短編 シリーズ
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「インフルエンザうつされちゃいました。雪那お願い、今日から1週間だけ私の代わりにバイト出て」と入って来たLINEに「急過ぎて流石に無理。」と返すと、人手足りないのと返ってきて、その画面を見つめながら盛大に溜息をついた
友人の梨乃が働いているのはキャストが美人揃いで有名なキャバクラだけど、裏の人間が関わっていると聞いていたし特に今は生活費にも困っていない。しかし、インフルエンザにかかった彼女を想像して少し可哀想だなと思っていると、追撃する様に入っていたLINEを見て目を見開いた
欲しがってたコスメセット全部買ってあげるから
このメッセージを見て直ぐにOKと返事を返すと、細かい指示がLINEに入って来たので一応目を通してから直ぐにシャワーを浴びてメイクだけすると髪を纏めてから着替え家を出た。タクシーで10分の距離にある店の前に着いたけれど、梨乃に指定された時間まではまだ1時間もある
バイト代も入る事だし、少し贅沢しようかなと思い近くのお店をブラブラと見ていると何も買っていないのに直ぐに約束の時間の5分前になってしまった。店の前まで来ると、少し緊張しながら華やかなをアーチを潜り高級感のある黒いドアを開いた。百合の香りが店を包んでいてキャストの姿は見えないけれどアイロンを片手に持った女性や黒服の男の人がパタパタと店の中を小走りしている状態だった
ドアの前で立ち尽くしながら店長らしき人を探していると、こちらに向かって来た若いスーツの男性は私を見て人懐っこい笑みを浮かべ1度頭を軽く下げた
「 雪那さんかな?」
「はい、梨乃の紹介で来ました。よろしくお願いいたします」
「急に悪いね。インフルエンザでお休みの子が多くて本当に助かるよ」
いえいえ、こちらこそです。と無難に返すと、にこやかな笑みを浮かべながら直ぐに更衣室に通される。「小林さんよろしくね」と言ってから店長はそそくさと行ってしまい、その後ろ姿を見送ってから振り返ると、先程アイロンを持っていた女性は優しい笑みで頭を下げてくれて内心少しだけ安心した
何十着あるのか分からないドレスの中から小林さんが選んでくれたのは少し胸が開いた白のドレスだった。汚さないかな……何て考えながらドレスに袖を通してから鏡の前に座り髪を整えて貰った。普段しない口紅を引くと鏡に写る自分自身が美しくて思わず少しだけ目を見開いた
「 雪那ちゃん、凄く白似合うわね」
「……ありがとうございます」
その言葉を素直に受け取り、「こんな綺麗な髪型にして貰えて嬉しいです」と微笑むと「今日はパーティーだから頑張ってね」と言って親指を立ててくる小林さんに「はい」と言って頷いた。誰かの誕生日祝いなのだろうかと考えていると、「小林さん、雪那ちゃん終わった?」とドアの外から声が聞こえて私達は振り返る
「店長終わりました、今行きます」
ハンカチと携帯、口紅を入れたポーチを手に取ると「行ってらっしゃい」と小さく手を振る小林さんに頭を下げてから更衣室を出た。「凄い綺麗だよ、雪那ちゃん。良かったらずっと働いてね」とニコニコして来る店長に苦笑いをしながら案内された席に座り、お酒の作り方や基本的なマナーなどを教えて貰っているとコツコツと靴が鳴る音に私達は顔を上げた
「新人?」
「三ツ谷さん、お疲れ様です」
「…あ、…初めまして、雪那です」
店長が立ち上がったのを見て私も立ち上がり頭を下げると、「……座ってていいよ、雪那ちゃん」と三ツ谷さんに言われてそのまま腰を下ろした。20~25歳位だろうか、私より若く見えるスーツの三ツ谷さんは店長に何か耳打ちをすると私を横目で見つめ、目が合うとニッコリと微笑んだ
少しだけ緊張した様な顔になった店長は私に視線を移すと、「ちょっとだけ待っててね」と言ってから早足で店の外に消えて行った。出されていたお茶に手を伸ばそうとした私の手を優しく取ると、近くに立って居た黒服のお兄さんに「ビール2つ持ってきて」と言ってから私の前に座りタバコに火を付けた
「……ビール好き?」
「は、はい。好きです」
「今日さ、俺の仲間の誕生日パーティーでここ貸し切りなんだよね。」
「そうなんですね、おめでとうございます」
「……接客得意?」
「……友達がインフルエンザで出れないので代わりを頼まれたんです……。接客は得意じゃないので、本音を言えば厨房でおつまみ作りたいです」
「ははは、そっか。あんまり得意じゃ無いのなら、今日は俺の隣に居なよ」
「……えと、お気遣いありがとうございます」
小さく頭を下げると黒服から受け取ったビールを私に渡して来た三ツ谷さんは「乾杯」と言ってから自身のグラスを傾けてくれた。二人で小さな乾杯をしてからビールを飲み干す三ツ谷さんに釣られてグラスを空にすると、ケラケラと笑いながらおかわりを頼む彼は優しく見えるけれど何だか異様に感じた
三ツ谷さんが来た時の店長の顔や、黒服さん達の緊張感が彼の存在に対して恐怖を感じている様に思えるのは気のせいだろうか。だけど、「今日のパーティーの主役は昔からの友達なんだよね。」と人懐っこい顔で話してくる三ツ谷さんと話していると少しづつだけど先程の違和感は消え、いつの間にか自然と笑顔が増えている自分がいた
暫くすると、お店に入って来た強面の若い男達は三ツ谷さんに頭を下げてから隣のテーブルに座った。直ぐに黒服が連れてきた若い女の子達がその席に座り、お酒を作りながら彼等を接客しているのが目に入る。「あの、私はここに居ても本当に大丈夫なんですか?」それを見て思わず口を開けば、グラスを持ちながら立ち上がると私の隣に座った三ツ谷さんは「ん?平気平気」と軽い口調で言い放つ。その言葉に甘えて良いのかが分からなくて、1度御手洗に立ち店長に確認を取ると「指名になってるから大丈夫だよ」と言われて首を傾げれば「気にしないで三ツ谷さんの隣で飲んでてね」と微笑まれてそのまま頷いて席に戻った
「バイト代入ったら何に使いたいの?」と聞いてきた三ツ谷さんに、「欲しいソファがあるんです」と言って私が部屋の模様替えの話に華をさかせていると、大きな体格の男性が店に入って来るなり「三ツ谷!」と叫び、その声が店中に響いた。その声に呆れた様に苦笑いをしながら手を上げて「パー」と呼んだ声は彼に届いたのか早足でこちらに向かって来ると私達の前にドカっと腰を降ろす
私をチラッと見た体格の良い男性は目が合うと何とも言えない様な目を私に向けてから三ツ谷さんを見ていた
「……あんだよ、パー」
「……何でもねぇ。ぺーやんはまだ来てねぇのか?」
「お前等一緒じゃねぇの?」
「先に行ってるって言ってたんだけどな」
そんな2人のやりとりを聞きながら黙っていると、次々と現れる柄の悪いスーツの男性達に私は目をパチパチさせるしか無かった。そんな私の様子に気付いた三ツ谷さんは「女の子には皆優しいから大丈夫だよ」と私の耳元で優しく耳打ちすると、「ちょっとパー、この子頼んだ」と言って電話を取り出しながら店の外に向かっていった
「…お前…三ツ谷の女?」
