幻想水滸伝2
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ビクトールの話を承諾してから5日目。
兵士の名前も覚え、稽古の中で皆んなと息が合って来たように感じるし、一部の兵士からは食事に誘ってもらえる程に仲も良くなってきた。その日朝から出かけていたフリックとビクトールがびしょ濡れの幼さが残るハイランドの少年兵を連れて来た
なんだかんだ優しさを感じたのは、ビクトールは彼を直ぐに風呂に案内して身体を温めてさせてから牢に案内していた。その後、夕食を済ませたフリックがこっそり牢に毛布を届けに行った姿を目撃した私が微笑んでいると、彼は私の視線に気付いてから少しだけ照れ臭そうにしていた。
その夜、部屋で剣を磨いているとトントンと部屋の戸がノックされ、どうぞと声を掛けると部屋の戸を開けたのはフリックだった。
「フリック、どうしたの?」
「入っていいか?」
遠慮がちに声を掛けて来た彼に笑顔でうなづくと、彼は片手に持った紙の袋を私に渡してくる。
ちょっとワクワクしながらその中身を見ると、ミューズで有名な酒とビーフジャーキーが入っていた。
「嬉しいな」
「稽古の礼だ」
「わざわざありがとう、フリックも一緒に飲もうよ」
そう言って笑顔で酒と肴を直ぐに袋から取り出した私にフリックは笑いながら椅子に座る。私も隣に腰掛けてからフリックのグラスに酒を注いだ
「今日は月が綺麗だから月見だね」
そう言いながら彼に月が良く見えるようにカーテンを開け、窓も少し開けると少し肌寒いが気持ちの良い風が私達の肌を撫でた。
「…稽古はどうだ?」
「うん、皆筋はいいよ。只実戦に慣れてないからちょっとね。」
「そうだな、まぁ平和なのが1番いいんだけどな」
そう言ったフリックは私に渡されたグラスに口を付けてから月を眺めている。そういえばと思い、今日の稽古時に無茶をし過ぎて怪我をした兵士のグランとスーデンの話をフリックにすると、彼は綺麗な真顔をくしゃりと変えて腹を抱えて笑っていた
「楽しくやってるじゃないか。…なぁ、セツナ。ビクトールの頼みを聞いてくれるのはうちの砦としてはありがたいが。お前は向かっている所があったんじゃないのか?それに。家族は大丈夫なのか?心配してるんじゃないか?」
フリックの茶色の瞳が私を見つめながらグラスをテーブルに置いた。
「家族か。身内は居ないし向かって居たのはハイランドの観光だったから特に問題は無いよ」
「そうか、身内は居ないのか…」
少しだけ申し訳無さそうにしたフリックに、私は首を静かに横に振った。グラスに口を付けると独特な味わいが口の中に広がり、度数がかなり高いのか喉の奥が熱くなった。
「この酒、けっこう効くね」
「そうか?ビクトールも好きなんだよこの酒」
「強いはずだ」
そう言って笑った私にフリックも少しだけ笑うと彼はすぐに話題を逸らし、私を笑顔にさせるような話をしてくれた。
大体はビクトールの昔話だったけれど、酒の肴にはうってつけで、そんな話題で盛り上がっていると直ぐに夜中になってしまった。そろそろ寝ようかとフリックは立ち上がると、ふいに私を見てそのまま何も言わずにくしゃりと髪を撫でてくる
「どしたの?」
「…いや、何かあったら何でも言えよ」
「…特に困ってる事は今の所無いよ、心配してくれたの?」
「無いなら良いんだ…。おやすみな」
皮袋をしていない手が私の頬に触れてから彼は背中を向けて部屋を出て行った。
何と無く、しんみりとしていた彼に本当は何でそんな事聞いてくるのかをもっと聞きたかったと思いながら彼が部屋を出るまで背を見つめていた。
酔って赤くなった顔に手を当てながら風に当たる
ビクトールやフリック、砦の兵士の皆といる時間が心地よくて、ついつい此処に居てしまっている。当てもない旅だと皆には言っているけれど実は目的はあった
