短編 シリーズ
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昼は在宅、夜はクラブで働きお金を貯めている私にとってワンコインで食べられる温かくて美味しい牛丼は家計の強い味方だった。この日も深夜まで仕事をしてから黒服さんの送りで牛丼屋まで送ってもらい、いつものカウンター席に座ると酔い醒ましに水を1杯流し込んだ
ショボショボとしている目に目薬を挿すとカラコンで渇いた目が潤い少しだけ眠気が覚めた気がする。カウンターにちらほらと座っている客の殆どがジャージ姿のおじさんなのに、その中に1人だけブランドのスーツを身に付けてウン千万もする時計をしている男が目に入って思わず凝視してしまう
食べ方が綺麗だなと思いながら、牛丼を口に入れる姿を見ているとふとその男と目が合ってしまい自然に逸らした。暫くしてから運ばれてきた牛丼を食べていると先程見ていたスーツの男が会計をしてから足早に店を出ていくのが視界の端に映る。あんな高価な時計をしていて盗まれたりしないのだろうか、それよりも何の仕事してるんだろうといらぬ事を考えながら最後の1口を飲み込んで立ち上がった
お会計を済ませて外に出ると路上の真ん中に止まっていた外車に眉を寄せた。邪魔くさいなと思いながら避けようと1歩踏み出すと運転席の窓がゆっくりと下がりそこから先程の男が私を見つめていた
「 白石さん?」
「えっ?……誰?」
「やっぱり白石さんだよな?小学校6年の時に同じクラスだった三ツ谷隆。覚えて無い?」
「んん!三ツ谷君。覚えてるよ」
タトゥーをしていたり髪を染めたりしていて目立つ子だったのもあるけれど、一時期は飼育委員も一緒にやっていたし何より三ツ谷君は凄く優しかった覚えがある。「元気だった?最近は何してるの?」と窓に近寄り笑顔を向けると、「……まぁ適当に」と困った様に微笑んだ三ツ谷君に近況は聞かない方が良かったかなと思い話題を直ぐに変える事にした
「そっか、私は今近くのクラブで働いてるんだ」
「クラブ?……この辺?」
「うん、アマルフィってお店」
「ああ、あそこに居るんだ」
「行った事あるの?」
「ああ。まぁ。……それより白石さん、家まで歩いて帰んの?」
「ん?うん。いつもだけど……」
「危ねぇから送る。乗って」
「……でも10分くらいだよ」
「ここ治安あんまり良くねぇからさ」
そう言って助手席を指さされると特に断る理由も無くて、三ツ谷君だしいいかと思い言われた通りに車に乗り込んだ。車内からは甘い香りがして、乗り心地もかなり良い。「凄い車乗ってるね」と運転席に座る三ツ谷君の方を見れば目が合った瞬間に何だか心臓が1度ドキっとした
「…… 白石さん?どした?」
「……ううん。何か凄いカッコよくなったね、三ツ谷君」
「……」
「……三ツ谷君?」
返事が無いので名前を呼ぶと、「あー、ありがとな」と言って少し照れくさそうに頬をかく三ツ谷君に少し笑ってしまった。クスクスと小さく笑う私に「家何処だっけ?」と聞いてきた三ツ谷君はゆっくりとアクセルを踏んだ。「ほら、100円均一の近くだよ。えっと、中野パン屋の通り!覚えてる?」興奮気味に場所を言えば「ああ!覚えてる……懐かしいな」と小さな声で呟いた三ツ谷君は少しだけ笑顔を見せた
「小学校の頃に飼育委員だった時…… 白石さんの事、家まで送った気がする」
「……ああ、確かに送って貰ったわ。その後家でゲームしてオレンジジュース飲んだよね」
「そうそう、 うさぎに噛まれて泣いてたのにゲームしたら元気になったんだよ」
「プッ、私噛まれたんだっけ?」
「覚えてねぇんだ」
吹き出してからケラケラと笑い出した三ツ谷君の笑い方は昔と変わって居なくて、自然とその笑顔を見て懐かしくなった。6年の時に同じクラスだった飯山さんが先週結婚したんだよとか、うちらの担任だった山田先生元気かなとかそんな懐かしい話に華をさかせていると直ぐに自宅付近に着いてしまって名残惜しくなる
「ここの路地を右に入った所で大丈夫、三ツ谷君送ってくれてありがとうね」
「久しぶりに話せて楽しかったよ、ありがとな」
「オレンジジュースは無いけど、ゲームと珈琲ならあるよ。寄ってく?」
「……本気で言ってる?」
「あ……ごめん。ちょっと図々しかった?」
「……嫌、そうゆう事じゃねぇんだけど」
「久しぶりに会ったからちょっと話したかっただけ。もし疲れてるならまた今度会えたら話そ」
「……ああ」
「ありがとう、またね」
停車した車から降りて笑顔で手を振ると、少し困った様に笑いながら手を振る三ツ谷君に背を向けて自宅に帰った。直ぐにシャワーを浴び、久しぶりに会えて少しだけでも話せて楽しかったなと思いながら疲れた体をベッドに沈ませると直ぐに意識は無くなった
昼過ぎに起きてボサボサの髪を纏め、顔を洗い珈琲をいれてリビングのソファに寝転ぶとテレビから聞こえて来たアナウンサーの言葉に思考が停止した。「殺害されたのは東京卍會幹部 〇〇〇〇さん」目を見開いてその画面を見つめていると殺された男の写真が映し出され、現場の生々しい映像も流れてくる
中学2年の時、ファミレスで三ツ谷君に偶然会った時に着ていた服に刺繍されていたのは東京卍會の文字だったのをいまだに覚えていた。その時彼と少しだけ話をして、「今から東京卍會の集会なんだ」と言っていた記憶もある。もしかして、三ツ谷君もこの組織に居るのだろうか……。だとしたらあの高級車も時計も何だか辻褄が合うような気がした
まさかね。と笑い飛ばしたかったけれど、それも何だか出来なかった。昨日話した三ツ谷君を思い出すと心配だけど、多分もう会う事も無い。連絡先も知らないし接点も無い。モヤモヤする気持ちのまま遅めの朝食を取ってから仕事に取り掛かった
それから2日が過ぎ、いつも通り土曜日の20時に出勤し着替えてからヘアメイクをして貰っていると更衣室の扉の向こうから「 雪那ちゃん、出てこれる?」と店長の声がして「もう少し待って下さい、後少しで終わります」と返事を返した。そんなに店は混んでいるのだろうかと思ったけれど、更衣室で携帯を弄っているキャストも多いしそんな事はない筈だ
