短編 シリーズ
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好きな人に料理を作っている時間が1番好きな時間かもしれない。好きな音楽を流しながら野菜やお肉を沢山キッチン台に並べ、お気に入りのエプロンを腰で結び三ツ谷が美味しいって言ってくれる想像をしながらひたすら手を動かしていく
出来上がったら直ぐにご近所に住んでいる三ツ谷に届けて「私もご飯まだなんだ」って言うと、いつも炊きたてのお米と塩辛い味噌汁が私の分も並べて貰えて、「一緒に食おうぜ」って微笑んでくれる三ツ谷の顔が見れるから本当は料理が好きなんじゃなくて、ただいつも傍に居たいだけ。小学校1年の時に同じクラスになってからずっと三ツ谷は幼なじみで家が近くて、何だかんだいつも困ったら助けてくれる私の王子様だった
小さな頃に絵本で見た王子様とはちょっと違うけれど優しくて家族思いで、小学校1年の時から私の事をずっと可愛がってくれる彼を大好きだと思うのは当然だと思う
タッパに入れたおかずは湯気が出ているけど、早く三ツ谷に会いたくてそのまま蓋をしてからバックに詰め込んで玄関を出た。中1になった今も昔と関係が変わらずにやれているのは、仲が良いとからかってくる同級生の言葉を鵜呑みにしない三ツ谷のおかげだと思う。いつも通りチャイムを鳴らさずに勝手に玄関を上がるとリビングに入ってからおかずの容器を取り出した
「三ツ谷ー?居ないの?」
おばさんがこの時間に居ないのはいつもの事だけど、三ツ谷とマナが居ないのは珍しいなと思っていると玄関のドアが開く音がして「たらいまぁ」とマナの可愛らしい声がする。その声に「おかえり」と言って廊下を覗くと私を見て笑顔になったマナが「雪那ちゃん!」と名前を呼びながら走り寄って来たので抱き上げてふわふわの髪を優しく撫でる
「あれ?三ツ谷は?」
「お兄ちゃんはまだ友達とお外」
「ふーん。今日は保育園楽しかった?」
「お絵描きしてかけっこもしたんだ」
「凄いね、沢山遊んだねぇ」と言って高い高いすると、嬉しそうに喜ぶマナとじゃれついているとドアが開いて何だかいつもよりも暗い顔をした三ツ谷が靴を脱いで静かにこちらに歩いてくる
「……おかえり。……どしたの?」
「…いや…何でもねぇ」
「……そう。お腹すいた?」
「ああ」とだけ返事をした三ツ谷はそのまま自分の部屋に入って行ってしまって、そんな三ツ谷の背中を見送りながらマナと目を合わせてから首を傾げた。機嫌が悪い日くらいあるだろうと前向きに考えて直ぐにキッチンに戻り炊飯器を開けた。いつもならこの時間に用意しておいてくれているのにお釜は空っぽだったので、早炊してから味噌汁を簡単に作り持って来たおかずをお皿に並べていると帰って来たルナが「お腹空いたー」と元気にリビングに入って来る
「もう出来るからルナかマナお兄ちゃん呼んできて」
「はーい」
手を挙げた2人によろしくねと言って、ご飯を茶碗によそっていると2人に連れてこられた三ツ谷は「悪ぃな」と言ってから味噌汁をよそってくれていた。何かあったんだなと思ったけれど、彼が話してくれるまではこちらから聞かないと決めて「全然大丈夫」と言いながら首を横に振った
それから三ツ谷の様子はずっと変で、会っても何だか素っ気なくて一緒に帰ってもいつもボンヤリ何かを考えていた。それは季節が1つ過ぎてもずっとそんな状態が続いて、私は何だか彼の家に行きにくくなってきてしまった。段々と行く回数も減ってきて、ルナやマナと会えないのが寂しいけれど素っ気ない三ツ谷の傍にずっと居るのが何だか耐えられなくなって来たある日の昼休み。「三ツ谷って2組の花沢さんと付き合ってるらしいよ」と言った友人の一言で私はドン底に突き落とされた様な気持ちになった
聞いた瞬間に胸に痛みがはしり、思わず涙が出る前に「ちょっとトイレ」と言って友人に笑顔を作りトイレに駆け込んだ。予想もしていなかった言葉に私は全身から力が抜け、トイレの便器に座り込んで溢れてくる涙をセーターでずっと拭いていた。チャイムが鳴ってもトイレから出れなくてずっと泣いていると心配した友人が様子を見に来てくれたので、急に生理になったと嘘をついて保健室で寝かせて貰った
ボンヤリとして虚ろな目をしている私に、先生は何も聞かずにただ背を摩ってくれていた。自分の6年間は何だったんだろうとか、あの時に告白されたのかなとか色々考えると何だか苦しくて息が詰まる様な感覚だった。失恋なんて皆するとかテレビで良くやっていたけれど、三ツ谷以外見ていなかった自分からすると何だか絶望を感じて今は怖くて悲しいしか考えられなかった
「大丈夫?白石さん?」
「…………」
「もし、何かあって話したくなったら相談してね」
生理痛何て嘘は保健の先生には通じていなかったのに、最後まで優しくしてくれた先生にお礼を言うとチャイムが鳴った。教室に戻り心配してくれた友人に「薬貰ったからもう大丈夫」と微笑むと「良かった、心配したよ」と言われて少しだけ微笑んだ
噂であって欲しい。嘘だと言って欲しいとずっと思っていたけれど、三ツ谷が放課後に彼女と帰る様子を見かけて噂じゃ無くて本当なんだなって思ったら少し諦めがついた。それからは態度が素っ気無くてもたまに顔を出していた私が急に三ツ谷家にパタリと行かなくなって、「ルナとマナが会いたがってる」とか「母ちゃんが心配してる」とか三ツ谷からLINEが来たけれど、「彼女いるなら悪いから」と返すとそれから何も連絡は来なくなった
それから少しづつ時間が経つと私の毎日から三ツ谷は居なくなった。三ツ谷と会えなくなって、三ツ谷の彼女と学校ですれ違う度に見つめてしまう自分が情けなくて悔しかった。彼氏でも見つけようと本気で決心出来たのは三ツ谷からの連絡が無くなったからかもしれない
