歩くような速さで
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その日の夜に夢を見た
フワフワとした感覚なのに何故か現実味があり、全てがスローに見えた。空には綺麗な満月が浮かんでいて暗闇を静かに照らしている。見た事が無い開けた場所に単車が何台か停めてあり、その真ん中に居るのは少しだけ髪が伸びたマイキーだった。マイキーが何を言っているかは分からないけれどゆっくりと口を開いてから急に般若の様な顔になり、いつの間にか右手に持っていたレンチを振り上げながら私を見て嫌な笑みを浮かべた。隆に凶器を振り下ろすマイキーの姿をまるで自分はその場にいる様な感覚で見ていたが自分の体はどこにも無かった
「やめろよマイキー」と悲痛な声で絞り出した隆の頭にレンチが勢い良く振り下ろされて、それを真横で見ていたドラちゃんの顔が驚愕の表情に変わった。三ツ谷ぁぁと叫びながら倒れた隆を見て歯を食いしばったドラちゃんは覚悟を決めた様な顔をすると拳を握り締めた
そこでハッと目が冷めて瞼を開けばまだ窓の外は暗い。後ろから包まれる様に抱き締められていて、耳元ですーすーと聞こえてくる隆の寝息に何だかホッとした。リアルな夢だったなとちょっとだけ怖くなったけれど、マイキーの怒った顔なんて実際見た事は無いし具合が悪かったから変な夢でも見たのだろうと結論付けたけれど、この間一虎君の事があった時の感覚に少しだけ似ていた様な気がして何だか寒気がした。起こさない様にゆっくり体の向きを変えて隆の胸に顔を寄せると、自然と背中に回された手は私のして欲しい事が分かる様に優しく背を摩ってくれる
「……まだ夜中?」
「ごめんね。起こした?」
「ん?……平気」
額にちゅっとされた口付けに微笑むと、私の顔を見て優しく微笑んだ隆はゆっくり目を閉じてしまう。直ぐにすーすーとまた規則正しい寝息が聞こえてきて、彼の心音を聞きながらゆっくり目を閉じた
それから2日経ち、そんな夢を見た事も忘れて学校の放課後に隆の部活が終わるまで家庭科室で待たせて貰う事にした。今日の目標が書かれた黒板に三ツ谷と名前が入っているのが可愛くて、黒板を眺めながら廊下側の席の端に座りぼんやりとしていると窓際に座って作業をしていた隆を呼ぶ部員の声がして私もそちらを向いた
もうすぐ部長になって1年が経つ隆は部員の女の子達とも打ち解けている様に見える。柔らかい口調で席を周り、しっかりと1人1人にアドバイスが出来る姿を見ているとこんな人が自分の彼氏である事が誇らしいなと素直に感動してしまう。それと同時に先程聞いた嫌な言葉を思い出してしまい憂鬱な気分になった
家庭科室に入る前にトイレに行き、個室に入って居た時に聞こえてきた女の子達の会話に私は硬直した
「……三ツ谷君の彼女って可愛いけど可愛いだけだよね」この言葉にそうだねー。と返事をした女の子は苦笑いをしながら話を変えていたけれど何故か私は悪くないのに個室から出れなくて少しだけ呆然としてしまった
そんな事が先程あったからか、顔を赤らめて隆に質問する女の子を見ていると何だかいい気分はしなくて大人の余裕も無かった。ここでこの場から急に帰ったら隆は訳が分からなくて心配するだろうし、そもそもトイレで聞いた事何て忘れてしまえば良いのにモヤモヤして堪らなかった
携帯を弄りながらそんな気持ちから目を背けようとしていると、肩に置かれた手に顔をあげた
「もうちょい待てる?後ちょっとだから」
「……あーうん。まだかかるなら先に帰ってるからゆっくり部活やってて良いよ」
「……ん?先帰りたい?」
「ううん。どっちでも大丈夫」
私の顔を覗き込んで来た隆を見つめると、視界の隅に入って来たのはさっき顔を赤らめていた女の子だった。何だか寂しそうに隆を見ている彼女から目を背けようとすると一瞬だけ目が合ってしまい、直ぐに相手は私から視線を逸らした。「どした?」と私の頭を1度撫でた隆はポケットから飴を取り出して私の手に握らせる
「…ありがと」
「何か嫌な事あったのか?」
「平気」
「……よしよし」
後で聞いてやると言って笑った隆に、敵わないなと思うと何だか笑えて来てしまって飴の包装紙を破り口に入れた。トイレであの話をしたのが顔を赤らめていた女の子かは分からないけど、彼女が隆に好意があるのは確かだろうしここにはもう来ない方が良いかなと何だか思ってしまった
部活が終わり二人で靴を履いて校門から出れば、口から吐く息は白く雲は隆の髪色みたいな色だった
「……雨降りそうだね」
「 雪那、手」
差し出された手を握るとその手ごとポケットに入れた隆はゆっくり歩き出し、私も彼の腕に抱き着いた。
のんびりと二人で私の自宅に向かい歩いていると「……今日何かあったか?」と聞いてきた隆に少しだけ話すのを躊躇してしまう
「……どした?」
「ううん。……何かね。……三ツ谷君の彼女って可愛いけど、可愛いだけだよねって言われてちょっとショックだったんだ」
「はぁ?それどんな状況で言われんの?」
「……トイレ入ってたら聞こえてきた」
「……くだらねぇ。気にすんなよ」
「可愛いなんてさ、メイクすれば良いだけだしね。私は何にも才能無いし。何か当てられた気分」
「……俺はさ、化粧何てしなくてもお前が好きだよ。……場地と一虎を許してくれた事、あの時に隆を悲しませないでって言ってくれた優しさ。俺の友達や家族にも優しい雪那がすげぇ好き」
「…そ、…そう言われたら何か嬉しいかな」
「……照れてんの?」
「ちょっとね」
「……まぁ、でも今は別に他の奴に優しく無くても良い。俺の傍に居て俺の事だけ見ててくれれば俺は満足」
「……ふふ。実は私も」
私の言葉に少しだけ驚いた様な顔をした隆は私を見て「へぇ」と言ってから少しだけ嬉しそうに微笑んだ
「……私はさ、将来2人で可愛い家に住んでお互いが欲しいだけの愛情を与え合って静かに生きれたらそれだけで良いんだ」
「……お前……たまに凄い事言うよな。13歳とは思えねぇ発言」
「……」