「……はっ?えっ?」
面接して貰っただけですと首をブンブン横に振り、困った顔で笑う私に「ふーん」と言ってから不思議な物を見るような目で私を見つめていた。「え、えと、パーさん何のみますか?」と聞けばその私の言葉に「パーさんてウケんな」とゲラゲラ笑い出した。イカつい顔をしているから少しだけ恐縮してしまったけれど、彼の笑顔を見ていたら何だかホッとした。パーさんから頼まれたビールをボーイさんに頼んでいると、「好きなの飲んでいいよ」と言われ有難く頂戴する事にした
それから、三ツ谷さんが戻って来るまでパーさんと飲み比べをして、その後お店の人達も交えて盛大に皆で乾杯をした。久しぶりにこんなに飲んだなって位にシャンパンを飲んで、フラフラになりながらトイレに行き携帯で時刻を確認すればもう閉店の時間を少し過ぎていた
店長に呼ばれ、1度頭を下げて席から離れると若い女の子達は奥のソファで潰れて眠っていた。そんな様子を見ながらフラフラと店長の元まで行くと「終わりだから着替えて来な」と優しく言われて更衣室に入った
欠伸をしながら着替えを済ませて更衣室を出れば店長に封筒を渡されて、「また明後日もよろしくね」と微笑まれる。目が半分になりながら「……はい、ありがとうございます」と口を開けば、いつの間にか右手を握られている事に気付いて振り返った
「……帰んの?送るよ雪那ちゃん」
「みちゅやさん……。タクシーでかえれ、ます」
店長を見れば、彼は見ないフリをする様に下を向いて「お疲れ様でした」と一言だけ言って奥に消えていく。そんな店長をボンヤリ見ていると掴まれていた手を引かれそのまま店の外に出ようとする三ツ谷さんに大人しく着いていく事にした
「お、雪那ちゃん。今日ありがとな。またな」
「パーさん、おめでとうございました。おやすみなさいませ」
ご機嫌なパーさんに頭を下げてから、三ツ谷さんが開けてくれた助手席のドアに乗り込むとドアはゆっくりと閉まった。三ツ谷さんてお店の人だから送って貰っても大丈夫……なのかな?と色々考えていると運転席に座った三ツ谷さんは「家どの辺?」と言って眠そうな私を見て少し微笑んだ
最初から思っていたけれど、この人の声が凄くタイプで聞いているだけで癒される。そんな事を考えながら家の大体の場所を言えば車は直ぐに走り出した
「今日はありがとうな。店どうだった?」
「仕事しないで飲んで笑ってただけな気がします……」
「初日なんだからそんなもんでいんだよ。パーも喜んでたしな」
「ふふ。パーさんは最初ちょっと怖かったけど1番話しやすかったです」
「へぇ」
「タバコ吸うね」と言われて頷くと、運転席と助手席の窓が少し開いて凍てつく様な風が中に入ってくる。三ツ谷さんの黒髪がサラサラと風になびくのを半分しか開かない目で見ていると、サッとスーツの上着を脱いで膝に掛けてくれた三ツ谷さんに頭を下げた
「……ありがとうございます」
「さみぃよな。悪ぃな」
いえいえと頭を横に振ると、赤信号で車は止まり私は冷えた手を膝にあるスーツの中に入れた。タバコを吸い終わった三ツ谷さんは窓を閉めてから私を見つめると「目、もう空いてないじゃん」と言って小さく笑った。その甘い優しい声を聞きながら「……はい」とだけ返事をして重い瞼を閉じると、少し経ってから唇に温かい物が触れてタバコの香りが広がった
10秒だったのか1分だったのかも分からない。目を開けれなくて、そのまま固まっていると温かく触れていたものは唇から離れて直ぐに車は動き出した。目を開けたけれど、彼の方が見れずにいると膝にあるスーツの中に入って来た三ツ谷さんの手が私の手を優しく包んだ
「……あ、あの……」
「ん?」
「お店の……子に……こんな事していいんですか?」
「……嫌だったら手、振りほどいて」
横目でこちらを見たのが分かって、私もそちらを向けばフッと薄く微笑む彼が何だかカッコ良く見えた。最初から声が素敵だなと思っていたし、口付けされたのも嫌じゃ無かった。だけど、こんなにカッコイイ人が彼女がいない訳は無いだろうし。ちょっと遊びたい位なのかなと思えば妙に納得してしまう
自宅の付近までやってくると、「ここで大丈夫です」と言ってから頭を下げる。少しだけ動揺している私を見抜いたのか小さく笑った三ツ谷さんは車を止めると「1回だけ抱き締めていい?」と言ってハンドルに凭れながら私を見つめた
コクリと小さく頷いた私の顔は多分赤かったかもしれない。優しく右手を引かれて彼の胸におさまると目をゆっくり閉じた。何分かそうしていると段々と照れ臭さは消えてきて、お酒の勢いもあるのか彼の背中に手を回しポンポンと背中を優しく叩く
「……手があったけぇ。相当寝みぃんだな。」
「…もう目が開きましぇん」
「雪那 、連絡先教えて」
「…………」
少しだけ戸惑ってしまったけれど、コートのポケットから携帯を取り出して彼に渡して目を閉じた。「プッ」と小さく笑いながら私の携帯をポチポチと操作をし、私のポケットに携帯を入れると「今日はありがとな」と言った彼の手が優しく髪を撫でて来て何だか離れるのが名残惜しくなった気がした
「……こちらこそです」
「ああ。また連絡する」
撫でられた髪に残る手の感触が何だか気持ち良くて、至近距離にある三ツ谷さんの髪を優しく撫でて「おやすみなさい」と言って離れると彼はまた小さく笑っていた。車を出てから頭を下げてマンションに向かうとクラクションが1回鳴らされてから車は闇に消えていった
自宅に帰りメイクだけ落としてから髪を纏めて歯を磨き、しこたまお湯を飲んでから布団に包まると明日はゆっくり休もうと決めて目を閉じた
胃の不快感で目を覚ますと床に転がっているバッグが目に入り軽く溜息を吐いてから起き上がる。肩から布団が落ちると寒くて身震いをしながら立ち上がり、直ぐにリビングに向かいエアコンを付けてからコタツの電源を入れた。お風呂を沸かしている間にコーヒーメーカーをセットしていると、ふと昨日された口付けを思い出してベッドの端に脱ぎ捨ててあるコートから携帯を取り出すとLINEを開いた
1番上にある三ツ谷隆からのメッセージは「二日酔いになってねぇ?大丈夫?」だった。10時08分に来ているメッセージ、今の時刻を確認すれば12時を過ぎていた
「……三ツ谷さんか……」
何て返事をしようか考えながら薄めにいれた珈琲とチーズを乗せて焼いただけのパンを口に入れながらボンヤリとしていた。魅力的な男の人だけど、遊ばれるのもごめんだしヤクザみたいな人と付き合うのも遠慮したい。腹も膨れるとお風呂が沸いたのかメロディーが部屋に流れる、そのメロディーを聞きながらコタツから出たく無くてそのままうつ伏せになり目を閉じた
あれからまた眠ってしまったらしい。携帯を見れば14時近くになっていて、怠い体を引き摺りながら風呂に入りお湯に浸かりながら動画を見ていると着信が入り画面には梨乃と表示されていた
「もしもし?」
「 雪那?昨日ありがとう。お店どうだった?」
「……あーうー、ん。良かった?かな」
「昨日パーちん君の誕生日パーティーだったんだって?店長に聞いた。雪那は誰についたの?」
