歩くような速さで
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お客さんが座る様な所は無くて、お酒やジュースの瓶が入っていたであろう大きいケースをひっくり返した物を指差して「こんなとこで悪ぃけど、座って」と微笑む真一郎君は何だか自分が想像していた人よりも柔らかくて安心した。私が掛けたのを確認してから、真一郎君も私の前にケースを雑にひっくり返してどっかり座ると、何故かニヤニヤしながら私を見つめてくる
「……そーかー。隆かぁ。こんな可愛い子が隆の事好きなんて嬉しいなぁ」
「……ど、どうも。何か恥ずかしいな」
「えと、何ちゃん?」
「あ、すみません。雪那といいます」
「 雪那ちゃんね。俺はこの店のオーナーの佐野真一郎です。名刺とか無くてごめんね」
「いえいえ」
「……そういえば本題なんだけど、隆のインパルス調子悪ぃの?」
「いえ、隆の単車の事は私は全く分からないんです。元々単車は分からないし。乗せてもらった事も無いけど凄く好きならクリスマスプレゼントは単車のパーツとかバイク関係が良いかなって思って」
「へぇ。あいつ愛されてんな。年上のしっかり者をゲットする所は万次郎にも見習って欲しいもんだ」
「ん?……私隆とは付き合って無いですし、年上でも無いですよ」
「あ、そうなの?随分しっかりしてるし見た目も15、6くらいに見えたから。女の子にごめんな」
「いえいえ、しっかり者だなんてありがとうございます」
ふふっと微笑んだ私に「 雪那ちゃんなら大丈夫だよ」と優しい声色で言ってくれた真一郎から何だか独特な雰囲気を感じた
「……真一郎に大丈夫って言われると本当に大丈夫な気がして来るから不思議です。……私絶対に頑張りますね」
「…………」
1度タバコに手をかけて直ぐにその手を下ろした真一郎君は何か考えているのか無言だった。「タバコ吸って大丈夫ですよ」と言えば「……女の子の肺に良くないから」と言って胸ポケットにしまった真一郎君を見ながら、彼を生かすにはどうしたらいいか頭はフル回転していた
1番良いのは最近この辺に泥棒が出るから、夜は絶対一人で居ないで下さいと当たり障りの無い事を言って夜に此処で作業しない様にするのが1番かと思ったがマイキーのお兄ちゃんがそんな事で怯まない気がしたのでその案はやめにした。色々考えながら真一郎君が隆のプレゼントを色々提案してくれた話にも耳を傾けていると、頭がごちゃごちゃしてきてしまい思わずそれで良いですと言ってしまう。でも良く考えるとバイク関連の物は私には分からないし、真一郎君に任せるのが1番かなと思った。私の返事に対して特に真一郎君の反応も悪くないしまぁこれでいいやなんて思い少しだけ微笑んだ
「おっけー。じゃあコルク半帽にしようか」
「……あ、はい。……お願いします」
「せっかくだから隆の単車とお揃いの塗装にしようか」
「……出来たら地味目にお願いしますね」
「……何で?」
「あんまり目立って喧嘩売られて怪我しちゃったら嫌だし……。あの人多分あんまり強くないし」
そう言って苦笑いした私の言葉に本気で噴き出してゲラゲラと笑いだした真一郎に私もつられて笑ってしまう。お腹を抱えてひぃひぃ言ってる彼を見ていると年がかなり離れている様には見えなくて可愛らしい印象をこの時受けた
「隆が弱いって思うの何で?」
「……怪我してる所をけっこう見た事あるからかな」
中学の2年~3年の付き合っていた頃はかなり怪我が多かったのは確かだし。そう思ったが口には出せなかった。「俺も喧嘩めちゃくちゃ弱いよ」そう言ってケラケラと笑う真一郎君に「強そうに見えますね」と無難に返すと「男は喧嘩の強さじゃねぇよな」と言われたのでウンウンと心から頷いた
なんだかんだ隆の話をしていたら結局長居してしまったみたいで外はもう薄暗くなっていた。コルク半帽が良く分からないけれど、それを頼み彼に私の連絡先を渡してからお店を出ると、辺りは夕日が沈む所だったので真一郎君にお礼を言ってから真っ直ぐ帰宅した
帰宅してからキッチンで簡単にご飯を作っていると、真一郎君のお腹を抱えて笑う姿を思い出してしまい一人で笑ってしまう。その時ふと、昔に隆が言っていた言葉を思い出した。「……あの事件の前の週にさ、皆でツーリング行ったんだよ。あの時に場地も一虎も変な様子無かったのに」そんな言葉を思い出してから新聞の記事を思い出す。猛暑が続いていたあの日の記事の日付がどうしても思い出せずにイライラしてしまう。コンロの火を消して生煮えの煮物を見つめがら今日会ったばかりの真一郎君の笑顔を思い出して我慢が出来なくなった
エプロンを脱ぎ捨てて、部屋着のまま携帯だけポケットに突っ込んでから玄関の鍵も閉めてる時間が惜しくて隆の自宅にダッシュで向かった
頭の中は変な事を聞いて隆との仲が悪くなるんじゃないかと不安がいっぱいだったけど、真一郎君を見て確信してしまったんだ。やっぱり死んで欲しくないし、どんなに変な奴だと疑われても彼を助けたいと思った
隆のアパートに着くとインターホンを押してから額の汗を拭っていると「はい」と可愛らしい声がして扉が少しだけ開き半分だけ顔を出したルナが私を見つめていた。最後に会ったのはかなり前だけど、私を覚えていてくれたのか笑顔で「 雪那ちゃんだ」と微笑んでから足に抱き着いて来るルナに少しだけ驚いた
「……ルナちゃん、私の事分かるの?」
「分かるよぉ。何で?」
「……メイクしてるし髪色も違うからさ」
「目も鼻も口も前と一緒だよ、髪の毛は違う。雪那ちゃんも不良になったんだね」
どんな認識なんだと思ったけれど、最後に会った大人の喪服のルナを思い出すと何だか悲しい様な嬉しい様な複雑な気持ちだった。足に抱き着いているルナの脇に手を入れて優しく抱き上げると、ズッシリとした重みに成長を感じ「大きくなったねぇ」とつぃ感極まってしまった
「……ルナ?誰?」
「お兄ちゃん、 雪那ちゃん」
「はっ?」
廊下の奥から声がしてお風呂上がりなのか、髪が濡れてタオルを首に掛けた隆はこちらに歩いて来ると「本当だ」と少し間抜けな声を出した
「どした?……何かあったのか?」
「ちょっと聞きたい事があって」
「……何?」
「……最近さ、仲間でツーリングとか行った?…多分……海かな」
「……何で知ってんの?」
「それいつ?」
「先週くらいかな」
それを聞いてハッとした私の顔を見た隆は「なんだよ」と眉を寄せた。直ぐにルナを下ろして隆にお礼を一言言ってから走り出すと、まだ10mも走って居ないのに急に右手を掴まれて「待て待て、説明しろよ」と凄い力で手首を掴む隆に「今行かないとヤバいかもしれないの」とつい感情的になり大声を出してしまう
「……ごめん」
「……何かあったのか?」
「分からない、あるのかもしれない。無いことを祈ってる」
「……全然意味わかんねぇ」
盛大に溜息を吐いた隆の腕を掴み「お願いだから行かせて」と彼の目を見つめ真剣な表情をすると「……よく分かんねぇけど危なそうだからついてく」と呟いた隆は私の手首を離した。付いてきて貰うのが正解か不正解かが分からなくて返事もせずに全速力で真一郎君のバイク屋に走り出した
「……バイク屋?」
