日は仕方がないだろう……。思わずへの字に曲がった私の唇を、大倶利伽羅がゆっくりと指先でなぞってくる。金の瞳が布団の中で一度、迷うように瞬いた。

「俺はここでは一番夜目が効かん。……こっちの身にもなってくれ」

困ったようにそう囁く彼が、気づけば私より疲れたような顔をしていた。私は苦笑して心配性の初期刀に詫びの口付けを返す。おやすみ、と呟いて背を向けると、柔らかい金の瞳が不意に瞼の裏に浮かんで、次の瞬間には消えていた。






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