歩くような速さで
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こんな真夜中にバイク何て凍える様な寒さなのに、悴んでしまっているのか剥き出しの頬や手に感覚は余り無い。隆の背中に抱き着いてお互いに無言のまま、まん丸の満月を見ながら帰路についた。家に着くと直ぐに冷えた体を湯船に浸からせて芯まで温め、顔の所々に怪我をしている隆の頬を撫でると少し罰が悪そうな顔をしてからゆっくりと抱き締めてきた彼の首筋に顔を埋めて背に手を回した
「……マイキー君達さ、あの人達の事どうするの?」
「…………お前は…そんな事気にすんな」
「……うん」
「……後、今度からドラケンの指示には必ず従ってくれ。……頼む」
「……約束は出来ないかも……心配だし」
「……頼むよ」
切実な声を出してきた隆に「出来るだけ頑張る」と言えば、溜息を付いていたけれどそもそも隆が私に心配かけ過ぎ何だよと少しだけ怒りたくなる気持ちもあった。今喧嘩になるのも嫌だし、今はとりあえず無事に帰って来れたんだしと自分に言い聞かせながら「先に出るね」と言って彼の顔も見ずに湯船を出た
適当に髪を乾かしてから温かいお茶を飲むと疲れていたのか何だかゆっくり眠気に襲われた。欠伸をしながらお風呂から出てきた隆の手当ても何だかする気がしなくて、そのまま寝室に入り携帯を開けば珍しい人物からLINEが来ていた
三ツ谷も雪那も怪我は大丈夫か?
そんな気遣いのLINEを送ってくれたのはドラちゃんで、そのLINEを見たら自然と頬が緩んでいた。怪我何て無いから大丈夫だよと返信を返してから抱き枕を引き寄せて目を瞑る。1番気になったのは白髪の男の事だった
でも今気にしても仕方が無いし、ただ眠い。廊下からこちらに向かって来る足音は部屋に入ってくるとゆっくり布団に入り後ろから私を抱き締めてくる。言う事何て分かっていて、「ごめんな」と一言呟いてから私の手を握るといつもみたいに首筋に口付けしてくる隆に今日は何だか振り向いて口付けもしたくなかった
あのまま寝てしまったのか目を開ければ太陽が差し込んでいて、窓の外は晴天なのかかなり明るく感じる。後ろからゆっくり回って来た手はスルスルと柔らかな胸の上に被さる様にして動きを止めた。そういえば昨日はイライラしてしまって、隆の顔の傷に手当もしていないし殴られていたお腹の打撲跡に湿布も貼っていなかった。うなじに口付けしてくる隆の顔を腫れていないか確認しようと振り返れば、そこに居た人物は隆では無かった
「……はっ?え?……はっ?」
「…………何だよ、寝ぼけてんのか?」
そこに居た上半身裸の男は額に傷跡がある色素の薄い青年で、目があった私にまるで恋人の様に話しかけてくる。開いた口が塞がらず固まっている私を引き寄せると、当たり前の様にしてきた口付けに再度固まってしまったが何故かぼんやりとこの人は彼氏だと思った自分が居た
「…… 雪那?」
「……あ、ううん。何でもない」
「今日多分遅くなる……。飯先に食ってて」
「……あ、うん」
薄く笑うと起き上がった青年の右半分の背には大きな刺青が入っていて、彼が部屋を出て行く迄その背中をぼんやりと眺めていた。眠る前に着ていた服も着ておらず、ベッドの下に落ちていた下着を身に付けてからガウンを羽織った。何故か自宅では無いのに脱衣場の場所が分かり、入ってから顔を洗おうと鏡を見ればそこに居た自分の顔は随分と大人の顔をしていた。黒のレースの上下の下着もガウンも自分で買った気がするのに昨日まで中学生だった記憶がしっかりとある。20代の様な顔立ちの自分の頬を鏡を見ながらペタペタと触っていると、パタパタと足音が聞こえて扉から顔を出した男と鏡越しに目が合った
「……雪那、パン食う?食うなら焼くけど」
「…ありがとう……青宗……」
「珈琲と紅茶どっち?」
「珈琲」
「ん」
青宗と呼んだ自分に少し驚きながら顔を洗い歯を磨いていると、どこからかいい匂いがして来て食欲をそそる。一体どうなっているのか訳が分からないけれど、隆が亡くなった時と同じ様な現象が起きてるのかもしれない。歯を磨き終わりリビングに入れば温かい珈琲を渡してきてくれた青宗にお礼を言うとソファに腰掛けてからテレビを付けた
ニュースに出てくる東京の街並みに余り変化は無かったけれど、CMに出てくる女優がかなり歳をとっていた事に驚いて携帯で西暦を調べると14の時から大体10年の歳月が流れていた。記憶を探り思い出してみると、中学3年の卒業式に別れてから隆とはそれっきりになっていた。
「…………隆を救う為に来たのに」
何でこうなっちゃってるんだろう……。隆と最後に話した会話は「マイキーを支えてやりたい」「危ないからもうやめて、いつか死んじゃうよ」だったと思う。
中学3年の秋に真一郎君とエマちゃんが何者かに襲われて植物状態になったって聞いて病院に行ったけれど、マイキー君やドラちゃんの恐ろしい表情を見てしまって逃げる様に自宅に帰って来た。高校に入って暫くしてからあのメンバーは反社になったって聞いたし、何度かニュースでも彼等の姿は見掛けた事もあった
遠い昔の記憶に浸っていると、昨日までの自分が早く隆に会いたいと叫んでいる様な気がする。キッチンでパンを焼く青宗を見ていると、今の自分はこの人が好きな様な気がして良く分からなくなってきてしまった。青宗に初めて会ったのは中1の時、隆のクリスマスプレゼントを真一郎君に頼んだ時にお店に居て軽く挨拶を交わした程度だった。22歳の時に街中でチンピラに絡まれた所を助けて貰ったのがきっかけで再開したけれど、お互い何か会った事あるよね。程度だったし青宗の性格がこんな感じなので、あのまま寝たきりの真一郎君のお見舞いに一緒に行ったり、たまにご飯を食べるくらいの仲がずっと続いていて関係が進展したのは本当につい最近だった
1度だけ……、青宗が財布を家に忘れて出かけて行ってしまってそれを届けに行った時に、スーツ姿の隆もパーちゃんも同じ場所に居て。気まずいよりも何だか久しぶりに顔が見れて嬉しかった気がしたが、笑顔で話し掛けて来たパーちゃんと違って唇を噛み締めてその場から立ち去った隆の表情を今でもハッキリと思い出せる
あの時はそのまま仕方ないと思ってそのまま何も考え無いようにしたけれど、今なら分かる。彼は……隆は今でも私の事が好きなんだと思う。そして、中学からここに来た今の私も隆が好きで堪らないんだって思った。自分の良く分からない所は、中学の時にあんなに隆と最後には喧嘩して「危ない事はやめろ」と叫んでいたのに、何でこんなに危ない人と今付き合っているのかが良く分からない。それに一応青宗は隆の仲間って事になるんだろうし……。隆が私に対してあんな目を向けるのも良く分かる気がした