そう呟いた隆と違い息切れ寸前私はバイク屋の路地に入り汗を拭い息を整えた。泥棒は裏口から入るって予想は当たりだった事が今回の場合は少しだけ悲しく感じた。裏口のガラスには丸く穴が空いていて誰かが侵入した様な形跡があり、その穴を見た瞬間に新聞の記事に8月13日と書かれていたのを明確に思い出して鍵が掛かっていないドアノブを引いて全力で走り出した
暗闇の中で振り上げられている鉄パイプと若い圭ちゃんの驚愕した顔がうっすらと見えて、私は人生を生きていて1番大きな声を出しながら多分真一郎君であろう人に夢中で突進した
ぶつかった瞬間にガコっともの凄い鈍い音と体に衝撃が走り、そのまま床に倒れると自分の肩から鎖骨にかけて熱を持つ様な激痛の感覚に襲われる。暗くて良く分からないけれどまた鉄パイプを振り下ろされたらと一瞬頭に過ぎり自分の下に居る人物の頭を守る様にギュッと力を込めた
「やめろ!一虎」
「仲間も来たんだぞ、やるしかねぇだろ」
そんな声が聞こえると、圭ちゃんが一虎君を止めてくれているならもう安心だと体から少し力が抜けた。その瞬間に私の下に居た真一郎君が私を抱えながらゆっくりと起き上がり「その声、圭介か?」と呟いた
パチリと付いた電気が店の全てを照らし、皆が一瞬眩しさで顔を歪ませる。この部屋全体の光景と人物に驚いた顔をしている隆が部屋の電気のスイッチを押しながらこちらを見ていた
「 雪那ちゃん?」
名前を呼ばれ顔を上げると目と鼻の先にあったマイキーそっくりな真一郎君を見て「怪我してないですか?」しか言葉は出てこなかった。何で私が居るのか不思議そうな顔で頷いた真一郎に「良かった」と心からの言葉が出ると走って来た隆が私の肩を支えてくれる
「……おい……これ多分折れてるぞ」
「……病院行くから平気……だよ」
「 ……隆、今救急車呼ぶから雪那ちゃんの隣にいてやれ。……圭介は何でこんな事したのか理由言えよ」
眉を寄せた隆の目線の先を見れば剥き出しの鎖骨から肩にかけて腫れ上がっていた。痛みで朦朧とする中、1度真一郎君に優しく抱き上げられて床に寝かされる。顔を覗き込んで来た若い圭ちゃんとパンチパーマの子供みたいな顔の子が多分一虎君だろう。冷や汗をかく私を見て唇を震わせながらごめんなと言ってきた2人を見て悪い事しちゃったって自覚があるんだなと何だか安心した
その瞬間に横に居た隆の拳が思い切り一虎君の頬を殴り一虎君が吹っ飛ばされると、圭ちゃんの胸倉を掴んだ隆がもの凄い勢いとドスの効いた声で「テメェも一緒になって何やってんだよ」と怒鳴り圭ちゃんにも拳を振り下ろした
暴力は嫌いな筈なのに、隆の揺れる瞳を見ていると今回は止める気にはならなかった。電話から戻った真一郎君が「もうやめとけ」と言って隆の手を押さえると、罰が悪そうな圭ちゃんの胸倉を掴んで居た手が離れて私は少しホッとした
それから直ぐに救急車が到着し、隆が付き添ってくれて病院に運ばれた。そこから意識は無くて目を覚ますと久しぶり会うお母さんが私の傍らに居て何だか笑ってしまう。グズグズと子供みたいに泣くお母さんは随分と若くて何だか不思議な気持ちだった
「 雪那ちゃん。痛い?平気?」
「……大丈夫だよ、今麻酔効いてるから。骨折にしては痛かったけど先生何だって?」
「複雑骨折で骨が砕かれてる部分があって直ぐに手術したのよ、三ツ谷君から連絡来て本当にビックリした」
「あ、隆は?」
「お母さんと交代で帰ったの。 雪那ちゃんの携帯に連絡先入れといたから起きたら連絡くれって」
「……警察とか来た?」
「……被害届出すからね」
「……今回は出さないで欲しいんだ。お母さんには本当に悪いんだけど」
「……人を鉄パイプで殴る様な子を野放しに出来ないでしょ?」
「その辺は彼と話すからさ」
「……殴った子が反省しなかったら被害届出すからね」
「……もうしてると思うから大丈夫」
少しだけ子供みたいに拗ねるお母さんが久しぶりに見ると可愛く見えて微笑んでしまった。話している時は大丈夫だったのに、じわじわと点滴されている腕と肩が痛くなってきて耐え切れずにナースコールを押して痛み止めを貰うと、直ぐにやってきた眠気に身を任せてそのまま眠ってしまった
ざわざわとしている様な気がして、ボンヤリと夢の中にいる感覚のまま目を開けた。傍らに居たのは真一郎君で私と目が合うと少しだけ悲しそうな顔で「大丈夫か?」と口を開く。ゆっくりと辺りを見渡すとマイキーにエマちゃん、圭ちゃんに一虎君、それに隆の姿があって内心この頭がぼーっとしてる感覚で名前も知らない筈の皆に対してどう振る舞えば良いのか考えながら1度目を瞑ると穏やかな真一郎君の声が聞こえてきた
「……また寝たのか?」
「……ううん、まだ頭がボーッとするだけだから大丈夫だよ」
「…痛く無いか?」
「……平気だよ、ただの骨折だもん」
私が少し微笑むと、マイキーらしき小さな声で「ほら、謝れ」と言った声が聞こえてそちらを向けば、眉が下がった一虎君と申し訳なさそうな圭ちゃんがこちらに寄ってきて深々と頭を下げすみませんでしたと心がこもった声で言われて私は頷いた
「えと、隆のお友達の圭介君と一虎君だよね?」
「……あぁ」
「もう危ない事しないでね。……隆や友達を泣かせないで」
「……うん。本当に悪かったよ」
隆がそんな私を見て少しだけ目を見開いたのが分かった。傍らに居る一虎君の背中を優しく1度ポンポンと叩き「大丈夫だからね」と微笑む私に彼は何とも言えない様な顔を1度したけれど「ありがとう」と言って少しだけ微笑んでくれたのでこれで1番ハードなミッションはクリアかと思ったけれど、そもそも1番の目的は隆を反社から遠ざける事だしその辺はまだこれからどうなるか分からないんじゃないかと思うと少しだけ溜息を吐きたくなる
ここでは初めて会うマイキーとエマちゃんに軽く会釈すると、マイキーはこちらに向かって来て私に軽く頭を下げてくれた
「……真一郎の事助けてくれてありがとうな」
「…ううん…自分がしたかっただけだから」
「……三ツ谷の嫁なんだろ?真一郎と知り合いだったの?」
「…ふふ。幼なじみね。真一郎君には単車の相談してただけだよ」
そう言った私に「何で単車の相談を真一郎君にしてるんだよ」と言った隆の顔を見てからハッとすると、それを見た真一郎君は1度少しだけ私のドジに笑ってから隆を見て口を開いた
「学校帰りに雪那ちゃんがうちの店のバイク見てたから声かけたんだ、ただのナンパだから怒るなよ隆」
「……ナンパって……10個下っすよ」
「冗談だよ、ただバイクの話してただけ」
「相談は?」
「……相談はただの雑談かな」
「……なんすかそれ」
真一郎君、誤魔化すの下手だなと思い小さく笑っていると、同じく笑っているエマちゃんと目が合った。ニッコリと微笑まれてこちらもニッコリと微笑むと、言い逃れが出来なくなったのか真一郎君は立ち上がりマイキーの肩を抱いてから「 雪那ちゃんの負担になるからそろそろ帰る」と言ってそそくさと廊下に消えて行った
「またね、ありがとうね」
「本当にありがとうな」
エマちゃんとマイキーがその背に続くと、一虎君と圭ちゃんは私にもう1度頭を下げて来たので微笑んで手を振った。この状態で隆と2人にしやがってと内心少しだけ真一郎君が憎たらしかったけど仕方ない。真一郎君が座っていたベッド横の椅子に座った隆に話を逸らすように口を開いた
「……隆悪いんだけど喉乾いちゃってさ。何かあるかな?」
「そう言えば紅茶買って来た。飲むか?」
「……ありがとう」