日曜日に三ツ谷家に持って行く料理に回していた分のお小遣いを全部握りしめて美容院に行って初めて髪を染めた。少し金に近い色にして不良みたいにしたのは三ツ谷への当て付けもあったのかもしれない。メイクが上手な友人にお願いしてやり方を教えて貰ったり、制服のスカートを裾直ししたり靴下をギャルっぽくルーズに変えるだけでも何だか生まれ変わった様な気分だった
月曜日の朝、起きて顔を洗おうと脱衣所に入ると髪色が明るく眉が細い自分が居て驚いてしまい1人で笑ってしまった。小さい頃からシンデレラの童話が凄い好きで憧れていたけれど、何だかちょっと違う変身だな何て思いながら鏡の中の自分を見つめた
メイクは友人に教えて貰った通りにして、短いスカートを履いて髪もアイロンで綺麗に整えた。かなり前だけど三ツ谷からプレゼントして貰ってもったいなくて使えなかった優しいピンク色のグロスを塗ると何だか切なかったけれど、鏡に写る自分が今まで生きてきた中で1番綺麗で美しくてすっかりメイクの虜になってしまっていた
いつも通り学校に行って廊下を歩いていると周りの視線はいつもとは大分違う様に感じた。クラスに入ると仲の良い子は直ぐに気付いたのか「凄い変わったね」とケラケラ笑っていて、ふと窓ガラスに写る自分が少しだけ不思議に見えたけど何だか気分は悪くなかった
それから色んな人と交流を持つ様になって、私の交友関係は前とは変わっていった。暴走族の集会に行こうと誘いを受けてどうしようか迷っていると「凄いかっこいい人が来るんだよ。普段は中々会えないから行ってみようよ」と少し興奮気味な由香先輩に嫌とは言えずにその誘いを受ける事にした
夜も更けてきて約束の時間になり、家を出れば先輩と知らない男の人が二人で私を待っていてくれた。「お待たせしてすみません」そう言って頭を下げる私に2人は「平気平気」と言いながら優しい笑みを浮かべてくれる。自己紹介を軽く済ませてから、暗い住宅街を3人で歩いていると田中と名乗った男の先輩は「雪那ちゃん、良かったら単車の後ろ乗る?」と聞いてくれて、断りにくくて頷くと「気持ち良いし気晴らしになるよ」と言ってくれた由香先輩に「はい」とだけ言って頷いた
急に肩を抱かれて「雪那は笑ってるけど何だか寂しそうで心配だったんだ」と言ってくれた由香先輩の瞳が少しだけ揺らいでいて何だか胸が締め付けられる感じがした
「……俺男だけど、女の子の相談ものれるから言ってね」
「あ、ありがとうございます。田中さん」
「そんな畏まらなくて大丈夫だからさ」
三ツ谷も八戒もドラケン君もマイキーも皆そうだったけど、不良っぽくても優しい人は沢山いるんだなって感じてその心遣いにちょっとだけ涙が出てしまった
先輩達について行く様に歩いていると、少しづつ単車の音が近くなってきた。音を聞いた田中先輩が「この先の公園で待ち合わせてるんだ」と言って少し早足で公園にかけて行くと由香先輩は私の手を取り「私達も行こう」と微笑んだ
「……遅せぇよ田中」
「悪ぃ悪ぃ、雪那ちゃん迎えに行ってたんだ」
「 雪那ちゃんて誰?」
「渋中の子。由香の後輩」
「……中学生連れ回すなよ」
由香先輩に手を引かれて公園に入れば自分の事で怒られている田中先輩にちょっとだけ申し訳無くなった。
単車に跨り煙草を吸っている男の人は少しだけ目尻が三ツ谷に似て下がり気味で体格もそんなに大きく無い
「……こんばんわ。雪那ちゃん」
「……こんばんわ……えと、お名前聞いても良いですか?」
「今牛」
「……い、今牛さん……よろしくお願いします」
ペコっと頭を下げた私にフッと笑う今牛先輩が何だか大人に見えてしまい、目をパチパチさせていると由香先輩が「かっこいいでしょ? 」と私を見て笑った
「……タレ目で小さくてかっこいいです」
そう言った私に田中先輩が吹き出すと、「そこかー、微妙だなぁ」と言った今牛先輩は少しだけ私に微笑んだ。呆れた様に「何その褒め言葉」と言った由香先輩に「タレ目で小さい人がタイプなんです」とちょっと照れた様に口を開けば3人は盛大に笑っていた。今牛先輩の単車の後ろに乗せて貰ったり、運転の仕方を教えて貰ったりしていると由香先輩と田中先輩は私の事を少し離れた所から優しく見守ってくれていた
そんな2人を見て、「……彼奴ら凄いお似合いだよな」と言った今牛先輩はふと間を置いてから2人に向かって少しだけ大きな声で「 雪那ちゃんそろそろ送ってくるわ」と言ってから私の耳もとで「2人にしてやろーぜ」と子供みたいに笑う。あちらで「ええ?帰るの 」と声を掛けてきた由香先輩に手を振ってから頭を下げると今牛先輩の後ろにそそくさと乗り込んだ。ゆっくりと単車は動き出して、2人に手を振りながら公園を出ると「少しだけ回り道して帰ろ」と言ってくれて私は「はい」と声を弾ませた
住宅街を出て国道を走っていると夜の闇に光るネオンが綺麗で何だか幻想的で時を忘れそうな感覚になる。気を使ってくれているのかスピードは余り出ていないから怖くは無いけれど内心お巡りさんに見つからないと良いなと思いヘルメットをしていない頭をなるべく先輩の背中に隠していた。そのまま走っていると、今牛先輩の単車の音以外に聞こえて来た沢山の排気音に何だろうと思い彼の背中から反対車線をチラリと覗いた
「お、マイキーじゃん」
「……え」
対向車線から走って来た集団は全員こちらを見ていて、先頭を走っていたマイキーが減速した今牛先輩に手を振ってから私と目が合い「はっ?」とでも言いたい顔をして目を丸くした。後ろに続いていたドラケン君やパーも私を見てポカンとした表情をしていたけれど、隆だけは何だか怪訝な顔をしていたので直ぐに目を逸らしてしまった