「パン焼けた」
「ありがとう、何かジャムでも塗ろうかな」
「マーマレードならある、クリームチーズも」
「……その組み合わせ美味しそう。……ねぇ、青宗さ今日って何の仕事……?」
「…………何で?」
「ううん、……遅くなるなら出かけようかなと思って」
「…………」
手渡された真っ白なお皿に乗ったトーストを受け取ろうと手を伸ばすと、その手を取られて至近距離で瞳を覗き込んで来た青宗の瞳の冷たさに内心ドキっとして後ずさった。顎を掴んで来た手は少しだけ力が入っていて痛みを感じたけれど、何だか目を逸らせなかった
「……痛いんだけど……」
「…お前さっき、……隆って言ったよな…」
「…………」
「……答えろよ」
「言った……」
「………まだ三ツ谷に未練あんの?……別れたのだって中学の時だろ?」
「………………」
「……即答出来ないんだな」
怒られても殴られても、ここで嘘は付かない方が良いと何だかそう感じて首を1度縦に振ればゆっくりと顎を掴まれた手は離れて青宗はそのままリビングを出て行ってしまった。自然に出てきた溜息を吐いてから椅子に座るとまだほんのり温かいトーストを何も付けずに口に入れて珈琲で流し込んだ
少ししてから玄関が開く音が聞こえて、青宗は二度とこの部屋には来ないなって何だか確信があった。何だか安心した様な悲しい様な気持ちになり、彼が置いていった煙草を吸いながら暫く彼との楽しかった思い出に浸り出てくる涙を拭いもせずに呆然としていた。ポケットから取り出した携帯を開いて1枚だけ残してあった隆との2ショット写真を見ながら、どうしたら彼に会えるのか今はそれだけしか考え無い事にした
携帯に隆の番号は勿論無いし、何処に住んでいるかも分からない。どうすれば彼に会えるんだろう……。そんな事を考えながら午前中のうちに掃除や洗濯を済ませるとメイクをしてから着替え、歩いて歌舞伎町に向かった。適当に買い物をしてカフェでお茶を飲んでいると、時刻は18時半を過ぎている事に気付いて店を出た。路地裏に入り怪しい店が何軒か並んでいる1番奥、キャッツと書かれた店の前に来ればCLOSEの看板が立て掛けてある。1度ノックをしたが返事は無くて、そのままドアを開けば簡単に開いた事に少々驚いてしまった
扉を開いて目の前に居たマスターは私を見てから目を少しだけ細めて、「まだ準備中よん」と言ってウインクしてくる。苦笑いで返し、マスターの前のカウンター席に座れば渡してくれたおしぼりは暖かかった。
「 雪那ちゃん、今日はおひとり様?」
「……うん。ちょっとマスターに聞きたい事あってさ」
「何か、顔暗いけど……平気??」
「……三ツ谷隆って分かる?」
「…………それは、雪那ちゃんの彼氏に聞いた方が良く知ってるんじゃないの?」
「……あの人には聞けないから」
「……訳ありなの?」
「……ちょっとね。……三ツ谷って最近この辺にいるかな?」
「……会いたいの?」
「話したい事があるんだよね……」
「……電話番号知ってるわよ。教えようか?」
「……ありがとう。……マスターから聞いたって言わないからさ」
「三ツ谷さんなら大丈夫だけど……彼氏……大丈夫?」
「あの人はもう、多分私に会いに来ないから大丈夫」
「あらあら……」
良い男なのに乾さんと呟いたマスターは番号をメモに書いてそっと私に渡してくれた。その紙を直ぐにコートのポケットにしまうとそっと1万円をカウンターに置いて店を出た。店から少し離れた所からポケットに入っていたメモを取り出して携帯に番号を打ち込んでいく、手は寒さと恐怖で少しだけ震えていた。通話ボタンを押せば、4コール程で「はい」と聞こえた隆の声に何故か涙が出てきてしまった
「…………誰だ?」
「…………た……かし?」
「………… 雪那か?」
一言だけ隆の名前を涙声で呟けば、「 雪那?」と名前を呼ばれてまた涙が目から溢れ落ちる。泣いてばかりで何も言えない私に「何で泣いてんだよ……」と少しだけ呆れた様にフッと笑った隆の声を聞いて耐えられなくなってしまった
「……隆に会いたい……隆じゃなきゃ駄目なの。隆以外の人を男として見れない……忘れられないの」
「……………………」
「……お願い……一緒に居て」
「…………お前、今何処にいんの?」
「……キャッツの近く……」
「……そこでちょっと待ってろ」
プツリと切れた電話をポケットにしまってから流れる涙をハンカチで拭った。何だか体中から力が抜け落ちてしまって、その場にゆっくりと座り込んで蹲った。
何分経ったのか分からない、コツコツとこちらに駆けてくる足音に顔を上げれば中学生の時と違う大人の隆が直ぐ目の前に立っていた
「……たか……し」
「…………久しぶりだな」
黒い短髪の髪に、スーツを着た隆は目尻を下げて私を見つめていた。ゆっくりと立ち上がり、その胸に飛び込んで背に腕を回せば何秒かしてからゆっくりと回って来た手は息が苦しい程に抱き締めてくれる。その苦しさが今は本当に泣きたい程嬉しく感じた
「……隆……会いたかった……」
「………………乾は?」
「……隆に未練あるって言ったら……出て行っちゃった……。……もう嘘つけなかった」
「………………」
ゆっくりと体が離れ目が合うと、引き合う様に唇を合わせた。そこに優しい口付け何て無くて、今迄会えなかった事を埋める様な激しい口付けに私も応えるように彼の首に手を回した
唇が離れると、手を掴まれて無言で歩き出した隆の後ろを着いて行く。路地裏から出ると停めてあった車の助手席に乗る様に言われて素直に頷いた、運転席に座った隆は煙草に火をつけてから何も言わずに車を走らせる。無言でも彼と居れる喜びに浸っていると、5分程して車は駐車場に止まり降りた隆の後ろに続いた
マンションのエントランスを過ぎてエレベーターに乗ると40階で止まり、腕を少し乱暴に引かれて鍵を開けた隆は私を玄関に押し込めてくる。ドアを閉めてから真っ暗な玄関で見つめあっていると、「……逃げるならまだ間に合う……」と小さく呟いた隆の瞳は昔とは少し違う気がした
「…………私はもう離れない……」
「……最初に言っておく。……部屋に入ったらもう絶対に逃がさない」
「……分かった……」
そう言った隆の声は言葉に比べて冷静だった。私が頷いた瞬間に手を取られて壁に押し付けられ、激しい口付けに応えるように反対の手を彼の頬に添えた。コートと服を脱がされて、片手で抱き上げられベッドに降ろされると下着の中に入って来た手は私の好きな所をまるで覚えているかの様に敏感な部分を撫でた