ペットボトルを取り出した隆は蓋を開けると右手に優しく掴ませて椅子に座り直した。相変わらず世話が上手いなと思い微笑んでいる私を見つめている隆の顔から表情が無くなっていくのを見て俯いた
「……なぁ、何で2人が真一郎君のバイク屋に居るのを知ってたんだ?」
「…………」
「あの慌てようからして襲うの迄分かってたんだろ?」
「…………」
「……何か言えよ」
「……ごめん。言えない」
俯き、そのままの状態で彼の顔を見れずにいると、少し経ってから温かい手の平が私の頭に優しく乗った。ゆっくりと彼の顔を見れば少しだけ悲しそうな顔をしていた
「……悪ぃ。……また追い込んだ」
「ううん。……不思議に思ったり心配するの当たり前だと思うから。私だって逆の立場ならそうなるよ」
「……お前は何か優しくなったな」
「…………」
歳とっただけだよ。とは言えなくて少しだけ微笑むと「……一虎と場地の事、本当にすまねぇ」と頭を下げて来た隆に首を横に振った。圭ちゃんやマイキーが勿論不良なのは分かっていたけれど、1歩間違えたら殺人をする様な人達なんだなって今回で良く分かって、それが私の内心をいっそう不安にさせていたのは確かだった
「……隆、一虎君にも言ったけど自分がしたくてしたから気にしないでね」
「……でもその傷、かなり大きくて……一生残るんだぞ」
「分かってるよ。でも別にそんなの良いから」
「……はっ?」
「……真一郎君が助かったなら安いもんだよ」
「…………そんな事言うなよ。お前の人生がその傷で変わるかもしれないんだぞ」
「こんな傷で変わらないよ。私の人生は1つだもん」
「……何言ってっか分かんねぇ」
「…今は分からなくていいよ。いつか隆には話すから」
「……」
「……ごめんね」
「……アイツらには、お前と夜中にバイク見に行ったら裏口がこじ開けられてるのを見付けて真一郎君が心配になって侵入したって言ってあるから」
「……本当にありがとう」
隆からしたら色々よく分からないよねと言った私に「いつか話せよ」と言った隆は私の頭を優しくポンポンと叩いた。何だかんだ今回の事で東京卍會の人とつながりは出来たけれど、これが今後にどう繋がっていくかは予測できないし分からなかった。とりあえず真一郎君が生きていて、一虎君が逮捕されなかっただけで良かったと思うしか無いし。隆は私を変な目で見ず、追い込んでごめんと言ってくれた優しさが胸に染みたから不安は少しだけサラサラと崩れていった気がした
それから4日程入院した私はギブスを付けて退院した
ギブスが取れるまで三ツ谷君にお願いしたからと珍しくずっと家に居るお母さんに言われ、朝起きて支度をすると本当にうちの前で待っている隆に少しだけビックリした。帰りもわざわざ教室まで迎えに来てくれて鞄や荷物を持ってくれる隆に昔とはまた違う愛情が湧いて来るような気がした
二人で居る時間が長くなってきて、色々話す様になったけど私が思っていたよりも隆は強くて逞しいなって思う事が沢山あった。勿論喧嘩とかでは無いし、力の強さでも無かった。ただ恋人でも無いのにこちらの気持ちに寄り添い配慮が出来て、その人の為なら怒れる強さがあってその思いやりに何度も助けられていた
2週間を過ぎて病院に行けばギブスも外れて痛み止めも不要になり「今までありがとう、ギブス外れたから学校には自転車で行くね」と隆にLINEをすると「何か困ったら言えよ」と一言だけ来た返事に自然と笑みがこぼれた
朝起きて支度をすると玄関を開けてエレベーターに乗り込んだ。いつも待っている所に隆は居なくて少し寂しかったけれど、痛みも無くて腕が動かせる感覚が嬉しくて、自転車に鞄を入れると学校に向かって走り出す。
体育などは流石に出来ないので、一応ジャージに着替えて校庭の隅で石段に座り走っている皆をただボーッと見つめていた。すると、昇降口からこちらに向かって来たのは同じクラス橘さんで私に手を振り走り寄ってきた彼女に軽く手を上げた
「 白石さん、肩もうギブス付けなくて大丈夫なの?」
「もう大丈夫、まだ体育は出来ないけどね」
「でも取れて良かったね」
そう言って微笑んだ彼女は私の横に座ると、少しだけ間が空いてからゆっくりと口を開いた
「…… 白石さんさ、3組の三ツ谷君と付き合ってるの?」
「……幼なじみだよ」
「ふーん。でも幼なじみみたいに見えないよね」
「そうかな?」
この手の話は何回も聞かれていたので、いつも通りに話を逸らそうと話題を考えていると小さな声で「私、三ツ谷君に告白する事にしたの」と言った橘さんに心臓が少しだけドキドキしたけれど「そっか」とだけ言った私に「付き合えたらいいな」と呟いた橘さんの横顔は少しだけ可愛く見えた
放課後になり、鞄に宿題のある教科書とノートだけ入れて立ち上がると「 白石さんちょっと良い?」と言ってきたのは良く話すクラスメイトの男の子だった。入学の時から何かと親切にしてくれた加茂君に「どうしたの?」と尋ねると「ちょっと来て」と言って手を引かれて、触られた事に唖然としてしまったけれど、話だけ聞こうと彼の後をついて行くと隆と中学の時3年の時に二人で良く居た屋上に続く階段の手前で加茂君は立ち止まった
「…… 白石さんさ、三ツ谷と付き合って無いんでしょ?」
「……うん」
「もし良かったら俺と付き合ってくれないかな?」
「………ごめんなさい」
「……好きになれなかったら振ってくれていいからさ。お試しでも良いんだ」
「……私さ、凄く凄く好きな人が居るんだ。だからお試しとかでも付き合えない」
「……俺にチャンスは少しも無い感じ?」
「……その人の事しか男に見えないし、その人以外には触られたくも無いの……ごめん」
「……そっか。そんな好きな奴がいるんなら諦めるよ」
「……ありがとうね」
最後に少しだけ微笑んだ私に加茂くんはホッとした様な顔をしてから直ぐに私に背を向けた。顔も知らない先輩や、話した事も無いのに告白してきた人と違ってずっと入学から親切にしてくれた加茂君には本音でぶつかった気がした。本当に大好きって気持ちがいつも伝わってくる人だったから、正直今まで知らないフリをするのは苦しかった
加茂君の背中が見えなくなって、何だか想像してしまう。もし私が好きで好きで堪らない隆に告白して、隆から他に凄く凄く好きな人が居るって言われたら。私は生きてたく無くなるかもしれないし、この世界から消えたくなるかもしれない。そんな事を考えてたら自分の瞳から流れてきた涙がポツポツと床を濡らした
「……加茂君、ごめんね」
「…………また泣いてんの?」
頭上から振ってきた聞きたかった声に顔を上げると、困った様な顔で階段を降りてきたのは隆だった。ポケットから取り出した肌触りの良さそうなハンカチを私に渡すと階段の1番下の段に座り込んだ
「……ありがと」
「お前は本当に泣き虫だな」
「……聞いてた?」
「……悪ぃ。タイミング悪くて聞こえた」
「隆は何してたの?」
「俺も告白されてた」
「……橘さんか」
「……知ってたのか?」
「付き合って無いか聞かれた。無いって言ったら告白するって言ってたから」
「……ふーん」
「返事……した?」
「あぁ」
「そっか」と言ってからこれ以上聞きたく無くて、歩き出した私はそのまま階段を1階まで降りてそのまま靴を履いて下校した。少し感じが悪いのは分かっていたけれど、もし付き合った何て言われたらダメージがデカ過ぎて耐えられない気がしたからだ。でも、あの雰囲気からすると断ったんだろうなって直感で分かるから今泣かずに居れるのかもしれない