「面接の時から閉店まで三ツ谷さんに指名貰って、帰りも送って貰ったんだ」
「……マジか」
「貰ったんだけど……えと」
「……えっ?何?どしたの?社長に何かされた?」
「社長なの!?」
「それも知らないの!?」
「車の中でちゅーされた……感じ」
「……社長ってそうゆうタイプじゃ無いんだけどなぁ。本当に雪那の事気に入ったんだね」
「……そうなの?」
梨乃が話してくれた話を聞いていると三ツ谷さんはお店の子に手を出したり遊んでいる様な感じには思えなかった。友人の誕生日パーティーやアニバーサリーなどにはお店を使う時もあるけど、普段はお店にも来ないし店の女の子と連絡先を交換したりもしないらしい
そんな話を聞いていると嬉しい様な困る様な複雑な気分になった。梨乃はハッキリとは言って来ないけれど三ツ谷さんは多分裏で何をしているか分からない人間だ。「……三ツ谷さんてヤクザなのかな?」そう呟いた私に「多分」と言った梨乃は「でも社長は嫌がる事はして来ないから、 が嫌だったらハッキリ断りなね」と言ってくれた。「内心、嫌じゃ無いから困っている」と言えば電話の向こうで笑ってしまっている梨乃に私も笑ってしまった
それから直ぐに激しく咳をし始めた梨乃に、お大事にねと言って電話を切ると私も風呂を出てからコタツに入り直して三ツ谷さんのメッセージを眺めていた。既読しておいて返信もまだ入れていない、無難に返しておこうと思い「昨日はありがとうございました。まだ少し二日酔いだけどお腹は空くので元気です」といれてから携帯をテーブルに置いた。
夕飯を作るのも面倒だけど、やはりお腹は減る。昨日も軽くしか夕飯は食べていないし今日もチーズパンだけ。流石に良くないかと思い冷蔵庫からありったけの肉と野菜を出してお雑煮を作り、棚にある餅を探せば切らしている事に気付いてガックリと肩を落とした
ご飯でも炊こうと思ったけれど、何だか疲れてしまってコタツに入り横になると携帯を手に取ってLINEを開く。「今家に居る?」と入って来た三ツ谷さんからのメッセージは5分前に来ていて「います」と返すと直ぐに電話が鳴り何秒か戸惑ったが出る事にした
「もしもし」
「 雪那ちゃん?悪ぃ、今忙しい?」
「コタツでゴロゴロしてます、大丈夫です」
「はは、そっか。良かった……30分後くらいに3分だけ外出て来れる?お土産渡したいんだよね」
「えっ?お土産ですか?」
「そ、今中華街からの帰り道でさ」
「……わ、分かりました。とりあえず眉毛だけ書きます」
「……スッピン恥ずかしいならマスクしてサングラスでいんじゃね?」
「……確かに。その案でいきます。あ、でも今ちょっとコンビニ行くのでやっぱり眉毛かきます」
「二日酔いなんだろ?コンビニで買えるもんなら俺が買って行ってやるよ」
「……流石に悪いですよ。ただの餅ですし」
「餅??何で?餅食いたいの?」
「今お雑煮作ったら、お餅無かったんです」
そんな私の悲しそうな声にケラケラと笑った三ツ谷さんは、「やっぱり餅買ってくから俺にもお雑煮食わせてよ」と言って笑う。彼の甘い声を聞きながら、昨日の口付けが脳裏に過ぎり少しだけ心配になった。
「 雪那ちゃん?どしたの?」
「…………ちょっと心配何です」
「何が?」
「お雑煮は……食べて欲しいんですけど、その……三ツ谷さんを家にあげても大丈夫かが心配で……」
「……あ、ああ。悪ぃ。昨日の今日だから警戒するよな。……絶対手出したりしねぇから。約束する」
「……えと、ちょっと違うんですけど」
「……ん?」
「…手を出したり出されたりの心配じゃ無くて……」
「……うん」
「三ツ谷さんみたいな魅力的な人に手出されて本気になっちゃいそうな自分の心配なんです」
ハァと小さく溜息を吐いた私に電話からは何も聞こえなくなった。正直に言い過ぎたかと焦って来て謝ろうとした瞬間に電話の向こうから大きな笑い声が聞こえて私はそっと電話を耳から離した
暫くしてから笑い声は止み、「悪ぃ悪ぃ、すげぇウケたわ」とまだ笑いを引き摺っている三ツ谷さんに私が思わず少しだけ笑うと、「あ、もうけっこう近くだからコンビニ寄って餅買うわ。また電話する」と言って彼は電話を切った
急いで脱ぎ散らかした服やバッグを片付けると、軽くメイクをしてから髪を梳かしトイレだけでも掃除をする。こうゆう時は何で時間が経つのが早いんだろうと思いながら鳴り響く携帯を通話にして、駐車場近くにある?と聞いてくる三ツ谷さんに説明をしながら毛玉の部屋着からお洒落な部屋着に着替えると直ぐに家を出て彼に教えた駐車場まで早足で向かった
駐車場に到着すると、昨日の黒のベンツがゆっくりバックしているのが遠目で見えた。そこから降りてきた三ツ谷さんに駐車場の入口から手を振ると両手にはコンビニの袋や紙袋などを沢山下げているのに優しい笑みを浮かべて片手を上げてこちらに早足で向かってくる彼を見て何だか嬉しくなった
「三ツ谷さん、お疲れ様です」
「あれ?マスクにグラサンは?」
「……あ、忘れてた」
「… 雪那ちゃん、スッピン可愛いなぁ。」
「……スッピンじゃ会えないので軽くメイクしてます」
「薄くてもすげぇかわい」
「…………あ、お餅……ありがとうございます」
「ははは、重いから着いたら渡すよ」
高そうな黒いロングコートを着た三ツ谷さんに少しだけ見惚れながら早足でマンションに向かって歩き出す。自宅に着いて彼を招き入れると、コートを受け取ってハンガーに掛けてから「コタツにでも座ってて下さい」と言えば紙袋を2つとコンビニの袋を渡されて慌てて頭を下げた
「……お土産、ありがとうございます。嬉しいです」
「何か有名な肉まんとか、適当に簡単に食えるもんにした。良かったら食べて」
「お餅は今焼きますね、何個食べます?」
「じゃあ2個」
「わかりました、何飲みますか?……て、うちに今あるのは珈琲と冷たいお茶くらいなんですけど」
「珈琲もらえる?サンキュな」
コートを脱いだ三ツ谷さんは黒のタートルのセーターにベージュのパンツを履いていて、何だか普通のお洒落な人に見えた。コタツに入ってテレビを見ている彼の後ろ姿を見ていると何だか急展開で不思議に思えてくるけれど、私も多分彼と仲良くなりたかったんだなって良く分かった気がした
三ツ谷さんに珈琲を出してからお餅を焼き、お雑煮を温めていると食欲をそそる香りに自分のお腹も鳴り出した。器に焼けた餅を入れ、お雑煮をよそうと割り箸と一緒にテーブルに置き「良かったら食べて下さい」と微笑んだ
彼氏が居たのは確か1年くらい前だったと思う。男の人と二人で家でご飯を食べるなんて久しぶりで何だか新鮮な気分だった。「優しい味で、すげぇ美味い。」とご機嫌でお雑煮を食べる三ツ谷さんからは危ない雰囲気を感じない。そんな雰囲気を感じさせないから逆に危ないのかなと思いながら見つめていると、「……梨乃から何か聞いてる?」と笑みを消した三ツ谷さんは私の目を見つめていた
「……三ツ谷さんて、あのお店の社長さん何ですか?」
「うん、そうなるな。」
「後……他に何か仕事してるんですか?」