何度も何度も声が枯れるまで抱かれて、ずっと無言の隆の瞳を見つめて何度も果てた。ゆっくりと意識が遠のいて行くのが分かって最後の力を振り絞って隆の胸に抱き着けば、耳元で「愛してる」と囁かれた。昔に何度も言って貰ったその台詞だけど、何だか昔とは違う気がして聞いただけで涙が出てしまった
「……お前は……やっぱり泣き虫だな」
隆の唇が頬を伝う涙に触れると、何だか安心してしまってそのままゆっくり目を閉じた
起きたらまた坊主頭で顔が傷だらけの隆が横で寝ているんだろう何て思っていたけれど、目を開けて目の前に見えたのは胸も背も入れ墨だらけの隆だった。柔らかな毛質は昔と変わっておらず、私の額を擽ってくる
付けっぱなしの暖房が効いていても何だか寒くて起き上がれば窓の外は雪が降っていた。その瞬間に肩を引かれて後ろに倒れると目を薄く開けた隆と目が合って、彼の首元に顔を埋めれば優しく抱き締められて毛布を掛けてくれる
「……隆お腹空いた?」
「…………お前声ガラガラ……」
「うん。ちょっと喉痛いもん」
「…………悪ぃ。」
「……ううん。……何か作る?」
「もうちょいこのまま」
「…………うん」
頬に擦り寄って来る隆をキツく抱き締めると少ししてから規則正しい寝息が聞こえてきて私もそれにつられて目を閉じた。正直、青宗に嫌な思いをさせてしまったなと思ったけれど後悔は微塵も無くて今隆の傍に居れるだけで幸せで堪らなかった。私は……隆が死んだ時に必ずずっと傍に居るって誓ったのに結局離れてしまって、ズルズルと気持ちを引きずって青宗にまで嫌な思いをさせてしまった
「……ずっと傍に居るって思っていたよりも難しいんだな」
そんな台詞が自然と口に出て来てしまう。隆と別れてからずっと寂しさや虚しさを隠して意地を貫き通して生きてきたこの世界の私と、中学生から来た私が何だか隆と肌を合わせたらゆっくりと融合していく様な気がした。
少し眠ってから起きると、隆は私を抱きしめながらまだ眠っていた。1度彼の頬に口付けてから風呂を探し、勝手にお湯を入れて体を温めていると扉の外からバタバタと足音がしてガチャっと開いた扉からこちらを見ている隆の顔の表情に私は思わず眉を寄せてしまう
「……隆?どしたの……」
「……嫌、何でもねぇ。」
「一緒に入る?」
「…………あ、ああ」
「……本当にどしたの?変な夢でも見た?」
「……起きたら隣に雪那が居なかったから少し驚いただけだ。平気だよ」
「……そう」
簡単にシャワーを浴びた隆が浴槽に入り、後ろから手を回されると白髪の男性に会った日も確か二人でこんな風にお風呂に入って居たなと何だか懐かしくなる。懐かしくなるっていっても、私にとっては昨日みたいな感覚なのも少し不思議だった。
「……ねぇ、隆と八戒が病院の廃墟に拐われた時の事覚えてる?」
「ああ。……お前が来た時はゾッとしたからな。良く覚えてるよ」
「何でゾッとするの?」
「……それくらい分かるだろ」
「…………今考えたら行かない方が良かったかも」
「当たり前だろ……。」
「だって……心配だったし。」
「…………あんな事ばっかりだったからな。……お前が俺と居たくなくなるのは当然だよな」
「……今は…一緒に居たいよ」
「……俺はずっと……いて欲しかった……」
「…………うん。本当は……ずっと傍に居たかったけど………隆は私との未来よりマイキーを選んだ気がして……悲しかったのかな」
「………………」
回された腕に力が入り耳元で「ごめんな」って囁かれ、昔から変わらないその台詞を聞いて少しだけ内心笑ってしまった。体の向きを変えて彼の膝の上に座ると、頬に手を添えてじっくりと顔を見つめた
「……ん?」
「……何か……本当に大きくなったね。」
「中学生とはまぁ、違うからな……」
「隆は今……幸せ?マイキーを選んで良かった?夢を捨てた事……後悔してない?」
「………………」
私の目を見つめていた瞳はスっと下を向いた。その姿を見て今はこれ以上聞かない方が良いと思い、隆の頬に擦り寄って体を抱き締める
「……傍に居るから……」
「…………ああ。」
「でも……もう心配させないでね」
「……努力は……する」
「ふふふ。あ、ねぇ。あの時の指輪まだ持ってる?」
「捨てらんなくて持ってる。お前は?」
「持ってるよ、後で1回家に戻るから嵌めてくるね」
「……俺も行くわ」
「えっ?何で?」
「……帰って来なかったら心配だし。……後あの家は直ぐに退去しろよ」
「……一緒に住むって事?」
「……嫌か?」
「……ううん」
「今回はお前が嫌でも直ぐに手配するから」
「…………うん」
「……何か……、強引になったね。……隆」
「悪ぃけど、昨日言った通り絶対に逃がさねぇから」
「そんな事言わなくても離れたりしないよ」
目が座っている隆にこれ以上言う気は何も起きず、ただ今は彼に抱き着いて静かに下を向いていた。風呂から上がると直ぐにマンション名と部屋番号を聞かれてそれからずっと電話をしている隆を横目で見ながら朝食を作り、溜まっていた洗濯物を洗濯機に放り込む。昨日は部屋を見て周る事が出来なかったから彼が電話をしている間に全ての扉を開けて部屋をチェックしたけれど、空き部屋が2つにリビングにはソファとテレビしか無く後は寝室に大きなベッドがあるだけ。生活感の欠片も無いし、隆にしてはインテリアのこだわりも無いように感じた
ただ、電化製品は最新型の物が揃っているし冷蔵庫に入っていた野菜や卵は新鮮だったから自炊もしている様だ。離れていた期間が長すぎるし、昔の隆と比べても仕方ない事だけど何となく変わったんだなって昨日から一緒にいて改めて実感した。だからと言って愛している事には変わりないし、ただ今は傍に居たいと思えている自分が居る
ベランダで洗濯物を干し終わってから部屋に入れば、出かけるから準備してと言われ素直に頷いた。どこに行くのか尋ねれば、お前の家に荷物取りに行くと言われて行動が早いな。何て呑気な事を考えながら二人でご飯を食べてから支度をすると車に乗り込んだ。
自宅のマンションの前に到着すると、駐車場にはトラックが停めてあり乗っていた人物は隆の車を見ると直ぐに降りてこちらに向かって走ってくる
「……誰?知り合い?」
「俺が呼んだ。雪那、部屋行って荷物纏めろ」
「えっ?」
「必要な物だけにしろよ。電化製品は2つもいらねぇからこっちで処分するわ」
「もしかして今直ぐにあの部屋空っぽにするの?」
「ああ。」
平然とした顔で言われ、瞬きを何回かしてからゆっくりと頷いた。「もう絶対に逃がさない」と言った隆の言葉が頭に出て来て、仕方ないかと思いながら車を降りて部屋に向かうと直ぐに気に入っている服や靴、仕事道具や必要な物だけを選んで大きめのバックにしまい込んでいく