完全に肩が治るともう季節は秋終わりになっていて、朝起きると布団から出たくなかったけれど最近お母さんが家に居るから朝リビングに電気と暖房がついてあって珈琲のお湯が沸いてる事が嬉しかった。染め直してトリートメントした髪をアイロン掛けしていると「ちょっと今日のメイクは薄すぎる」と普通の母親と反対の事を言ってくるお母さんが少しだけ面白かった
授業が全て終わりLINEをチェックすると真一郎君から「出来上がったぞ」と入っているメッセージを見て嬉しくなり鞄を持って直ぐに校門を出て早足でお店に向かうとガラス越しに見えた真一郎君に手を振った
「いらっしゃい」
「出来上がったんですね、嬉しい」
笑顔の私を見た真一郎は少しフッと薄く笑うと1度奥に入って行ったので大人しく待っていた。ふと、静か過ぎて気が付かなかったけれど、特攻服を着た綺麗な男の子がお店の隅に立っていて目が合ったので軽く会釈すると、向こうも頭を下げてくれた
「カッケェだろ~力作だぞ」
「……うわ、本当に凄く綺麗」
黒い塗装にラインと卍マークが入ったコルク半帽はラメが少し散らばっていて何だか凄く美しい。「暴走族ってお洒落なんですね」と私が真一郎君に微笑むと後ろの隅に居た男の子が吹き出して笑い、それにつられた様に真一郎君は楽しそうに笑った。代金を渡すと「あの時の礼だからいらない」と言われたので全力で頭を横に振った
「これはクリスマスプレゼントだから駄目です」
「……うーん。まぁそっか」
「私からプレゼントしたんじゃなくなっちゃう」
「じゃあせめて半額にさせて欲しい」
そう言って手を合わせて来た真一郎君に、私は何だか悪い気がしたけれど。いくら言っても折れてくれないので感謝を告げて半分のお金を払いお店を後にした。クリスマスまでもう直ぐだし、後は単車に乗る時のマフラーでも作ろうかと帰りにデパートに寄って優しい色合いの柔らかいグレーの生地を買ってから帰宅した
正直、生地がかなり高かったので真一郎君の申し出はかなり有難かった。帰宅して直ぐに料理手伝ってと喚くお母さんに、忙しいと言ってドアに鍵を掛けてからマフラーを作る為に全神経を集中させた。冬休みが始まって毎日マフラーを作って、余っていた薄ピンクの生地でルナとマナのマフラーも作ってを毎日毎日飽きもせずに繰り返していると気が付いたらもう23日になって居た
24日とか25日はもしかしたら予定があるかなと1度嫌な想像をしてしまうとキリがなくて、出来上がったマフラー3つを赤い包装紙に包んでから携帯を手に取り隆のLINEのページを開いた
今って家に居るかな?
さみぃからコタツにいる
ちょっと用事があるんだけど、5分くらい玄関に出てきてくれる?
危ねぇから俺が行くわ
じゃあ玄関開けとくね、ありがとう
そんなやり取りをしていると、コルク半帽をラッピングをしていない事に気付いて包装紙を漁り、あれでもないこれでも無いを繰り返していると外からインパルスの音がして、焦りながら白い包装紙にコルクを包んでリボンで止めると玄関が開く音がして直ぐに自室のドアが開いた
包装紙まみれの私を見て「珍しく散らかってんな」と言った隆に「えへへ」と少し微笑んでから立ち上がった。横になっていたのか寝癖が付いている隆の柔らかな髪に触れて「寝癖」と言えば触られた所を触りながら「本当だ」と少し笑った。白い包装紙で包まれた大きな塊を隆の胸に押し付けて「プレゼント」と微笑むと予想通りに物凄い驚いた顔をした隆は「俺に?」と首を傾げた
「開けてみて」
「……ああ」
リボンを外すだけの簡単な包装は直ぐに取れて、ピカピカのコルク半を見た隆は卍マークを右手で少しなぞり私を見つめてくる
「……すげぇな。何か感動した」
「……私隆のインパルスが詳しく分からなくて、真一郎君にお願いしたんだ。お揃いのヘルメット?だとカッコイイって言ってたから夏からお願いしてたの」
「……相談てこの事だったのか?」
「うん。言えなくてごめんね」
室内灯でもキラキラと輝くブラックのラメ塗装が隆のお眼鏡にかなったのかゆっくりと回しながら見つめる隆の目はキラキラしていて、何だか凄く嬉しくなった
「……ありがとうな」
「うん、今珈琲入れてくるから座ってて。後赤い包装紙もプレゼントだから開けてね」
「……まだあんのかよ、何かすげぇ嬉しいけど申し訳無くなってきたわ」
「ふふ、ちょっと待っててね」
キッチンに向かいお湯を沸かしていると、少しして足音が近づいて来て振り返る。いつもみたいな表情をしておらず真剣な眼差しで私を見ている隆に「どしたの?」と首を傾げると少しだけ戸惑った様に差し出して来たのはガラスが砕けた写真立てで、写真に写る隆は桜の花びらの中で静かに佇んでいた
「……悪ぃ。下に落ちてるの分かんなくて踏んだら割れちまった」
「……いいよ、新しいの買うから気にしないで」
そう言って隆の目を見ずに壊れた写真立てを受け取っり、写真だけをポケットにしまった。少しだけ震える手でテーブルにあった新聞紙に写真立てと砕けたガラスを入れて丸めていると、急にお腹に回って来た温かい手に本当に驚いて声をあげてしまう
「えっ、び、ビックリした」
「……写真の事は何も言わねぇの?」
後ろから私の肩に隆の顎が触れたのが分かって1度大きく胸が高鳴った。
耳元で話す隆に何も言えずに黙っていると温かな手の平がゆっくりと私の頬を撫でた
「……お前がさ、この間階段で言ってた事さ覚えてる?」
「……うん」
「……凄ぇ好きな人が居て、その人以外男じゃないし触れられたくも無いって言ってたよな」
「……うん」
「…さっきの写真の奴がそうなの?」
ゆっくりと振る返ると隆の腕はすんなりと外れた。ずっとこんな日が来る事が入学式から待ち遠しくてずっと夢見ていたのに、実際に今日その時を迎えるにしては随分と私は落ちついている気がした。目尻が下がった藤色の瞳の中に居る私は柔らかく微笑んでいた
「……写真の奴であってるよ」
そう言って隆の小指を優しく握りしめると、その瞬間に耳がゆっくりと赤くなった隆は私から目を逸らしてしまいこちらが少し驚いてしまう
「……えっ?照れてるの?」
「……当たりめぇだろ」
「嘘、何で?」
「……面と向かって言われると恥ずかしくなった」
「…ふふ。そういえばマフラーは?見てくれた?」
「ああ。すげぇ暖かかった。縫い目も綺麗だし、生地も触り心地良いし」
「ピンクのはルナとマナに作ったから使ってね」
「……ありがとな、俺クリスマスとか全然考えて無くてさ。何か一緒に買いに行こうぜ」
「……そういえば、私欲しい物があるんだ」
「……何?高いやつなら金貯めるからちょっと待ってろよ。……そういえばコルク半高かったろ」
「……お金も、物もいらない。……キスして欲しい」
真っ直ぐ彼の瞳を見つめてそう言うと、ぱちぱちと隆の長い睫毛が揺れて少しだけ固まった。その様子に少しだけ私が微笑むと、呆れた様に私を見つめ小さく溜息をついた
「……お前は俺を驚かせるのが好きだよな」
「今回のは驚く事じゃないでしょ?」
「……普通に驚くわ」
「じゃあ……隆がいつか私を好きになったらキスしてね。それでプレゼントは十分だから」