少しづつ胸が苦しくなり、私の伸ばした手はグラスには届かずにダラリとテーブルから投げ出される。
身体が熱くなり血を求める衝動に駆られる。何度体験しても慣れないこの発作、深呼吸を繰り返してからポーチに震える手を伸ばして緩和させる最後の薬を酒と一緒に飲み干した。何か困った事があったら言えよと言ってくれた言葉を思い出しながらそのままベッドに横になった
次の日の夜、ボヤ事件があったとビクトールに聞いた時には捕虜になったあの子は逃げ出して居た。
ビクトールの部屋で詳しい話を聞けば聞く程、その子達が戻るのは危ないんじゃないかと私も少し心配になるが、今自分は発作が出ている。できれば2人と一緒に助けに行きたいが、あの状態を見られるのはちょっと困るなと思い私は砦に残る事にした。
「なぁ、お前顔が青く無いか?」
急に椅子に座っていたビクトールが私の元まで歩いて来ると、眉を寄せて顔を覗き込んでくる。
「…ちょっと貧血気味なんだ」
いつもの手で嘘をつく。まぁ半分は本当なんだけれど
「大丈夫か??まぁ、女は色々あるからな。土産にイノシシのレバーをとって来てやるから今回は砦で大人しくしてな」
そう言ってニカっと笑うと私の頭を優しく撫でてくるビクトールに、私もつられて少し笑ってしまった。
「女は色々あるって何だ?」
汗を拭いながら部屋に入って来たフリックはそう言うと目が合った私に少しだけ怪訝な顔をした。
「おい、セツナ。顔色が悪いぞ」
ツカツカと早足で私の目の前に立つと、ちょっと悪いなと一言言ってから私の額に手を置いた。
「熱は無いな。具合は大丈夫か?」
「只の貧血だから大丈夫。私は今回はお留守番してますよ」
「貧血?体質か?」
「あーうん。まぁ」
そう言って軽く流した私に、ビクトールは生理だろ、フリックもあんまり詳しく聞くなよと笑った。
そのビクトールの台詞にフリックの私の額に置いた手と表情が一瞬凍ったように見えた。
「フリック?どしたの?」
「い、いや。すまない。そうか」
直ぐに手を引っ込めたフリックは、耳を少しだけ赤く染めて、痛く無いか?と遠慮がちに聞いてくる。
その可愛らしさに本当に27歳なのだろうかと一瞬頭によぎってしまって、つい大丈夫よと言いながら笑ってしまった。
そんなやりとりをしてから2人は直ぐに燕北の峠に向かった。
残された私はビクトールに頼まれた書類整理の為に会議室へと向かい、頼まれた書類仕事をしてからレオナさんの手伝いをする為に食堂に行って食事作りを手伝う。
レオナさんと話をして笑っている時も、少しづつ私の血への衝動は強く増してゆくのを自分自身で感じていた。
次の日の朝、少し心配だった私は早起きをして砦の前に座り込んで皆を待った。1時間が過ぎた頃、遠目に青いマントと、黄色の服が見えて思わず手を振り駆け出してしまう。
ビクトールがこちらに気付いて手を挙げたのを見た瞬間に私の視界は暗くなっていった。
自分が倒れた事が分かって遠くで皆の焦ったような声を聞きながら私の意識は無くなっていった。
目が覚めると、右手が温かくてそちらをゆっくりと見つめる。目が合った瞬間にパッと花が咲いたように笑った女の子は嬉しそうに大きい声で良かったと言って笑った。
「看病してくれたの?…ありがとう」
「セツナちゃんだよね?えっと、あのおじさん2人から名前聞いたんだ。私はナナミ!リオウのお姉ちゃんだよ」
グイっとナナミの後ろに居た男の子2人を前に出すと、こっちがリオウでこっちがジョウイと言って自己紹介してくれる。
「…リオウとジョウイもありがとうね」
そう言って少し微笑むと、2人は申し訳無さそうに会釈をした。
「すみませんセツナさん、ナナミがうるさくて」
「ううん、大丈夫。皆無事で良かった。ビクトールから色々聞いたけど本当に大変だったね。いつか必ず故郷に帰れるって信じて、今は心を強く持ってね」