「よし、完成。雪那さん、今日も頑張ってね」
「いつもありがとうございます、行ってきます」
髪を綺麗に巻いて貰い、お礼を言って立ち上がると直ぐにポーチを抱えて更衣室を出た。出て直ぐ目の前に居た店長に驚くと、少しだけ困った様な顔で私の耳元に顔を寄せた「……指名なんだけどね、三ツ谷さんて知り合い?」その名前に目を見開くと、「あの人達かなり危ないから気を付けてね」と言われて「……小学校の同級生なんです」と返した私に店長はかなり驚いた顔をした
「大丈夫ですよ、本当に普通に同級生なだけなんで」
「うちの社長……あの人達に頭上がらないからさ。何かあっても助けてあげれないから気をつけてね」
「……三ツ谷君はそんな人じゃないですよ」
「 雪那ちゃんは知らないんだよ。彼等のしてきた事を」
そう言った店長の目は座っていて、私はそれ以上は何も聞かなかった。1度深呼吸をしてから笑顔を作り「案内してください」と微笑むと店長は1度頷いた。VIPルームに案内されて挨拶をしてから中を覗くと、3人の黒いスーツの男性達は私に目を向ける。その中の1人は三ツ谷君で、私を見て少しだけ微笑んだ三ツ谷君に私も笑顔を向けた
「三ツ谷君!来てくれたんだ」
「……色々話の途中だったしな」
そう言って、私に手招きをした三ツ谷君の横に座ると「好きな物飲んで、白石さん」と言われてお言葉に甘える事にした。三ツ谷君以外のスーツの男性二人には女の子も付かず、飲み物はウーロン茶で静かに座っている。その姿が異様に感じてしまい、三ツ谷君の耳元でそっと「あの二人は何で何も話さないの?」と聞くと少しだけ困った顔をしながら「この二人は仕事中なだけだから気にしないで」と言われて渋々頷いた
私は渋谷第2中には行かずに転校してしまったから、三ツ谷君の中学生時代は知らないのでその話題をふると何だか切なそうな顔をした三ツ谷君は中学時代に合った出来事を色々話してくれた。良い思い出も沢山話してくれたけど、友人が亡くなった事など悲しい話も多くて気付いたらお酒が入っていたからか涙がポロポロと溢れてしまいそれを見た三ツ谷君はギョっとした顔をして私の涙をハンカチで拭いてくれた
「ごめん、……ありがとう」
「嫌、まさか泣いてくれるとは……。びっくりしたわ」
優しく、丁寧に涙を拭ってくれる三ツ谷君の瞳からは温かさしか感じなくて店長が三ツ谷君を勘違いしてるんじゃないだろうかと思ってしまう。至近距離で見た三ツ谷君の目の下には薄っすらと隈が出来ていて、私がその隈を見つめている事が分かったのかゆっくりと近付けていた顔を離し、ソファの背もたれに背を着けた三ツ谷君に何だか色んな感情が渦巻いてしまった
ポーチからボールペンと名刺を取り出すと、裏にしてから「もしも、眠れなかったり悲しい事があったら何でも出来る事はするから言って下さい」と書いてから彼の手に握らせた。その名刺を見た三ツ谷君は少しだけ微笑んでからありがとうと言ってくれた
それから暫くすると、電話が掛かってきた三ツ谷君は「仕事だから行くね、今日はありがとう」と言って帰って行ってしまった。直ぐに自分のお客さんの席に付かなきゃいけなかったので店長とは話も出来なかったけれど、その日は1日中心配そうな顔で私を見ていたのが分かった。
店も閉店になり、着替えを済ませるといつもの牛丼屋まで送って貰いカウンター席に座った。いつもより今日は瞼が重いなと感じながら牛丼を咀嚼しているとポケットに入れていた携帯が震えていて知らない番号から着信が来ている。通話を押して耳に付けると、「もしもし? 白石さん?」と聞こえてくる声は三ツ谷君の声だった
「三ツ谷君、仕事終わったの?」
「 白石さんは終わった?」
「私はもうとっくに終わって、この間会った牛丼屋でご飯食べてる所」
「また牛丼食ってるんだ」
クスクスと小さく笑う三ツ谷君は「危ねぇから家まで送るよ」と言ってくれたけど「飲酒運転は禁止です」と返すと「分かった、待ってて」と言って電話は切れてしまった。良く分からないけど待ってれば良いのかな?と酔った頭で考えてから残りの牛丼を胃に入れると会計を済ませてから店を出た。先程まで降って居なかった雨が地面を濡らしていて、何だか気温もぐっと低くなった気がした。店の横の屋根下で携帯を弄りながら佇んでいると名前を呼ばれて顔を上げた
「 待たせて悪ぃ」
「……三ツ谷君……もしかして歩いてきたの?」
「ああ。近くに居たから」
スーツの上に暖かそうなカシミアのロングコートを着て黒い大きな傘をさした三ツ谷君は、牛丼屋の灯りに照らされると店で見たよりも顔色が悪く見えた。目の下にハッキリと浮き出た隈がより鮮明に見えて、小学校の時の健康的な三ツ谷君の面影は薄い
この間会った時はそんな風に感じなかったから、やっぱりこの間ニュースで亡くなった人は友人か仲間だったのか?と思うと悲しくなってきた。「牛丼沢山食った?」と微笑んで私の体を傘に入れた三ツ谷君に複雑な気持ちのまま首を縦に振った
小雨の降る道をゆっくりと二人で歩くけれど、2人共口数は少なかった。先程店で聞きたかったけれど、他に二人男性が居たから聞きずらかった事を聞いてみようか迷っていると、ふと目が合った三ツ谷君は少し悲しそうに見える
「……三ツ谷君?」
「 白石さん、店長に俺の事聞いたよね?……後、ニュースも見た筈。それなのにどうして俺に優しいの?」
「……やっぱり友達を亡くしたんだね。眠れてないのってそのせい?……大丈夫?」
「…………怖いとか、思わねぇの?」
「分かんない。実際怖い事してる所見たら怖いかもしれないけど、私からしたら飼育委員の三ツ谷君しか覚えて無かったし」
「……そっか、ありがとな。白石さん」
密かに三ツ谷君の事が好きだった私は、引っ越す時にお母さんに行きたくない、三ツ谷君と離れたく無いって泣いて両親を困らせた。今思い出すと笑えてくるけれど、あの時は本当に悲しくて辛くて友達や三ツ谷君と離れたく無かった
あの角を曲がればもう自宅に到着する。次に会える時は彼は無事だろうかと考えると何だか心苦しくて三ツ谷君の傘を持つ腕の裾を優しく引っ張った