追い詰めたら悪いしと言った私の後頭部に添えられた手が引き寄せられて、唇に温かくて柔らかい物が触れた。目を見開いた私の瞳から自然に流れてきた涙は重なっていた隆の頬を濡らし、唇が1度離れた
「……お前は本当に泣き虫だな」
そう言ってから少し困った様に微笑んだ隆は、溢れ出る涙に優しく口付けをしてくれた
「……そーかー。隆かぁ。こんな可愛い子が隆の事好きなんて嬉しいなぁ」
「……ど、どうも。何か恥ずかしいな」
「えと、何ちゃん?」
「あ、すみません。雪那といいます」
「 雪那ちゃんね。俺はこの店のオーナーの佐野真一郎です。名刺とか無くてごめんね」
「いえいえ」
「……そういえば本題なんだけど、隆のインパルス調子悪ぃの?」
「いえ、隆の単車の事は私は全く分からないんです。元々単車は分からないし。乗せてもらった事も無いけど凄く好きならクリスマスプレゼントは単車のパーツとかバイク関係が良いかなって思って」
「へぇ。あいつ愛されてんな。年上のしっかり者をゲットする所は万次郎にも見習って欲しいもんだ」
「ん?……私隆とは付き合って無いですし、年上でも無いですよ」
「あ、そうなの?随分しっかりしてるし見た目も15、6くらいに見えたから。女の子にごめんな」
「いえいえ、しっかり者だなんてありがとうございます」
ふふっと微笑んだ私に「 雪那ちゃんなら大丈夫だよ」と優しい声色で言ってくれた真一郎から何だか独特な雰囲気を感じた
「……真一郎に大丈夫って言われると本当に大丈夫な気がして来るから不思議です。……私絶対に頑張りますね」
「…………」
1度タバコに手をかけて直ぐにその手を下ろした真一郎君は何か考えているのか無言だった。「タバコ吸って大丈夫ですよ」と言えば「……女の子の肺に良くないから」と言って胸ポケットにしまった真一郎君を見ながら、彼を生かすにはどうしたらいいか頭はフル回転していた
1番良いのは最近この辺に泥棒が出るから、夜は絶対一人で居ないで下さいと当たり障りの無い事を言って夜に此処で作業しない様にするのが1番かと思ったがマイキーのお兄ちゃんがそんな事で怯まない気がしたのでその案はやめにした。色々考えながら真一郎君が隆のプレゼントを色々提案してくれた話にも耳を傾けていると、頭がごちゃごちゃしてきてしまい思わずそれで良いですと言ってしまう。でも良く考えるとバイク関連の物は私には分からないし、真一郎君に任せるのが1番かなと思った。私の返事に対して特に真一郎君の反応も悪くないしまぁこれでいいやなんて思い少しだけ微笑んだ
「おっけー。じゃあコルク半帽にしようか」
「……あ、はい。……お願いします」
「せっかくだから隆の単車とお揃いの塗装にしようか」
「……出来たら地味目にお願いしますね」
「……何で?」
「あんまり目立って喧嘩売られて怪我しちゃったら嫌だし……。あの人多分あんまり強くないし」
そう言って苦笑いした私の言葉に本気で噴き出してゲラゲラと笑いだした真一郎に私もつられて笑ってしまう。お腹を抱えてひぃひぃ言ってる彼を見ていると年がかなり離れている様には見えなくて可愛らしい印象をこの時受けた
「隆が弱いって思うの何で?」
「……怪我してる所をけっこう見た事あるからかな」
中学の2年~3年の付き合っていた頃はかなり怪我が多かったのは確かだし。そう思ったが口には出せなかった。「俺も喧嘩めちゃくちゃ弱いよ」そう言ってケラケラと笑う真一郎君に「強そうに見えますね」と無難に返すと「男は喧嘩の強さじゃねぇよな」と言われたのでウンウンと心から頷いた
なんだかんだ隆の話をしていたら結局長居してしまったみたいで外はもう薄暗くなっていた。コルク半帽が良く分からないけれど、それを頼み彼に私の連絡先を渡してからお店を出ると、辺りは夕日が沈む所だったので真一郎君にお礼を言ってから真っ直ぐ帰宅した
帰宅してからキッチンで簡単にご飯を作っていると、真一郎君のお腹を抱えて笑う姿を思い出してしまい一人で笑ってしまう。その時ふと、昔に隆が言っていた言葉を思い出した。「……あの事件の前の週にさ、皆でツーリング行ったんだよ。あの時に場地も一虎も変な様子無かったのに」そんな言葉を思い出してから新聞の記事を思い出す。猛暑が続いていたあの日の記事の日付がどうしても思い出せずにイライラしてしまう。コンロの火を消して生煮えの煮物を見つめがら今日会ったばかりの真一郎君の笑顔を思い出して我慢が出来なくなった
エプロンを脱ぎ捨てて、部屋着のまま携帯だけポケットに突っ込んでから玄関の鍵も閉めてる時間が惜しくて隆の自宅にダッシュで向かった
頭の中は変な事を聞いて隆との仲が悪くなるんじゃないかと不安がいっぱいだったけど、真一郎君を見て確信してしまったんだ。やっぱり死んで欲しくないし、どんなに変な奴だと疑われても彼を助けたいと思った
隆のアパートに着くとインターホンを押してから額の汗を拭っていると「はい」と可愛らしい声がして扉が少しだけ開き半分だけ顔を出したルナが私を見つめていた。最後に会ったのはかなり前だけど、私を覚えていてくれたのか笑顔で「 雪那ちゃんだ」と微笑んでから足に抱き着いて来るルナに少しだけ驚いた
「……ルナちゃん、私の事分かるの?」
「分かるよぉ。何で?」
「……メイクしてるし髪色も違うからさ」
「目も鼻も口も前と一緒だよ、髪の毛は違う。雪那ちゃんも不良になったんだね」
どんな認識なんだと思ったけれど、最後に会った大人の喪服のルナを思い出すと何だか悲しい様な嬉しい様な複雑な気持ちだった。足に抱き着いているルナの脇に手を入れて優しく抱き上げると、ズッシリとした重みに成長を感じ「大きくなったねぇ」とつぃ感極まってしまった
「……ルナ?誰?」
「お兄ちゃん、 雪那ちゃん」
「はっ?」
廊下の奥から声がしてお風呂上がりなのか、髪が濡れてタオルを首に掛けた隆はこちらに歩いて来ると「本当だ」と少し間抜けな声を出した
「どした?……何かあったのか?」
「ちょっと聞きたい事があって」
「……何?」
「……最近さ、仲間でツーリングとか行った?…多分……海かな」
「……何で知ってんの?」
「それいつ?」
「先週くらいかな」
それを聞いてハッとした私の顔を見た隆は「なんだよ」と眉を寄せた。直ぐにルナを下ろして隆にお礼を一言言ってから走り出すと、まだ10mも走って居ないのに急に右手を掴まれて「待て待て、説明しろよ」と凄い力で手首を掴む隆に「今行かないとヤバいかもしれないの」とつい感情的になり大声を出してしまう
「……ごめん」
「……何かあったのか?」
「分からない、あるのかもしれない。無いことを祈ってる」
「……全然意味わかんねぇ」
盛大に溜息を吐いた隆の腕を掴み「お願いだから行かせて」と彼の目を見つめ真剣な表情をすると「……よく分かんねぇけど危なそうだからついてく」と呟いた隆は私の手首を離した。付いてきて貰うのが正解か不正解かが分からなくて返事もせずに全速力で真一郎君のバイク屋に走り出した
「……バイク屋?」
そう呟いた隆と違い息切れ寸前私はバイク屋の路地に入り汗を拭い息を整えた。泥棒は裏口から入るって予想は当たりだった事が今回の場合は少しだけ悲しく感じた。裏口のガラスには丸く穴が空いていて誰かが侵入した様な形跡があり、その穴を見た瞬間に新聞の記事に8月13日と書かれていたのを明確に思い出して鍵が掛かっていないドアノブを引いて全力で走り出した