隆と4人の男性が家に入って来て、隆が指示を出すと直ぐに男の人達はテレビや冷蔵庫などの家電を全て運び出し厚めの封筒を隆から受け取って帰って行った。その無駄の無い動きに感動していると、寝室のクローゼットの前でいまだに4つめの鞄に下着類を入れている私を見て隆は扉に寄りかかりながら少しだけ笑っていた
「……何で笑ってんの?」
「いや、何でもねぇよ」
「隆も手伝ってよ」
「ああ。とりあえず纏めたやつは車に乗せてくるわ」
纏めたバックを両手に持って玄関を出た隆に「よろしく」と言って下着を詰める作業に戻る。衣類や鞄の他に雑貨や小物何かを纏め終わると両手に荷物を持って玄関を出た。1度これを車に乗せようとエレベーターに入り、降りた所で車の前で誰かと話をしている隆の姿が見えたけれど気にせずに車に向かえばこちらに気付いた2人が私を見ていた。隆と話していたのは青宗で、私は少しだけ自分の心臓がドキっとしたのが分かった
「……青宗」
「…………三ツ谷に今聞いた。寄り戻したって」
「うん。」
「……三ツ谷、さっきの話分かってるんだろうな」
「…………ああ」
「なら、良い」
無表情を崩さずに私達に背を向けた青宗は車に乗り込むと直ぐにエンジンをかけ、こちらを振り向きもせずに走り去ってしまった。小さく溜息をついてから車のトランクに荷物を載せ、隆を見ればどこかぼんやりと何かを考えている様な顔をしていた。
「……隆?」
「……ん?」
「何か言われた?……ごめんね。隆も青宗も悪くないのに……本当に……ごめんなさい」
「……いや、平気。俺はお前が戻って来ただけで満足だから」
「…………」
「荷物終わり?」
「あ、うん。でも観葉植物とかはどうしようと思って」
「今日の夕方に清掃入らせるから、持って行きたいなら今の内だぜ。後鍵はポストに入れといて」
「じゃあ1回戻って持ってくる。鍵も入れとくね」
「ああ」
煙草に火を付けた隆はそのまま車に乗り込んだので部屋に戻り、観葉植物を持ってから家に鍵を掛けるとポストに鍵を入れてから車に戻った。車に乗り込むと直ぐに隆の自宅方面に向かって走り出す、これからは隆の家が自宅になるんだなと思うとふと中学の時に二人で話していた記憶が蘇ってきて自然に笑顔になってしまう
「……ねぇ、13歳の時にさ、早く二人で住みたいねって話したの覚えてる?」
「覚えてる。……うちは狭かったしな、あの頃から俺はなるべく早く家出たいと思ってたな」
「小さくても良いから庭がある可愛い一軒家に二人で住むのが夢だったんだ」
「…………もう少し落ち着いたら庭付きの一軒家買ってやるから、ちょっと待ってろよ」
「…楽しみにしてる」
真っ直ぐに前を向いて運転をする隆の腕に頬を寄せてお腹に手を回す。運転中だから直ぐに離れたけれど、何だか嬉しくてザワザワしていた心が落ち着いた気がした。信号が赤になり車が停車すると「雪那」と名前を呼ばれそちらを向けば、隆の顔が目の前にあって声を出す間も無く唇は優しく塞がれた
途中でドライブスルーに寄り、夕飯を買ってから帰って来ると時刻はまだ15時なのにお腹が空いていた。洋服何かの整理もしたいけど先に腹ごしらえしないと動けそうも無くて、ソファに座り買って来たばかりのハンバーガーに齧り付いていると「それ夕飯だろ」と言ってケラケラと笑う隆のお日様みたいな笑顔は何だか中学生に見た以来な気がした
「俺も腹減ったわ」
「ふふふ。じゃあこれは昼ご飯にしよ」
「夕飯どうする?」
「材料あるっけ?」
「……ねーな。雪那が引っ越して来たから祝いに寿司でもとるか」
「お寿司食べる!嬉しい大好き愛してる」
「プッ」
小さく吹き出した隆が隣に座りガサガサと袋から取り出したハンバーガーに齧り付く。「これ、案外美味いな」と口の周りにソースを付けて微笑んでいる隆のハンバーガーに齧り付くと、私の口の周りに付いたソースをナプキンで拭き取りながらケラケラと楽しそうに笑う隆を見て私も微笑んだ
そんな日が何日も続いて、自分が中学生の時から来た何て事も忘れ二人で幸せに暮らしていた。隆はたまに仕事に行くと行って行先も告げずに出て行く事があったけれど、必ずその日の内に帰って来るし連絡もマメだったから心配もしないですんだ。反社だからといって怪我をして来る事も無かったし、お酒を飲んで酔って帰って来るくらいでその辺は青宗と変わらないなと安心した
あくびをしながら私の膝でテレビを見ている隆の頭を撫でていると、テレビに飽きたのかくるりと体勢を変えてお腹に抱き着いてきた隆の背を優しく撫でた。セーターの中に入って来た隆の手は素肌を撫でて下着の中にするすると入ってくる
「……隆君、めっ」
「何でだよ……」
「今日朝も駄目って言ったのに生でしたでしょ、当分反省するまでおあずけです」
「………なぁ。…子供……作るか」
「……はっ?……えっ?どしたの急に?」
「……いや、欲しいから。お前は欲しくねーの?」
「改めて聞かれると……どうかな。……欲しいけど結婚が先じゃない?」
「……だな。この間も言ったけどよ、俺は中学から今までずっと雪那だけを愛してる……結婚してくれるか?」
「……うん。私も本当に愛してるよ」
私の返事を聞いて嬉しそうに微笑んだ隆の唇に優しく口付けると、後頭部を掴まれ深く口付けした来た隆の頬を優しく撫でる。今の言葉が胸にじんわりと響いてやっと幸せになれるんだなって実感した
私の右手に嵌めてある指輪を撫でた隆は「新しいの買わなきゃな」と言いながら歯を見せて笑う。「……今度は二人で選びたいな」と言った私に隆は優しく微笑んでから頷いてくれた
「……マイキー君達さ、あの人達の事どうするの?」
「…………お前は…そんな事気にすんな」
「……うん」
「……後、今度からドラケンの指示には必ず従ってくれ。……頼む」
「……約束は出来ないかも……心配だし」
「……頼むよ」
切実な声を出してきた隆に「出来るだけ頑張る」と言えば、溜息を付いていたけれどそもそも隆が私に心配かけ過ぎ何だよと少しだけ怒りたくなる気持ちもあった。今喧嘩になるのも嫌だし、今はとりあえず無事に帰って来れたんだしと自分に言い聞かせながら「先に出るね」と言って彼の顔も見ずに湯船を出た
適当に髪を乾かしてから温かいお茶を飲むと疲れていたのか何だかゆっくり眠気に襲われた。欠伸をしながらお風呂から出てきた隆の手当ても何だかする気がしなくて、そのまま寝室に入り携帯を開けば珍しい人物からLINEが来ていた
三ツ谷も雪那も怪我は大丈夫か?