そう言った私に三ツ谷さんは「……ああ」とだけ言ってから箸をすすめた。私もそれ以上は何も聞けなくて黙っていると、三ツ谷さんの器がいつの間にか空になっていて「ご馳走様でした」と言ってから彼は器を持ったまま立ち上がりキッチンに歩いていく
「あ、三ツ谷さん。洗い物は私がしますから」
彼の後に続く様に早足でキッチンに向かうとシンクの前で袖を捲る三ツ谷さんの隣に立ち先にスポンジを手に取った。「ご馳走してもらったから俺がやるよ」と言って私の手からスポンジを取った三ツ谷さんに「……じゃあお願いします」と言って頭を下げるとフッと優しく笑った彼を見て和やかな空気に戻った様に感じた。気になるけど、仕事の話はなるべく聞かないようにしようと思いながら冷蔵庫からリンゴを取り出すと、皮を剥いたリンゴをウサギさんの形に切ってからお皿に並べ爪楊枝を刺した
爪楊枝を刺したリンゴを洗い物を終えた三ツ谷さんに差し出すと「お、ウサギじゃん」と言って自分で手に持たずに齧り付いてくる三ツ谷さんに笑っていると、「懐かしいな」と言いながら爪楊枝を持つ私の手を優しく包み、半分残っていたリンゴを口に入れて咀嚼する
「……懐かしいって?」
多分少しだけ赤くなっている顔で聞くと「小、中学の頃に妹達にお願いされてリンゴのうさぎを良く作ったんだよ」と言ってお皿から手でリンゴを摘み口に入れる。「優しいお兄ちゃんですね」と言って微笑むと「昔はな。」と言って少しだけ表情を曇らせた
「……三ツ谷さん、タバコ吸って大丈夫ですからね」
「部屋に匂いつくぞ」
「私も吸いますから大丈夫です。電子ですけど」
多分我慢してるんだろうと思い、コタツの上に灰皿ありますよと言えばポケットに入れた手がタバコを取り出した。「じゃあお言葉に甘えます」と言った三ツ谷さんはコタツに入り直してタバコを吸い始めたのでこちらも遠慮無く隣に座り吸わせて貰う事にした
今日は怠かったし、お腹がいっぱいになってぬくぬくしているとあんなに寝たのにまた睡魔がやって来る。ヤクザかもしれない、会って間もない男性が隣に居るのに何故こんなにリラックス出来るのか不思議だった。付けっぱなしのテレビを見ながらウトウトしていると「眠い」と小さな声が聞こえてそちらを向けば、私と同じ様な顔をした三ツ谷さんはゆっくりと私の肩に頭を預けた
「……ふふふ。」
「……嫌じゃねぇ?」
「嫌じゃ無いです。膝でも良いですよ」
そう言うと少ししてから私の膝にゆっくり三ツ谷さんの頭が乗った。表情は見えないけれど目を瞑っているようだったので後ろのソファに手を伸ばしてプランケットを取ると彼の肩から下に掛けて優しく頭を撫でる
ピクっと1度反応を見せたけれど、疲れているのか何分かすると規則正しい寝息が聞こえてきた。深く眠るまで待ってから顔を覗き込んで頭を撫でると、小さな頃に弟に膝枕をしてあげた事を思い出した。加湿器の煙を見ながら彼の頬を優しく撫でていると、手を掴まれて少しだけビックリする。私の手の腹を撫でる指を見つめていると、三ツ谷さんは寝息を立てていて深く眠っていた
「……ビックリした。無意識か。何か……可愛い」
後ろのソファに凭れて目を瞑りながら右手にある温かさに心地良さを感じていると、意識がゆっくりと遠くなる気がした
何だか息苦しくて目を開けると、ソファの下で眠って居た筈なのにいつの間にかソファで彼に抱かれて眠っていた。目の前にある胸にギュっと顔が押し潰されて少しだけ苦しい、ゆっくりと上を向けば三ツ谷さんは口を開けてスヤスヤと眠っていた。起こしたくは無いけれど何とか体勢を変えたい。ゆっくりと彼に背中を向けると、後ろから抱き締めて来た三ツ谷さんに笑うのを我慢して回して来た彼の手を優しく握りしめた
次に目を覚ますと彼は居なくて、LINEには「仕事入ったから行ってくる。起きたら凄ぇ疲れ取れてた。本当にありがとうな」と入っていて、それを見て私は自然と微笑んでいた。会ってまだ時間は経っていないのにこんなに惹かれる相手がいるんだろうか……。でも、私ももう三十路手前だしやはり結婚して子供も欲しいし。その夢を叶えるならヤクザの人とは難しい
「……はぁ、どうしよ……」
梨乃にもう一度相談しようか悩みながら珈琲をいれて、三ツ谷さんがお土産にくれた肉まんを温めて食べてからとりあえず放置していた仕事を片付ける事にした。集中していたからかあっとゆう間に時間は経っていて気付けば外は日が落ちていた。夕飯の買い物にでも行こうかと思いシャワーを浴びてメイクをしている携帯に入って来たメッセージに目を見開く
今日出勤だろ?店一緒行く?
出勤なのも忘れていた自分に驚いたけれど、社長なのに自分の店に同伴て良いのか?とこちらにも驚いた。そもそも人数合わせで行っているのに社長の席にずっと居たら意味が無いのではと思ってしまう。少し考えてから梨乃に連絡し三ツ谷さんから来たLINEのメッセージを伝えると、「社長ウケるw甘えておきなよ」と軽く返ってきたので大丈夫なんだなと少し安心した
三ツ谷さんに出勤忘れてて今スーパー行こうとしてましたと返信すると、笑顔のスタンプが返って来て「1時間後に迎えに行く。とりあえず支度しろ」と入って来たので直ぐにスーパーに行くメイクでは無く念入りにしてから髪を纏めて着替えると10分前だったので外に出た
マンションの前のゴミ捨て場の横で三ツ谷さんを待っていると、黒塗りの車が前で止まりゆっくりと窓が開いた。いつもの車じゃないから分からなかったけれど助手席に座っている三ツ谷さんは「後ろ乗って」とだけ言ってから窓を閉めた
「お邪魔します」と言いながら後部座席のドアを開けて車に乗り込むと、運転手の顔は見えないけれど2人共グレーのスーツを着ていた。三ツ谷さんから話しかけられないので目を瞑って乗り心地の良いシートに体を預けていると、「 雪那、寝てんの?」と聞かれて「……凄い乗り心地が良いので堪能してます」と言えば運転手さんが思わず吹き出していた
「飯食った?」
「軽く、仕事前は余り食べないので大丈夫です」
「そっか。……じゃあ寿司じゃない方がいいか?」
「寿司が良いです」
「プッ、じゃあ寿司にするか。八戒向かって」
「了解」
お寿司何て久しぶりだなと思い浮かれていると、車は走り出した。八戒何て名前は珍しいな何て思いながら窓の外の景色を見ていたけれどスモークが濃くて余り良く見えなかった。携帯ゲームでもやろうかと思いバッグから携帯を取り出すと「ここで先に降りてタカちゃん、車入れてくるから」と運転手さんが口を開く
「ああ。降りるぞ雪那」
「はーい、タカちゃん」
「……」
タカちゃんと私に呼ばれた事で吸っていたタバコに噎せた三ツ谷さんの様子を見た八戒さんは下を向いて笑いを堪えている。「八戒さんありがとうございました」と言って頭を下げてから車を降りると、助手席から降りまだゴホゴホと軽く咳をしている三ツ谷さんの背を軽く撫でた
「ふふ、すみません。タカちゃんて可愛くて」
「……あー、喉痛ぇ」
「飲み物買ってきます?」
「店でビール飲むから大丈夫だよ、行こ」
「はーい」