そう言った私に、3人は優しく微笑んでから感謝の言葉をくれた。あの歳で仲間が仲間に殺されるのを見て裏切り者と汚名を着せられて。
どんな気持ちなんだろうと部屋を出て行く3人の背中を見つめながら考えていると、入れ替わりでフリックが部屋に入ってきた。
「大丈夫か?具合は?」
「頭が痛いかな、派手に打ったかな」
「はぁ、心配したんだぞ。貧血で走るなよ」
「ごめん、…うっ」
フリックに心配をさせないように、笑って起きあがろうとした瞬間に身体がドクンと波打った感覚に咄嗟に口元を手で覆う。
「お、おいセツナ、どうした?」
背中に優しく置かれた手、顔が近い。ふとフリックの首筋に目が留まる。そこに噛みついて血が飲みたいとハッキリと自覚してしまう。
「ふ、フリック、」
「どうした?苦しいのか?」
困った顔で私を柔らかく抱きしめながら、背中を摩る彼に私はとうとう我慢出来ずにポロリと言葉に出してしまう
「フリック…、お、お願いが…あるの…」
険しく歪んだ私の表情に一瞬だけ驚いた様な顔をしたフリックは、ギュっと私の手を握ると何でも言えと言って優しく頬を撫でてくれる。
「…あ、ありがとう…。…ごめんね」
耐えきれなくなった私は目の前にあるフリックの首筋になるべく痛く無い様に噛み付いた。
ビクリと一瞬強張ったフリックの身体に抱きつく様にして、噛み付いた箇所から出て来る血を舐めた。
首筋を舐められている事に気付いても、彼は何も言わずにじっとしていてくれた。
1、2分経って、身体の熱さが引いて衝動が収まってきた。彼の首から静かに顔を離すと、何とも言えない様な表情の彼は、私の口元に付いた自分の血を指で優しく拭ってくれる。
その仕草に私の心は酷く痛む様な温かいような不思議な感覚になり、思わず涙が出て来てしまった。
「痛かったよね?ごめんね」
「…お前に噛まれた位で痛い訳無いだろ。ほら、泣くなよ」
ハンカチの代わりなのか、マントで優しく涙を拭われて、まだ涙が出る私の顔を自分の胸に引き寄せるとキツく抱きしめてくれる。
「…少し寝ろ。…大丈夫だから」
「…ありがとう」
そう言ってくれた彼に、私は安心したのか胸に顔を預けているといつの間にか寝てしまっていた。
「セツナは?」
「眠ったよ。」
「傷は?倒れた時に頭打って流血してただろ?」
「ああ、血は止まってる」
「…なぁ、何で泣いてたんだ?」
「……。」
さっきとはうって変わって、スヤスヤと眠るセツナの腫れた目元を見て、心配な表情のビクトールの横顔を見ながらボンヤリと考えていた。
何で泣いていたのかと、聞かれて何も言え無かった。
彼女の頼みは俺の血を飲みたい事だったから
ひと昔前にネクロードとゆう吸血鬼が人の血を飲んでいたが。彼女はどう見てもアイツとは違っていた。種族が同じなのかもしれないが、何と無くネクロードの様な邪悪さを感じなかったのだ。
ごめんね。そう言って口を血まみれにしながら泣いた彼女を見て、俺は心が苦しくなった
「フリック」
「…なんだ?」
「こいつの事は頼んだぜ。だが、どうしても対処が難しい時は俺に相談しろよ」
「…ああ」
こうゆう奴だよな、と思い少し笑うとピンと首筋を指で弾かれる。その場所は先程セツナに噛まれた場所。パッとその箇所を手で覆い、ビクトールを見ると
いつもの様にニカっと笑って部屋を出て行った。
噛み跡を覆った手を離してから眠るセツナの髪に触れた。勘の良いビクトールは俺の首筋にあった噛み跡を見て吸血鬼やネクロードを連想した筈だ。
それでも、アイツは笑っていた。殺したい程憎い相手の同族かもしれないのに、俺に任せるとまで言ってきた。ハハっと自分の口から渇いた笑いが出て来た。アイツには本当にかなわねぇなと心から思った。