「あいつら若くて可愛いな」
「……あの……先輩急にすみません。……お腹空きませんか?」
「ん? 雪那ちゃん空いたの?」
「あそこに牛丼屋があるから入りませんか?」
「……ああ、いいよ」
せっかく何だか楽しい気分だったのに三ツ谷のあの顔を見たら気分が落ちてしまい、思わず真っ直ぐ帰りたくなくて我儘を言ってしまった。今日は楽しむって決めたんだと自身に言い聞かせ、私の我儘を聞いて牛丼屋の駐車場に単車を停めた先輩の後ろに続いてお店に入った。席に座った先輩は、「牛丼が良いなんて中々男らしいな 雪那ちゃん」と笑いながらメニューを渡してくれて、何だかその瞬間に彼の笑顔が魅力的に見えてきて私は少しだけ頬を染めてしまった
ご飯を食べてから家まで送って貰うと、「困った時は電話してきな」と言って連絡先を教えてくれた先輩は私の頭を優しく撫でてくれた。微笑んだ私にフッと薄く微笑んで去って行く先輩の後ろ姿を見送っていた
姿は見えないけど単車の音だけがまだ聞こえてきて、その音を聞きながら佇んでいた。ずっとずっと三ツ谷しか見てこなかったけど近くに素敵な人は沢山いるし今日は行って良かったなと思いながら自宅の方に振り返り足を進めようとして立ち止まった
「……遅かったな」
先程まで居なかったのに、特攻服を着た三ツ谷が煙草を片手に玄関の前に座っていた。立ちつくす私を見て火を消すと携帯灰皿に煙草を入れた三ツ谷は私の方に向かって歩いてくる
「……三ツ谷……。こんな時間にどしたの?」
「……お前何で今牛君と居たの?」
「由香先輩のお友達。今日はご飯食べてただけだよ」
「……付き合ってんの?」
無表情で聞いてくる三ツ谷に無言で首を横に振った。
それから何も言って来ない三ツ谷に何がしたいんだろうとちょっと不思議に思ってしまう。彼からの言葉を待っていたけれど、無言の時間が長すぎて待てずに私が口を開いた
「……三ツ谷、夜に私と居ると彼女に誤解されるから帰りなよ」
「……バレないだろ」
「……私なら夜中に私以外の女の子と居たら嫌だよ」
「…………」
黙っている三ツ谷を見ていると、何だか凄く好きだった人だなって思えてきて自分の気持ちは落ち着いたんだなって思うと何だか安心した。「……家入るね」と言っても何も言わない三ツ谷を見つめていると
「……俺の事嫌いになったのか?」
と無表情で呟いた三ツ谷に「……嫌いに何てならないよ、大好きだから離れたんだよ」と言って少しだけ微笑むと三ツ谷は何の返事もしないまま私に背を向けて自宅の方に歩いて行ってしまった
「…………三ツ谷」
路地を曲がるまで彼の背中を見つめていると、少なからず私を心配していてくれる気持ちがまだあったんだなって思ったら涙が出てきた。どんな風に感じて家まで来てくれたかは話してはくれなかったけど、久しぶりに話せて何だか嬉しかった
それから直ぐに中学生2年生になって、クラスも仲の良い子とは離れてしまったり三ツ谷が彼女と別れた何て噂話も聞いたけれど特に三ツ谷から連絡は無かったし私も嘘か本当か分からない噂話に耳を貸すのはやめた。たまに今牛先輩や由香先輩に遊びに連れてって貰える事が楽しくて、最近はそればっかりが楽しみになってしまっていた。だけど、今牛先輩は私の事を妹みたいに可愛がってくれているのが凄く伝わってくるし彼女とかそんな感じでは無いのも良く分かった。でも彼に会えて世の中沢山素敵な人が居るって分かっただけで凄くあの時の私には有難かったんだと思える自分がいた
自宅のカレンダーを捲ると6月5日。三ツ谷の誕生日までもう少しだった。去年はルナ、マナ、三ツ谷と4人でアニメ映画を見に行ってから三ツ谷家で誕生日パーティーをしたなとふと思い出した。ルナとマナが50円を握りしめてお兄ちゃんのプレゼント買うと言い出し、私が2000円を出して3人で2100円の単車用のグローブを買いに行った
渡した時の三ツ谷の顔をいまだに思い出すと自然と微笑んでしまう自分がいた。あの顔を思い出すと、彼女と別れたのが本当でも嘘でも誕生日プレゼントくらいは渡したいなと思ってしまう。だけど、あのまま口を聞いて居ない私にはプレゼントを渡す勇気は無いなと思うと少しだけ寂しくなった
宿題でもしてからドラマでも見ようかと思ったが、お腹が空いたので冷蔵庫を開ければ何も無い事を見てから思い出した。しんなりした野菜だけが野菜室にあるくらいで魚も肉も無い。テーブルにお金だけあるのなら、お母さんも今日はまた夜勤だろうしスーパーに行って買い物でもしようかと外を見ればシトシトと雨が降るこの天気が最近嫌になる
「…本当に毎日雨だな」
お金を財布に入れて、制服から着替えると傘とエコバを持ってスーパーに向かった。適当に特売品を買い漁っていると野菜コーナーの端にある果物コーナーに苺を見つけて立ち止まった。手に取って籠に入れた苺を見ていると、昔から苺が好きな三ツ谷に自分の分のショートケーキの苺をいつもあげてたな何て思いながら会計を済まして外に出ると空は暗闇に包まれていた
先程まで小降りだった雨は少し強くなっていて、明日の日曜日は台風直撃だと言っていたアナウンサーの顔を思い出した。早く帰ってご飯を作ろうと思い傘をさして歩き出すと、前から歩いて来たのは三ツ谷の彼女の花沢さんで、私を見るとフイっと目を逸らしてそのままスタスタと歩いて行ってしまう
感じ悪いなと思ったけれど、私が彼女の立場なら幼なじみは邪魔なのかなと思いそのまま雨が強くなる帰路をひたすら早足で歩いた。自宅が見えて来ると、玄関の前で傘もささずに立ち尽くしているグレーの髪の男の後ろ姿が見えて思わず走り出した