危ない事しないで生きて傍にいてくれたらそれだけで良い。そんな思いで彼の傍に居たから自然と口にしたけれど、彼に指摘されて考えてみると普通中学生がそんな事は言わないかと何だか納得してしまった
隆が制服の上に着ているダウンの腕に擦り寄って、ポケットに入れてくれている温かな手を少しだけキツく握ると隆は何も言わずにその手を握りしめてくれた
帰りにコンビニに寄ってジュースやお菓子を買ってから外に出ればポツポツと雪が混じった様な雨が降り注いでいた。二人で顔を見合せてから家までダッシュで走り自宅に着くと自室に鞄を放ってから脱衣場にタオルを取りに入る
「……けっこう濡れたさむぅ」
「セーターも濡れた?……お前髪びしょびしょじゃねぇか」
「隆も濡れてるよ。直ぐ沸くからお風呂入っちゃう?」
「一緒入る?」
「……ふふ。いいよ」
いいよと言えば少しだけ嬉しそうな表情を見せた隆が可愛くて自然と顔が綻んだ。さっと服を脱いでから手際良く乾燥機に入れる隆は恥ずかしさ何て微塵も無く見える。そんな自分も、もう何度も裸を見られてるし別に恥ずかしがらなくていいか。何て思いながらセーターを脱いでから乾燥機の中に放り込んだ
体を洗って二人で浴槽に浸かっていると、ふと夢の事を思い出した。後ろで私の肩に顔を埋めながら「あったけぇ」と呟いている隆の手を握り「……最近マイキー君てどんな感じ?」と遠回しに聞くと直ぐに「何で?」と返って来た返事に何も言わずに体の向きを変えて彼の目を見つめた
「……何でか言いたくねぇの?」
「ううん。……何か昨日変な夢見てさ、一虎君の時の感覚に似てたからちょっと気になったんだ」
一虎の時の感覚?と首を傾げた隆に、「特に変わり無く元気なら良いんだ」と言って微笑めば少しだけ困った様に私を見つめながら背に回した手が腰を掴んだ
「……マイキーさ、たまに変な時あるんだよ。」
「…………変?」
「この間も何か人が変わったみたいになってさ。……直ぐに元に戻ったけどよ」
「……乱暴だった?」
「…………そこまでは……しなかった。とゆうか皆で止めたし真一郎君が怒鳴ったら止まった」
「真一郎君のバイク屋に居たの?」
「……ああ。場地の単車の点検中だったから」
ゆっくりと引き寄せられた体が密着して腰に回された手に力が入る。濡れた隆の髪にそっと手を入れて頬に口付けると彼の右手が優しく私の胸を掴んだ
「……どーこ触ってるのよぉ」
んもぉと言って隆の耳を甘噛みした私に少しだけ微笑んだ隆は首筋に何度も口付けをしながら優しく胸を撫で反対の手で腰を優しく掴んでくる。「んん」と思わず出てしまった声が彼の機嫌を良くしたのか悪戯っ子の様な顔をしながら腰を厭らしく撫でて来る手を掴んだ
「……のぼせちゃうから駄目」
「あがったら良いのかよ」
「……寝る時にしよ」
ニッコリと微笑んだ私に対して、「上がってからして、寝る前にもしよ」とニッコリと返して来た隆に何も言えずにコクリと頷くと予想以上に喜んだ顔をしたのでちょっぴり可愛くて思わず笑ってしまった
お風呂から上がり髪を乾かしてからリビングに戻ると窓の外は雪がチラついていた。ソファに座りテーブルに置いてある携帯を手に取り何気無くLINEを開くとお母さんからメッセージが来ていた。「今日帰ろうと思ってたんだけど少し熱っぽいから具合が良くなったら帰る」と入っていて私はそのまま返信はせずに携帯を閉じた
髪を乾かし終えた隆がリビングに入って来るとキッチンに向かい冷蔵庫を開けて麦茶を注いでいるのが見える。「私にも頂戴」と声を掛ければ飲み干したグラスにもう一度麦茶を注いでこちらに向かってくる隆にお礼を言ってから微笑んだ
「何かお母さん具合悪いみたい。今日帰ってこないって」
「風邪?」
「熱っぽいってさ。インフルエンザかな?」
「流行ってるからな」
隆の手からグラスを手に取って中身を飲み干すと火照った身体にひんやりと喉が潤い息を吐いた。私の隣に座った隆はテレビを付けると適当にチャンネルをニュースに変えてからソファに背を付ける
彼の腕に抱き着いて体重をかけると優しく回って来た腕が私の背をキツく抱いた。顔を覗き込んで来た隆は少しだけニッと笑うと「おばさんには悪ぃけど朝まで二人で居れんな」と言って私の唇に口付けをすると少しだけ強引に舌を入れて歯の列をなぞる
パシパシと音を鳴らし彼の背中を軽く叩いて止めるように促しても隆は止まってはくれず、珍しく無言のまま行為だけに集中している様な感じで彼は私を抱き続けた。声が枯れた私の意識が眠過ぎて朦朧として来た頃、後ろから抱き締められた腕に力がこもり「……無理させて悪ぃ」と小さく聞こえてきた声に返事の代わりにコクリと頷いてから目を閉じた
あのまま眠ってしまったらしい。ソファに居た筈なのに気付いたらベッドの上で裸で眠っていた。隣に居る筈の隆は居なくて、そのまま裸で起き上がりリビングに入ればソファの横に脱ぎ散らかした下着や服は綺麗に畳まれていた。テーブルの上に置いてあるメモには隆の字で、急に集会になったから行ってくると書かれていてそのメモを手に取り外を見れば雪は止んでいた
「……こんな寒いのに皆走るんだ」
畳んである部屋着を着てから暖房を付けて、遅めの夕飯でも食べようと冷蔵庫を開けるが昨日の残り物も無かった。少し寝たからか身体がスッキリして疲れも取れていたので余っている野菜と肉で肉野菜炒めを作り、ご飯を炊いて味噌汁を作っているとテーブルに置かれた携帯から鳴る着信音に気付き電話を取った
手にした瞬間に何故か体が震える様に寒くなり嫌な予感がした。携帯の画面には知らない番号が表示されていて出ない方が良いと思ったけれど何故か通話ボタンを押してしまう自分に少しだけ驚いた
「……もしもし」
「 雪那ちゃん?俺、ドラケンだけど」
電話越しに聞こえたドラちゃんの声に少しだけ胸を撫で下ろしホッとする。「久しぶり、ドラちゃん」と明るく返事をすれば「……三ツ谷いる?」と少しだけ戸惑いを隠す様な声で聞かれて私は眉を寄せた
「……あれ?集会あるって出てったよ」