シンプルなストライプのグレーのスーツは黒髪の三ツ谷さんに凄く似合っていて、何だか見惚れてしまう。お店に入るとカウンターに通されて目の前で寿司を握って貰い、ビールを飲んで楽しい話を沢山して彼の笑顔を見て幸せな気分になる。何だか普通のカップルみたいで、この時間が愛しい。このまま時間が止まればいいのにな何て考えていた
友人の梨乃が働いているのはキャストが美人揃いで有名なキャバクラだけど、裏の人間が関わっていると聞いていたし特に今は生活費にも困っていない。しかし、インフルエンザにかかった彼女を想像して少し可哀想だなと思っていると、追撃する様に入っていたLINEを見て目を見開いた
欲しがってたコスメセット全部買ってあげるから
このメッセージを見て直ぐにOKと返事を返すと、細かい指示がLINEに入って来たので一応目を通してから直ぐにシャワーを浴びてメイクだけすると髪を纏めてから着替え家を出た。タクシーで10分の距離にある店の前に着いたけれど、梨乃に指定された時間まではまだ1時間もある
バイト代も入る事だし、少し贅沢しようかなと思い近くのお店をブラブラと見ていると何も買っていないのに直ぐに約束の時間の5分前になってしまった。店の前まで来ると、少し緊張しながら華やかなをアーチを潜り高級感のある黒いドアを開いた。百合の香りが店を包んでいてキャストの姿は見えないけれどアイロンを片手に持った女性や黒服の男の人がパタパタと店の中を小走りしている状態だった
ドアの前で立ち尽くしながら店長らしき人を探していると、こちらに向かって来た若いスーツの男性は私を見て人懐っこい笑みを浮かべ1度頭を軽く下げた
「 雪那さんかな?」
「はい、梨乃の紹介で来ました。よろしくお願いいたします」
「急に悪いね。インフルエンザでお休みの子が多くて本当に助かるよ」
いえいえ、こちらこそです。と無難に返すと、にこやかな笑みを浮かべながら直ぐに更衣室に通される。「小林さんよろしくね」と言ってから店長はそそくさと行ってしまい、その後ろ姿を見送ってから振り返ると、先程アイロンを持っていた女性は優しい笑みで頭を下げてくれて内心少しだけ安心した
何十着あるのか分からないドレスの中から小林さんが選んでくれたのは少し胸が開いた白のドレスだった。汚さないかな……何て考えながらドレスに袖を通してから鏡の前に座り髪を整えて貰った。普段しない口紅を引くと鏡に写る自分自身が美しくて思わず少しだけ目を見開いた
「 雪那ちゃん、凄く白似合うわね」
「……ありがとうございます」
その言葉を素直に受け取り、「こんな綺麗な髪型にして貰えて嬉しいです」と微笑むと「今日はパーティーだから頑張ってね」と言って親指を立ててくる小林さんに「はい」と言って頷いた。誰かの誕生日祝いなのだろうかと考えていると、「小林さん、雪那ちゃん終わった?」とドアの外から声が聞こえて私達は振り返る
「店長終わりました、今行きます」
ハンカチと携帯、口紅を入れたポーチを手に取ると「行ってらっしゃい」と小さく手を振る小林さんに頭を下げてから更衣室を出た。「凄い綺麗だよ、雪那ちゃん。良かったらずっと働いてね」とニコニコして来る店長に苦笑いをしながら案内された席に座り、お酒の作り方や基本的なマナーなどを教えて貰っているとコツコツと靴が鳴る音に私達は顔を上げた
「新人?」
「三ツ谷さん、お疲れ様です」
「…あ、…初めまして、雪那です」
店長が立ち上がったのを見て私も立ち上がり頭を下げると、「……座ってていいよ、雪那ちゃん」と三ツ谷さんに言われてそのまま腰を下ろした。20~25歳位だろうか、私より若く見えるスーツの三ツ谷さんは店長に何か耳打ちをすると私を横目で見つめ、目が合うとニッコリと微笑んだ
少しだけ緊張した様な顔になった店長は私に視線を移すと、「ちょっとだけ待っててね」と言ってから早足で店の外に消えて行った。出されていたお茶に手を伸ばそうとした私の手を優しく取ると、近くに立って居た黒服のお兄さんに「ビール2つ持ってきて」と言ってから私の前に座りタバコに火を付けた
「……ビール好き?」
「は、はい。好きです」
「今日さ、俺の仲間の誕生日パーティーでここ貸し切りなんだよね。」
「そうなんですね、おめでとうございます」
「……接客得意?」
「……友達がインフルエンザで出れないので代わりを頼まれたんです……。接客は得意じゃないので、本音を言えば厨房でおつまみ作りたいです」
「ははは、そっか。あんまり得意じゃ無いのなら、今日は俺の隣に居なよ」
「……えと、お気遣いありがとうございます」
小さく頭を下げると黒服から受け取ったビールを私に渡して来た三ツ谷さんは「乾杯」と言ってから自身のグラスを傾けてくれた。二人で小さな乾杯をしてからビールを飲み干す三ツ谷さんに釣られてグラスを空にすると、ケラケラと笑いながらおかわりを頼む彼は優しく見えるけれど何だか異様に感じた
三ツ谷さんが来た時の店長の顔や、黒服さん達の緊張感が彼の存在に対して恐怖を感じている様に思えるのは気のせいだろうか。だけど、「今日のパーティーの主役は昔からの友達なんだよね。」と人懐っこい顔で話してくる三ツ谷さんと話していると少しづつだけど先程の違和感は消え、いつの間にか自然と笑顔が増えている自分がいた
暫くすると、お店に入って来た強面の若い男達は三ツ谷さんに頭を下げてから隣のテーブルに座った。直ぐに黒服が連れてきた若い女の子達がその席に座り、お酒を作りながら彼等を接客しているのが目に入る。「あの、私はここに居ても本当に大丈夫なんですか?」それを見て思わず口を開けば、グラスを持ちながら立ち上がると私の隣に座った三ツ谷さんは「ん?平気平気」と軽い口調で言い放つ。その言葉に甘えて良いのかが分からなくて、1度御手洗に立ち店長に確認を取ると「指名になってるから大丈夫だよ」と言われて首を傾げれば「気にしないで三ツ谷さんの隣で飲んでてね」と微笑まれてそのまま頷いて席に戻った
「バイト代入ったら何に使いたいの?」と聞いてきた三ツ谷さんに、「欲しいソファがあるんです」と言って私が部屋の模様替えの話に華をさかせていると、大きな体格の男性が店に入って来るなり「三ツ谷!」と叫び、その声が店中に響いた。その声に呆れた様に苦笑いをしながら手を上げて「パー」と呼んだ声は彼に届いたのか早足でこちらに向かって来ると私達の前にドカっと腰を降ろす
私をチラッと見た体格の良い男性は目が合うと何とも言えない様な目を私に向けてから三ツ谷さんを見ていた
「……あんだよ、パー」
「……何でもねぇ。ぺーやんはまだ来てねぇのか?」
「お前等一緒じゃねぇの?」
「先に行ってるって言ってたんだけどな」
そんな2人のやりとりを聞きながら黙っていると、次々と現れる柄の悪いスーツの男性達に私は目をパチパチさせるしか無かった。そんな私の様子に気付いた三ツ谷さんは「女の子には皆優しいから大丈夫だよ」と私の耳元で優しく耳打ちすると、「ちょっとパー、この子頼んだ」と言って電話を取り出しながら店の外に向かっていった
「…お前…三ツ谷の女?」
「……はっ?えっ?」