そんな気遣いのLINEを送ってくれたのはドラちゃんで、そのLINEを見たら自然と頬が緩んでいた。怪我何て無いから大丈夫だよと返信を返してから抱き枕を引き寄せて目を瞑る。1番気になったのは白髪の男の事だった
でも今気にしても仕方が無いし、ただ眠い。廊下からこちらに向かって来る足音は部屋に入ってくるとゆっくり布団に入り後ろから私を抱き締めてくる。言う事何て分かっていて、「ごめんな」と一言呟いてから私の手を握るといつもみたいに首筋に口付けしてくる隆に今日は何だか振り向いて口付けもしたくなかった
あのまま寝てしまったのか目を開ければ太陽が差し込んでいて、窓の外は晴天なのかかなり明るく感じる。後ろからゆっくり回って来た手はスルスルと柔らかな胸の上に被さる様にして動きを止めた。そういえば昨日はイライラしてしまって、隆の顔の傷に手当もしていないし殴られていたお腹の打撲跡に湿布も貼っていなかった。うなじに口付けしてくる隆の顔を腫れていないか確認しようと振り返れば、そこに居た人物は隆では無かった
「……はっ?え?……はっ?」
「…………何だよ、寝ぼけてんのか?」
そこに居た上半身裸の男は額に傷跡がある色素の薄い青年で、目があった私にまるで恋人の様に話しかけてくる。開いた口が塞がらず固まっている私を引き寄せると、当たり前の様にしてきた口付けに再度固まってしまったが何故かぼんやりとこの人は彼氏だと思った自分が居た
「…… 雪那?」
「……あ、ううん。何でもない」
「今日多分遅くなる……。飯先に食ってて」
「……あ、うん」
薄く笑うと起き上がった青年の右半分の背には大きな刺青が入っていて、彼が部屋を出て行く迄その背中をぼんやりと眺めていた。眠る前に着ていた服も着ておらず、ベッドの下に落ちていた下着を身に付けてからガウンを羽織った。何故か自宅では無いのに脱衣場の場所が分かり、入ってから顔を洗おうと鏡を見ればそこに居た自分の顔は随分と大人の顔をしていた。黒のレースの上下の下着もガウンも自分で買った気がするのに昨日まで中学生だった記憶がしっかりとある。20代の様な顔立ちの自分の頬を鏡を見ながらペタペタと触っていると、パタパタと足音が聞こえて扉から顔を出した男と鏡越しに目が合った
「……雪那、パン食う?食うなら焼くけど」
「…ありがとう……青宗……」
「珈琲と紅茶どっち?」
「珈琲」
「ん」
青宗と呼んだ自分に少し驚きながら顔を洗い歯を磨いていると、どこからかいい匂いがして来て食欲をそそる。一体どうなっているのか訳が分からないけれど、隆が亡くなった時と同じ様な現象が起きてるのかもしれない。歯を磨き終わりリビングに入れば温かい珈琲を渡してきてくれた青宗にお礼を言うとソファに腰掛けてからテレビを付けた
ニュースに出てくる東京の街並みに余り変化は無かったけれど、CMに出てくる女優がかなり歳をとっていた事に驚いて携帯で西暦を調べると14の時から大体10年の歳月が流れていた。記憶を探り思い出してみると、中学3年の卒業式に別れてから隆とはそれっきりになっていた。
「…………隆を救う為に来たのに」
何でこうなっちゃってるんだろう……。隆と最後に話した会話は「マイキーを支えてやりたい」「危ないからもうやめて、いつか死んじゃうよ」だったと思う。
中学3年の秋に真一郎君とエマちゃんが何者かに襲われて植物状態になったって聞いて病院に行ったけれど、マイキー君やドラちゃんの恐ろしい表情を見てしまって逃げる様に自宅に帰って来た。高校に入って暫くしてからあのメンバーは反社になったって聞いたし、何度かニュースでも彼等の姿は見掛けた事もあった
遠い昔の記憶に浸っていると、昨日までの自分が早く隆に会いたいと叫んでいる様な気がする。キッチンでパンを焼く青宗を見ていると、今の自分はこの人が好きな様な気がして良く分からなくなってきてしまった。青宗に初めて会ったのは中1の時、隆のクリスマスプレゼントを真一郎君に頼んだ時にお店に居て軽く挨拶を交わした程度だった。22歳の時に街中でチンピラに絡まれた所を助けて貰ったのがきっかけで再開したけれど、お互い何か会った事あるよね。程度だったし青宗の性格がこんな感じなので、あのまま寝たきりの真一郎君のお見舞いに一緒に行ったり、たまにご飯を食べるくらいの仲がずっと続いていて関係が進展したのは本当につい最近だった
1度だけ……、青宗が財布を家に忘れて出かけて行ってしまってそれを届けに行った時に、スーツ姿の隆もパーちゃんも同じ場所に居て。気まずいよりも何だか久しぶりに顔が見れて嬉しかった気がしたが、笑顔で話し掛けて来たパーちゃんと違って唇を噛み締めてその場から立ち去った隆の表情を今でもハッキリと思い出せる
あの時はそのまま仕方ないと思ってそのまま何も考え無いようにしたけれど、今なら分かる。彼は……隆は今でも私の事が好きなんだと思う。そして、中学からここに来た今の私も隆が好きで堪らないんだって思った。自分の良く分からない所は、中学の時にあんなに隆と最後には喧嘩して「危ない事はやめろ」と叫んでいたのに、何でこんなに危ない人と今付き合っているのかが良く分からない。それに一応青宗は隆の仲間って事になるんだろうし……。隆が私に対してあんな目を向けるのも良く分かる気がした
「パン焼けた」
「ありがとう、何かジャムでも塗ろうかな」
「マーマレードならある、クリームチーズも」
「……その組み合わせ美味しそう。……ねぇ、青宗さ今日って何の仕事……?」
「…………何で?」
「ううん、……遅くなるなら出かけようかなと思って」
「…………」
手渡された真っ白なお皿に乗ったトーストを受け取ろうと手を伸ばすと、その手を取られて至近距離で瞳を覗き込んで来た青宗の瞳の冷たさに内心ドキっとして後ずさった。顎を掴んで来た手は少しだけ力が入っていて痛みを感じたけれど、何だか目を逸らせなかった
「……痛いんだけど……」
「…お前さっき、……隆って言ったよな…」
「…………」
「……答えろよ」
「言った……」