暗闇の中で振り上げられている鉄パイプと若い圭ちゃんの驚愕した顔がうっすらと見えて、私は人生を生きていて1番大きな声を出しながら多分真一郎君であろう人に夢中で突進した
ぶつかった瞬間にガコっともの凄い鈍い音と体に衝撃が走り、そのまま床に倒れると自分の肩から鎖骨にかけて熱を持つ様な激痛の感覚に襲われる。暗くて良く分からないけれどまた鉄パイプを振り下ろされたらと一瞬頭に過ぎり自分の下に居る人物の頭を守る様にギュッと力を込めた
「やめろ!一虎」
「仲間も来たんだぞ、やるしかねぇだろ」
そんな声が聞こえると、圭ちゃんが一虎君を止めてくれているならもう安心だと体から少し力が抜けた。その瞬間に私の下に居た真一郎君が私を抱えながらゆっくりと起き上がり「その声、圭介か?」と呟いた
パチリと付いた電気が店の全てを照らし、皆が一瞬眩しさで顔を歪ませる。この部屋全体の光景と人物に驚いた顔をしている隆が部屋の電気のスイッチを押しながらこちらを見ていた
「 雪那ちゃん?」
名前を呼ばれ顔を上げると目と鼻の先にあったマイキーそっくりな真一郎君を見て「怪我してないですか?」しか言葉は出てこなかった。何で私が居るのか不思議そうな顔で頷いた真一郎に「良かった」と心からの言葉が出ると走って来た隆が私の肩を支えてくれる
「……おい……これ多分折れてるぞ」
「……病院行くから平気……だよ」
「 ……隆、今救急車呼ぶから雪那ちゃんの隣にいてやれ。……圭介は何でこんな事したのか理由言えよ」
眉を寄せた隆の目線の先を見れば剥き出しの鎖骨から肩にかけて腫れ上がっていた。痛みで朦朧とする中、1度真一郎君に優しく抱き上げられて床に寝かされる。顔を覗き込んで来た若い圭ちゃんとパンチパーマの子供みたいな顔の子が多分一虎君だろう。冷や汗をかく私を見て唇を震わせながらごめんなと言ってきた2人を見て悪い事しちゃったって自覚があるんだなと何だか安心した
その瞬間に横に居た隆の拳が思い切り一虎君の頬を殴り一虎君が吹っ飛ばされると、圭ちゃんの胸倉を掴んだ隆がもの凄い勢いとドスの効いた声で「テメェも一緒になって何やってんだよ」と怒鳴り圭ちゃんにも拳を振り下ろした
暴力は嫌いな筈なのに、隆の揺れる瞳を見ていると今回は止める気にはならなかった。電話から戻った真一郎君が「もうやめとけ」と言って隆の手を押さえると、罰が悪そうな圭ちゃんの胸倉を掴んで居た手が離れて私は少しホッとした
それから直ぐに救急車が到着し、隆が付き添ってくれて病院に運ばれた。そこから意識は無くて目を覚ますと久しぶり会うお母さんが私の傍らに居て何だか笑ってしまう。グズグズと子供みたいに泣くお母さんは随分と若くて何だか不思議な気持ちだった
「 雪那ちゃん。痛い?平気?」
「……大丈夫だよ、今麻酔効いてるから。骨折にしては痛かったけど先生何だって?」
「複雑骨折で骨が砕かれてる部分があって直ぐに手術したのよ、三ツ谷君から連絡来て本当にビックリした」
「あ、隆は?」
「お母さんと交代で帰ったの。 雪那ちゃんの携帯に連絡先入れといたから起きたら連絡くれって」
「……警察とか来た?」
「……被害届出すからね」
「……今回は出さないで欲しいんだ。お母さんには本当に悪いんだけど」
「……人を鉄パイプで殴る様な子を野放しに出来ないでしょ?」
「その辺は彼と話すからさ」
「……殴った子が反省しなかったら被害届出すからね」
「……もうしてると思うから大丈夫」
少しだけ子供みたいに拗ねるお母さんが久しぶりに見ると可愛く見えて微笑んでしまった。話している時は大丈夫だったのに、じわじわと点滴されている腕と肩が痛くなってきて耐え切れずにナースコールを押して痛み止めを貰うと、直ぐにやってきた眠気に身を任せてそのまま眠ってしまった
ざわざわとしている様な気がして、ボンヤリと夢の中にいる感覚のまま目を開けた。傍らに居たのは真一郎君で私と目が合うと少しだけ悲しそうな顔で「大丈夫か?」と口を開く。ゆっくりと辺りを見渡すとマイキーにエマちゃん、圭ちゃんに一虎君、それに隆の姿があって内心この頭がぼーっとしてる感覚で名前も知らない筈の皆に対してどう振る舞えば良いのか考えながら1度目を瞑ると穏やかな真一郎君の声が聞こえてきた
「……また寝たのか?」
「……ううん、まだ頭がボーッとするだけだから大丈夫だよ」
「…痛く無いか?」
「……平気だよ、ただの骨折だもん」
私が少し微笑むと、マイキーらしき小さな声で「ほら、謝れ」と言った声が聞こえてそちらを向けば、眉が下がった一虎君と申し訳なさそうな圭ちゃんがこちらに寄ってきて深々と頭を下げすみませんでしたと心がこもった声で言われて私は頷いた
「えと、隆のお友達の圭介君と一虎君だよね?」
「……あぁ」
「もう危ない事しないでね。……隆や友達を泣かせないで」
「……うん。本当に悪かったよ」
隆がそんな私を見て少しだけ目を見開いたのが分かった。傍らに居る一虎君の背中を優しく1度ポンポンと叩き「大丈夫だからね」と微笑む私に彼は何とも言えない様な顔を1度したけれど「ありがとう」と言って少しだけ微笑んでくれたのでこれで1番ハードなミッションはクリアかと思ったけれど、そもそも1番の目的は隆を反社から遠ざける事だしその辺はまだこれからどうなるか分からないんじゃないかと思うと少しだけ溜息を吐きたくなる
ここでは初めて会うマイキーとエマちゃんに軽く会釈すると、マイキーはこちらに向かって来て私に軽く頭を下げてくれた
「……真一郎の事助けてくれてありがとうな」
「…ううん…自分がしたかっただけだから」
「……三ツ谷の嫁なんだろ?真一郎と知り合いだったの?」
「…ふふ。幼なじみね。真一郎君には単車の相談してただけだよ」
そう言った私に「何で単車の相談を真一郎君にしてるんだよ」と言った隆の顔を見てからハッとすると、それを見た真一郎君は1度少しだけ私のドジに笑ってから隆を見て口を開いた
「学校帰りに雪那ちゃんがうちの店のバイク見てたから声かけたんだ、ただのナンパだから怒るなよ隆」
「……ナンパって……10個下っすよ」
「冗談だよ、ただバイクの話してただけ」
「相談は?」
「……相談はただの雑談かな」
「……なんすかそれ」
真一郎君、誤魔化すの下手だなと思い小さく笑っていると、同じく笑っているエマちゃんと目が合った。ニッコリと微笑まれてこちらもニッコリと微笑むと、言い逃れが出来なくなったのか真一郎君は立ち上がりマイキーの肩を抱いてから「 雪那ちゃんの負担になるからそろそろ帰る」と言ってそそくさと廊下に消えて行った
「またね、ありがとうね」
「本当にありがとうな」
エマちゃんとマイキーがその背に続くと、一虎君と圭ちゃんは私にもう1度頭を下げて来たので微笑んで手を振った。この状態で隆と2人にしやがってと内心少しだけ真一郎君が憎たらしかったけど仕方ない。真一郎君が座っていたベッド横の椅子に座った隆に話を逸らすように口を開いた
「……隆悪いんだけど喉乾いちゃってさ。何かあるかな?」
「そう言えば紅茶買って来た。飲むか?」
「……ありがとう」
ペットボトルを取り出した隆は蓋を開けると右手に優しく掴ませて椅子に座り直した。相変わらず世話が上手いなと思い微笑んでいる私を見つめている隆の顔から表情が無くなっていくのを見て俯いた
「……なぁ、何で2人が真一郎君のバイク屋に居るのを知ってたんだ?」