「……それ、どれくらい前?」
「私寝てたから分からないけど、もう1時間は過ぎてると思う」
そう言った私にドラちゃんは黙ったままだった
「……ねぇ、ドラちゃん。何かあったの?」
「…………」
「…………お願い。心配だから教えて」
「……多分、呼び出された……かもしれねぇ」
「誰に?」
「今喧嘩になってるチームの奴だと思うけど、分からねぇ。雪那が寝てる時に八戒が連絡取れねぇって三ツ谷から連絡が来た」
「…………」
「もしかしたら探しに行ったのかもしれねぇし、八戒の携帯から誰かが三ツ谷を呼び出したのかもしれねぇ。どちらにしても俺達で探すからお前は家から出るなよ」
そう言ったドラちゃんは私に念を押してから電話を切った。急に胸がザワザワし出し、不安でいっぱいになっているのが分かって唇を噛み締める。早炊していた炊飯器から鳴ったアラームにビクリと体が揺れ、手に持っていた携帯で直ぐに隆に電話すれば6コールを過ぎてから電話は通話中になって思わず声を荒らげてしまう
「隆??今ドラちゃんから連絡来たの。何処にいるの?」
「…………」
「……たか、し?聞こえてる?」
隆の声も音すらも聞こえない。暫く黙っていると、聞いた事の無い声が耳に響いて来て全身がゾクっと鳥肌を立てた。声を荒らげるでも無く、静かに「三ツ谷なら〇〇病院の跡地にいるよ、誰にも言わずに一人でおいで」そう言った声は暴走族とかの怖さでは無くて、何だか不気味に感じる様な怖さだった
耳から携帯を離して、1度深呼吸をしてから再度耳に電話を当てれば既に通話は終了していた。どうしていつもいつも喧嘩になったり怪我をしたり物騒な事ばっかりなんだと少し泣きたくなってしまう。先程の電話の相手の言葉を思い出し、あの病院の跡地ならタクシーで行けば15分は掛からないだろうとは思ったがこのまま行ったらドラちゃんに怒られると思うと躊躇してしまう
ソワソワとして落ち着かず、まずはキッチンに戻りガスの元栓を締めてからフライパンに蓋をした。炊き上がった米を掻き回しながらぼんやりとどうするか考えて居たけれど、やっぱり大人しく待っているという選択肢は出てこなかった
前に一虎くんに殴られた時も、怪我はしたけれどあの時に行って良かったんだなってしっかりと思えていたから隆やドラちゃんは怒るだろうけど、あの声の主の誘いに乗る事にした。部屋着から私服に着替えてると、ふとお母さんに貰った痴漢撃退スプレーが目に入りそれをポケットでは無くてブラジャーの中にそっと忍ばせた
こんな事ならやはりマイキーに言って鍛錬しておけば良かったと思いながらタクシーを呼んでからコートを着ると溜息をついた
「……本当にこんな所で降りるの?大丈夫?」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます」
心配そうに私を見つめながらお釣りを渡して来たタクシーの運転手に頭を下げると「気をつけてね」と言ってドアを開けてくれた。降りて白い息を吐きながらタクシーを見送り4階建ての病院の跡地をゆっくり見渡すと暗闇の中、単車が何台か敷地の端にとまっているのを見つけて走り寄った
「…やっぱり…隆のだ」
キーは刺さっておらず、他の単車にも見覚えは無い
これは八戒の単車?もしかしてドラちゃん達が来てる?そんな事を考えていると視界の端に映った人影に驚いて心臓が跳ね上がった。1階の大きく破れた窓ガラスからこちらを見ている男は私がそちらに気付くとそっと手招きしてくる
肩までの髪に儚げな美しい男の容姿に心当たりは無く、敵意を感じない彼に吸い寄せられる様に私はゆっくりと彼に近づいた
少しづつ距離が近くなると、ハッキリと人間だと分かり内心少し安心した。幽霊何ている訳は無いけれど彼の容姿からその可能性を考えてしまうのは仕方が無いのかもしれない。目の前に居る男の髪色は白に近く肌は少しだけ黒い。もしかして外人さん?と思い何も言わずに私を見つめる彼の事を私も何も言わずに見つめていた
「…お前が………三ツ谷の?」
「…………貴方が電話に出た人?」
「……そ。……これ、渡しておく」
破れたガラスからそっと差し出してきたのは間違い無く隆の携帯だった。手を伸ばして携帯を受け取れば、「……三ツ谷はあっちにいるよ」と指をさし、その男は指した方とは逆の方に足音を立てずに消えて行った
「……行っちゃったよ」
まだ少しだけドキドキしている胸に手を当てゆっくりと深呼吸を1度すると、彼の指を指した方向に向かい歩き出した。だけど、やはり入口は鍵が掛かっていて開かなかったので先程の男と会った窓から手を切らないように中に入ると足音を立てないように暗闇の中を携帯ライトを灯しながら早足で歩く
受け付けだったのであろう場所に出ると、どこからか小さくボソボソと話声が聞こえてきて恐る恐るそちらに向かえば暗闇の中に小さな灯りが見えて1度立ち止まった
「…………お前誰だ?」
後ろから急に聞こえてきた男の声にビクンと体が固まり、ゆっくりと後ろを振り返る前に口を塞がれて体を持ち上げられた。口を塞ぐ手を噛んでやろうかと考えていると、男は私を抱えたま灯りの見えた部屋に入りそのまま荷物みたいに私をポイッと放った。頭から床に落ちて鈍い痛みが全身を走り抜けたけれど、この廃病院に一人じゃない事に安心して肩から少し力が抜けた
「……何だこの女……。何処にいた?」
「受け付けでウロウロしてやがった。……おい、お前何でここに来た?」
痛みを我慢しながら顔を上げれば、目の前には手足を縛られた隆と八戒の姿。口にタオルを巻かれ窓の下に転がされていて、二人共私だと分かると1度目を見開いたのが分かった。私を見つめる2人の目は逃げろと言っているのが良く分かったけれど、最初から逃げないと決めていた
「……お前、聞いてんの?」
「……聞いてます。あの2人の知り合いです、返してください」
真っ直ぐに男を見て口を開けば、その男は私の態度に腹を立てたのか直ぐに額に皺を寄せた。「どっちかの女か?」と聞いてきた男に返事はせずに「縄を解いて下さい」と言えば背中から聞こえて来たのは布越しに唸る2人の声