「三ツ谷」
「…… 」
びしょ濡れでたたずむ三ツ谷を傘に入れてから「どしたの?」と聞いても口を開かない三ツ谷の手を取り直ぐに家に入れて脱衣場に押し込める
「シャワー浴びてお湯に浸かって。風邪ひいちゃう」
「……分かった」
何だか悲しい表情をしている三ツ谷が心配で脱衣場の前をウロウロしていたけれど、ウロウロしていても仕方無いので自室から三ツ谷が昔うちに泊まる時に使っていたスウェットを取り出してから脱衣場に入って洗濯機の上に置いた
「……着替えおいとくよ」
「……ああ。」
浴室から一言だけ返ってきた返事にホッとして脱衣場から出ると直ぐに買い物袋から取り出した食品を冷蔵庫に入れてお湯を沸かした。温かい紅茶を作っていると風呂から出てきた三ツ谷はキッチンにいる私の隣に立った
「……どしたの?今紅茶出来るから座ってていいよ」
微笑んだ私に眉を下げた三ツ谷は私を横から抱き締めると「……会いたかった」と言って唇を頬に寄せた
完全に硬直した私を見て少しだけ微笑んだ三ツ谷は「……今牛君に何にもされて無さそうだな」と言って何度も頬と額に口付けしてくる。先程の言葉の意味が良く分からないけど何だか恥ずかしいのに嬉しい自分が居てどうしていいのか分からなくなった
「……三ツ谷……どうして今牛先輩が出てくるの?私は付き合って無いって言ったじゃん」
「……付き合って無くてもキスとかしてるかもしれねぇじゃん。……単車の後ろとか乗ってたし」
「……しないよ……。 雪那ちゃんは妹みたいで可愛いとしか言われた事無いし。頭しか撫でられた事ないもん」
「……心配して損した」
「……それより何で……キスしてくるの?」
「……そんな事言わなくても分かんだろ」
「さっき花沢さんとすれ違ったよ。プイってされたけど」
「……雪那が好きだからやっぱり付き合えねぇってハッキリ言った」
「……本当に?」
「ずっとずっと傍にお前が居たからさ、居るの当たり前に思ってた。花沢さんに告白されて付き合ってみたけど……。いい子だけどお前が居ない方が辛かった」
「………」
「……お前は俺の事好き?」
「私は……小1の時からずっと好きだったよ」
「……お前の好きは兄弟みたいな好きかと思ってたわ」
「……そんな訳無いでしょ」
マグカップにお湯を注ぐと紅茶の香りが辺りに広がった。私の目から溢れる涙はポタポタとキッチン台に落ちていき、三ツ谷はそれを見て私の涙に優しく口付けしてくる。何だか三ツ谷に腹が立つ様な嬉しい様な複雑な気持ちになりながら唇を噛み締めた
「……何か腹立つ」
「…………何でだよ」
「……まぁいいや。今牛先輩にファーストキスは捧げたし」
「……はっ?本当に言ってんの?」
花沢さんの真似をして額に血管が浮き出てる三ツ谷の目線からプイとワザとらしく顔を背けると、顎を掴まれて無理やりされた口付けに頭にきて唇を噛むと「いっ」と言って口付けを離した三ツ谷の唇からは血が流れていた
「……花沢さんとお試しみたいに付き合って、付き合って私が居なくなったら私が居ないと寂しいとかふざけんな」
「…………」
「……今牛先輩と何もしてないよ。嘘だよ馬鹿……。本当に頭に来る。自分勝手……」
「……ゴメンな」
「……誰と付き合うか何て本当は三ツ谷の勝手なのにね。……三ツ谷が謝る事じゃないのも分かってる」
「…………」
「ゴメンは私の方か……。」
しょげている私を抱き締めた三ツ谷は「本当にゴメンな」と小さな声で呟いた。花沢さんがどんだけ悲しかったか私には分かるから何だか辛くなって怒っちゃったけど、三ツ谷が悪くない事も本当は分かっていた
キレて傷つけて嘘まで付いて本当に私馬鹿だなって思ったらまた泣けてきた。そんな私をずっと抱き締めて泣かせてごめんなって言う優しい三ツ谷の胸に顔を押し付けて声を出して泣いてしまった。泣いている私を抱き上げてソファに下ろした三ツ谷は優しく紅茶を飲ませてくれて、少しづつだけど涙は止まり落ち着いてきた
「……これから絶対他の人と付き合わないでね」
「……何だよ急に。分かってるよ。……てか、お前も男と遊ぶなよ。……連絡も禁止な」
「……うん。それは別に平気」
「……何だよ。やけに素直だな」
「……三ツ谷の大好きな苺……誕生日近いから買っておいたよ」
「……ありがとな」
小学校1年の時から今迄の思いを噛み締めながら三ツ谷の胸を思いきりキツく渾身の力で抱き締めた。「……何か痛ェ」と言ってちょっと笑っている三ツ谷に「7年分の思いを込めて抱き締めたんだ」と言えばポカンと口を開けてからゲラゲラと笑い出した三ツ谷は私の頬に優しく額を付けた
「……単車の後ろにお前が乗ってた時さ、俺凄ぇショックだった。……マイキーとパーに雪那ちゃんて今牛君と付き合ってんの?って聞かれて嫌で堪らなかった」
「…………」
「花沢さんに悪い事したのも分かってるけど、毎日の生活にお前が居ないのも寂しかったし今牛君と居るお前見て目が覚めた」
「……私は……三ツ谷が私を見ていてくれたら何処にも行かない。……ずっと」
その私の言葉に少しだけ嬉しそうに微笑んだ三ツ谷は私の髪を撫でると、「知らない奴になったみたいで嫌だったけど、良く見ると髪もメイクも似合っててかわい」と言って唇に軽く口付けしてくる
「……早くルナとマナとおばさんにも会いたいな」
そう言った私に罰が悪そうな顔をした三ツ谷は、「お前が家に来なくなってからルナとマナが口聞いてくれないんだよ」と言って頬をかいた。その話を聞いてケラケラと笑いながら内心嬉しくて堪らない私に「笑い事じゃねぇよ」と少し焦る三ツ谷の両頬を優しく抓ってやった。「うちの家族は皆お前じゃなきゃ駄目なんだ」と言ってくれた彼の一言が私の心を満足させてくれた様に感じて、三ツ谷の頬をつまんでいた両手を優しく引き寄せてから唇に甘い唇を落とした