「ん?」
「……三ツ谷君、夕飯食べたの?」
「いや、今日は昼飯食ってから何も食ってねぇな」
「2回も送って貰ったから、良かったらご馳走させてよ」
「…………ああ、上がっていいの?」
「オムライス食べたいなら是非上がって。食後の珈琲とプリン付きだよ」
ニシシと歯を見せて笑った私を見て三ツ谷君は少し困った様な迷っている様な表情で微笑んだ。まだ少し躊躇している三ツ谷君の腕を掴んで自宅に入れると、ソファの上に散乱する下着と洋服を焦って隠す私を見て三ツ谷君は大笑いしていた。暖房を入れてから三ツ谷君に温まっている珈琲メーカーにあった珈琲を渡すと、直ぐに冷蔵庫に入れて置いたチキンライスをレンジに入れた。卵をときながらふと彼を見ればテレビを付けてニュースを見ている用だった
簡単なサラダを盛り付けてから、温まったチキンライスに卵を乗せてケチャップを掛ける。リビングのテーブルに配膳していると、「いい匂いだな」と言いながら立ち上がった三ツ谷君は嬉しそうにオムライスを見ながら着席した。「どうぞ、食べてて下さいな」そう言って微笑んだ私に三ツ谷君は「頂きます」と笑顔でスプーンを取った
食べている間にシャワーを浴びて濃いめのメイクと髪に撒かれたスプレーを落とし、髪を乾かしてから纏め部屋着に着替えるとリビングに戻った。私の顔を見て「子供みてぇな顔だな」と小さく笑った三ツ谷君は丁度食べ終えたのか食器を洗ってくれていた
「洗わなくていいのに、ありがとうね」
「何かすげぇ美味かった。お世辞抜きでこの間食べたフレンチより」
「それは凄い評価だなぁ」
ケラケラと笑う私に三ツ谷君は「優しい味がした」と小さく呟いてからソファに座る。新しい温かな珈琲を彼のマグカップにつぎ足すと、私も彼の横に座り珈琲を啜った
「お腹いっぱいになった?」
「ああ。久しぶりに大満足」
ソファに凭れる三ツ谷君の瞼は今にも閉じそうで内心笑いながら見守っていると、そこから口数は少なくなり10分もしない内に彼は寝息を立てて眠ってしまった。深く寝入るのを暫く待ってからゆっくりと彼の肩を持ってソファに倒し、温かな毛布を掛ける
ソファの下に腰を降ろしてから彼の寝顔を見ていると、何だかずっと見ていたい気持ちになり目の下の隈を一度撫でてから柔らかな黒髪をずっと撫でていた。
目が覚めると自分はソファに横になって眠っていて、三ツ谷君に掛けた温かな毛布にくるまって眠っていた。ハンガーに掛けておいた三ツ谷君のコートは無いし、携帯を見ればもう11時近かったので起き上がり一度大きく伸びをした。今日は日曜日だし、仕事の量も少ないので顔を洗ってメイクだけすると掃除をしてから日用品や食料の買い出しだけ済ませて早めに帰宅した
帰って来てからキッチンのテーブルを拭いていると、端に小さなメモを見付け手に取った。そこには「オムライスありがとうな」と小さく書かれていて、嬉しい気持ちを感じながらそのメモをエプロンのポケットにそっと入れた
ソファに横になってテレビを付けると、新宿で発砲事件があり4名死亡と速報が流れて一瞬息が止まった。三ツ谷君は関係無いかもしれないけれど、もしかしたらと思いながらテレビを見つめていると出てきた名前を見て彼の名前がそこに無い事にホッとしてしまい涙が頬を流れて行った
「……いつか……死んじゃうのかな」
そんな言葉がポロッと口から出ると、恋人でも無いのに何故か悲しくて涙は止まらなかった。昔の三ツ谷君は不良っぽい見た目をしていたけれど、からかってくる男の子から守ってくれたり正義感が強く優しい子だった。そんな彼だからこそ、そこに在籍している事が私にとっては凄く不思議なんだと思う。教室でぬいぐるみを縫いながら「妹にプレゼントするんだ」と言って笑っていた三ツ谷君を思い出すと、止まっていた涙はまた溢れだしていた
昨日携帯に掛かかって来た電話番号を三ツ谷君で登録すると、直ぐに出てきたLINEに「眠れない時やお腹が空いた時はいつでも来てね」と入れると直ぐに既読にはなったけれど返信は来なかった
side mitsuya
オムライスを食べてからソファに深く腰を下ろせば、殆ど眠って無かったからか強い眠気に襲われた。隣にいる白石さんの髪から香るシャンプーの香りと温かな部屋が緊張を解いて行ったのか気が付いたら眠っていた
ゆっくりと目を開けると目の前で自分の腕に俯せで寝ている白石さんの片手は俺の頭に乗っていて、多分頭を撫でてくれていたんだろうと想像がついた。昔から積極的でパワフルな彼女は情に熱いが見ていて心配になる部分が多かった。実際今、俺の仕事を多少知った上で家に平然と上げて眠りこけてしまっている
「……本当に危機感ねぇな」
昔からこんな奴だったなと思いながら彼女の頭を撫でると、寝ぼけて居るのか少しだけ微笑んだ白石さんの体を優しく持ち上げてからソファに寝かせて毛布をかけた。携帯を開けば八戒から入っていたLINEには、大寿君が柚葉を連れて海外に飛んだと入っていた。元々柚葉には早く逃げて欲しいと願っていた八戒にとってはさぞ安心しただろう
大寿君と一緒に逃げろと何度も言って聞かせたのに八戒は逃げなかった。白石さんの家から帰宅して着替えだけ済ませると昼前に新宿の事務所に向かって車を出した。適当に車を停めて細い階段を上がると、事務所の曇りガラスのドアは血塗れだった。中を見れば必ず誰か仲間が死んでいると確実に予想がついて、気を強く持ってからドアを開ければ、俺のデスクの上で目を開けたまま死んでいる八戒と他3人も胸を撃たれ地面に転がっていた
タカちゃんを置いて逃げれないよと笑っていた八戒の顔が頭に出てくると、悲惨な光景何て見慣れてる筈なのに手足が少し震えてしまっていてこれは怒りなのか恐怖なのか分からなくなった。直ぐに事務所の金庫を開けて金をバッグに入れると車に乗り込みキーを回した
先に逃げたタケミッチとヒナちゃん、千冬は上手くいっていれば、今頃はレイキャビクに居る筈だ。マイキーもきっと外国までは追っては来ないだろうと何故か確信があった。自宅にはもう帰れねぇなと思ったが、あの家には思い出の品も大事にしている物も何も無かった事に今更気が付いた。人気が無い道を進み、適当に路駐してタバコを取り出すとまだ震えている手で火をつけた