その唸り声を聞いて笑い出した男の1人がゆっくりと隆に近づいていく。心臓が飛び出そうな程ドキドキと高鳴る自分の心音を聞きながら早足で隆の前に立つと腕を広げてから男を睨みつけた
「……二人に近寄らないで」
「……へぇ、度胸ある女だな」
流石トーマンの女とバカにした様に意地の悪い笑みを浮かべた男は私に拳を振り上げてから1度頭上で手を止めた。布越しでも分かる隆と八戒の叫びはやめろと言っているのだろう。部屋に響く、くぐもった2人の声を聞きながら私は歯を食いしばると男はそんな私の目を見つめてから少しだけ目を細めた
「……」
チッと1度舌打ちした男は拳を下ろすと1度息を吐いてから私を軽く押し、その行動が読めなかった為軽くよろつくと足元に居た隆の腹に男は蹴りを入れてから今度は頭を蹴り上げた
「や、やめて」
床に膝を着いて隆の頭を抱くと、後ろから「……ウザってぇ」と聞こえた声に隆を抱き締める力を強めた
腰や背中を何度も蹴られ、布越しに叫び続ける隆の顔を抱き締め続けているとふと不思議に感じたのは思っていたよりも体が痛くない。何度も蹴られて居るのに多少の衝撃はあるものの痛みは余り感じない
もしかしてアドレナリンかな?とも思ったが、先程のこの男の行動からして女を殴りたくは無いのかもしれないと確信は無いけれど何となく感じた
髪を掴まれて仰け反った頭が隆から剥がされると、目が合った隆の瞳は潤んでいて胸がズキンと傷んだ。後ろから羽交い締めにされている私を見て潤んだ瞳を細めた隆に手を伸ばそうとした瞬間に叫び声が聞こえてそちらを振り返る
「マイキー君!!」
「 雪那ちゃん、一人で来ちゃ駄目ってケンちんに言われただろ」
悪い子だなと付け足して笑ったマイキーはいつの間にか床で意識を失っている男の横を通り過ぎてこちらに向かってくる。私を羽交い締めにしていた男は小さな声で「こいつがマイキーか」と言ってから私の首に巻いた腕に力を込めた
「三ツ谷、八戒、ちょっと待ってろよ」
「お前がマイキーか……。近付いたらこの女をぶちのめすからな」
「……女に手あげんなよ。本当にダセェな」
抱きすくめられた体を少しだけ捩りながら「離して」と口を開く、「暴れんな」と男の手が一瞬だけ隙間を作ったのを見計らってブラジャーの中に手を入れてスプレーを取り出した。そんな私を見ていたマイキーは少しだけ笑うと男の視線を自分に向けさせる様に大声を出しながら腕を振り上げた
自分の首の後ろに向かってスプレーを噴射すると上手くいったのか「ぎゃああああ」と声がして手が離れる
その瞬間に腕をマイキーに引き寄せられてから背中にそっと隠されて、私はゆっくり安堵に包まれて息を吐いた
「……マイキー君助かったよ」
「来るの遅くなって悪ぃ。今縄解くから」
隆と八戒の縄を床に転がっていたガラス片で器用に切っていくマイキーの様子を見ていると、隆が心配していた様な変なマイキーには感じ無かった。ガラス片を私も拾い、八戒の手の縄を上下に擦れば元々そんなに頑丈では無いのか直ぐに縄は切れた。手が自由になった八戒は直ぐに自分の口に詰められた布を取ると私に「ありがとう」と言って少しだけ微笑んだ
マイキーに縄を切ってもらった隆は、未だに少しだけ赤くなった瞳をこちらに向けて無言で私の肩を抱いた。少しだけキツく腕に力を込めてから肩に顔を埋めて息を吐くと何度も腕に力を入れてギュウギュウと抱き締めてくる
「……殴られた所、痛くねぇか?」
「……うん、この人凄い手加減してくれてたから。全然痛くなかった」
私の言葉を聞いて、「へぇ」と言ったマイキーは地面に転がっている男を軽々と担ぐと八戒に「あっちの寝てるヤツ持て」と言って入口に寝ている男を見つめた
素直にハイと返事をした八戒がその男を担ぐと入口から入って来たドラちゃんは「何だ終わっちまったのか」と言ってから私を見て溜息をついた
「 雪那ちゃん、家に居ろって言っただろ」
「ごめーん。隆に電話したら良く分からない人に、一人でおいでって言われて。気になったから来ちゃった」
「……それはこの2人のどっちか?」
「ううん、白髪の人。その人は隆の携帯を私に渡したらどっか行っちゃったよ」
その私の言葉に全員が眉を寄せた。マイキーが「そいつと会ったの?」と聞いてきたので廊下で会ったと言えば首を傾げながら隆を見た
「三ツ谷、白髪の奴何て居たか?」
「いや、居なかった」
「……とりあえず外出んべ。ここ薄気味悪ぃよ」
お化け出そうじゃんと呟いたドラちゃんに皆が笑い出すと雰囲気が少しだけ和んだ気がした。全員で建物から外に出れば隆の単車が停めてあった場所にはマイキーとドラちゃんの単車が停めてあり、その横に男達を下ろしたマイキーはゆっくりと空を見上げて「満月だな」と小さく呟いた
凍るような風が1度吹いて、コートを着ていない隆が身震いしたのを見て自分のダウンを脱いで彼に掛けると「お前が着てろ」と言われたが、首を横に振り続けると呆れた様に笑った隆はダウンを着てくれた
「お、起きたぜ」
ドラちゃんの一言に皆が転がっている男を見つめると、男は観念した様な顔をして何も話さない。そんな男にマイキーが「何で正々堂々喧嘩出来ねぇんだ?」と少しだけ苛ついた様な声で尋ねれば、その男は少しだけ笑ってから「やっぱり三ツ谷じゃ駄目か。言われた通り……エマって奴捕まえれば良かったぜ」と言ってマイキーに不気味な笑みを向けた
ドラちゃんの顔が変わった瞬間、何だかマイキーの雰囲気も一瞬で変わった気がした。瞬きをしなくなったマイキーを私が見つめていると何故かマイキーから離れたくなり隆の後ろにそっと隠れた
「……三ツ谷」
「……分かった」
ドラちゃんが隆をチラリと見ると、隆は自分の単車に跨り私に乗れと顎で合図をしてきた。素直に単車に乗り込むと、笑顔でまたねと言ってきた3人に控えめに笑顔を向けてから手を振った。病院を出る瞬間に後ろを振り返れば満月の下で腕を振り上げるマイキーが見えて私はそっと目を逸らして隆の背中をキツく抱き締めた