出来上がったら直ぐにご近所に住んでいる三ツ谷に届けて「私もご飯まだなんだ」って言うと、いつも炊きたてのお米と塩辛い味噌汁が私の分も並べて貰えて、「一緒に食おうぜ」って微笑んでくれる三ツ谷の顔が見れるから本当は料理が好きなんじゃなくて、ただいつも傍に居たいだけ。小学校1年の時に同じクラスになってからずっと三ツ谷は幼なじみで家が近くて、何だかんだいつも困ったら助けてくれる私の王子様だった
小さな頃に絵本で見た王子様とはちょっと違うけれど優しくて家族思いで、小学校1年の時から私の事をずっと可愛がってくれる彼を大好きだと思うのは当然だと思う
タッパに入れたおかずは湯気が出ているけど、早く三ツ谷に会いたくてそのまま蓋をしてからバックに詰め込んで玄関を出た。中1になった今も昔と関係が変わらずにやれているのは、仲が良いとからかってくる同級生の言葉を鵜呑みにしない三ツ谷のおかげだと思う。いつも通りチャイムを鳴らさずに勝手に玄関を上がるとリビングに入ってからおかずの容器を取り出した
「三ツ谷ー?居ないの?」
おばさんがこの時間に居ないのはいつもの事だけど、三ツ谷とマナが居ないのは珍しいなと思っていると玄関のドアが開く音がして「たらいまぁ」とマナの可愛らしい声がする。その声に「おかえり」と言って廊下を覗くと私を見て笑顔になったマナが「雪那ちゃん!」と名前を呼びながら走り寄って来たので抱き上げてふわふわの髪を優しく撫でる
「あれ?三ツ谷は?」
「お兄ちゃんはまだ友達とお外」
「ふーん。今日は保育園楽しかった?」
「お絵描きしてかけっこもしたんだ」
「凄いね、沢山遊んだねぇ」と言って高い高いすると、嬉しそうに喜ぶマナとじゃれついているとドアが開いて何だかいつもよりも暗い顔をした三ツ谷が靴を脱いで静かにこちらに歩いてくる
「……おかえり。……どしたの?」
「…いや…何でもねぇ」
「……そう。お腹すいた?」
「ああ」とだけ返事をした三ツ谷はそのまま自分の部屋に入って行ってしまって、そんな三ツ谷の背中を見送りながらマナと目を合わせてから首を傾げた。機嫌が悪い日くらいあるだろうと前向きに考えて直ぐにキッチンに戻り炊飯器を開けた。いつもならこの時間に用意しておいてくれているのにお釜は空っぽだったので、早炊してから味噌汁を簡単に作り持って来たおかずをお皿に並べていると帰って来たルナが「お腹空いたー」と元気にリビングに入って来る
「もう出来るからルナかマナお兄ちゃん呼んできて」
「はーい」
手を挙げた2人によろしくねと言って、ご飯を茶碗によそっていると2人に連れてこられた三ツ谷は「悪ぃな」と言ってから味噌汁をよそってくれていた。何かあったんだなと思ったけれど、彼が話してくれるまではこちらから聞かないと決めて「全然大丈夫」と言いながら首を横に振った
それから三ツ谷の様子はずっと変で、会っても何だか素っ気なくて一緒に帰ってもいつもボンヤリ何かを考えていた。それは季節が1つ過ぎてもずっとそんな状態が続いて、私は何だか彼の家に行きにくくなってきてしまった。段々と行く回数も減ってきて、ルナやマナと会えないのが寂しいけれど素っ気ない三ツ谷の傍にずっと居るのが何だか耐えられなくなって来たある日の昼休み。「三ツ谷って2組の花沢さんと付き合ってるらしいよ」と言った友人の一言で私はドン底に突き落とされた様な気持ちになった
聞いた瞬間に胸に痛みがはしり、思わず涙が出る前に「ちょっとトイレ」と言って友人に笑顔を作りトイレに駆け込んだ。予想もしていなかった言葉に私は全身から力が抜け、トイレの便器に座り込んで溢れてくる涙をセーターでずっと拭いていた。チャイムが鳴ってもトイレから出れなくてずっと泣いていると心配した友人が様子を見に来てくれたので、急に生理になったと嘘をついて保健室で寝かせて貰った
ボンヤリとして虚ろな目をしている私に、先生は何も聞かずにただ背を摩ってくれていた。自分の6年間は何だったんだろうとか、あの時に告白されたのかなとか色々考えると何だか苦しくて息が詰まる様な感覚だった。失恋なんて皆するとかテレビで良くやっていたけれど、三ツ谷以外見ていなかった自分からすると何だか絶望を感じて今は怖くて悲しいしか考えられなかった
「大丈夫?白石さん?」
「…………」
「もし、何かあって話したくなったら相談してね」
生理痛何て嘘は保健の先生には通じていなかったのに、最後まで優しくしてくれた先生にお礼を言うとチャイムが鳴った。教室に戻り心配してくれた友人に「薬貰ったからもう大丈夫」と微笑むと「良かった、心配したよ」と言われて少しだけ微笑んだ
噂であって欲しい。嘘だと言って欲しいとずっと思っていたけれど、三ツ谷が放課後に彼女と帰る様子を見かけて噂じゃ無くて本当なんだなって思ったら少し諦めがついた。それからは態度が素っ気無くてもたまに顔を出していた私が急に三ツ谷家にパタリと行かなくなって、「ルナとマナが会いたがってる」とか「母ちゃんが心配してる」とか三ツ谷からLINEが来たけれど、「彼女いるなら悪いから」と返すとそれから何も連絡は来なくなった
それから少しづつ時間が経つと私の毎日から三ツ谷は居なくなった。三ツ谷と会えなくなって、三ツ谷の彼女と学校ですれ違う度に見つめてしまう自分が情けなくて悔しかった。彼氏でも見つけようと本気で決心出来たのは三ツ谷からの連絡が無くなったからかもしれない
