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なれば鏤骨のみ






彼に甘えすぎている気がした。
もともと、過干渉な親元で四六時中監視されていたせいか、随分と他人に懐けない人間になった。子供の頃の影響はそれなりに大きく、良い年になってもまだ周りの誰かに甘える気になれなかった。当然、日常的に腹を割って話せる相手などいない。
そんな折、初めて顕現したのが大倶利伽羅だった。
大きな屋敷の本丸で、唯一の話し相手は至極無口。誰にも干渉されない自分の城を手に入れたせいか、気が大きくなっていたように思う。

大倶利伽羅にはなんでも話した。
政府の職員が杜撰な対応をしてきたとか、知人の結婚式がどんちゃん騒ぎになったとか、久しぶりに帰った実家でこってり絞られたとか……本当に、それは刀剣男士に全く関係ないぞ、というような話もしまくった。
大倶利伽羅は聞いてるんだか聞いていないんだか、時には相槌すら打たないような態度だったが、ふとした時に「そういえばあの時の、」と、前の話題を口にすると、
「母親の怪我は良くなったのか」だの「あの書類はまとめて送っておいた」だの、しっかり以前の内容を覚えているようだ。これには内心驚いた。
その後、二振三振と刀が増えていっても、この関係は緩やかに続いた。彼が嫌がればやめようと思ったが、そう言ったそぶりは見られなかったから。
だから、調子に乗ってしまったのかもしれない。
合コンにただの知人として参加してくれ、だなんて。


「来た来た〜、って、うわ」
「やだーえげつねぇの連れてきたじゃん」
すっかり別人のように大人になった元クラスメイトたちが口々に揶揄ってくる。大倶利伽羅は全く気合の入った服装ではないのだが、一般人の男性に紛れるとやはり恐ろしく目立っていた。
「いつこんなイケメンと知り合ったの?」
「すごいね、あなた俳優さん?」
開始前から一斉に質問攻めを受ける大倶利伽羅。対してこちらには旧友の数人が「おい大丈夫な人かアレ」みたいな目で変な心配をしてくる。なるほど、見慣れているからわからないが、相手の容姿が整いすぎていると普通は諸々心配になるのか。
その後、もり上がる飲み会の間中、大倶利伽羅はいつものテンションで淡々と偽装した身の上話を語っていた。

「したらこの後二次会行く人〜」
幹事の大声に、ほとんどの女子が手を挙げた。釣られて男子も九割五分。
……これはあいつ、絶対女子にお持ち帰られるやつだな。
審神者としても刀剣男士の色恋沙汰には口を挟まない方針だった私は、そこで早めに切り上げて退散することにした。大倶利伽羅とは別々に帰っても問題はない。本丸に着けば長谷部たちもいるし。
「じゃあ、後はみんなで楽しんで」
笑顔でそう言って集団から抜けても、友人たちはまたねーと手を振るだけだ。女子は本当に強かだ。若干その強かさが羨ましいが、特に気になった相手もいないのでこちらも未練なく駅を目指す。と。
「一緒に帰りませんか」
背後から呼び止められて、嫌な予感がしつつ振り返る。そこには、さっき手持ち無沙汰にお酒を呑みながらなんとなく話しただけの青年が立っていた。


「同じ路線だなんて、嬉しいなぁ」
そうあけすけに語る男性。初対面なので、クラスメイトの誰かに数合わせで連れてこられたうちの一人だろう。駅に向かう道すがら、愛想笑いを浮かべながら心中で舌打ちする。こちとらカモフラージュで駅に向かっていただけであって、人気のない場所で転送装置を使って本丸に帰りたいのだ。電車に乗る用事はないのに。
「今日のお店、デザートが美味しかったですよね」
当たり障りのない会話。面倒だが、適当に電車に乗って適当な駅で降りるか。そう決めた時、

「……そろそろ離れんと、斬るぞ」

背後から、妙にドスの効いた低音が響いた。



「お、おおおく、え、」
「ひゃあ!」
大倶利伽羅、と言おうとして隣の男性の手前言えなくなる。対して男性はびっくりして縮こまった。そりゃそうだ。というかなぜそんなに物騒なのだ大倶利伽羅。いつの間にか手には抜き身の本体。おいこら職質職質!と私の現世常識アラートが悲鳴を上げた。

「……っやめろ、大倶利伽、」
「グェ」
「は?」
ぶしゅうう、と恐ろしい何かの音が真横で響き、現代では見慣れない黒い液体、そして赤色の靄と砕けた甲冑が飛び散った。
慌てて周囲を見回せば、駅の近くなのに人っ子一人見当たらない。異様な臭気と圧迫されるような威圧感。
……いつの間に、遡行軍の結界内に。そう気づいた時には、私は大倶利伽羅に俵のように担がれていた。そのままバン、という盛大な音を立てて、彼は片手でその目に見えない薄い膜を破り、外に出た。






本丸に帰還したのち、秋田が泣きそうな顔で玄関口に佇んでいた。長谷部と青江は安心したように出迎えてくれる。大倶利伽羅がことの次第を連絡したらしい。心配かけたね、とひとしきり秋田を撫でまわし、大きい二人も労う。廊下で夕飯の支度をするためにみんなが散り散りになった時、青江が意味深なことを呟いた。
「彼に着いて行ってもらって、正解だったねぇ」
なんでだろう、彼が一番練度が高いからだろうか。
「青江でも良いかなとは、思ったんだけどね」
合コンなんて、確実に大倶利伽羅より彼の方が似合いの場だ。でもそうしなかったのは、青江に対してはまだ、そこまで甘えていいという感覚はなかったから。むしろ、こんな厄介な頼み事、大倶利伽羅にしか頼めないな。と思っていたからに他ならない。
「僕がその座を奪ったら、後が怖いからやめておくよ」
じゃあ、厨に戻るから。そう言ってニヤニヤと笑いながら青江が去った後、廊下には無言の私と大倶利伽羅のみが残された。




「何故俺から離れた」
ひとまず自室で休憩しよう。そう言って私室に大倶利伽羅を通すと、障子を閉めた途端に問い詰められた。いや、正しくは問いかけられただけなのだが、声の調子と彼の顔つきが明らかに怒気を孕んでいる。
「誰か、現世の美女に連れて行かれるかなと」
「ふざけるな」
なんでそんなに怒っているんだ。食い気味に応える彼に慄きながら、私はさっさと着替えを済まそうと衝立の後ろでワンピースを脱いだ。合コンの時の服なんて、帰ったら即脱ぐのが鉄則だ。
「ごめん、着替えながらいう事じゃないが、今日のは完全に油断してて、」
「違う。何故俺が、あそこで人間の女を引っ掛けると思った」
あぁ、それか。でも人間の女以外だと彼の恋愛相手は今の所、人間の男か刀剣男士になってしまう。個人の趣味に口は出さないが、そういうことなら早く言ってくれれば良いのに。
「本丸にいると、出逢いなんか皆無だろ。君も男子なら、少しくらい遊んでくるかなと思ったんだ」
「もういい」
喋るな。その低く強く唸るような声は、なぜか衝立のこちら側からはっきりと聞こえた。次の瞬間、下着姿のまま大倶利伽羅に後ろから抱きしめられていた。
んん?とか、あー、とか言葉にならない声をいくつか発していると、心なしか妙に背中から伝わる彼の心音が早い。
まさか、いやいやそんな、と内心で躊躇しているのを見透かしたように、「……良い加減に気づけ」と囁かれ、太い腕の絡みつく力が少しだけ強まった。







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