フワフワとした感覚なのに何故か現実味があり、全てがスローに見えた。空には綺麗な満月が浮かんでいて暗闇を静かに照らしている。見た事が無い開けた場所に単車が何台か停めてあり、その真ん中に居るのは少しだけ髪が伸びたマイキーだった。マイキーが何を言っているかは分からないけれどゆっくりと口を開いてから急に般若の様な顔になり、いつの間にか右手に持っていたレンチを振り上げながら私を見て嫌な笑みを浮かべた。隆に凶器を振り下ろすマイキーの姿をまるで自分はその場にいる様な感覚で見ていたが自分の体はどこにも無かった
「やめろよマイキー」と悲痛な声で絞り出した隆の頭にレンチが勢い良く振り下ろされて、それを真横で見ていたドラちゃんの顔が驚愕の表情に変わった。三ツ谷ぁぁと叫びながら倒れた隆を見て歯を食いしばったドラちゃんは覚悟を決めた様な顔をすると拳を握り締めた
そこでハッと目が冷めて瞼を開けばまだ窓の外は暗い。後ろから包まれる様に抱き締められていて、耳元ですーすーと聞こえてくる隆の寝息に何だかホッとした。リアルな夢だったなとちょっとだけ怖くなったけれど、マイキーの怒った顔なんて実際見た事は無いし具合が悪かったから変な夢でも見たのだろうと結論付けたけれど、この間一虎君の事があった時の感覚に少しだけ似ていた様な気がして何だか寒気がした。起こさない様にゆっくり体の向きを変えて隆の胸に顔を寄せると、自然と背中に回された手は私のして欲しい事が分かる様に優しく背を摩ってくれる
「……まだ夜中?」
「ごめんね。起こした?」
「ん?……平気」
額にちゅっとされた口付けに微笑むと、私の顔を見て優しく微笑んだ隆はゆっくり目を閉じてしまう。直ぐにすーすーとまた規則正しい寝息が聞こえてきて、彼の心音を聞きながらゆっくり目を閉じた
それから2日経ち、そんな夢を見た事も忘れて学校の放課後に隆の部活が終わるまで家庭科室で待たせて貰う事にした。今日の目標が書かれた黒板に三ツ谷と名前が入っているのが可愛くて、黒板を眺めながら廊下側の席の端に座りぼんやりとしていると窓際に座って作業をしていた隆を呼ぶ部員の声がして私もそちらを向いた
もうすぐ部長になって1年が経つ隆は部員の女の子達とも打ち解けている様に見える。柔らかい口調で席を周り、しっかりと1人1人にアドバイスが出来る姿を見ているとこんな人が自分の彼氏である事が誇らしいなと素直に感動してしまう。それと同時に先程聞いた嫌な言葉を思い出してしまい憂鬱な気分になった
家庭科室に入る前にトイレに行き、個室に入って居た時に聞こえてきた女の子達の会話に私は硬直した
「……三ツ谷君の彼女って可愛いけど可愛いだけだよね」この言葉にそうだねー。と返事をした女の子は苦笑いをしながら話を変えていたけれど何故か私は悪くないのに個室から出れなくて少しだけ呆然としてしまった
そんな事が先程あったからか、顔を赤らめて隆に質問する女の子を見ていると何だかいい気分はしなくて大人の余裕も無かった。ここでこの場から急に帰ったら隆は訳が分からなくて心配するだろうし、そもそもトイレで聞いた事何て忘れてしまえば良いのにモヤモヤして堪らなかった
携帯を弄りながらそんな気持ちから目を背けようとしていると、肩に置かれた手に顔をあげた
「もうちょい待てる?後ちょっとだから」
「……あーうん。まだかかるなら先に帰ってるからゆっくり部活やってて良いよ」
「……ん?先帰りたい?」
「ううん。どっちでも大丈夫」
私の顔を覗き込んで来た隆を見つめると、視界の隅に入って来たのはさっき顔を赤らめていた女の子だった。何だか寂しそうに隆を見ている彼女から目を背けようとすると一瞬だけ目が合ってしまい、直ぐに相手は私から視線を逸らした。「どした?」と私の頭を1度撫でた隆はポケットから飴を取り出して私の手に握らせる
「…ありがと」
「何か嫌な事あったのか?」
「平気」
「……よしよし」
後で聞いてやると言って笑った隆に、敵わないなと思うと何だか笑えて来てしまって飴の包装紙を破り口に入れた。トイレであの話をしたのが顔を赤らめていた女の子かは分からないけど、彼女が隆に好意があるのは確かだろうしここにはもう来ない方が良いかなと何だか思ってしまった
部活が終わり二人で靴を履いて校門から出れば、口から吐く息は白く雲は隆の髪色みたいな色だった
「……雨降りそうだね」
「 雪那、手」
差し出された手を握るとその手ごとポケットに入れた隆はゆっくり歩き出し、私も彼の腕に抱き着いた。
のんびりと二人で私の自宅に向かい歩いていると「……今日何かあったか?」と聞いてきた隆に少しだけ話すのを躊躇してしまう
「……どした?」
「ううん。……何かね。……三ツ谷君の彼女って可愛いけど、可愛いだけだよねって言われてちょっとショックだったんだ」
「はぁ?それどんな状況で言われんの?」
「……トイレ入ってたら聞こえてきた」
「……くだらねぇ。気にすんなよ」
「可愛いなんてさ、メイクすれば良いだけだしね。私は何にも才能無いし。何か当てられた気分」
「……俺はさ、化粧何てしなくてもお前が好きだよ。……場地と一虎を許してくれた事、あの時に隆を悲しませないでって言ってくれた優しさ。俺の友達や家族にも優しい雪那がすげぇ好き」
「…そ、…そう言われたら何か嬉しいかな」
「……照れてんの?」
「ちょっとね」
「……まぁ、でも今は別に他の奴に優しく無くても良い。俺の傍に居て俺の事だけ見ててくれれば俺は満足」
「……ふふ。実は私も」
私の言葉に少しだけ驚いた様な顔をした隆は私を見て「へぇ」と言ってから少しだけ嬉しそうに微笑んだ
「……私はさ、将来2人で可愛い家に住んでお互いが欲しいだけの愛情を与え合って静かに生きれたらそれだけで良いんだ」
「……お前……たまに凄い事言うよな。13歳とは思えねぇ発言」
「……」