日曜日に三ツ谷家に持って行く料理に回していた分のお小遣いを全部握りしめて美容院に行って初めて髪を染めた。少し金に近い色にして不良みたいにしたのは三ツ谷への当て付けもあったのかもしれない。メイクが上手な友人にお願いしてやり方を教えて貰ったり、制服のスカートを裾直ししたり靴下をギャルっぽくルーズに変えるだけでも何だか生まれ変わった様な気分だった
月曜日の朝、起きて顔を洗おうと脱衣所に入ると髪色が明るく眉が細い自分が居て驚いてしまい1人で笑ってしまった。小さい頃からシンデレラの童話が凄い好きで憧れていたけれど、何だかちょっと違う変身だな何て思いながら鏡の中の自分を見つめた
メイクは友人に教えて貰った通りにして、短いスカートを履いて髪もアイロンで綺麗に整えた。かなり前だけど三ツ谷からプレゼントして貰ってもったいなくて使えなかった優しいピンク色のグロスを塗ると何だか切なかったけれど、鏡に写る自分が今まで生きてきた中で1番綺麗で美しくてすっかりメイクの虜になってしまっていた
いつも通り学校に行って廊下を歩いていると周りの視線はいつもとは大分違う様に感じた。クラスに入ると仲の良い子は直ぐに気付いたのか「凄い変わったね」とケラケラ笑っていて、ふと窓ガラスに写る自分が少しだけ不思議に見えたけど何だか気分は悪くなかった
それから色んな人と交流を持つ様になって、私の交友関係は前とは変わっていった。暴走族の集会に行こうと誘いを受けてどうしようか迷っていると「凄いかっこいい人が来るんだよ。普段は中々会えないから行ってみようよ」と少し興奮気味な由香先輩に嫌とは言えずにその誘いを受ける事にした
夜も更けてきて約束の時間になり、家を出れば先輩と知らない男の人が二人で私を待っていてくれた。「お待たせしてすみません」そう言って頭を下げる私に2人は「平気平気」と言いながら優しい笑みを浮かべてくれる。自己紹介を軽く済ませてから、暗い住宅街を3人で歩いていると田中と名乗った男の先輩は「雪那ちゃん、良かったら単車の後ろ乗る?」と聞いてくれて、断りにくくて頷くと「気持ち良いし気晴らしになるよ」と言ってくれた由香先輩に「はい」とだけ言って頷いた
急に肩を抱かれて「雪那は笑ってるけど何だか寂しそうで心配だったんだ」と言ってくれた由香先輩の瞳が少しだけ揺らいでいて何だか胸が締め付けられる感じがした
「……俺男だけど、女の子の相談ものれるから言ってね」
「あ、ありがとうございます。田中さん」
「そんな畏まらなくて大丈夫だからさ」
三ツ谷も八戒もドラケン君もマイキーも皆そうだったけど、不良っぽくても優しい人は沢山いるんだなって感じてその心遣いにちょっとだけ涙が出てしまった
先輩達について行く様に歩いていると、少しづつ単車の音が近くなってきた。音を聞いた田中先輩が「この先の公園で待ち合わせてるんだ」と言って少し早足で公園にかけて行くと由香先輩は私の手を取り「私達も行こう」と微笑んだ
「……遅せぇよ田中」
「悪ぃ悪ぃ、雪那ちゃん迎えに行ってたんだ」
「 雪那ちゃんて誰?」
「渋中の子。由香の後輩」
「……中学生連れ回すなよ」
由香先輩に手を引かれて公園に入れば自分の事で怒られている田中先輩にちょっとだけ申し訳無くなった。
単車に跨り煙草を吸っている男の人は少しだけ目尻が三ツ谷に似て下がり気味で体格もそんなに大きく無い
「……こんばんわ。雪那ちゃん」
「……こんばんわ……えと、お名前聞いても良いですか?」
「今牛」
「……い、今牛さん……よろしくお願いします」
ペコっと頭を下げた私にフッと笑う今牛先輩が何だか大人に見えてしまい、目をパチパチさせていると由香先輩が「かっこいいでしょ? 」と私を見て笑った
「……タレ目で小さくてかっこいいです」
そう言った私に田中先輩が吹き出すと、「そこかー、微妙だなぁ」と言った今牛先輩は少しだけ私に微笑んだ。呆れた様に「何その褒め言葉」と言った由香先輩に「タレ目で小さい人がタイプなんです」とちょっと照れた様に口を開けば3人は盛大に笑っていた。今牛先輩の単車の後ろに乗せて貰ったり、運転の仕方を教えて貰ったりしていると由香先輩と田中先輩は私の事を少し離れた所から優しく見守ってくれていた
そんな2人を見て、「……彼奴ら凄いお似合いだよな」と言った今牛先輩はふと間を置いてから2人に向かって少しだけ大きな声で「 雪那ちゃんそろそろ送ってくるわ」と言ってから私の耳もとで「2人にしてやろーぜ」と子供みたいに笑う。あちらで「ええ?帰るの 」と声を掛けてきた由香先輩に手を振ってから頭を下げると今牛先輩の後ろにそそくさと乗り込んだ。ゆっくりと単車は動き出して、2人に手を振りながら公園を出ると「少しだけ回り道して帰ろ」と言ってくれて私は「はい」と声を弾ませた
住宅街を出て国道を走っていると夜の闇に光るネオンが綺麗で何だか幻想的で時を忘れそうな感覚になる。気を使ってくれているのかスピードは余り出ていないから怖くは無いけれど内心お巡りさんに見つからないと良いなと思いヘルメットをしていない頭をなるべく先輩の背中に隠していた。そのまま走っていると、今牛先輩の単車の音以外に聞こえて来た沢山の排気音に何だろうと思い彼の背中から反対車線をチラリと覗いた
「お、マイキーじゃん」
「……え」
対向車線から走って来た集団は全員こちらを見ていて、先頭を走っていたマイキーが減速した今牛先輩に手を振ってから私と目が合い「はっ?」とでも言いたい顔をして目を丸くした。後ろに続いていたドラケン君やパーも私を見てポカンとした表情をしていたけれど、隆だけは何だか怪訝な顔をしていたので直ぐに目を逸らしてしまった
「あいつら若くて可愛いな」