「………まだ三ツ谷に未練あんの?……別れたのだって中学の時だろ?」
「………………」
「……即答出来ないんだな」
怒られても殴られても、ここで嘘は付かない方が良いと何だかそう感じて首を1度縦に振ればゆっくりと顎を掴まれた手は離れて青宗はそのままリビングを出て行ってしまった。自然に出てきた溜息を吐いてから椅子に座るとまだほんのり温かいトーストを何も付けずに口に入れて珈琲で流し込んだ
少ししてから玄関が開く音が聞こえて、青宗は二度とこの部屋には来ないなって何だか確信があった。何だか安心した様な悲しい様な気持ちになり、彼が置いていった煙草を吸いながら暫く彼との楽しかった思い出に浸り出てくる涙を拭いもせずに呆然としていた。ポケットから取り出した携帯を開いて1枚だけ残してあった隆との2ショット写真を見ながら、どうしたら彼に会えるのか今はそれだけしか考え無い事にした
携帯に隆の番号は勿論無いし、何処に住んでいるかも分からない。どうすれば彼に会えるんだろう……。そんな事を考えながら午前中のうちに掃除や洗濯を済ませるとメイクをしてから着替え、歩いて歌舞伎町に向かった。適当に買い物をしてカフェでお茶を飲んでいると、時刻は18時半を過ぎている事に気付いて店を出た。路地裏に入り怪しい店が何軒か並んでいる1番奥、キャッツと書かれた店の前に来ればCLOSEの看板が立て掛けてある。1度ノックをしたが返事は無くて、そのままドアを開けば簡単に開いた事に少々驚いてしまった
扉を開いて目の前に居たマスターは私を見てから目を少しだけ細めて、「まだ準備中よん」と言ってウインクしてくる。苦笑いで返し、マスターの前のカウンター席に座れば渡してくれたおしぼりは暖かかった。
「 雪那ちゃん、今日はおひとり様?」
「……うん。ちょっとマスターに聞きたい事あってさ」
「何か、顔暗いけど……平気??」
「……三ツ谷隆って分かる?」
「…………それは、雪那ちゃんの彼氏に聞いた方が良く知ってるんじゃないの?」
「……あの人には聞けないから」
「……訳ありなの?」
「……ちょっとね。……三ツ谷って最近この辺にいるかな?」
「……会いたいの?」
「話したい事があるんだよね……」
「……電話番号知ってるわよ。教えようか?」
「……ありがとう。……マスターから聞いたって言わないからさ」
「三ツ谷さんなら大丈夫だけど……彼氏……大丈夫?」
「あの人はもう、多分私に会いに来ないから大丈夫」
「あらあら……」
良い男なのに乾さんと呟いたマスターは番号をメモに書いてそっと私に渡してくれた。その紙を直ぐにコートのポケットにしまうとそっと1万円をカウンターに置いて店を出た。店から少し離れた所からポケットに入っていたメモを取り出して携帯に番号を打ち込んでいく、手は寒さと恐怖で少しだけ震えていた。通話ボタンを押せば、4コール程で「はい」と聞こえた隆の声に何故か涙が出てきてしまった
「…………誰だ?」
「…………た……かし?」
「………… 雪那か?」
一言だけ隆の名前を涙声で呟けば、「 雪那?」と名前を呼ばれてまた涙が目から溢れ落ちる。泣いてばかりで何も言えない私に「何で泣いてんだよ……」と少しだけ呆れた様にフッと笑った隆の声を聞いて耐えられなくなってしまった
「……隆に会いたい……隆じゃなきゃ駄目なの。隆以外の人を男として見れない……忘れられないの」
「……………………」
「……お願い……一緒に居て」
「…………お前、今何処にいんの?」
「……キャッツの近く……」
「……そこでちょっと待ってろ」
プツリと切れた電話をポケットにしまってから流れる涙をハンカチで拭った。何だか体中から力が抜け落ちてしまって、その場にゆっくりと座り込んで蹲った。
何分経ったのか分からない、コツコツとこちらに駆けてくる足音に顔を上げれば中学生の時と違う大人の隆が直ぐ目の前に立っていた
「……たか……し」
「…………久しぶりだな」
黒い短髪の髪に、スーツを着た隆は目尻を下げて私を見つめていた。ゆっくりと立ち上がり、その胸に飛び込んで背に腕を回せば何秒かしてからゆっくりと回って来た手は息が苦しい程に抱き締めてくれる。その苦しさが今は本当に泣きたい程嬉しく感じた
「……隆……会いたかった……」
「………………乾は?」
「……隆に未練あるって言ったら……出て行っちゃった……。……もう嘘つけなかった」
「………………」
ゆっくりと体が離れ目が合うと、引き合う様に唇を合わせた。そこに優しい口付け何て無くて、今迄会えなかった事を埋める様な激しい口付けに私も応えるように彼の首に手を回した
唇が離れると、手を掴まれて無言で歩き出した隆の後ろを着いて行く。路地裏から出ると停めてあった車の助手席に乗る様に言われて素直に頷いた、運転席に座った隆は煙草に火をつけてから何も言わずに車を走らせる。無言でも彼と居れる喜びに浸っていると、5分程して車は駐車場に止まり降りた隆の後ろに続いた
マンションのエントランスを過ぎてエレベーターに乗ると40階で止まり、腕を少し乱暴に引かれて鍵を開けた隆は私を玄関に押し込めてくる。ドアを閉めてから真っ暗な玄関で見つめあっていると、「……逃げるならまだ間に合う……」と小さく呟いた隆の瞳は昔とは少し違う気がした
「…………私はもう離れない……」
「……最初に言っておく。……部屋に入ったらもう絶対に逃がさない」
「……分かった……」
そう言った隆の声は言葉に比べて冷静だった。私が頷いた瞬間に手を取られて壁に押し付けられ、激しい口付けに応えるように反対の手を彼の頬に添えた。コートと服を脱がされて、片手で抱き上げられベッドに降ろされると下着の中に入って来た手は私の好きな所をまるで覚えているかの様に敏感な部分を撫でた
何度も何度も声が枯れるまで抱かれて、ずっと無言の隆の瞳を見つめて何度も果てた。ゆっくりと意識が遠のいて行くのが分かって最後の力を振り絞って隆の胸に抱き着けば、耳元で「愛してる」と囁かれた。昔に何度も言って貰ったその台詞だけど、何だか昔とは違う気がして聞いただけで涙が出てしまった