危ない事しないで生きて傍にいてくれたらそれだけで良い。そんな思いで彼の傍に居たから自然と口にしたけれど、彼に指摘されて考えてみると普通中学生がそんな事は言わないかと何だか納得してしまった
隆が制服の上に着ているダウンの腕に擦り寄って、ポケットに入れてくれている温かな手を少しだけキツく握ると隆は何も言わずにその手を握りしめてくれた
帰りにコンビニに寄ってジュースやお菓子を買ってから外に出ればポツポツと雪が混じった様な雨が降り注いでいた。二人で顔を見合せてから家までダッシュで走り自宅に着くと自室に鞄を放ってから脱衣場にタオルを取りに入る
「……けっこう濡れたさむぅ」
「セーターも濡れた?……お前髪びしょびしょじゃねぇか」
「隆も濡れてるよ。直ぐ沸くからお風呂入っちゃう?」
「一緒入る?」
「……ふふ。いいよ」
いいよと言えば少しだけ嬉しそうな表情を見せた隆が可愛くて自然と顔が綻んだ。さっと服を脱いでから手際良く乾燥機に入れる隆は恥ずかしさ何て微塵も無く見える。そんな自分も、もう何度も裸を見られてるし別に恥ずかしがらなくていいか。何て思いながらセーターを脱いでから乾燥機の中に放り込んだ
体を洗って二人で浴槽に浸かっていると、ふと夢の事を思い出した。後ろで私の肩に顔を埋めながら「あったけぇ」と呟いている隆の手を握り「……最近マイキー君てどんな感じ?」と遠回しに聞くと直ぐに「何で?」と返って来た返事に何も言わずに体の向きを変えて彼の目を見つめた
「……何でか言いたくねぇの?」
「ううん。……何か昨日変な夢見てさ、一虎君の時の感覚に似てたからちょっと気になったんだ」
一虎の時の感覚?と首を傾げた隆に、「特に変わり無く元気なら良いんだ」と言って微笑めば少しだけ困った様に私を見つめながら背に回した手が腰を掴んだ
「……マイキーさ、たまに変な時あるんだよ。」
「…………変?」
「この間も何か人が変わったみたいになってさ。……直ぐに元に戻ったけどよ」
「……乱暴だった?」
「…………そこまでは……しなかった。とゆうか皆で止めたし真一郎君が怒鳴ったら止まった」
「真一郎君のバイク屋に居たの?」
「……ああ。場地の単車の点検中だったから」
ゆっくりと引き寄せられた体が密着して腰に回された手に力が入る。濡れた隆の髪にそっと手を入れて頬に口付けると彼の右手が優しく私の胸を掴んだ
「……どーこ触ってるのよぉ」
んもぉと言って隆の耳を甘噛みした私に少しだけ微笑んだ隆は首筋に何度も口付けをしながら優しく胸を撫で反対の手で腰を優しく掴んでくる。「んん」と思わず出てしまった声が彼の機嫌を良くしたのか悪戯っ子の様な顔をしながら腰を厭らしく撫でて来る手を掴んだ
「……のぼせちゃうから駄目」
「あがったら良いのかよ」
「……寝る時にしよ」
ニッコリと微笑んだ私に対して、「上がってからして、寝る前にもしよ」とニッコリと返して来た隆に何も言えずにコクリと頷くと予想以上に喜んだ顔をしたのでちょっぴり可愛くて思わず笑ってしまった
お風呂から上がり髪を乾かしてからリビングに戻ると窓の外は雪がチラついていた。ソファに座りテーブルに置いてある携帯を手に取り何気無くLINEを開くとお母さんからメッセージが来ていた。「今日帰ろうと思ってたんだけど少し熱っぽいから具合が良くなったら帰る」と入っていて私はそのまま返信はせずに携帯を閉じた
髪を乾かし終えた隆がリビングに入って来るとキッチンに向かい冷蔵庫を開けて麦茶を注いでいるのが見える。「私にも頂戴」と声を掛ければ飲み干したグラスにもう一度麦茶を注いでこちらに向かってくる隆にお礼を言ってから微笑んだ
「何かお母さん具合悪いみたい。今日帰ってこないって」
「風邪?」
「熱っぽいってさ。インフルエンザかな?」
「流行ってるからな」
隆の手からグラスを手に取って中身を飲み干すと火照った身体にひんやりと喉が潤い息を吐いた。私の隣に座った隆はテレビを付けると適当にチャンネルをニュースに変えてからソファに背を付ける
彼の腕に抱き着いて体重をかけると優しく回って来た腕が私の背をキツく抱いた。顔を覗き込んで来た隆は少しだけニッと笑うと「おばさんには悪ぃけど朝まで二人で居れんな」と言って私の唇に口付けをすると少しだけ強引に舌を入れて歯の列をなぞる
パシパシと音を鳴らし彼の背中を軽く叩いて止めるように促しても隆は止まってはくれず、珍しく無言のまま行為だけに集中している様な感じで彼は私を抱き続けた。声が枯れた私の意識が眠過ぎて朦朧として来た頃、後ろから抱き締められた腕に力がこもり「……無理させて悪ぃ」と小さく聞こえてきた声に返事の代わりにコクリと頷いてから目を閉じた
あのまま眠ってしまったらしい。ソファに居た筈なのに気付いたらベッドの上で裸で眠っていた。隣に居る筈の隆は居なくて、そのまま裸で起き上がりリビングに入ればソファの横に脱ぎ散らかした下着や服は綺麗に畳まれていた。テーブルの上に置いてあるメモには隆の字で、急に集会になったから行ってくると書かれていてそのメモを手に取り外を見れば雪は止んでいた
「……こんな寒いのに皆走るんだ」
畳んである部屋着を着てから暖房を付けて、遅めの夕飯でも食べようと冷蔵庫を開けるが昨日の残り物も無かった。少し寝たからか身体がスッキリして疲れも取れていたので余っている野菜と肉で肉野菜炒めを作り、ご飯を炊いて味噌汁を作っているとテーブルに置かれた携帯から鳴る着信音に気付き電話を取った
手にした瞬間に何故か体が震える様に寒くなり嫌な予感がした。携帯の画面には知らない番号が表示されていて出ない方が良いと思ったけれど何故か通話ボタンを押してしまう自分に少しだけ驚いた
「……もしもし」
「 雪那ちゃん?俺、ドラケンだけど」
電話越しに聞こえたドラちゃんの声に少しだけ胸を撫で下ろしホッとする。「久しぶり、ドラちゃん」と明るく返事をすれば「……三ツ谷いる?」と少しだけ戸惑いを隠す様な声で聞かれて私は眉を寄せた
「……あれ?集会あるって出てったよ」
「……それ、どれくらい前?」