携帯を開くと入っていたメッセージは白石さんからの物で、そのLINEを見ていたら何だか目頭が熱くなった。いつからこうなってしまって、どこをどうしていたらこんな風にならなかったんだろうと考えながら煙を吐き出した。もう二度とこの地には戻って来れないかもしれない、最後に会いたかったのは母親と妹達。そして何故か白石さんの顔が浮かんだ
ピンポンとインターホンが鳴り、モニターを見れば三ツ谷君が写っていて私は玄関に駆け出した。ドアを開いて彼の姿を見ると何だか泣けてきて三ツ谷君の胸に抱き着くと、小さな声で「心配かけてごめんな」と小さな声が聞こえてくる。直ぐに三ツ谷君を家に入れると鍵を掛けてからチェーンを閉めて流れる涙を拭き取った
「……ニュース、見た」
「ああ」
「……ご飯食べた?」
「いや」
「カレー作ったんだ、食べない?」
「…………食っとこうかな……いや、悪ぃ。頂きます」
「……うん、今温めるね」
ちょっとだけ微笑んだ三ツ谷君に私は頷くとカレーを温め直している最中に目玉焼きを焼く事にした。「半熟にする?」と聞くと、「うん」と返事が返ってきてから直ぐに「……今日の深夜にここを出る。もう二度と日本には戻れねぇかもしれねぇ」と言ってタバコに火を付けた三ツ谷君にゆっくりと頷いた
「……三ツ谷君が死なないなら何でも良い。」
「…… 白石さん」
「私に……出来る事は何も無かった。三ツ谷君が生きていて海外で幸せになってくれたら私は満足だよ」
「…… 白石さんは昔から俺にすげぇ優しいよな」
「……昔から大好きだったから。……三ツ谷君と離れたくなくて、引っ越さないって言い張って両親を困らせた……。会えて……触れる事が出来て幸せだった」
「…… 」
驚いているのか、目を見開いて無言の三ツ谷君にふふっと照れながら笑うと食器棚からお気に入りの器を取り出してご飯とカレーをよそい、その上に目玉焼きを乗せた。彼の前にお皿を出してスプーンを渡すとまだ驚きを隠せない様子でカレーを口に入れる三ツ谷君の前に座り彼を眺めていた
「……カレー美味いよ、ありがとな」
「ねぇ、三ツ谷君……」
「ん?」
「…………私も一緒に行きたい」
「…………はっ?」
「傍にいさせて欲しい」
「………… 白石さん、本気?」
「私、昔から嘘つかないよ」
「……人生が台なしになるかもしれねぇんだぞ」
「毎日毎日仕事して貯金してるよりも……どんな所に行こうが貧乏だろうが三ツ谷君と一緒に居れたら幸せかもしれない」
「…… 白石さんは本当に俺を驚かせるよな」
何だか吹っ切れた様に笑い出した三ツ谷君に私も少しだけ笑ってしまった。クローゼットの中にあったキャリーケースに最低限の荷物を纏め、ソファに座ると食べ終えた三ツ谷君は私の隣に座り手を握ってくれる
「……なぁ、本当に……」
「何も言わないで。……三ツ谷君の傍に居ていいのなら、今は傍に居てだけ言って」
「…… 雪那、……俺の傍にいて」
「うん」
彼に言わせるような形になってしまったけれど、この言葉が三ツ谷君の口から聞けただけで今は満足だった。名前を呼んで貰えた事が何だか嬉しくて、私も彼の名前を呼びたいな何て思いながら彼の手を握り返した。深夜になるまで待ち、ブレーカーを落としてから二人でタクシーに乗り込み、三ツ谷君が手配してくれていたルートで飛行機に乗り込んだ。飛行機の中で二人で寄り添って眠り、降りてまた乗り換えて、聞いた事も無いような都市のホテルで二人で寄り添って眠った。辛い筈なのに彼はずっと穏やかに微笑んで居て、ずっと手を繋いでいてくれていた
知り合いが居ると言っていた目的の街に着くと、日本の冬何て足元に及ばないくらいに寒かったけれど、三ツ谷君が3人に会えた事を喜んでいたので私も嬉しくなった。花垣さん夫婦や松野さんは最初私を見てかなり驚いていたけれど、それよりも驚いたのは私の方だった
「この子は雪那。俺の小学校の同級生で近々結婚するからよろしくな。結婚て言っても籍は入れらんねぇけど」
そう3人に平然と言った三ツ谷君に私は目玉が飛び出る程驚いてしまい、それを聞いた3人はおめでとうございますと言って私達を祝福してくれた。日本とは違い暖炉が完備されているのは当たり前の小さな家に案内されて私達はやっと一息つく事が出来た。「今日はゆっくり休んで下さい」と言って荷物を運んでくれた松野さんに頭を下げると暖炉に火をおこしている三ツ谷君を静かに見つめた
「雪那、腹減った?」
「ううん、何か軽くスープとか飲みたい。」
「あー分かるかも。じゃあクラムチャウダーとかにするか」
「三ツ谷君は暖炉お願い。私スープ作ってからお風呂にお湯入れてくるね」
「ああ、悪ぃ。後三ツ谷君禁止な」
「あ、うん」
冷蔵庫に入っている良く分からない文字はスルーして匂いと見た目を頼りに味見をしながら作ったスープはクラムチャウダーには及ばないけれど、普通に食べれるレベルにはなったと思う。ここで生活するのなら文字や言葉も覚えないとなと思いながら温かいスープをカップに入れて彼に差し出した
お風呂に入ってから1つしか無いベッドに横たわると、疲れていたのかウトウトとしてしまい隆君が来る前に眠ってしまった様だった。夜中にふと目が覚めると私を抱き締めて眠る彼の顔が直ぐ傍にあってホッとする。大人になってから初めて会った時、私達はお互いに着飾っていて髪もワックスやスプレーでガチガチに固められてブランド物を身に付けてお金の為や上に従って動いていたけれど飛行機に乗ってからそれは全部無くなってしまった。
隆君の少し伸びた黒髪を撫でながら血色の良い頬に唇を寄せた。隈は無くなり顔色が良くて、悲しそうな顔をしない隆君を毎日見れて傍に居れる事を幸せに感じている自分がいた。店長や店の女の子、友人、残してきた物は沢山あるけれど、彼と今ここに居ることが私の何よりの幸せだった