「……お前は……やっぱり泣き虫だな」
隆の唇が頬を伝う涙に触れると、何だか安心してしまってそのままゆっくり目を閉じた
起きたらまた坊主頭で顔が傷だらけの隆が横で寝ているんだろう何て思っていたけれど、目を開けて目の前に見えたのは胸も背も入れ墨だらけの隆だった。柔らかな毛質は昔と変わっておらず、私の額を擽ってくる
付けっぱなしの暖房が効いていても何だか寒くて起き上がれば窓の外は雪が降っていた。その瞬間に肩を引かれて後ろに倒れると目を薄く開けた隆と目が合って、彼の首元に顔を埋めれば優しく抱き締められて毛布を掛けてくれる
「……隆お腹空いた?」
「…………お前声ガラガラ……」
「うん。ちょっと喉痛いもん」
「…………悪ぃ。」
「……ううん。……何か作る?」
「もうちょいこのまま」
「…………うん」
頬に擦り寄って来る隆をキツく抱き締めると少ししてから規則正しい寝息が聞こえてきて私もそれにつられて目を閉じた。正直、青宗に嫌な思いをさせてしまったなと思ったけれど後悔は微塵も無くて今隆の傍に居れるだけで幸せで堪らなかった。私は……隆が死んだ時に必ずずっと傍に居るって誓ったのに結局離れてしまって、ズルズルと気持ちを引きずって青宗にまで嫌な思いをさせてしまった
「……ずっと傍に居るって思っていたよりも難しいんだな」
そんな台詞が自然と口に出て来てしまう。隆と別れてからずっと寂しさや虚しさを隠して意地を貫き通して生きてきたこの世界の私と、中学生から来た私が何だか隆と肌を合わせたらゆっくりと融合していく様な気がした。
少し眠ってから起きると、隆は私を抱きしめながらまだ眠っていた。1度彼の頬に口付けてから風呂を探し、勝手にお湯を入れて体を温めていると扉の外からバタバタと足音がしてガチャっと開いた扉からこちらを見ている隆の顔の表情に私は思わず眉を寄せてしまう
「……隆?どしたの……」
「……嫌、何でもねぇ。」
「一緒に入る?」
「…………あ、ああ」
「……本当にどしたの?変な夢でも見た?」
「……起きたら隣に雪那が居なかったから少し驚いただけだ。平気だよ」
「……そう」
簡単にシャワーを浴びた隆が浴槽に入り、後ろから手を回されると白髪の男性に会った日も確か二人でこんな風にお風呂に入って居たなと何だか懐かしくなる。懐かしくなるっていっても、私にとっては昨日みたいな感覚なのも少し不思議だった。
「……ねぇ、隆と八戒が病院の廃墟に拐われた時の事覚えてる?」
「ああ。……お前が来た時はゾッとしたからな。良く覚えてるよ」
「何でゾッとするの?」
「……それくらい分かるだろ」
「…………今考えたら行かない方が良かったかも」
「当たり前だろ……。」
「だって……心配だったし。」
「…………あんな事ばっかりだったからな。……お前が俺と居たくなくなるのは当然だよな」
「……今は…一緒に居たいよ」
「……俺はずっと……いて欲しかった……」
「…………うん。本当は……ずっと傍に居たかったけど………隆は私との未来よりマイキーを選んだ気がして……悲しかったのかな」
「………………」
回された腕に力が入り耳元で「ごめんな」って囁かれ、昔から変わらないその台詞を聞いて少しだけ内心笑ってしまった。体の向きを変えて彼の膝の上に座ると、頬に手を添えてじっくりと顔を見つめた
「……ん?」
「……何か……本当に大きくなったね。」
「中学生とはまぁ、違うからな……」
「隆は今……幸せ?マイキーを選んで良かった?夢を捨てた事……後悔してない?」
「………………」
私の目を見つめていた瞳はスっと下を向いた。その姿を見て今はこれ以上聞かない方が良いと思い、隆の頬に擦り寄って体を抱き締める
「……傍に居るから……」
「…………ああ。」
「でも……もう心配させないでね」
「……努力は……する」
「ふふふ。あ、ねぇ。あの時の指輪まだ持ってる?」
「捨てらんなくて持ってる。お前は?」
「持ってるよ、後で1回家に戻るから嵌めてくるね」
「……俺も行くわ」
「えっ?何で?」
「……帰って来なかったら心配だし。……後あの家は直ぐに退去しろよ」
「……一緒に住むって事?」
「……嫌か?」
「……ううん」
「今回はお前が嫌でも直ぐに手配するから」
「…………うん」
「……何か……、強引になったね。……隆」
「悪ぃけど、昨日言った通り絶対に逃がさねぇから」
「そんな事言わなくても離れたりしないよ」
目が座っている隆にこれ以上言う気は何も起きず、ただ今は彼に抱き着いて静かに下を向いていた。風呂から上がると直ぐにマンション名と部屋番号を聞かれてそれからずっと電話をしている隆を横目で見ながら朝食を作り、溜まっていた洗濯物を洗濯機に放り込む。昨日は部屋を見て周る事が出来なかったから彼が電話をしている間に全ての扉を開けて部屋をチェックしたけれど、空き部屋が2つにリビングにはソファとテレビしか無く後は寝室に大きなベッドがあるだけ。生活感の欠片も無いし、隆にしてはインテリアのこだわりも無いように感じた
ただ、電化製品は最新型の物が揃っているし冷蔵庫に入っていた野菜や卵は新鮮だったから自炊もしている様だ。離れていた期間が長すぎるし、昔の隆と比べても仕方ない事だけど何となく変わったんだなって昨日から一緒にいて改めて実感した。だからと言って愛している事には変わりないし、ただ今は傍に居たいと思えている自分が居る
ベランダで洗濯物を干し終わってから部屋に入れば、出かけるから準備してと言われ素直に頷いた。どこに行くのか尋ねれば、お前の家に荷物取りに行くと言われて行動が早いな。何て呑気な事を考えながら二人でご飯を食べてから支度をすると車に乗り込んだ。
自宅のマンションの前に到着すると、駐車場にはトラックが停めてあり乗っていた人物は隆の車を見ると直ぐに降りてこちらに向かって走ってくる
「……誰?知り合い?」
「俺が呼んだ。雪那、部屋行って荷物纏めろ」
「えっ?」
