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なれば鏤骨のみ






そういえば、この私室に自ら刀剣男士を招き入れたことはない。
初期刀の、大倶利伽羅以外には。


目が覚めると、何故か隣に寝ている元太刀、大倶利伽羅。
秋田ならまだしも、打刀の中でも大柄な彼ではなんだかやらかしたみたいな気分になるな、と寝ぼけた頭で考えて、実際やらかし一歩手前の出来事だったのを思い出す。

昨晩、手入れ部屋で重傷の彼を手当てしようとして、何故か布団に引き摺り込まれ、何事もなく朝を迎えた。
ピリリリリ、と控えめに鳴るアラームを消して、他の子たちに見つかる前でよかった、と一人で胸を撫で下ろす。その胸もしっかり肌着と下着を着用していて、一応先日、恋人になって欲しい、と彼に宣言された身としては喜ぶべきか悲しむべきか、少し複雑な心境になる。
そもそも、複数の男士をまとめる審神者が特定の男士と恋人になっていいものなのか。

「……何を考えている」
「あー……君のことだよ」
気づけば彼も目が覚めていたらしい。血に塗れた布団は修復されていないが、彼自身の肉体は式神たちのおかげで大分回復している。
あの子ら、夜通し頑張ってくれたんだなぁ、としみじみつぶやくと、
「お前が来てからは、式神はほぼ居なくなってたぞ」
予想外の答えだ。大倶利伽羅は面倒臭そうに上体を起こした。二人で布団に座っていると、彼の体格の良さが際立って妙な気持ちになる。なんで私はここに居るんだろう。自分でもよくわからなくなって、ふと横の大倶利伽羅を見ればこちらも妙に顔を赤らめている。熱か?
「……あぁ、『君のことを考えている』っていうのは、」
「黙れ」
食い気味に応じる大きな初期刀に少し笑うと、「あんたの霊力だろうが」とそっぽを向かれた。そうか、結局私は寝てる間も無意識に、大倶利伽羅へ霊気を送り込んでいたらしい。そういえば起きた後も少しだるさが残っていた。
「なんだかすごく眠いけど、とにかく君が回復してて良かったよ」
「……恩着せがましいな」
そうかなぁこれ。だって布団に引き摺り込んだのは君だろ。そう返そうとしても唇はすでに塞がれていた。……昨夜も思ったが、手の早い刀だ。
「んんん…………伽羅、早朝だよ」
「お望み通り、霊気を返してやる」
「一度貰ったものは返しちゃダメだろ」
もう自室に戻るよ。そう言って布団から立ち上がると
「____あんた、審神者と付喪神が一番手早く霊力をやりとりする方法は知ってるか」
大倶利伽羅が据わった目でこちらを睨め上げた。もちろんそんなこと知っている。何故なら研修中に習うから。
だがそろそろ大倶利伽羅のペースのまま、という状況が気になってきた。年齢は下でも、こちとら統括者の立場だ。あまり舐められても居心地が悪くなる。
「知らないな、君たちから霊力を奪えとは習わなかったからね」
私は与える側だよ。と付け足して手入れ部屋の襖を開けたところで、大きな腕にがしりと肩を抱き寄せられた。
「今夜、お前の部屋で教えてやる」
背後からかけられたその声は、怒っているのか楽しんでいるのかわからない不気味さを孕んでいた。



「うーんんんん……」
やはり大変なことになった。夕餉の席で頑張って食後の腹筋をしている長谷部と秋田を眺めながら、思わず唸ってしまった。
「悩み事かい」
もりもりと白米の山を消費している青江に声をかけられ、初めて自分が唸っていたことを自覚するレベルだ。今日は畑当番を頑張ってくれたので、おかずを多めに作ったら自主的に大盛りご飯にしていた。食が細いのは朝限定のようだ。
「そろそろ審神者としての威厳がほしくてなぁ」
「威厳ある統率者は威厳の無さを部下に相談したりしないと思うよ」
「…………確かに」
そう、豊かな所有者は所有しているものの話をなかなかしないのが世の常だ。手元に在って当たり前のものだから。
「そろそろ見せかけだけでも堂々としていようかな、とね」
「なら少なくとも、今日以降に顕現した刀相手にしようね」
すぐに剥がれるよ……化けの皮がね。そう楽しそうに微笑んで、青江は完食した夕飯の食器を片しに立ち上がった。大倶利伽羅は自室で胃に優しい長谷部特製のうどんを啜っている頃だろう。今夜までの貴重な有休を、のんびり平和に終わらせてくれればよかったのに、すごい爆弾を仕掛けてくれたものだ。
最後に残って食器を片していると、厨で大倶利伽羅とすれ違った。普段より少しだけ強い風呂上がりの香りを感じ取り、そういえばこの男はいったいどこまで知っているんだろう、と妙な疑問が湧きあがった。お互い無言で皿を片すだけの、いつも通りの光景なのに。