「ん」と言って瞼を少しだけ開いた彼の唇に優しく口付けをすると、「 雪那?」と名前を呼ばれ引き寄せられる。温かい彼の胸に顔を寄せて「…隆…大好き」と小さな声で呟くと「……お前が傍に居てくれて本当に良かった」と囁かれて私は幸せな余韻のまま目を閉じた
ショボショボとしている目に目薬を挿すとカラコンで渇いた目が潤い少しだけ眠気が覚めた気がする。カウンターにちらほらと座っている客の殆どがジャージ姿のおじさんなのに、その中に1人だけブランドのスーツを身に付けてウン千万もする時計をしている男が目に入って思わず凝視してしまう
食べ方が綺麗だなと思いながら、牛丼を口に入れる姿を見ているとふとその男と目が合ってしまい自然に逸らした。暫くしてから運ばれてきた牛丼を食べていると先程見ていたスーツの男が会計をしてから足早に店を出ていくのが視界の端に映る。あんな高価な時計をしていて盗まれたりしないのだろうか、それよりも何の仕事してるんだろうといらぬ事を考えながら最後の1口を飲み込んで立ち上がった
お会計を済ませて外に出ると路上の真ん中に止まっていた外車に眉を寄せた。邪魔くさいなと思いながら避けようと1歩踏み出すと運転席の窓がゆっくりと下がりそこから先程の男が私を見つめていた
「 白石さん?」
「えっ?……誰?」
「やっぱり白石さんだよな?小学校6年の時に同じクラスだった三ツ谷隆。覚えて無い?」
「んん!三ツ谷君。覚えてるよ」
タトゥーをしていたり髪を染めたりしていて目立つ子だったのもあるけれど、一時期は飼育委員も一緒にやっていたし何より三ツ谷君は凄く優しかった覚えがある。「元気だった?最近は何してるの?」と窓に近寄り笑顔を向けると、「……まぁ適当に」と困った様に微笑んだ三ツ谷君に近況は聞かない方が良かったかなと思い話題を直ぐに変える事にした
「そっか、私は今近くのクラブで働いてるんだ」
「クラブ?……この辺?」
「うん、アマルフィってお店」
「ああ、あそこに居るんだ」
「行った事あるの?」
「ああ。まぁ。……それより白石さん、家まで歩いて帰んの?」
「ん?うん。いつもだけど……」
「危ねぇから送る。乗って」
「……でも10分くらいだよ」
「ここ治安あんまり良くねぇからさ」
そう言って助手席を指さされると特に断る理由も無くて、三ツ谷君だしいいかと思い言われた通りに車に乗り込んだ。車内からは甘い香りがして、乗り心地もかなり良い。「凄い車乗ってるね」と運転席に座る三ツ谷君の方を見れば目が合った瞬間に何だか心臓が1度ドキっとした
「…… 白石さん?どした?」
「……ううん。何か凄いカッコよくなったね、三ツ谷君」
「……」
「……三ツ谷君?」
返事が無いので名前を呼ぶと、「あー、ありがとな」と言って少し照れくさそうに頬をかく三ツ谷君に少し笑ってしまった。クスクスと小さく笑う私に「家何処だっけ?」と聞いてきた三ツ谷君はゆっくりとアクセルを踏んだ。「ほら、100円均一の近くだよ。えっと、中野パン屋の通り!覚えてる?」興奮気味に場所を言えば「ああ!覚えてる……懐かしいな」と小さな声で呟いた三ツ谷君は少しだけ笑顔を見せた
「小学校の頃に飼育委員だった時…… 白石さんの事、家まで送った気がする」
「……ああ、確かに送って貰ったわ。その後家でゲームしてオレンジジュース飲んだよね」
「そうそう、 うさぎに噛まれて泣いてたのにゲームしたら元気になったんだよ」
「プッ、私噛まれたんだっけ?」
「覚えてねぇんだ」
吹き出してからケラケラと笑い出した三ツ谷君の笑い方は昔と変わって居なくて、自然とその笑顔を見て懐かしくなった。6年の時に同じクラスだった飯山さんが先週結婚したんだよとか、うちらの担任だった山田先生元気かなとかそんな懐かしい話に華をさかせていると直ぐに自宅付近に着いてしまって名残惜しくなる
「ここの路地を右に入った所で大丈夫、三ツ谷君送ってくれてありがとうね」
「久しぶりに話せて楽しかったよ、ありがとな」
「オレンジジュースは無いけど、ゲームと珈琲ならあるよ。寄ってく?」
「……本気で言ってる?」
「あ……ごめん。ちょっと図々しかった?」
「……嫌、そうゆう事じゃねぇんだけど」
「久しぶりに会ったからちょっと話したかっただけ。もし疲れてるならまた今度会えたら話そ」
「……ああ」
「ありがとう、またね」
停車した車から降りて笑顔で手を振ると、少し困った様に笑いながら手を振る三ツ谷君に背を向けて自宅に帰った。直ぐにシャワーを浴び、久しぶりに会えて少しだけでも話せて楽しかったなと思いながら疲れた体をベッドに沈ませると直ぐに意識は無くなった
昼過ぎに起きてボサボサの髪を纏め、顔を洗い珈琲をいれてリビングのソファに寝転ぶとテレビから聞こえて来たアナウンサーの言葉に思考が停止した。「殺害されたのは東京卍會幹部 〇〇〇〇さん」目を見開いてその画面を見つめていると殺された男の写真が映し出され、現場の生々しい映像も流れてくる
中学2年の時、ファミレスで三ツ谷君に偶然会った時に着ていた服に刺繍されていたのは東京卍會の文字だったのをいまだに覚えていた。その時彼と少しだけ話をして、「今から東京卍會の集会なんだ」と言っていた記憶もある。もしかして、三ツ谷君もこの組織に居るのだろうか……。だとしたらあの高級車も時計も何だか辻褄が合うような気がした
まさかね。と笑い飛ばしたかったけれど、それも何だか出来なかった。昨日話した三ツ谷君を思い出すと心配だけど、多分もう会う事も無い。連絡先も知らないし接点も無い。モヤモヤする気持ちのまま遅めの朝食を取ってから仕事に取り掛かった
それから2日が過ぎ、いつも通り土曜日の20時に出勤し着替えてからヘアメイクをして貰っていると更衣室の扉の向こうから「 雪那ちゃん、出てこれる?」と店長の声がして「もう少し待って下さい、後少しで終わります」と返事を返した。そんなに店は混んでいるのだろうかと思ったけれど、更衣室で携帯を弄っているキャストも多いしそんな事はない筈だ
「よし、完成。雪那さん、今日も頑張ってね」
「いつもありがとうございます、行ってきます」