「…………」
「あの慌てようからして襲うの迄分かってたんだろ?」
「…………」
「……何か言えよ」
「……ごめん。言えない」
俯き、そのままの状態で彼の顔を見れずにいると、少し経ってから温かい手の平が私の頭に優しく乗った。ゆっくりと彼の顔を見れば少しだけ悲しそうな顔をしていた
「……悪ぃ。……また追い込んだ」
「ううん。……不思議に思ったり心配するの当たり前だと思うから。私だって逆の立場ならそうなるよ」
「……お前は何か優しくなったな」
「…………」
歳とっただけだよ。とは言えなくて少しだけ微笑むと「……一虎と場地の事、本当にすまねぇ」と頭を下げて来た隆に首を横に振った。圭ちゃんやマイキーが勿論不良なのは分かっていたけれど、1歩間違えたら殺人をする様な人達なんだなって今回で良く分かって、それが私の内心をいっそう不安にさせていたのは確かだった
「……隆、一虎君にも言ったけど自分がしたくてしたから気にしないでね」
「……でもその傷、かなり大きくて……一生残るんだぞ」
「分かってるよ。でも別にそんなの良いから」
「……はっ?」
「……真一郎君が助かったなら安いもんだよ」
「…………そんな事言うなよ。お前の人生がその傷で変わるかもしれないんだぞ」
「こんな傷で変わらないよ。私の人生は1つだもん」
「……何言ってっか分かんねぇ」
「…今は分からなくていいよ。いつか隆には話すから」
「……」
「……ごめんね」
「……アイツらには、お前と夜中にバイク見に行ったら裏口がこじ開けられてるのを見付けて真一郎君が心配になって侵入したって言ってあるから」
「……本当にありがとう」
隆からしたら色々よく分からないよねと言った私に「いつか話せよ」と言った隆は私の頭を優しくポンポンと叩いた。何だかんだ今回の事で東京卍會の人とつながりは出来たけれど、これが今後にどう繋がっていくかは予測できないし分からなかった。とりあえず真一郎君が生きていて、一虎君が逮捕されなかっただけで良かったと思うしか無いし。隆は私を変な目で見ず、追い込んでごめんと言ってくれた優しさが胸に染みたから不安は少しだけサラサラと崩れていった気がした
それから4日程入院した私はギブスを付けて退院した
ギブスが取れるまで三ツ谷君にお願いしたからと珍しくずっと家に居るお母さんに言われ、朝起きて支度をすると本当にうちの前で待っている隆に少しだけビックリした。帰りもわざわざ教室まで迎えに来てくれて鞄や荷物を持ってくれる隆に昔とはまた違う愛情が湧いて来るような気がした
二人で居る時間が長くなってきて、色々話す様になったけど私が思っていたよりも隆は強くて逞しいなって思う事が沢山あった。勿論喧嘩とかでは無いし、力の強さでも無かった。ただ恋人でも無いのにこちらの気持ちに寄り添い配慮が出来て、その人の為なら怒れる強さがあってその思いやりに何度も助けられていた
2週間を過ぎて病院に行けばギブスも外れて痛み止めも不要になり「今までありがとう、ギブス外れたから学校には自転車で行くね」と隆にLINEをすると「何か困ったら言えよ」と一言だけ来た返事に自然と笑みがこぼれた
朝起きて支度をすると玄関を開けてエレベーターに乗り込んだ。いつも待っている所に隆は居なくて少し寂しかったけれど、痛みも無くて腕が動かせる感覚が嬉しくて、自転車に鞄を入れると学校に向かって走り出す。
体育などは流石に出来ないので、一応ジャージに着替えて校庭の隅で石段に座り走っている皆をただボーッと見つめていた。すると、昇降口からこちらに向かって来たのは同じクラス橘さんで私に手を振り走り寄ってきた彼女に軽く手を上げた
「 白石さん、肩もうギブス付けなくて大丈夫なの?」
「もう大丈夫、まだ体育は出来ないけどね」
「でも取れて良かったね」
そう言って微笑んだ彼女は私の横に座ると、少しだけ間が空いてからゆっくりと口を開いた
「…… 白石さんさ、3組の三ツ谷君と付き合ってるの?」
「……幼なじみだよ」
「ふーん。でも幼なじみみたいに見えないよね」
「そうかな?」
この手の話は何回も聞かれていたので、いつも通りに話を逸らそうと話題を考えていると小さな声で「私、三ツ谷君に告白する事にしたの」と言った橘さんに心臓が少しだけドキドキしたけれど「そっか」とだけ言った私に「付き合えたらいいな」と呟いた橘さんの横顔は少しだけ可愛く見えた
放課後になり、鞄に宿題のある教科書とノートだけ入れて立ち上がると「 白石さんちょっと良い?」と言ってきたのは良く話すクラスメイトの男の子だった。入学の時から何かと親切にしてくれた加茂君に「どうしたの?」と尋ねると「ちょっと来て」と言って手を引かれて、触られた事に唖然としてしまったけれど、話だけ聞こうと彼の後をついて行くと隆と中学の時3年の時に二人で良く居た屋上に続く階段の手前で加茂君は立ち止まった
「…… 白石さんさ、三ツ谷と付き合って無いんでしょ?」
「……うん」
「もし良かったら俺と付き合ってくれないかな?」
「………ごめんなさい」
「……好きになれなかったら振ってくれていいからさ。お試しでも良いんだ」
「……私さ、凄く凄く好きな人が居るんだ。だからお試しとかでも付き合えない」
「……俺にチャンスは少しも無い感じ?」
「……その人の事しか男に見えないし、その人以外には触られたくも無いの……ごめん」
「……そっか。そんな好きな奴がいるんなら諦めるよ」
「……ありがとうね」
最後に少しだけ微笑んだ私に加茂くんはホッとした様な顔をしてから直ぐに私に背を向けた。顔も知らない先輩や、話した事も無いのに告白してきた人と違ってずっと入学から親切にしてくれた加茂君には本音でぶつかった気がした。本当に大好きって気持ちがいつも伝わってくる人だったから、正直今まで知らないフリをするのは苦しかった
加茂君の背中が見えなくなって、何だか想像してしまう。もし私が好きで好きで堪らない隆に告白して、隆から他に凄く凄く好きな人が居るって言われたら。私は生きてたく無くなるかもしれないし、この世界から消えたくなるかもしれない。そんな事を考えてたら自分の瞳から流れてきた涙がポツポツと床を濡らした
「……加茂君、ごめんね」
「…………また泣いてんの?」
頭上から振ってきた聞きたかった声に顔を上げると、困った様な顔で階段を降りてきたのは隆だった。ポケットから取り出した肌触りの良さそうなハンカチを私に渡すと階段の1番下の段に座り込んだ
「……ありがと」
「お前は本当に泣き虫だな」
「……聞いてた?」
「……悪ぃ。タイミング悪くて聞こえた」
「隆は何してたの?」
「俺も告白されてた」
「……橘さんか」
「……知ってたのか?」
「付き合って無いか聞かれた。無いって言ったら告白するって言ってたから」
「……ふーん」
「返事……した?」
「あぁ」
「そっか」と言ってからこれ以上聞きたく無くて、歩き出した私はそのまま階段を1階まで降りてそのまま靴を履いて下校した。少し感じが悪いのは分かっていたけれど、もし付き合った何て言われたらダメージがデカ過ぎて耐えられない気がしたからだ。でも、あの雰囲気からすると断ったんだろうなって直感で分かるから今泣かずに居れるのかもしれない
