なれば鏤骨のみ
大変なことをしてしまったなぁ。
ぼんやりと朝食の納豆ご飯を頬張りながら、昨夜の出来事を思い出す。
大倶利伽羅が重傷になったのは2度目だ。1度目は、初期刀である彼が加減もわからずボスの陣営に単身乗り込んでしまった時。あの時は本当に反省した。というか、初期刀しかいないんだから無理せず帰還しろと怒鳴りつけてでも指示をすべきだった。
そして今回。4名編成では始めて踏み入れた夜戦。一番ガタイのいい彼が一番狙われるのはわかっていたはずだ。
「主君!大倶利伽羅さんは……」
食堂に入ってきた秋田が、珍しく挨拶を省いて尋ねてきた。よほど心配なのだろう。自身が一番軽傷だったせいか、昨夜も帰還後一番ちょこまかとみんなの世話を焼いていたようだ。
「昨日治した。大丈夫だよ」
「よ、よかったですぅ……」
こぼれ落ちそうな瞳で見上げられると、あんなに怖いお兄さんでも愛されてはいるのだなぁと変な安堵感が湧いてくる。秋田の分の朝食を出してやれば、「ありがとうございます!!今日も大忙しです!」と急いで朝食を平らげて去っていってしまった。馬当番の朝は忙しいようだ。
のんびりと食べ終わった朝食を片付けていると、寝坊したらしい青江がのそのそと厨にやってきた。
「おはよう……長谷部くんは朝から随分元気だねぇ」
「いや君も畑当番してくれ」
すかさず突っ込むが、青江は「腹が減ってはなんとやらさ」と言ってどっぷりとお味噌汁をよそっている。朝にほとんど白米を消費しない癖はまだ健在のようだ。
「今日は畑に出るから、心配しないでよ」と笑う青江に苦笑して、私は綺麗に掃除された厨を後にした。
長谷部は誰よりも早く起きて、畑仕事に精を出している。大倶利伽羅が倒れているため、一人で馬当番な秋田のことも午後から手伝ってやるつもりなのだろう。
「君が倒れると、みんな忙しそうだ」
手入れ部屋に入ると、大倶利伽羅が横になってじっと天井を眺めていた。退屈ではないのだろうか、と疑問に思ったが、そもそも少し前までこいつは刀だったな、と思い直す。
式神はあらかた手入れを終えたようで、きれいに修復された本体も今は安置されているのみだ。手伝い札は万が一の時の為に取ってあるので、彼はもう少しこの部屋で肉体の修復に努めてもらわねばならない。
「愛されているね」
秋田や、表には出さないが私の様子を伺いに来た青江の顔を思い出して笑う。大倶利伽羅は虚ろだった瞳をふいとあさっての方へ向けて、「あいつらは、勝手にすればいい」と呟いた。
昨夜、血みどろの彼を運んできたのは長谷部だった。
彼自身も中傷ではあったので、私は同じく中傷の青江と共に三人を手入れ部屋に突っ込んだ。そこで軽く各自の傷の程度を診て、なんとなく長谷部と青江の二人を先に治療したのだ。
「俺よりも、重傷のあいつを先に治療しなくていいのですか?」
返り血でボロボロになった装備を脱ぎながら、長谷部は困惑したように問うてきたが
「明日以降の仕事を考えると、治療時間の短い君たちが優先だよ」
と説明すると、納得したようだった。実際、重傷の大倶利伽羅一人分で他の三人が治療できるくらいの時間がかかってしまうのだ。
まだ式神の数も少ない手入れ部屋で、夜通し手入れ作業を手伝った。大倶利伽羅は最低限の手当をして、しばらく放置されていた。
やっと長谷部と青江の手入れが終わり、手入れ部屋から2人が去ると、さていよいよ大物の治療だ。別室に放置していた大倶利伽羅の本体は式神が五割程度修復している。今晩中には仕上がるだろう。
「大倶利伽羅、生きてるか」
そっと衝立から顔を出すと、彼は布団に座り込み、下を向いてふぅふぅと荒い息を吐いている。腹部の傷、腕と足の傷。止血帯は大変なことになっているが、本体が修復されているおかげかもうほとんど血は止まっているようだ。
「……他の、奴らは」
「もう終わった。待たせたね」
「……」
鼻を鳴らして黙り込む。ひとまず包帯を変えねば、と腕を取ったところで、彼の全身がひどい熱を持っていることに気づく。そうだった、あれだけの大怪我をしたのだ。氷嚢のほうが先だろうか。
「水とおかゆと、氷か、な……?」
厨へ立ちあがろうとしたところで、そのままぐいと腕を掴まれ引き寄せられてしまった。血みどろの布団にダイブするのは気にならないが、彼の怪我の状態が気になる。胡座をかいた大きな足を踏んでやしないかと気が気ではない。
「来い」
「……もう来てるだろ」
ぐ、と力を込めて片腕で抱きしめられると、一応出血のひどいもう片方の腕は動かさないように注意しているのだな、と少し安心する。背中に当たる彼の胸元が恐ろしく熱い。やはり怪我の深さはかなりのものだ。
目を瞑り、自分の霊力を背後の大倶利伽羅に巡らせる作業に集中する。本当は、軽く食事をさせて包帯も替えてから、横になった彼に密かに行う予定だった。
ほとんど動かないらしい方の腕を両手で押さえながら深呼吸を繰り返す。これは完治しても明日一日は寝かせたほうが良さそうだ。私を抱いている腕はほとんど無傷なのは不幸中の幸いか。
「あまり……無理をしないでほしい」
腕を治しつつ無心で深呼吸をしていると、自分の口からいつの間にかそんな言葉が漏れていた。予想した以上に疲れた声音。そろそろ自身も休憩が必要だろうか。
「私の恋人になりたいなら、健康かつ長命で頼むよ」
「人間に長命を頼まれるとはな」
少しだけ嘲笑うようなその低い囁きに、なんだ意外と元気じゃないか、と顔を見ようと振り返ると、あっさりと口付けられた。確かにこれは霊力の流入が早くなる方法の一つだが、大倶利伽羅は自分からこちらの霊気を吸い取ろうとはしない。
「んぅ……」
できるだけこちらの英気を送ろうとしても、なぜか彼は多くを受け取ろうとしない。せっかくならキスのついでに手入れをと思ったのに、ゆるく口中でまぐわうのみでこちらの呼吸が辛くなるだけだ。やっと口を解放された時、私は大きく咳き込んでしまった。
「ごほっ……いや、なんで、今」
「要らん」
「いや要るだろその大怪我……」
「一瞬で終わらせる訳ないだろう」
「あ、あぁー……」
その言葉で納得する。こいつ、私に一晩中じっくり介抱される気だ。この間の合コン騒動から、どうにも遠慮がなくなったと思っていたらこれだった。
「もう無茶な進軍で重傷にはならない、と約束してくれたらな」
「俺は刀だぞ」
「ここが正史なら折れてる。何度も重傷になると都度治しても身体に障る」
「……ふん」
言っていろ、と呟いて、大倶利伽羅は私を抱いて横になった。そのまま、即座にすうすうと寝息を立て始める。そうだよなぁ、朝から出陣してもう深夜だ。
端末で長谷部たちの起きる30分前にアラームをセットして、私は意識が落ちるまで大倶利伽羅の腕の中でゆっくりと霊気を送り続けていた。