髪を綺麗に巻いて貰い、お礼を言って立ち上がると直ぐにポーチを抱えて更衣室を出た。出て直ぐ目の前に居た店長に驚くと、少しだけ困った様な顔で私の耳元に顔を寄せた「……指名なんだけどね、三ツ谷さんて知り合い?」その名前に目を見開くと、「あの人達かなり危ないから気を付けてね」と言われて「……小学校の同級生なんです」と返した私に店長はかなり驚いた顔をした
「大丈夫ですよ、本当に普通に同級生なだけなんで」
「うちの社長……あの人達に頭上がらないからさ。何かあっても助けてあげれないから気をつけてね」
「……三ツ谷君はそんな人じゃないですよ」
「 雪那ちゃんは知らないんだよ。彼等のしてきた事を」
そう言った店長の目は座っていて、私はそれ以上は何も聞かなかった。1度深呼吸をしてから笑顔を作り「案内してください」と微笑むと店長は1度頷いた。VIPルームに案内されて挨拶をしてから中を覗くと、3人の黒いスーツの男性達は私に目を向ける。その中の1人は三ツ谷君で、私を見て少しだけ微笑んだ三ツ谷君に私も笑顔を向けた
「三ツ谷君!来てくれたんだ」
「……色々話の途中だったしな」
そう言って、私に手招きをした三ツ谷君の横に座ると「好きな物飲んで、白石さん」と言われてお言葉に甘える事にした。三ツ谷君以外のスーツの男性二人には女の子も付かず、飲み物はウーロン茶で静かに座っている。その姿が異様に感じてしまい、三ツ谷君の耳元でそっと「あの二人は何で何も話さないの?」と聞くと少しだけ困った顔をしながら「この二人は仕事中なだけだから気にしないで」と言われて渋々頷いた
私は渋谷第2中には行かずに転校してしまったから、三ツ谷君の中学生時代は知らないのでその話題をふると何だか切なそうな顔をした三ツ谷君は中学時代に合った出来事を色々話してくれた。良い思い出も沢山話してくれたけど、友人が亡くなった事など悲しい話も多くて気付いたらお酒が入っていたからか涙がポロポロと溢れてしまいそれを見た三ツ谷君はギョっとした顔をして私の涙をハンカチで拭いてくれた
「ごめん、……ありがとう」
「嫌、まさか泣いてくれるとは……。びっくりしたわ」
優しく、丁寧に涙を拭ってくれる三ツ谷君の瞳からは温かさしか感じなくて店長が三ツ谷君を勘違いしてるんじゃないだろうかと思ってしまう。至近距離で見た三ツ谷君の目の下には薄っすらと隈が出来ていて、私がその隈を見つめている事が分かったのかゆっくりと近付けていた顔を離し、ソファの背もたれに背を着けた三ツ谷君に何だか色んな感情が渦巻いてしまった
ポーチからボールペンと名刺を取り出すと、裏にしてから「もしも、眠れなかったり悲しい事があったら何でも出来る事はするから言って下さい」と書いてから彼の手に握らせた。その名刺を見た三ツ谷君は少しだけ微笑んでからありがとうと言ってくれた
それから暫くすると、電話が掛かってきた三ツ谷君は「仕事だから行くね、今日はありがとう」と言って帰って行ってしまった。直ぐに自分のお客さんの席に付かなきゃいけなかったので店長とは話も出来なかったけれど、その日は1日中心配そうな顔で私を見ていたのが分かった。
店も閉店になり、着替えを済ませるといつもの牛丼屋まで送って貰いカウンター席に座った。いつもより今日は瞼が重いなと感じながら牛丼を咀嚼しているとポケットに入れていた携帯が震えていて知らない番号から着信が来ている。通話を押して耳に付けると、「もしもし? 白石さん?」と聞こえてくる声は三ツ谷君の声だった
「三ツ谷君、仕事終わったの?」
「 白石さんは終わった?」
「私はもうとっくに終わって、この間会った牛丼屋でご飯食べてる所」
「また牛丼食ってるんだ」
クスクスと小さく笑う三ツ谷君は「危ねぇから家まで送るよ」と言ってくれたけど「飲酒運転は禁止です」と返すと「分かった、待ってて」と言って電話は切れてしまった。良く分からないけど待ってれば良いのかな?と酔った頭で考えてから残りの牛丼を胃に入れると会計を済ませてから店を出た。先程まで降って居なかった雨が地面を濡らしていて、何だか気温もぐっと低くなった気がした。店の横の屋根下で携帯を弄りながら佇んでいると名前を呼ばれて顔を上げた
「 待たせて悪ぃ」
「……三ツ谷君……もしかして歩いてきたの?」
「ああ。近くに居たから」
スーツの上に暖かそうなカシミアのロングコートを着て黒い大きな傘をさした三ツ谷君は、牛丼屋の灯りに照らされると店で見たよりも顔色が悪く見えた。目の下にハッキリと浮き出た隈がより鮮明に見えて、小学校の時の健康的な三ツ谷君の面影は薄い
この間会った時はそんな風に感じなかったから、やっぱりこの間ニュースで亡くなった人は友人か仲間だったのか?と思うと悲しくなってきた。「牛丼沢山食った?」と微笑んで私の体を傘に入れた三ツ谷君に複雑な気持ちのまま首を縦に振った
小雨の降る道をゆっくりと二人で歩くけれど、2人共口数は少なかった。先程店で聞きたかったけれど、他に二人男性が居たから聞きずらかった事を聞いてみようか迷っていると、ふと目が合った三ツ谷君は少し悲しそうに見える
「……三ツ谷君?」
「 白石さん、店長に俺の事聞いたよね?……後、ニュースも見た筈。それなのにどうして俺に優しいの?」
「……やっぱり友達を亡くしたんだね。眠れてないのってそのせい?……大丈夫?」
「…………怖いとか、思わねぇの?」
「分かんない。実際怖い事してる所見たら怖いかもしれないけど、私からしたら飼育委員の三ツ谷君しか覚えて無かったし」
「……そっか、ありがとな。白石さん」
密かに三ツ谷君の事が好きだった私は、引っ越す時にお母さんに行きたくない、三ツ谷君と離れたく無いって泣いて両親を困らせた。今思い出すと笑えてくるけれど、あの時は本当に悲しくて辛くて友達や三ツ谷君と離れたく無かった
あの角を曲がればもう自宅に到着する。次に会える時は彼は無事だろうかと考えると何だか心苦しくて三ツ谷君の傘を持つ腕の裾を優しく引っ張った
「ん?」
「……三ツ谷君、夕飯食べたの?」
「いや、今日は昼飯食ってから何も食ってねぇな」
「2回も送って貰ったから、良かったらご馳走させてよ」