完全に肩が治るともう季節は秋終わりになっていて、朝起きると布団から出たくなかったけれど最近お母さんが家に居るから朝リビングに電気と暖房がついてあって珈琲のお湯が沸いてる事が嬉しかった。染め直してトリートメントした髪をアイロン掛けしていると「ちょっと今日のメイクは薄すぎる」と普通の母親と反対の事を言ってくるお母さんが少しだけ面白かった
授業が全て終わりLINEをチェックすると真一郎君から「出来上がったぞ」と入っているメッセージを見て嬉しくなり鞄を持って直ぐに校門を出て早足でお店に向かうとガラス越しに見えた真一郎君に手を振った
「いらっしゃい」
「出来上がったんですね、嬉しい」
笑顔の私を見た真一郎は少しフッと薄く笑うと1度奥に入って行ったので大人しく待っていた。ふと、静か過ぎて気が付かなかったけれど、特攻服を着た綺麗な男の子がお店の隅に立っていて目が合ったので軽く会釈すると、向こうも頭を下げてくれた
「カッケェだろ~力作だぞ」
「……うわ、本当に凄く綺麗」
黒い塗装にラインと卍マークが入ったコルク半帽はラメが少し散らばっていて何だか凄く美しい。「暴走族ってお洒落なんですね」と私が真一郎君に微笑むと後ろの隅に居た男の子が吹き出して笑い、それにつられた様に真一郎君は楽しそうに笑った。代金を渡すと「あの時の礼だからいらない」と言われたので全力で頭を横に振った
「これはクリスマスプレゼントだから駄目です」
「……うーん。まぁそっか」
「私からプレゼントしたんじゃなくなっちゃう」
「じゃあせめて半額にさせて欲しい」
そう言って手を合わせて来た真一郎君に、私は何だか悪い気がしたけれど。いくら言っても折れてくれないので感謝を告げて半分のお金を払いお店を後にした。クリスマスまでもう直ぐだし、後は単車に乗る時のマフラーでも作ろうかと帰りにデパートに寄って優しい色合いの柔らかいグレーの生地を買ってから帰宅した
正直、生地がかなり高かったので真一郎君の申し出はかなり有難かった。帰宅して直ぐに料理手伝ってと喚くお母さんに、忙しいと言ってドアに鍵を掛けてからマフラーを作る為に全神経を集中させた。冬休みが始まって毎日マフラーを作って、余っていた薄ピンクの生地でルナとマナのマフラーも作ってを毎日毎日飽きもせずに繰り返していると気が付いたらもう23日になって居た
24日とか25日はもしかしたら予定があるかなと1度嫌な想像をしてしまうとキリがなくて、出来上がったマフラー3つを赤い包装紙に包んでから携帯を手に取り隆のLINEのページを開いた
今って家に居るかな?
さみぃからコタツにいる
ちょっと用事があるんだけど、5分くらい玄関に出てきてくれる?
危ねぇから俺が行くわ
じゃあ玄関開けとくね、ありがとう
そんなやり取りをしていると、コルク半帽をラッピングをしていない事に気付いて包装紙を漁り、あれでもないこれでも無いを繰り返していると外からインパルスの音がして、焦りながら白い包装紙にコルクを包んでリボンで止めると玄関が開く音がして直ぐに自室のドアが開いた
包装紙まみれの私を見て「珍しく散らかってんな」と言った隆に「えへへ」と少し微笑んでから立ち上がった。横になっていたのか寝癖が付いている隆の柔らかな髪に触れて「寝癖」と言えば触られた所を触りながら「本当だ」と少し笑った。白い包装紙で包まれた大きな塊を隆の胸に押し付けて「プレゼント」と微笑むと予想通りに物凄い驚いた顔をした隆は「俺に?」と首を傾げた
「開けてみて」
「……ああ」
リボンを外すだけの簡単な包装は直ぐに取れて、ピカピカのコルク半を見た隆は卍マークを右手で少しなぞり私を見つめてくる
「……すげぇな。何か感動した」
「……私隆のインパルスが詳しく分からなくて、真一郎君にお願いしたんだ。お揃いのヘルメット?だとカッコイイって言ってたから夏からお願いしてたの」
「……相談てこの事だったのか?」
「うん。言えなくてごめんね」
室内灯でもキラキラと輝くブラックのラメ塗装が隆のお眼鏡にかなったのかゆっくりと回しながら見つめる隆の目はキラキラしていて、何だか凄く嬉しくなった
「……ありがとうな」
「うん、今珈琲入れてくるから座ってて。後赤い包装紙もプレゼントだから開けてね」
「……まだあんのかよ、何かすげぇ嬉しいけど申し訳無くなってきたわ」
「ふふ、ちょっと待っててね」
キッチンに向かいお湯を沸かしていると、少しして足音が近づいて来て振り返る。いつもみたいな表情をしておらず真剣な眼差しで私を見ている隆に「どしたの?」と首を傾げると少しだけ戸惑った様に差し出して来たのはガラスが砕けた写真立てで、写真に写る隆は桜の花びらの中で静かに佇んでいた
「……悪ぃ。下に落ちてるの分かんなくて踏んだら割れちまった」
「……いいよ、新しいの買うから気にしないで」
そう言って隆の目を見ずに壊れた写真立てを受け取っり、写真だけをポケットにしまった。少しだけ震える手でテーブルにあった新聞紙に写真立てと砕けたガラスを入れて丸めていると、急にお腹に回って来た温かい手に本当に驚いて声をあげてしまう
「えっ、び、ビックリした」
「……写真の事は何も言わねぇの?」
後ろから私の肩に隆の顎が触れたのが分かって1度大きく胸が高鳴った。
耳元で話す隆に何も言えずに黙っていると温かな手の平がゆっくりと私の頬を撫でた
「……お前がさ、この間階段で言ってた事さ覚えてる?」
「……うん」
「……凄ぇ好きな人が居て、その人以外男じゃないし触れられたくも無いって言ってたよな」
「……うん」
「…さっきの写真の奴がそうなの?」
ゆっくりと振る返ると隆の腕はすんなりと外れた。ずっとこんな日が来る事が入学式から待ち遠しくてずっと夢見ていたのに、実際に今日その時を迎えるにしては随分と私は落ちついている気がした。目尻が下がった藤色の瞳の中に居る私は柔らかく微笑んでいた
「……写真の奴であってるよ」
そう言って隆の小指を優しく握りしめると、その瞬間に耳がゆっくりと赤くなった隆は私から目を逸らしてしまいこちらが少し驚いてしまう
「……えっ?照れてるの?」
「……当たりめぇだろ」
「嘘、何で?」
「……面と向かって言われると恥ずかしくなった」
「…ふふ。そういえばマフラーは?見てくれた?」
「ああ。すげぇ暖かかった。縫い目も綺麗だし、生地も触り心地良いし」
「ピンクのはルナとマナに作ったから使ってね」
「……ありがとな、俺クリスマスとか全然考えて無くてさ。何か一緒に買いに行こうぜ」
「……そういえば、私欲しい物があるんだ」
「……何?高いやつなら金貯めるからちょっと待ってろよ。……そういえばコルク半高かったろ」
「……お金も、物もいらない。……キスして欲しい」
真っ直ぐ彼の瞳を見つめてそう言うと、ぱちぱちと隆の長い睫毛が揺れて少しだけ固まった。その様子に少しだけ私が微笑むと、呆れた様に私を見つめ小さく溜息をついた
「……お前は俺を驚かせるのが好きだよな」
「今回のは驚く事じゃないでしょ?」
「……普通に驚くわ」
「じゃあ……隆がいつか私を好きになったらキスしてね。それでプレゼントは十分だから」
追い詰めたら悪いしと言った私の後頭部に添えられた手が引き寄せられて、唇に温かくて柔らかい物が触れた。目を見開いた私の瞳から自然に流れてきた涙は重なっていた隆の頬を濡らし、唇が1度離れた
「……お前は本当に泣き虫だな」
そう言ってから少し困った様に微笑んだ隆は、溢れ出る涙に優しく口付けをしてくれた