「私寝てたから分からないけど、もう1時間は過ぎてると思う」
そう言った私にドラちゃんは黙ったままだった
「……ねぇ、ドラちゃん。何かあったの?」
「…………」
「…………お願い。心配だから教えて」
「……多分、呼び出された……かもしれねぇ」
「誰に?」
「今喧嘩になってるチームの奴だと思うけど、分からねぇ。雪那が寝てる時に八戒が連絡取れねぇって三ツ谷から連絡が来た」
「…………」
「もしかしたら探しに行ったのかもしれねぇし、八戒の携帯から誰かが三ツ谷を呼び出したのかもしれねぇ。どちらにしても俺達で探すからお前は家から出るなよ」
そう言ったドラちゃんは私に念を押してから電話を切った。急に胸がザワザワし出し、不安でいっぱいになっているのが分かって唇を噛み締める。早炊していた炊飯器から鳴ったアラームにビクリと体が揺れ、手に持っていた携帯で直ぐに隆に電話すれば6コールを過ぎてから電話は通話中になって思わず声を荒らげてしまう
「隆??今ドラちゃんから連絡来たの。何処にいるの?」
「…………」
「……たか、し?聞こえてる?」
隆の声も音すらも聞こえない。暫く黙っていると、聞いた事の無い声が耳に響いて来て全身がゾクっと鳥肌を立てた。声を荒らげるでも無く、静かに「三ツ谷なら〇〇病院の跡地にいるよ、誰にも言わずに一人でおいで」そう言った声は暴走族とかの怖さでは無くて、何だか不気味に感じる様な怖さだった
耳から携帯を離して、1度深呼吸をしてから再度耳に電話を当てれば既に通話は終了していた。どうしていつもいつも喧嘩になったり怪我をしたり物騒な事ばっかりなんだと少し泣きたくなってしまう。先程の電話の相手の言葉を思い出し、あの病院の跡地ならタクシーで行けば15分は掛からないだろうとは思ったがこのまま行ったらドラちゃんに怒られると思うと躊躇してしまう
ソワソワとして落ち着かず、まずはキッチンに戻りガスの元栓を締めてからフライパンに蓋をした。炊き上がった米を掻き回しながらぼんやりとどうするか考えて居たけれど、やっぱり大人しく待っているという選択肢は出てこなかった
前に一虎くんに殴られた時も、怪我はしたけれどあの時に行って良かったんだなってしっかりと思えていたから隆やドラちゃんは怒るだろうけど、あの声の主の誘いに乗る事にした。部屋着から私服に着替えてると、ふとお母さんに貰った痴漢撃退スプレーが目に入りそれをポケットでは無くてブラジャーの中にそっと忍ばせた
こんな事ならやはりマイキーに言って鍛錬しておけば良かったと思いながらタクシーを呼んでからコートを着ると溜息をついた
「……本当にこんな所で降りるの?大丈夫?」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます」
心配そうに私を見つめながらお釣りを渡して来たタクシーの運転手に頭を下げると「気をつけてね」と言ってドアを開けてくれた。降りて白い息を吐きながらタクシーを見送り4階建ての病院の跡地をゆっくり見渡すと暗闇の中、単車が何台か敷地の端にとまっているのを見つけて走り寄った
「…やっぱり…隆のだ」
キーは刺さっておらず、他の単車にも見覚えは無い
これは八戒の単車?もしかしてドラちゃん達が来てる?そんな事を考えていると視界の端に映った人影に驚いて心臓が跳ね上がった。1階の大きく破れた窓ガラスからこちらを見ている男は私がそちらに気付くとそっと手招きしてくる
肩までの髪に儚げな美しい男の容姿に心当たりは無く、敵意を感じない彼に吸い寄せられる様に私はゆっくりと彼に近づいた
少しづつ距離が近くなると、ハッキリと人間だと分かり内心少し安心した。幽霊何ている訳は無いけれど彼の容姿からその可能性を考えてしまうのは仕方が無いのかもしれない。目の前に居る男の髪色は白に近く肌は少しだけ黒い。もしかして外人さん?と思い何も言わずに私を見つめる彼の事を私も何も言わずに見つめていた
「…お前が………三ツ谷の?」
「…………貴方が電話に出た人?」
「……そ。……これ、渡しておく」
破れたガラスからそっと差し出してきたのは間違い無く隆の携帯だった。手を伸ばして携帯を受け取れば、「……三ツ谷はあっちにいるよ」と指をさし、その男は指した方とは逆の方に足音を立てずに消えて行った
「……行っちゃったよ」
まだ少しだけドキドキしている胸に手を当てゆっくりと深呼吸を1度すると、彼の指を指した方向に向かい歩き出した。だけど、やはり入口は鍵が掛かっていて開かなかったので先程の男と会った窓から手を切らないように中に入ると足音を立てないように暗闇の中を携帯ライトを灯しながら早足で歩く
受け付けだったのであろう場所に出ると、どこからか小さくボソボソと話声が聞こえてきて恐る恐るそちらに向かえば暗闇の中に小さな灯りが見えて1度立ち止まった
「…………お前誰だ?」
後ろから急に聞こえてきた男の声にビクンと体が固まり、ゆっくりと後ろを振り返る前に口を塞がれて体を持ち上げられた。口を塞ぐ手を噛んでやろうかと考えていると、男は私を抱えたま灯りの見えた部屋に入りそのまま荷物みたいに私をポイッと放った。頭から床に落ちて鈍い痛みが全身を走り抜けたけれど、この廃病院に一人じゃない事に安心して肩から少し力が抜けた
「……何だこの女……。何処にいた?」
「受け付けでウロウロしてやがった。……おい、お前何でここに来た?」
痛みを我慢しながら顔を上げれば、目の前には手足を縛られた隆と八戒の姿。口にタオルを巻かれ窓の下に転がされていて、二人共私だと分かると1度目を見開いたのが分かった。私を見つめる2人の目は逃げろと言っているのが良く分かったけれど、最初から逃げないと決めていた
「……お前、聞いてんの?」
「……聞いてます。あの2人の知り合いです、返してください」
真っ直ぐに男を見て口を開けば、その男は私の態度に腹を立てたのか直ぐに額に皺を寄せた。「どっちかの女か?」と聞いてきた男に返事はせずに「縄を解いて下さい」と言えば背中から聞こえて来たのは布越しに唸る2人の声