「…………ああ、上がっていいの?」
「オムライス食べたいなら是非上がって。食後の珈琲とプリン付きだよ」
ニシシと歯を見せて笑った私を見て三ツ谷君は少し困った様な迷っている様な表情で微笑んだ。まだ少し躊躇している三ツ谷君の腕を掴んで自宅に入れると、ソファの上に散乱する下着と洋服を焦って隠す私を見て三ツ谷君は大笑いしていた。暖房を入れてから三ツ谷君に温まっている珈琲メーカーにあった珈琲を渡すと、直ぐに冷蔵庫に入れて置いたチキンライスをレンジに入れた。卵をときながらふと彼を見ればテレビを付けてニュースを見ている用だった
簡単なサラダを盛り付けてから、温まったチキンライスに卵を乗せてケチャップを掛ける。リビングのテーブルに配膳していると、「いい匂いだな」と言いながら立ち上がった三ツ谷君は嬉しそうにオムライスを見ながら着席した。「どうぞ、食べてて下さいな」そう言って微笑んだ私に三ツ谷君は「頂きます」と笑顔でスプーンを取った
食べている間にシャワーを浴びて濃いめのメイクと髪に撒かれたスプレーを落とし、髪を乾かしてから纏め部屋着に着替えるとリビングに戻った。私の顔を見て「子供みてぇな顔だな」と小さく笑った三ツ谷君は丁度食べ終えたのか食器を洗ってくれていた
「洗わなくていいのに、ありがとうね」
「何かすげぇ美味かった。お世辞抜きでこの間食べたフレンチより」
「それは凄い評価だなぁ」
ケラケラと笑う私に三ツ谷君は「優しい味がした」と小さく呟いてからソファに座る。新しい温かな珈琲を彼のマグカップにつぎ足すと、私も彼の横に座り珈琲を啜った
「お腹いっぱいになった?」
「ああ。久しぶりに大満足」
ソファに凭れる三ツ谷君の瞼は今にも閉じそうで内心笑いながら見守っていると、そこから口数は少なくなり10分もしない内に彼は寝息を立てて眠ってしまった。深く寝入るのを暫く待ってからゆっくりと彼の肩を持ってソファに倒し、温かな毛布を掛ける
ソファの下に腰を降ろしてから彼の寝顔を見ていると、何だかずっと見ていたい気持ちになり目の下の隈を一度撫でてから柔らかな黒髪をずっと撫でていた。
目が覚めると自分はソファに横になって眠っていて、三ツ谷君に掛けた温かな毛布にくるまって眠っていた。ハンガーに掛けておいた三ツ谷君のコートは無いし、携帯を見ればもう11時近かったので起き上がり一度大きく伸びをした。今日は日曜日だし、仕事の量も少ないので顔を洗ってメイクだけすると掃除をしてから日用品や食料の買い出しだけ済ませて早めに帰宅した
帰って来てからキッチンのテーブルを拭いていると、端に小さなメモを見付け手に取った。そこには「オムライスありがとうな」と小さく書かれていて、嬉しい気持ちを感じながらそのメモをエプロンのポケットにそっと入れた
ソファに横になってテレビを付けると、新宿で発砲事件があり4名死亡と速報が流れて一瞬息が止まった。三ツ谷君は関係無いかもしれないけれど、もしかしたらと思いながらテレビを見つめていると出てきた名前を見て彼の名前がそこに無い事にホッとしてしまい涙が頬を流れて行った
「……いつか……死んじゃうのかな」
そんな言葉がポロッと口から出ると、恋人でも無いのに何故か悲しくて涙は止まらなかった。昔の三ツ谷君は不良っぽい見た目をしていたけれど、からかってくる男の子から守ってくれたり正義感が強く優しい子だった。そんな彼だからこそ、そこに在籍している事が私にとっては凄く不思議なんだと思う。教室でぬいぐるみを縫いながら「妹にプレゼントするんだ」と言って笑っていた三ツ谷君を思い出すと、止まっていた涙はまた溢れだしていた
昨日携帯に掛かかって来た電話番号を三ツ谷君で登録すると、直ぐに出てきたLINEに「眠れない時やお腹が空いた時はいつでも来てね」と入れると直ぐに既読にはなったけれど返信は来なかった
side mitsuya
オムライスを食べてからソファに深く腰を下ろせば、殆ど眠って無かったからか強い眠気に襲われた。隣にいる白石さんの髪から香るシャンプーの香りと温かな部屋が緊張を解いて行ったのか気が付いたら眠っていた
ゆっくりと目を開けると目の前で自分の腕に俯せで寝ている白石さんの片手は俺の頭に乗っていて、多分頭を撫でてくれていたんだろうと想像がついた。昔から積極的でパワフルな彼女は情に熱いが見ていて心配になる部分が多かった。実際今、俺の仕事を多少知った上で家に平然と上げて眠りこけてしまっている
「……本当に危機感ねぇな」
昔からこんな奴だったなと思いながら彼女の頭を撫でると、寝ぼけて居るのか少しだけ微笑んだ白石さんの体を優しく持ち上げてからソファに寝かせて毛布をかけた。携帯を開けば八戒から入っていたLINEには、大寿君が柚葉を連れて海外に飛んだと入っていた。元々柚葉には早く逃げて欲しいと願っていた八戒にとってはさぞ安心しただろう
大寿君と一緒に逃げろと何度も言って聞かせたのに八戒は逃げなかった。白石さんの家から帰宅して着替えだけ済ませると昼前に新宿の事務所に向かって車を出した。適当に車を停めて細い階段を上がると、事務所の曇りガラスのドアは血塗れだった。中を見れば必ず誰か仲間が死んでいると確実に予想がついて、気を強く持ってからドアを開ければ、俺のデスクの上で目を開けたまま死んでいる八戒と他3人も胸を撃たれ地面に転がっていた
タカちゃんを置いて逃げれないよと笑っていた八戒の顔が頭に出てくると、悲惨な光景何て見慣れてる筈なのに手足が少し震えてしまっていてこれは怒りなのか恐怖なのか分からなくなった。直ぐに事務所の金庫を開けて金をバッグに入れると車に乗り込みキーを回した
先に逃げたタケミッチとヒナちゃん、千冬は上手くいっていれば、今頃はレイキャビクに居る筈だ。マイキーもきっと外国までは追っては来ないだろうと何故か確信があった。自宅にはもう帰れねぇなと思ったが、あの家には思い出の品も大事にしている物も何も無かった事に今更気が付いた。人気が無い道を進み、適当に路駐してタバコを取り出すとまだ震えている手で火をつけた