「必要な物だけにしろよ。電化製品は2つもいらねぇからこっちで処分するわ」
「もしかして今直ぐにあの部屋空っぽにするの?」
「ああ。」
平然とした顔で言われ、瞬きを何回かしてからゆっくりと頷いた。「もう絶対に逃がさない」と言った隆の言葉が頭に出て来て、仕方ないかと思いながら車を降りて部屋に向かうと直ぐに気に入っている服や靴、仕事道具や必要な物だけを選んで大きめのバックにしまい込んでいく
隆と4人の男性が家に入って来て、隆が指示を出すと直ぐに男の人達はテレビや冷蔵庫などの家電を全て運び出し厚めの封筒を隆から受け取って帰って行った。その無駄の無い動きに感動していると、寝室のクローゼットの前でいまだに4つめの鞄に下着類を入れている私を見て隆は扉に寄りかかりながら少しだけ笑っていた
「……何で笑ってんの?」
「いや、何でもねぇよ」
「隆も手伝ってよ」
「ああ。とりあえず纏めたやつは車に乗せてくるわ」
纏めたバックを両手に持って玄関を出た隆に「よろしく」と言って下着を詰める作業に戻る。衣類や鞄の他に雑貨や小物何かを纏め終わると両手に荷物を持って玄関を出た。1度これを車に乗せようとエレベーターに入り、降りた所で車の前で誰かと話をしている隆の姿が見えたけれど気にせずに車に向かえばこちらに気付いた2人が私を見ていた。隆と話していたのは青宗で、私は少しだけ自分の心臓がドキっとしたのが分かった
「……青宗」
「…………三ツ谷に今聞いた。寄り戻したって」
「うん。」
「……三ツ谷、さっきの話分かってるんだろうな」
「…………ああ」
「なら、良い」
無表情を崩さずに私達に背を向けた青宗は車に乗り込むと直ぐにエンジンをかけ、こちらを振り向きもせずに走り去ってしまった。小さく溜息をついてから車のトランクに荷物を載せ、隆を見ればどこかぼんやりと何かを考えている様な顔をしていた。
「……隆?」
「……ん?」
「何か言われた?……ごめんね。隆も青宗も悪くないのに……本当に……ごめんなさい」
「……いや、平気。俺はお前が戻って来ただけで満足だから」
「…………」
「荷物終わり?」
「あ、うん。でも観葉植物とかはどうしようと思って」
「今日の夕方に清掃入らせるから、持って行きたいなら今の内だぜ。後鍵はポストに入れといて」
「じゃあ1回戻って持ってくる。鍵も入れとくね」
「ああ」
煙草に火を付けた隆はそのまま車に乗り込んだので部屋に戻り、観葉植物を持ってから家に鍵を掛けるとポストに鍵を入れてから車に戻った。車に乗り込むと直ぐに隆の自宅方面に向かって走り出す、これからは隆の家が自宅になるんだなと思うとふと中学の時に二人で話していた記憶が蘇ってきて自然に笑顔になってしまう
「……ねぇ、13歳の時にさ、早く二人で住みたいねって話したの覚えてる?」
「覚えてる。……うちは狭かったしな、あの頃から俺はなるべく早く家出たいと思ってたな」
「小さくても良いから庭がある可愛い一軒家に二人で住むのが夢だったんだ」
「…………もう少し落ち着いたら庭付きの一軒家買ってやるから、ちょっと待ってろよ」
「…楽しみにしてる」
真っ直ぐに前を向いて運転をする隆の腕に頬を寄せてお腹に手を回す。運転中だから直ぐに離れたけれど、何だか嬉しくてザワザワしていた心が落ち着いた気がした。信号が赤になり車が停車すると「雪那」と名前を呼ばれそちらを向けば、隆の顔が目の前にあって声を出す間も無く唇は優しく塞がれた
途中でドライブスルーに寄り、夕飯を買ってから帰って来ると時刻はまだ15時なのにお腹が空いていた。洋服何かの整理もしたいけど先に腹ごしらえしないと動けそうも無くて、ソファに座り買って来たばかりのハンバーガーに齧り付いていると「それ夕飯だろ」と言ってケラケラと笑う隆のお日様みたいな笑顔は何だか中学生に見た以来な気がした
「俺も腹減ったわ」
「ふふふ。じゃあこれは昼ご飯にしよ」
「夕飯どうする?」
「材料あるっけ?」
「……ねーな。雪那が引っ越して来たから祝いに寿司でもとるか」
「お寿司食べる!嬉しい大好き愛してる」
「プッ」
小さく吹き出した隆が隣に座りガサガサと袋から取り出したハンバーガーに齧り付く。「これ、案外美味いな」と口の周りにソースを付けて微笑んでいる隆のハンバーガーに齧り付くと、私の口の周りに付いたソースをナプキンで拭き取りながらケラケラと楽しそうに笑う隆を見て私も微笑んだ
そんな日が何日も続いて、自分が中学生の時から来た何て事も忘れ二人で幸せに暮らしていた。隆はたまに仕事に行くと行って行先も告げずに出て行く事があったけれど、必ずその日の内に帰って来るし連絡もマメだったから心配もしないですんだ。反社だからといって怪我をして来る事も無かったし、お酒を飲んで酔って帰って来るくらいでその辺は青宗と変わらないなと安心した
あくびをしながら私の膝でテレビを見ている隆の頭を撫でていると、テレビに飽きたのかくるりと体勢を変えてお腹に抱き着いてきた隆の背を優しく撫でた。セーターの中に入って来た隆の手は素肌を撫でて下着の中にするすると入ってくる
「……隆君、めっ」
「何でだよ……」
「今日朝も駄目って言ったのに生でしたでしょ、当分反省するまでおあずけです」
「………なぁ。…子供……作るか」
「……はっ?……えっ?どしたの急に?」
「……いや、欲しいから。お前は欲しくねーの?」
「改めて聞かれると……どうかな。……欲しいけど結婚が先じゃない?」
「……だな。この間も言ったけどよ、俺は中学から今までずっと雪那だけを愛してる……結婚してくれるか?」
「……うん。私も本当に愛してるよ」
私の返事を聞いて嬉しそうに微笑んだ隆の唇に優しく口付けると、後頭部を掴まれ深く口付けした来た隆の頬を優しく撫でる。今の言葉が胸にじんわりと響いてやっと幸せになれるんだなって実感した
私の右手に嵌めてある指輪を撫でた隆は「新しいの買わなきゃな」と言いながら歯を見せて笑う。「……今度は二人で選びたいな」と言った私に隆は優しく微笑んでから頷いてくれた