その唸り声を聞いて笑い出した男の1人がゆっくりと隆に近づいていく。心臓が飛び出そうな程ドキドキと高鳴る自分の心音を聞きながら早足で隆の前に立つと腕を広げてから男を睨みつけた
「……二人に近寄らないで」
「……へぇ、度胸ある女だな」
流石トーマンの女とバカにした様に意地の悪い笑みを浮かべた男は私に拳を振り上げてから1度頭上で手を止めた。布越しでも分かる隆と八戒の叫びはやめろと言っているのだろう。部屋に響く、くぐもった2人の声を聞きながら私は歯を食いしばると男はそんな私の目を見つめてから少しだけ目を細めた
「……」
チッと1度舌打ちした男は拳を下ろすと1度息を吐いてから私を軽く押し、その行動が読めなかった為軽くよろつくと足元に居た隆の腹に男は蹴りを入れてから今度は頭を蹴り上げた
「や、やめて」
床に膝を着いて隆の頭を抱くと、後ろから「……ウザってぇ」と聞こえた声に隆を抱き締める力を強めた
腰や背中を何度も蹴られ、布越しに叫び続ける隆の顔を抱き締め続けているとふと不思議に感じたのは思っていたよりも体が痛くない。何度も蹴られて居るのに多少の衝撃はあるものの痛みは余り感じない
もしかしてアドレナリンかな?とも思ったが、先程のこの男の行動からして女を殴りたくは無いのかもしれないと確信は無いけれど何となく感じた
髪を掴まれて仰け反った頭が隆から剥がされると、目が合った隆の瞳は潤んでいて胸がズキンと傷んだ。後ろから羽交い締めにされている私を見て潤んだ瞳を細めた隆に手を伸ばそうとした瞬間に叫び声が聞こえてそちらを振り返る
「マイキー君!!」
「 雪那ちゃん、一人で来ちゃ駄目ってケンちんに言われただろ」
悪い子だなと付け足して笑ったマイキーはいつの間にか床で意識を失っている男の横を通り過ぎてこちらに向かってくる。私を羽交い締めにしていた男は小さな声で「こいつがマイキーか」と言ってから私の首に巻いた腕に力を込めた
「三ツ谷、八戒、ちょっと待ってろよ」
「お前がマイキーか……。近付いたらこの女をぶちのめすからな」
「……女に手あげんなよ。本当にダセェな」
抱きすくめられた体を少しだけ捩りながら「離して」と口を開く、「暴れんな」と男の手が一瞬だけ隙間を作ったのを見計らってブラジャーの中に手を入れてスプレーを取り出した。そんな私を見ていたマイキーは少しだけ笑うと男の視線を自分に向けさせる様に大声を出しながら腕を振り上げた
自分の首の後ろに向かってスプレーを噴射すると上手くいったのか「ぎゃああああ」と声がして手が離れる
その瞬間に腕をマイキーに引き寄せられてから背中にそっと隠されて、私はゆっくり安堵に包まれて息を吐いた
「……マイキー君助かったよ」
「来るの遅くなって悪ぃ。今縄解くから」
隆と八戒の縄を床に転がっていたガラス片で器用に切っていくマイキーの様子を見ていると、隆が心配していた様な変なマイキーには感じ無かった。ガラス片を私も拾い、八戒の手の縄を上下に擦れば元々そんなに頑丈では無いのか直ぐに縄は切れた。手が自由になった八戒は直ぐに自分の口に詰められた布を取ると私に「ありがとう」と言って少しだけ微笑んだ
マイキーに縄を切ってもらった隆は、未だに少しだけ赤くなった瞳をこちらに向けて無言で私の肩を抱いた。少しだけキツく腕に力を込めてから肩に顔を埋めて息を吐くと何度も腕に力を入れてギュウギュウと抱き締めてくる
「……殴られた所、痛くねぇか?」
「……うん、この人凄い手加減してくれてたから。全然痛くなかった」
私の言葉を聞いて、「へぇ」と言ったマイキーは地面に転がっている男を軽々と担ぐと八戒に「あっちの寝てるヤツ持て」と言って入口に寝ている男を見つめた
素直にハイと返事をした八戒がその男を担ぐと入口から入って来たドラちゃんは「何だ終わっちまったのか」と言ってから私を見て溜息をついた
「 雪那ちゃん、家に居ろって言っただろ」
「ごめーん。隆に電話したら良く分からない人に、一人でおいでって言われて。気になったから来ちゃった」
「……それはこの2人のどっちか?」
「ううん、白髪の人。その人は隆の携帯を私に渡したらどっか行っちゃったよ」
その私の言葉に全員が眉を寄せた。マイキーが「そいつと会ったの?」と聞いてきたので廊下で会ったと言えば首を傾げながら隆を見た
「三ツ谷、白髪の奴何て居たか?」
「いや、居なかった」
「……とりあえず外出んべ。ここ薄気味悪ぃよ」
お化け出そうじゃんと呟いたドラちゃんに皆が笑い出すと雰囲気が少しだけ和んだ気がした。全員で建物から外に出れば隆の単車が停めてあった場所にはマイキーとドラちゃんの単車が停めてあり、その横に男達を下ろしたマイキーはゆっくりと空を見上げて「満月だな」と小さく呟いた
凍るような風が1度吹いて、コートを着ていない隆が身震いしたのを見て自分のダウンを脱いで彼に掛けると「お前が着てろ」と言われたが、首を横に振り続けると呆れた様に笑った隆はダウンを着てくれた
「お、起きたぜ」
ドラちゃんの一言に皆が転がっている男を見つめると、男は観念した様な顔をして何も話さない。そんな男にマイキーが「何で正々堂々喧嘩出来ねぇんだ?」と少しだけ苛ついた様な声で尋ねれば、その男は少しだけ笑ってから「やっぱり三ツ谷じゃ駄目か。言われた通り……エマって奴捕まえれば良かったぜ」と言ってマイキーに不気味な笑みを向けた
ドラちゃんの顔が変わった瞬間、何だかマイキーの雰囲気も一瞬で変わった気がした。瞬きをしなくなったマイキーを私が見つめていると何故かマイキーから離れたくなり隆の後ろにそっと隠れた
「……三ツ谷」
「……分かった」
ドラちゃんが隆をチラリと見ると、隆は自分の単車に跨り私に乗れと顎で合図をしてきた。素直に単車に乗り込むと、笑顔でまたねと言ってきた3人に控えめに笑顔を向けてから手を振った。病院を出る瞬間に後ろを振り返れば満月の下で腕を振り上げるマイキーが見えて私はそっと目を逸らして隆の背中をキツく抱き締めた