携帯を開くと入っていたメッセージは白石さんからの物で、そのLINEを見ていたら何だか目頭が熱くなった。いつからこうなってしまって、どこをどうしていたらこんな風にならなかったんだろうと考えながら煙を吐き出した。もう二度とこの地には戻って来れないかもしれない、最後に会いたかったのは母親と妹達。そして何故か白石さんの顔が浮かんだ
ピンポンとインターホンが鳴り、モニターを見れば三ツ谷君が写っていて私は玄関に駆け出した。ドアを開いて彼の姿を見ると何だか泣けてきて三ツ谷君の胸に抱き着くと、小さな声で「心配かけてごめんな」と小さな声が聞こえてくる。直ぐに三ツ谷君を家に入れると鍵を掛けてからチェーンを閉めて流れる涙を拭き取った
「……ニュース、見た」
「ああ」
「……ご飯食べた?」
「いや」
「カレー作ったんだ、食べない?」
「…………食っとこうかな……いや、悪ぃ。頂きます」
「……うん、今温めるね」
ちょっとだけ微笑んだ三ツ谷君に私は頷くとカレーを温め直している最中に目玉焼きを焼く事にした。「半熟にする?」と聞くと、「うん」と返事が返ってきてから直ぐに「……今日の深夜にここを出る。もう二度と日本には戻れねぇかもしれねぇ」と言ってタバコに火を付けた三ツ谷君にゆっくりと頷いた
「……三ツ谷君が死なないなら何でも良い。」
「…… 白石さん」
「私に……出来る事は何も無かった。三ツ谷君が生きていて海外で幸せになってくれたら私は満足だよ」
「…… 白石さんは昔から俺にすげぇ優しいよな」
「……昔から大好きだったから。……三ツ谷君と離れたくなくて、引っ越さないって言い張って両親を困らせた……。会えて……触れる事が出来て幸せだった」
「…… 」
驚いているのか、目を見開いて無言の三ツ谷君にふふっと照れながら笑うと食器棚からお気に入りの器を取り出してご飯とカレーをよそい、その上に目玉焼きを乗せた。彼の前にお皿を出してスプーンを渡すとまだ驚きを隠せない様子でカレーを口に入れる三ツ谷君の前に座り彼を眺めていた
「……カレー美味いよ、ありがとな」
「ねぇ、三ツ谷君……」
「ん?」
「…………私も一緒に行きたい」
「…………はっ?」
「傍にいさせて欲しい」
「………… 白石さん、本気?」
「私、昔から嘘つかないよ」
「……人生が台なしになるかもしれねぇんだぞ」
「毎日毎日仕事して貯金してるよりも……どんな所に行こうが貧乏だろうが三ツ谷君と一緒に居れたら幸せかもしれない」
「…… 白石さんは本当に俺を驚かせるよな」
何だか吹っ切れた様に笑い出した三ツ谷君に私も少しだけ笑ってしまった。クローゼットの中にあったキャリーケースに最低限の荷物を纏め、ソファに座ると食べ終えた三ツ谷君は私の隣に座り手を握ってくれる
「……なぁ、本当に……」
「何も言わないで。……三ツ谷君の傍に居ていいのなら、今は傍に居てだけ言って」
「…… 雪那、……俺の傍にいて」
「うん」
彼に言わせるような形になってしまったけれど、この言葉が三ツ谷君の口から聞けただけで今は満足だった。名前を呼んで貰えた事が何だか嬉しくて、私も彼の名前を呼びたいな何て思いながら彼の手を握り返した。深夜になるまで待ち、ブレーカーを落としてから二人でタクシーに乗り込み、三ツ谷君が手配してくれていたルートで飛行機に乗り込んだ。飛行機の中で二人で寄り添って眠り、降りてまた乗り換えて、聞いた事も無いような都市のホテルで二人で寄り添って眠った。辛い筈なのに彼はずっと穏やかに微笑んで居て、ずっと手を繋いでいてくれていた
知り合いが居ると言っていた目的の街に着くと、日本の冬何て足元に及ばないくらいに寒かったけれど、三ツ谷君が3人に会えた事を喜んでいたので私も嬉しくなった。花垣さん夫婦や松野さんは最初私を見てかなり驚いていたけれど、それよりも驚いたのは私の方だった
「この子は雪那。俺の小学校の同級生で近々結婚するからよろしくな。結婚て言っても籍は入れらんねぇけど」
そう3人に平然と言った三ツ谷君に私は目玉が飛び出る程驚いてしまい、それを聞いた3人はおめでとうございますと言って私達を祝福してくれた。日本とは違い暖炉が完備されているのは当たり前の小さな家に案内されて私達はやっと一息つく事が出来た。「今日はゆっくり休んで下さい」と言って荷物を運んでくれた松野さんに頭を下げると暖炉に火をおこしている三ツ谷君を静かに見つめた
「雪那、腹減った?」
「ううん、何か軽くスープとか飲みたい。」
「あー分かるかも。じゃあクラムチャウダーとかにするか」
「三ツ谷君は暖炉お願い。私スープ作ってからお風呂にお湯入れてくるね」
「ああ、悪ぃ。後三ツ谷君禁止な」
「あ、うん」
冷蔵庫に入っている良く分からない文字はスルーして匂いと見た目を頼りに味見をしながら作ったスープはクラムチャウダーには及ばないけれど、普通に食べれるレベルにはなったと思う。ここで生活するのなら文字や言葉も覚えないとなと思いながら温かいスープをカップに入れて彼に差し出した
お風呂に入ってから1つしか無いベッドに横たわると、疲れていたのかウトウトとしてしまい隆君が来る前に眠ってしまった様だった。夜中にふと目が覚めると私を抱き締めて眠る彼の顔が直ぐ傍にあってホッとする。大人になってから初めて会った時、私達はお互いに着飾っていて髪もワックスやスプレーでガチガチに固められてブランド物を身に付けてお金の為や上に従って動いていたけれど飛行機に乗ってからそれは全部無くなってしまった。
隆君の少し伸びた黒髪を撫でながら血色の良い頬に唇を寄せた。隈は無くなり顔色が良くて、悲しそうな顔をしない隆君を毎日見れて傍に居れる事を幸せに感じている自分がいた。店長や店の女の子、友人、残してきた物は沢山あるけれど、彼と今ここに居ることが私の何よりの幸せだった
「ん」と言って瞼を少しだけ開いた彼の唇に優しく口付けをすると、「 雪那?」と名前を呼ばれ引き寄せられる。温かい彼の胸に顔を寄せて「…隆…大好き」と小さな声で呟くと「……お前が傍に居てくれて本当に良かった」と囁かれて私は幸せな余韻のまま目を閉じた