面接して貰っただけですと首をブンブン横に振り、困った顔で笑う私に「ふーん」と言ってから不思議な物を見るような目で私を見つめていた。「え、えと、パーさん何のみますか?」と聞けばその私の言葉に「パーさんてウケんな」とゲラゲラ笑い出した。イカつい顔をしているから少しだけ恐縮してしまったけれど、彼の笑顔を見ていたら何だかホッとした。パーさんから頼まれたビールをボーイさんに頼んでいると、「好きなの飲んでいいよ」と言われ有難く頂戴する事にした
それから、三ツ谷さんが戻って来るまでパーさんと飲み比べをして、その後お店の人達も交えて盛大に皆で乾杯をした。久しぶりにこんなに飲んだなって位にシャンパンを飲んで、フラフラになりながらトイレに行き携帯で時刻を確認すればもう閉店の時間を少し過ぎていた
店長に呼ばれ、1度頭を下げて席から離れると若い女の子達は奥のソファで潰れて眠っていた。そんな様子を見ながらフラフラと店長の元まで行くと「終わりだから着替えて来な」と優しく言われて更衣室に入った
欠伸をしながら着替えを済ませて更衣室を出れば店長に封筒を渡されて、「また明後日もよろしくね」と微笑まれる。目が半分になりながら「……はい、ありがとうございます」と口を開けば、いつの間にか右手を握られている事に気付いて振り返った
「……帰んの?送るよ雪那ちゃん」
「みちゅやさん……。タクシーでかえれ、ます」
店長を見れば、彼は見ないフリをする様に下を向いて「お疲れ様でした」と一言だけ言って奥に消えていく。そんな店長をボンヤリ見ていると掴まれていた手を引かれそのまま店の外に出ようとする三ツ谷さんに大人しく着いていく事にした
「お、雪那ちゃん。今日ありがとな。またな」
「パーさん、おめでとうございました。おやすみなさいませ」
ご機嫌なパーさんに頭を下げてから、三ツ谷さんが開けてくれた助手席のドアに乗り込むとドアはゆっくりと閉まった。三ツ谷さんてお店の人だから送って貰っても大丈夫……なのかな?と色々考えていると運転席に座った三ツ谷さんは「家どの辺?」と言って眠そうな私を見て少し微笑んだ
最初から思っていたけれど、この人の声が凄くタイプで聞いているだけで癒される。そんな事を考えながら家の大体の場所を言えば車は直ぐに走り出した
「今日はありがとうな。店どうだった?」
「仕事しないで飲んで笑ってただけな気がします……」
「初日なんだからそんなもんでいんだよ。パーも喜んでたしな」
「ふふ。パーさんは最初ちょっと怖かったけど1番話しやすかったです」
「へぇ」
「タバコ吸うね」と言われて頷くと、運転席と助手席の窓が少し開いて凍てつく様な風が中に入ってくる。三ツ谷さんの黒髪がサラサラと風になびくのを半分しか開かない目で見ていると、サッとスーツの上着を脱いで膝に掛けてくれた三ツ谷さんに頭を下げた
「……ありがとうございます」
「さみぃよな。悪ぃな」
いえいえと頭を横に振ると、赤信号で車は止まり私は冷えた手を膝にあるスーツの中に入れた。タバコを吸い終わった三ツ谷さんは窓を閉めてから私を見つめると「目、もう空いてないじゃん」と言って小さく笑った。その甘い優しい声を聞きながら「……はい」とだけ返事をして重い瞼を閉じると、少し経ってから唇に温かい物が触れてタバコの香りが広がった
10秒だったのか1分だったのかも分からない。目を開けれなくて、そのまま固まっていると温かく触れていたものは唇から離れて直ぐに車は動き出した。目を開けたけれど、彼の方が見れずにいると膝にあるスーツの中に入って来た三ツ谷さんの手が私の手を優しく包んだ
「……あ、あの……」
「ん?」
「お店の……子に……こんな事していいんですか?」
「……嫌だったら手、振りほどいて」
横目でこちらを見たのが分かって、私もそちらを向けばフッと薄く微笑む彼が何だかカッコ良く見えた。最初から声が素敵だなと思っていたし、口付けされたのも嫌じゃ無かった。だけど、こんなにカッコイイ人が彼女がいない訳は無いだろうし。ちょっと遊びたい位なのかなと思えば妙に納得してしまう
自宅の付近までやってくると、「ここで大丈夫です」と言ってから頭を下げる。少しだけ動揺している私を見抜いたのか小さく笑った三ツ谷さんは車を止めると「1回だけ抱き締めていい?」と言ってハンドルに凭れながら私を見つめた
コクリと小さく頷いた私の顔は多分赤かったかもしれない。優しく右手を引かれて彼の胸におさまると目をゆっくり閉じた。何分かそうしていると段々と照れ臭さは消えてきて、お酒の勢いもあるのか彼の背中に手を回しポンポンと背中を優しく叩く
「……手があったけぇ。相当寝みぃんだな。」
「…もう目が開きましぇん」
「雪那 、連絡先教えて」
「…………」
少しだけ戸惑ってしまったけれど、コートのポケットから携帯を取り出して彼に渡して目を閉じた。「プッ」と小さく笑いながら私の携帯をポチポチと操作をし、私のポケットに携帯を入れると「今日はありがとな」と言った彼の手が優しく髪を撫でて来て何だか離れるのが名残惜しくなった気がした
「……こちらこそです」
「ああ。また連絡する」
撫でられた髪に残る手の感触が何だか気持ち良くて、至近距離にある三ツ谷さんの髪を優しく撫でて「おやすみなさい」と言って離れると彼はまた小さく笑っていた。車を出てから頭を下げてマンションに向かうとクラクションが1回鳴らされてから車は闇に消えていった
自宅に帰りメイクだけ落としてから髪を纏めて歯を磨き、しこたまお湯を飲んでから布団に包まると明日はゆっくり休もうと決めて目を閉じた
胃の不快感で目を覚ますと床に転がっているバッグが目に入り軽く溜息を吐いてから起き上がる。肩から布団が落ちると寒くて身震いをしながら立ち上がり、直ぐにリビングに向かいエアコンを付けてからコタツの電源を入れた。お風呂を沸かしている間にコーヒーメーカーをセットしていると、ふと昨日された口付けを思い出してベッドの端に脱ぎ捨ててあるコートから携帯を取り出すとLINEを開いた
1番上にある三ツ谷隆からのメッセージは「二日酔いになってねぇ?大丈夫?」だった。10時08分に来ているメッセージ、今の時刻を確認すれば12時を過ぎていた
「……三ツ谷さんか……」
何て返事をしようか考えながら薄めにいれた珈琲とチーズを乗せて焼いただけのパンを口に入れながらボンヤリとしていた。魅力的な男の人だけど、遊ばれるのもごめんだしヤクザみたいな人と付き合うのも遠慮したい。腹も膨れるとお風呂が沸いたのかメロディーが部屋に流れる、そのメロディーを聞きながらコタツから出たく無くてそのままうつ伏せになり目を閉じた
あれからまた眠ってしまったらしい。携帯を見れば14時近くになっていて、怠い体を引き摺りながら風呂に入りお湯に浸かりながら動画を見ていると着信が入り画面には梨乃と表示されていた
「もしもし?」
「 雪那?昨日ありがとう。お店どうだった?」
「……あーうー、ん。良かった?かな」
「昨日パーちん君の誕生日パーティーだったんだって?店長に聞いた。雪那は誰についたの?」
「面接の時から閉店まで三ツ谷さんに指名貰って、帰りも送って貰ったんだ」
「……マジか」
「貰ったんだけど……えと」
「……えっ?何?どしたの?社長に何かされた?」
「社長なの!?」