「んんんんんんんんんん」
「……なんだ、今夜行くと言っただろう」
私室に戻った瞬間に今日の体力が赤字になった気がして、私は障子を力なく閉めた。今日は刀の前で呻いてばかりだ。
「君、うちでは隠蔽最下位だろう……」
「お前ごときに索敵されるほどじゃない」
早く来い、とばかりに、丁寧に敷かれた私の布団に座っている寝巻き姿の大倶利伽羅。こんなことなら湯浴みの時間を遅くすればよかった。携帯端末を充電器に置いて、大人しく大倶利伽羅の隣に座る。
「本当に来るとはね」
「嘘をついてどうする」
「馴れ合いの極値だぞ?」
「……あんたが嫌なら、出直すが」
片膝を立てて座っていた大倶利伽羅が、こちらを向いて座り直す。その顔が今まで見たことも無いような複雑な色を湛えていて、ここでこの付喪神を無碍に追い返す事も躊躇われた。
「いいよ、おいで。」
根負けした気分で彼の手を取り笑うと、彼は何故か目を見開いた後、顔を伏せた。



正直なところ、大倶利伽羅の愛撫は期待していなかった。そもそも人の身を得てまだ長くは経っていない。外部に女を作っている素振りも見せない真面目な付喪神だ。
だがやはり神というのは恐ろしいものだ。初めこそこちらを腫れ物のように扱っていた手つきも、すぐさま全てを熟知しているかのように滑らかになった。髪を梳き、頬を撫で、唇に触れてそのままキスをしてくる。
「……痛くはないか」
「ん、気持ちい……よ」
指先でなぞられる背中も舌で弄られる胸元も、全てが優しく、そして蠱惑的だ。ならいい、と囁かれ、首筋を舐められれば思わず腰が跳ねた。その様を見て、それまで時折不安げに揺れていた大倶利伽羅の瞳がふっと和らいだ気がした。
「あんたの肌は、美味いな」
「…っ食うのか」
「それも、いい」
四つん這いでこちらの体を檻のように囲う大倶利伽羅の姿は、獲物を捕らえた野生の狼そのものだ。ぎら、と彼の双眸が瞬き、強気な色を放つ。首から鎖骨を赤い舌で舐め上げられ、本当に肉食動物を見ているようだ。
_____このまま恋仲の大倶利伽羅に食われる。その様を想像してみて、それはそれで、審神者としての綺麗な終わり方かもしれないなと思った。本丸に来てから一番付き合いの長い、私の全てを曝け出したと言っても良い付喪神だ。それが無駄話を嫌がらず受け止めてくれ、挙句恋人としてこちらをわざわざ選んでくれて、こうして夜伽に来てくれる。それだけでもう、充分な気がするのだ。
美しい赤銅色の獣に押さえつけられて、私は思わず
「良いよ」
と言ってしまった。




「………………」
「ど、どうした」
ぴたりと動かなくなった大倶利伽羅を見て、私はこの夜で一番動揺した。電池が切れた玩具のように固まる刀剣男士というものを、私は人生で初めて見た。しかもこんな、お互い半裸の状況で。
「お、前、」
「なんだ」
「いや………………」
はああああああ、と聞いたことのない長さでため息を吐かれる。なぜこんなに呆れられているのかわからないが、ゆっくりと脱力したように私の上にべしゃりと倒れ込んで動かない大倶利伽羅は、なんだかとてもシュールだった。
「大丈夫か、水でも飲む?」
「いらん……」
「傷が開いたか」
「少し黙れ……」
疲れたようにのそりと顔を上げる。それが私の胸の真上でなければ、なかなか可愛い上目遣いだと思えたのになぁ。流れでその頭を撫でてやると、彼は眉間に皺を寄せながらも拒んではこなかった。狼から猫になったようだ。
「今日はもう寝るかい」
脱力してされるがままになっている大倶利伽羅の頭頂部に声をかける。その初期刀はぐりぐりと私の胸に頭を押し付けていたが、やがて「……くそ」と呟いて私を横抱きに寝転んだ。

「ごめん、何か気に触ることをしたかな」
昨晩と同様の体勢で、だが今度はまっさらな私の布団の中で、大倶利伽羅はしばらく無言だった。これは会話を続ける気がないな、と半ば諦めてうとうとし始めると、「あんた、の、」と小さく呟く声が聞こえて思わず彼の顔を見る。
「あんたの想いに応えるのが、俺たち付喪神だろう……」
なんだそれは。さらによくわからない。「冗談でも食えと言われれば審神者を食わねばならないのか、刀剣男士というやつは」と直球に尋ねると、即座に「違う」と両断される。
「あんたらの想いの強さと、同じだけの想いを返そうとする」
「う、ん……それで」
「あんたみたいな想いの強すぎる人間と恋仲になって、すぐに身体の関係を迫れるほど、俺は薄情でも短慮でもない」
「………んん?」
分かりづらい。なんとなく大倶利伽羅の言いたいことが伝わるような、伝わらないような微妙な反応しかできない。確かに、告白されてまだ日は浅いが……つまりどういうことだろう。
太い腕の中でううううんんんん、と今日一番のうめき声を発していると、唐突に大きな両手が私の顔を包み、視線を彼の顔に固定させられた。少しだけ歪められた、泣きそうにも見える金の瞳が真正面から私を捉える。そして、一言。
「……大事にさせろ、と言っている」
今日はもう寝る。こちらが何か言い返す前に被せるようにそう言い放ち、半ば強引に竜の絡みつく腕で頭を胸元に引き寄せられた。
そこから上を見上げる気はなかったが、一度だけ鼻をずず、と鳴らす音が聞こえて、なんだか泣いているみたいだな、と不思議な気持ちになった。






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