「……あの……先輩急にすみません。……お腹空きませんか?」
「ん? 雪那ちゃん空いたの?」
「あそこに牛丼屋があるから入りませんか?」
「……ああ、いいよ」
せっかく何だか楽しい気分だったのに三ツ谷のあの顔を見たら気分が落ちてしまい、思わず真っ直ぐ帰りたくなくて我儘を言ってしまった。今日は楽しむって決めたんだと自身に言い聞かせ、私の我儘を聞いて牛丼屋の駐車場に単車を停めた先輩の後ろに続いてお店に入った。席に座った先輩は、「牛丼が良いなんて中々男らしいな 雪那ちゃん」と笑いながらメニューを渡してくれて、何だかその瞬間に彼の笑顔が魅力的に見えてきて私は少しだけ頬を染めてしまった
ご飯を食べてから家まで送って貰うと、「困った時は電話してきな」と言って連絡先を教えてくれた先輩は私の頭を優しく撫でてくれた。微笑んだ私にフッと薄く微笑んで去って行く先輩の後ろ姿を見送っていた
姿は見えないけど単車の音だけがまだ聞こえてきて、その音を聞きながら佇んでいた。ずっとずっと三ツ谷しか見てこなかったけど近くに素敵な人は沢山いるし今日は行って良かったなと思いながら自宅の方に振り返り足を進めようとして立ち止まった
「……遅かったな」
先程まで居なかったのに、特攻服を着た三ツ谷が煙草を片手に玄関の前に座っていた。立ちつくす私を見て火を消すと携帯灰皿に煙草を入れた三ツ谷は私の方に向かって歩いてくる
「……三ツ谷……。こんな時間にどしたの?」
「……お前何で今牛君と居たの?」
「由香先輩のお友達。今日はご飯食べてただけだよ」
「……付き合ってんの?」
無表情で聞いてくる三ツ谷に無言で首を横に振った。
それから何も言って来ない三ツ谷に何がしたいんだろうとちょっと不思議に思ってしまう。彼からの言葉を待っていたけれど、無言の時間が長すぎて待てずに私が口を開いた
「……三ツ谷、夜に私と居ると彼女に誤解されるから帰りなよ」
「……バレないだろ」
「……私なら夜中に私以外の女の子と居たら嫌だよ」
「…………」
黙っている三ツ谷を見ていると、何だか凄く好きだった人だなって思えてきて自分の気持ちは落ち着いたんだなって思うと何だか安心した。「……家入るね」と言っても何も言わない三ツ谷を見つめていると
「……俺の事嫌いになったのか?」
と無表情で呟いた三ツ谷に「……嫌いに何てならないよ、大好きだから離れたんだよ」と言って少しだけ微笑むと三ツ谷は何の返事もしないまま私に背を向けて自宅の方に歩いて行ってしまった
「…………三ツ谷」
路地を曲がるまで彼の背中を見つめていると、少なからず私を心配していてくれる気持ちがまだあったんだなって思ったら涙が出てきた。どんな風に感じて家まで来てくれたかは話してはくれなかったけど、久しぶりに話せて何だか嬉しかった
それから直ぐに中学生2年生になって、クラスも仲の良い子とは離れてしまったり三ツ谷が彼女と別れた何て噂話も聞いたけれど特に三ツ谷から連絡は無かったし私も嘘か本当か分からない噂話に耳を貸すのはやめた。たまに今牛先輩や由香先輩に遊びに連れてって貰える事が楽しくて、最近はそればっかりが楽しみになってしまっていた。だけど、今牛先輩は私の事を妹みたいに可愛がってくれているのが凄く伝わってくるし彼女とかそんな感じでは無いのも良く分かった。でも彼に会えて世の中沢山素敵な人が居るって分かっただけで凄くあの時の私には有難かったんだと思える自分がいた
自宅のカレンダーを捲ると6月5日。三ツ谷の誕生日までもう少しだった。去年はルナ、マナ、三ツ谷と4人でアニメ映画を見に行ってから三ツ谷家で誕生日パーティーをしたなとふと思い出した。ルナとマナが50円を握りしめてお兄ちゃんのプレゼント買うと言い出し、私が2000円を出して3人で2100円の単車用のグローブを買いに行った
渡した時の三ツ谷の顔をいまだに思い出すと自然と微笑んでしまう自分がいた。あの顔を思い出すと、彼女と別れたのが本当でも嘘でも誕生日プレゼントくらいは渡したいなと思ってしまう。だけど、あのまま口を聞いて居ない私にはプレゼントを渡す勇気は無いなと思うと少しだけ寂しくなった
宿題でもしてからドラマでも見ようかと思ったが、お腹が空いたので冷蔵庫を開ければ何も無い事を見てから思い出した。しんなりした野菜だけが野菜室にあるくらいで魚も肉も無い。テーブルにお金だけあるのなら、お母さんも今日はまた夜勤だろうしスーパーに行って買い物でもしようかと外を見ればシトシトと雨が降るこの天気が最近嫌になる
「…本当に毎日雨だな」
お金を財布に入れて、制服から着替えると傘とエコバを持ってスーパーに向かった。適当に特売品を買い漁っていると野菜コーナーの端にある果物コーナーに苺を見つけて立ち止まった。手に取って籠に入れた苺を見ていると、昔から苺が好きな三ツ谷に自分の分のショートケーキの苺をいつもあげてたな何て思いながら会計を済まして外に出ると空は暗闇に包まれていた
先程まで小降りだった雨は少し強くなっていて、明日の日曜日は台風直撃だと言っていたアナウンサーの顔を思い出した。早く帰ってご飯を作ろうと思い傘をさして歩き出すと、前から歩いて来たのは三ツ谷の彼女の花沢さんで、私を見るとフイっと目を逸らしてそのままスタスタと歩いて行ってしまう
感じ悪いなと思ったけれど、私が彼女の立場なら幼なじみは邪魔なのかなと思いそのまま雨が強くなる帰路をひたすら早足で歩いた。自宅が見えて来ると、玄関の前で傘もささずに立ち尽くしているグレーの髪の男の後ろ姿が見えて思わず走り出した
「三ツ谷」
「…… 」
びしょ濡れでたたずむ三ツ谷を傘に入れてから「どしたの?」と聞いても口を開かない三ツ谷の手を取り直ぐに家に入れて脱衣場に押し込める