「それも知らないの!?」
「車の中でちゅーされた……感じ」
「……社長ってそうゆうタイプじゃ無いんだけどなぁ。本当に雪那の事気に入ったんだね」
「……そうなの?」
梨乃が話してくれた話を聞いていると三ツ谷さんはお店の子に手を出したり遊んでいる様な感じには思えなかった。友人の誕生日パーティーやアニバーサリーなどにはお店を使う時もあるけど、普段はお店にも来ないし店の女の子と連絡先を交換したりもしないらしい
そんな話を聞いていると嬉しい様な困る様な複雑な気分になった。梨乃はハッキリとは言って来ないけれど三ツ谷さんは多分裏で何をしているか分からない人間だ。「……三ツ谷さんてヤクザなのかな?」そう呟いた私に「多分」と言った梨乃は「でも社長は嫌がる事はして来ないから、 が嫌だったらハッキリ断りなね」と言ってくれた。「内心、嫌じゃ無いから困っている」と言えば電話の向こうで笑ってしまっている梨乃に私も笑ってしまった
それから直ぐに激しく咳をし始めた梨乃に、お大事にねと言って電話を切ると私も風呂を出てからコタツに入り直して三ツ谷さんのメッセージを眺めていた。既読しておいて返信もまだ入れていない、無難に返しておこうと思い「昨日はありがとうございました。まだ少し二日酔いだけどお腹は空くので元気です」といれてから携帯をテーブルに置いた。
夕飯を作るのも面倒だけど、やはりお腹は減る。昨日も軽くしか夕飯は食べていないし今日もチーズパンだけ。流石に良くないかと思い冷蔵庫からありったけの肉と野菜を出してお雑煮を作り、棚にある餅を探せば切らしている事に気付いてガックリと肩を落とした
ご飯でも炊こうと思ったけれど、何だか疲れてしまってコタツに入り横になると携帯を手に取ってLINEを開く。「今家に居る?」と入って来た三ツ谷さんからのメッセージは5分前に来ていて「います」と返すと直ぐに電話が鳴り何秒か戸惑ったが出る事にした
「もしもし」
「 雪那ちゃん?悪ぃ、今忙しい?」
「コタツでゴロゴロしてます、大丈夫です」
「はは、そっか。良かった……30分後くらいに3分だけ外出て来れる?お土産渡したいんだよね」
「えっ?お土産ですか?」
「そ、今中華街からの帰り道でさ」
「……わ、分かりました。とりあえず眉毛だけ書きます」
「……スッピン恥ずかしいならマスクしてサングラスでいんじゃね?」
「……確かに。その案でいきます。あ、でも今ちょっとコンビニ行くのでやっぱり眉毛かきます」
「二日酔いなんだろ?コンビニで買えるもんなら俺が買って行ってやるよ」
「……流石に悪いですよ。ただの餅ですし」
「餅??何で?餅食いたいの?」
「今お雑煮作ったら、お餅無かったんです」
そんな私の悲しそうな声にケラケラと笑った三ツ谷さんは、「やっぱり餅買ってくから俺にもお雑煮食わせてよ」と言って笑う。彼の甘い声を聞きながら、昨日の口付けが脳裏に過ぎり少しだけ心配になった。
「 雪那ちゃん?どしたの?」
「…………ちょっと心配何です」
「何が?」
「お雑煮は……食べて欲しいんですけど、その……三ツ谷さんを家にあげても大丈夫かが心配で……」
「……あ、ああ。悪ぃ。昨日の今日だから警戒するよな。……絶対手出したりしねぇから。約束する」
「……えと、ちょっと違うんですけど」
「……ん?」
「…手を出したり出されたりの心配じゃ無くて……」
「……うん」
「三ツ谷さんみたいな魅力的な人に手出されて本気になっちゃいそうな自分の心配なんです」
ハァと小さく溜息を吐いた私に電話からは何も聞こえなくなった。正直に言い過ぎたかと焦って来て謝ろうとした瞬間に電話の向こうから大きな笑い声が聞こえて私はそっと電話を耳から離した
暫くしてから笑い声は止み、「悪ぃ悪ぃ、すげぇウケたわ」とまだ笑いを引き摺っている三ツ谷さんに私が思わず少しだけ笑うと、「あ、もうけっこう近くだからコンビニ寄って餅買うわ。また電話する」と言って彼は電話を切った
急いで脱ぎ散らかした服やバッグを片付けると、軽くメイクをしてから髪を梳かしトイレだけでも掃除をする。こうゆう時は何で時間が経つのが早いんだろうと思いながら鳴り響く携帯を通話にして、駐車場近くにある?と聞いてくる三ツ谷さんに説明をしながら毛玉の部屋着からお洒落な部屋着に着替えると直ぐに家を出て彼に教えた駐車場まで早足で向かった
駐車場に到着すると、昨日の黒のベンツがゆっくりバックしているのが遠目で見えた。そこから降りてきた三ツ谷さんに駐車場の入口から手を振ると両手にはコンビニの袋や紙袋などを沢山下げているのに優しい笑みを浮かべて片手を上げてこちらに早足で向かってくる彼を見て何だか嬉しくなった
「三ツ谷さん、お疲れ様です」
「あれ?マスクにグラサンは?」
「……あ、忘れてた」
「… 雪那ちゃん、スッピン可愛いなぁ。」
「……スッピンじゃ会えないので軽くメイクしてます」
「薄くてもすげぇかわい」
「…………あ、お餅……ありがとうございます」
「ははは、重いから着いたら渡すよ」
高そうな黒いロングコートを着た三ツ谷さんに少しだけ見惚れながら早足でマンションに向かって歩き出す。自宅に着いて彼を招き入れると、コートを受け取ってハンガーに掛けてから「コタツにでも座ってて下さい」と言えば紙袋を2つとコンビニの袋を渡されて慌てて頭を下げた
「……お土産、ありがとうございます。嬉しいです」
「何か有名な肉まんとか、適当に簡単に食えるもんにした。良かったら食べて」
「お餅は今焼きますね、何個食べます?」
「じゃあ2個」
「わかりました、何飲みますか?……て、うちに今あるのは珈琲と冷たいお茶くらいなんですけど」
「珈琲もらえる?サンキュな」
コートを脱いだ三ツ谷さんは黒のタートルのセーターにベージュのパンツを履いていて、何だか普通のお洒落な人に見えた。コタツに入ってテレビを見ている彼の後ろ姿を見ていると何だか急展開で不思議に思えてくるけれど、私も多分彼と仲良くなりたかったんだなって良く分かった気がした
三ツ谷さんに珈琲を出してからお餅を焼き、お雑煮を温めていると食欲をそそる香りに自分のお腹も鳴り出した。器に焼けた餅を入れ、お雑煮をよそうと割り箸と一緒にテーブルに置き「良かったら食べて下さい」と微笑んだ
彼氏が居たのは確か1年くらい前だったと思う。男の人と二人で家でご飯を食べるなんて久しぶりで何だか新鮮な気分だった。「優しい味で、すげぇ美味い。」とご機嫌でお雑煮を食べる三ツ谷さんからは危ない雰囲気を感じない。そんな雰囲気を感じさせないから逆に危ないのかなと思いながら見つめていると、「……梨乃から何か聞いてる?」と笑みを消した三ツ谷さんは私の目を見つめていた
「……三ツ谷さんて、あのお店の社長さん何ですか?」
「うん、そうなるな。」
「後……他に何か仕事してるんですか?」
そう言った私に三ツ谷さんは「……ああ」とだけ言ってから箸をすすめた。私もそれ以上は何も聞けなくて黙っていると、三ツ谷さんの器がいつの間にか空になっていて「ご馳走様でした」と言ってから彼は器を持ったまま立ち上がりキッチンに歩いていく
「あ、三ツ谷さん。洗い物は私がしますから」
彼の後に続く様に早足でキッチンに向かうとシンクの前で袖を捲る三ツ谷さんの隣に立ち先にスポンジを手に取った。「ご馳走してもらったから俺がやるよ」と言って私の手からスポンジを取った三ツ谷さんに「……じゃあお願いします」と言って頭を下げるとフッと優しく笑った彼を見て和やかな空気に戻った様に感じた。気になるけど、仕事の話はなるべく聞かないようにしようと思いながら冷蔵庫からリンゴを取り出すと、皮を剥いたリンゴをウサギさんの形に切ってからお皿に並べ爪楊枝を刺した
爪楊枝を刺したリンゴを洗い物を終えた三ツ谷さんに差し出すと「お、ウサギじゃん」と言って自分で手に持たずに齧り付いてくる三ツ谷さんに笑っていると、「懐かしいな」と言いながら爪楊枝を持つ私の手を優しく包み、半分残っていたリンゴを口に入れて咀嚼する
「……懐かしいって?」
多分少しだけ赤くなっている顔で聞くと「小、中学の頃に妹達にお願いされてリンゴのうさぎを良く作ったんだよ」と言ってお皿から手でリンゴを摘み口に入れる。「優しいお兄ちゃんですね」と言って微笑むと「昔はな。」と言って少しだけ表情を曇らせた
「……三ツ谷さん、タバコ吸って大丈夫ですからね」
「部屋に匂いつくぞ」
「私も吸いますから大丈夫です。電子ですけど」
多分我慢してるんだろうと思い、コタツの上に灰皿ありますよと言えばポケットに入れた手がタバコを取り出した。「じゃあお言葉に甘えます」と言った三ツ谷さんはコタツに入り直してタバコを吸い始めたのでこちらも遠慮無く隣に座り吸わせて貰う事にした
今日は怠かったし、お腹がいっぱいになってぬくぬくしているとあんなに寝たのにまた睡魔がやって来る。ヤクザかもしれない、会って間もない男性が隣に居るのに何故こんなにリラックス出来るのか不思議だった。付けっぱなしのテレビを見ながらウトウトしていると「眠い」と小さな声が聞こえてそちらを向けば、私と同じ様な顔をした三ツ谷さんはゆっくりと私の肩に頭を預けた
「……ふふふ。」
「……嫌じゃねぇ?」
「嫌じゃ無いです。膝でも良いですよ」
そう言うと少ししてから私の膝にゆっくり三ツ谷さんの頭が乗った。表情は見えないけれど目を瞑っているようだったので後ろのソファに手を伸ばしてプランケットを取ると彼の肩から下に掛けて優しく頭を撫でる
ピクっと1度反応を見せたけれど、疲れているのか何分かすると規則正しい寝息が聞こえてきた。深く眠るまで待ってから顔を覗き込んで頭を撫でると、小さな頃に弟に膝枕をしてあげた事を思い出した。加湿器の煙を見ながら彼の頬を優しく撫でていると、手を掴まれて少しだけビックリする。私の手の腹を撫でる指を見つめていると、三ツ谷さんは寝息を立てていて深く眠っていた
「……ビックリした。無意識か。何か……可愛い」
後ろのソファに凭れて目を瞑りながら右手にある温かさに心地良さを感じていると、意識がゆっくりと遠くなる気がした
何だか息苦しくて目を開けると、ソファの下で眠って居た筈なのにいつの間にかソファで彼に抱かれて眠っていた。目の前にある胸にギュっと顔が押し潰されて少しだけ苦しい、ゆっくりと上を向けば三ツ谷さんは口を開けてスヤスヤと眠っていた。起こしたくは無いけれど何とか体勢を変えたい。ゆっくりと彼に背中を向けると、後ろから抱き締めて来た三ツ谷さんに笑うのを我慢して回して来た彼の手を優しく握りしめた
次に目を覚ますと彼は居なくて、LINEには「仕事入ったから行ってくる。起きたら凄ぇ疲れ取れてた。本当にありがとうな」と入っていて、それを見て私は自然と微笑んでいた。会ってまだ時間は経っていないのにこんなに惹かれる相手がいるんだろうか……。でも、私ももう三十路手前だしやはり結婚して子供も欲しいし。その夢を叶えるならヤクザの人とは難しい
「……はぁ、どうしよ……」
梨乃にもう一度相談しようか悩みながら珈琲をいれて、三ツ谷さんがお土産にくれた肉まんを温めて食べてからとりあえず放置していた仕事を片付ける事にした。集中していたからかあっとゆう間に時間は経っていて気付けば外は日が落ちていた。夕飯の買い物にでも行こうかと思いシャワーを浴びてメイクをしている携帯に入って来たメッセージに目を見開く
今日出勤だろ?店一緒行く?
出勤なのも忘れていた自分に驚いたけれど、社長なのに自分の店に同伴て良いのか?とこちらにも驚いた。そもそも人数合わせで行っているのに社長の席にずっと居たら意味が無いのではと思ってしまう。少し考えてから梨乃に連絡し三ツ谷さんから来たLINEのメッセージを伝えると、「社長ウケるw甘えておきなよ」と軽く返ってきたので大丈夫なんだなと少し安心した
三ツ谷さんに出勤忘れてて今スーパー行こうとしてましたと返信すると、笑顔のスタンプが返って来て「1時間後に迎えに行く。とりあえず支度しろ」と入って来たので直ぐにスーパーに行くメイクでは無く念入りにしてから髪を纏めて着替えると10分前だったので外に出た
マンションの前のゴミ捨て場の横で三ツ谷さんを待っていると、黒塗りの車が前で止まりゆっくりと窓が開いた。いつもの車じゃないから分からなかったけれど助手席に座っている三ツ谷さんは「後ろ乗って」とだけ言ってから窓を閉めた
「お邪魔します」と言いながら後部座席のドアを開けて車に乗り込むと、運転手の顔は見えないけれど2人共グレーのスーツを着ていた。三ツ谷さんから話しかけられないので目を瞑って乗り心地の良いシートに体を預けていると、「 雪那、寝てんの?」と聞かれて「……凄い乗り心地が良いので堪能してます」と言えば運転手さんが思わず吹き出していた
「飯食った?」
「軽く、仕事前は余り食べないので大丈夫です」
「そっか。……じゃあ寿司じゃない方がいいか?」
「寿司が良いです」
「プッ、じゃあ寿司にするか。八戒向かって」
「了解」
お寿司何て久しぶりだなと思い浮かれていると、車は走り出した。八戒何て名前は珍しいな何て思いながら窓の外の景色を見ていたけれどスモークが濃くて余り良く見えなかった。携帯ゲームでもやろうかと思いバッグから携帯を取り出すと「ここで先に降りてタカちゃん、車入れてくるから」と運転手さんが口を開く
「ああ。降りるぞ雪那」
「はーい、タカちゃん」
「……」
タカちゃんと私に呼ばれた事で吸っていたタバコに噎せた三ツ谷さんの様子を見た八戒さんは下を向いて笑いを堪えている。「八戒さんありがとうございました」と言って頭を下げてから車を降りると、助手席から降りまだゴホゴホと軽く咳をしている三ツ谷さんの背を軽く撫でた
「ふふ、すみません。タカちゃんて可愛くて」
「……あー、喉痛ぇ」
「飲み物買ってきます?」
「店でビール飲むから大丈夫だよ、行こ」
「はーい」
シンプルなストライプのグレーのスーツは黒髪の三ツ谷さんに凄く似合っていて、何だか見惚れてしまう。お店に入るとカウンターに通されて目の前で寿司を握って貰い、ビールを飲んで楽しい話を沢山して彼の笑顔を見て幸せな気分になる。何だか普通のカップルみたいで、この時間が愛しい。このまま時間が止まればいいのにな何て考えていた