「シャワー浴びてお湯に浸かって。風邪ひいちゃう」
「……分かった」
何だか悲しい表情をしている三ツ谷が心配で脱衣場の前をウロウロしていたけれど、ウロウロしていても仕方無いので自室から三ツ谷が昔うちに泊まる時に使っていたスウェットを取り出してから脱衣場に入って洗濯機の上に置いた
「……着替えおいとくよ」
「……ああ。」
浴室から一言だけ返ってきた返事にホッとして脱衣場から出ると直ぐに買い物袋から取り出した食品を冷蔵庫に入れてお湯を沸かした。温かい紅茶を作っていると風呂から出てきた三ツ谷はキッチンにいる私の隣に立った
「……どしたの?今紅茶出来るから座ってていいよ」
微笑んだ私に眉を下げた三ツ谷は私を横から抱き締めると「……会いたかった」と言って唇を頬に寄せた
完全に硬直した私を見て少しだけ微笑んだ三ツ谷は「……今牛君に何にもされて無さそうだな」と言って何度も頬と額に口付けしてくる。先程の言葉の意味が良く分からないけど何だか恥ずかしいのに嬉しい自分が居てどうしていいのか分からなくなった
「……三ツ谷……どうして今牛先輩が出てくるの?私は付き合って無いって言ったじゃん」
「……付き合って無くてもキスとかしてるかもしれねぇじゃん。……単車の後ろとか乗ってたし」
「……しないよ……。 雪那ちゃんは妹みたいで可愛いとしか言われた事無いし。頭しか撫でられた事ないもん」
「……心配して損した」
「……それより何で……キスしてくるの?」
「……そんな事言わなくても分かんだろ」
「さっき花沢さんとすれ違ったよ。プイってされたけど」
「……雪那が好きだからやっぱり付き合えねぇってハッキリ言った」
「……本当に?」
「ずっとずっと傍にお前が居たからさ、居るの当たり前に思ってた。花沢さんに告白されて付き合ってみたけど……。いい子だけどお前が居ない方が辛かった」
「………」
「……お前は俺の事好き?」
「私は……小1の時からずっと好きだったよ」
「……お前の好きは兄弟みたいな好きかと思ってたわ」
「……そんな訳無いでしょ」
マグカップにお湯を注ぐと紅茶の香りが辺りに広がった。私の目から溢れる涙はポタポタとキッチン台に落ちていき、三ツ谷はそれを見て私の涙に優しく口付けしてくる。何だか三ツ谷に腹が立つ様な嬉しい様な複雑な気持ちになりながら唇を噛み締めた
「……何か腹立つ」
「…………何でだよ」
「……まぁいいや。今牛先輩にファーストキスは捧げたし」
「……はっ?本当に言ってんの?」
花沢さんの真似をして額に血管が浮き出てる三ツ谷の目線からプイとワザとらしく顔を背けると、顎を掴まれて無理やりされた口付けに頭にきて唇を噛むと「いっ」と言って口付けを離した三ツ谷の唇からは血が流れていた
「……花沢さんとお試しみたいに付き合って、付き合って私が居なくなったら私が居ないと寂しいとかふざけんな」
「…………」
「……今牛先輩と何もしてないよ。嘘だよ馬鹿……。本当に頭に来る。自分勝手……」
「……ゴメンな」
「……誰と付き合うか何て本当は三ツ谷の勝手なのにね。……三ツ谷が謝る事じゃないのも分かってる」
「…………」
「ゴメンは私の方か……。」
しょげている私を抱き締めた三ツ谷は「本当にゴメンな」と小さな声で呟いた。花沢さんがどんだけ悲しかったか私には分かるから何だか辛くなって怒っちゃったけど、三ツ谷が悪くない事も本当は分かっていた
キレて傷つけて嘘まで付いて本当に私馬鹿だなって思ったらまた泣けてきた。そんな私をずっと抱き締めて泣かせてごめんなって言う優しい三ツ谷の胸に顔を押し付けて声を出して泣いてしまった。泣いている私を抱き上げてソファに下ろした三ツ谷は優しく紅茶を飲ませてくれて、少しづつだけど涙は止まり落ち着いてきた
「……これから絶対他の人と付き合わないでね」
「……何だよ急に。分かってるよ。……てか、お前も男と遊ぶなよ。……連絡も禁止な」
「……うん。それは別に平気」
「……何だよ。やけに素直だな」
「……三ツ谷の大好きな苺……誕生日近いから買っておいたよ」
「……ありがとな」
小学校1年の時から今迄の思いを噛み締めながら三ツ谷の胸を思いきりキツく渾身の力で抱き締めた。「……何か痛ェ」と言ってちょっと笑っている三ツ谷に「7年分の思いを込めて抱き締めたんだ」と言えばポカンと口を開けてからゲラゲラと笑い出した三ツ谷は私の頬に優しく額を付けた
「……単車の後ろにお前が乗ってた時さ、俺凄ぇショックだった。……マイキーとパーに雪那ちゃんて今牛君と付き合ってんの?って聞かれて嫌で堪らなかった」
「…………」
「花沢さんに悪い事したのも分かってるけど、毎日の生活にお前が居ないのも寂しかったし今牛君と居るお前見て目が覚めた」
「……私は……三ツ谷が私を見ていてくれたら何処にも行かない。……ずっと」
その私の言葉に少しだけ嬉しそうに微笑んだ三ツ谷は私の髪を撫でると、「知らない奴になったみたいで嫌だったけど、良く見ると髪もメイクも似合っててかわい」と言って唇に軽く口付けしてくる
「……早くルナとマナとおばさんにも会いたいな」
そう言った私に罰が悪そうな顔をした三ツ谷は、「お前が家に来なくなってからルナとマナが口聞いてくれないんだよ」と言って頬をかいた。その話を聞いてケラケラと笑いながら内心嬉しくて堪らない私に「笑い事じゃねぇよ」と少し焦る三ツ谷の両頬を優しく抓ってやった。「うちの家族は皆お前じゃなきゃ駄目なんだ」と言ってくれた彼の一言が私の心を満足させてくれた様に感じて、三ツ谷の頬をつまんでいた両手を優しく引き寄せてから唇に甘い唇を落とした