また眠ってしまっていた様だ。窓の外は日がさしていてもうすぐ昼だろう。手をかざして頭の打った傷を治療してから巻いてある包帯を外した。
着替えを持って風呂に向かうと、名前を呼ばれて振り返る。
「大丈夫かい?倒れたんだって?」
「大丈夫ですか??もう歩いて大丈夫なんですか?」
走り寄って来てくれたレオナさんと、良く話をする兵士の2人は心配してくれていたのが良く分かる表情で私を見ていた。
「心配かけてごめんね、ちょっと貧血なのに走り回ってしまって。反省してる」
そう言って笑うと、3人もホッとした表情で笑ってくれた。3人と別れて風呂に入り身支度を整えてから会議室に入る。
「2人共いる?心配かけてごめんね」
そう言いながら部屋に入ると、話をしていたビクトールとフリックは私を見てギョッとしたような顔をする。
「セツナ、もう起きて大丈夫なのか?」
「まだ寝てろよ、おっ?でも顔色が良いな」
2人の側まで行ってから、もう大丈夫と笑う。本当はフリックにした事がバツが悪い気持ちがあったのだけれど、2人がこうして何も無かった様に笑ってくれるから私も笑おうと思えた。
「セツナ、怪我の具合は本当に大丈夫なのか?」
「起きた時にまだ痛かったけど、紋章で治したから大丈夫。フリック、昨日は看病してくれてありがとう。」
ギューっとフリックの腕に抱き付いて感謝を込めてお礼を言うと、フリックは一度身体を強張らせてからコホンと咳払いして腕にしがみ付いた私の肩をポンポンと軽く叩いた。
それを見てビクトールがからかうように良かったなぁ相棒と笑った。
「何だよセツナ、俺にはしてくれないのか?」
「えっ?何を?」
「ビクトールも心配かけてごめんねって熱い抱擁をだよ」
そう言って楽しそうに笑うビクトールの元まで行ってから座っていた彼の頭を優しく抱きしめると、珍しくビクトールは静かになった。
「ビクトールも心配してくれたんだ、ごめ、わぁ」
「やらんで良い。」
ありがとうと言う前にフリックに首を掴まれて剥がされてしまう。
「なんだよフリック、嫉妬は見苦しいぞ」
「うるさい」
俺は少しだけ動揺したのかもしれない。
ビクトールの言った冗談に、セツナはコクリと素直に頷くとビクトールの頭を優しく、本当に愛しそうに抱きしめた。その姿に何とも言えない様な感情になって
気付けば彼女の首を掴んで自分に寄せていた。
嫉妬は見苦しいぞと言ったビクトールに、全くもってその通りだと思うとセツナから何と無く顔を背けたくなった。
うるさいとビクトールに言うと、セツナはやきもち可愛いなとカラカラ笑って俺を見る
そんな彼女に軽くデコピンをお見舞いしてやると、痛いと言って額を抑えて膨れた。
そんな彼女を見て、俺とビクトールが笑っていると会議室のドアが静かに開いた。
そこにいたのは一昔前に一緒に戦った仲間のアップルだった。
「ビクトール、フリック久しぶりね。何で何も知らせを寄越さなかったのかしら?皆心配したんだからね」
唐突に怒りを露わにするアップルに、後ろにゾロゾロと入ってきたリオウやジョウイが困惑した表情で俺達を見ていた。
「ビクトール、知らせたと言ってなかったか?」
「いやー色々忙しかったからな。忘れたかな」
そう言って笑うビクトールに俺もアップルも呆れた様にため息を吐くしか無かった。
「それより、ルカブライトがトトの街を襲ったわ。」
そう言ってジョウイの足元に居た小さな子供を一度チラリと見たアップルは強い口調で部屋にいる全員に聞こえる様に戦いが始まるわよと言って目を伏せた。
アップルの訪問から砦は忙しくなった。
リオウとジョウイはビクトールから火炎槍の修理に行かされて、フリックは直ぐにミューズに援軍を頼みに向かう。
病み上がりの私がさせてもらえる事は万が一に負けた時、この砦がハイランドの物になってしまった時の為に大事な書類や金庫の中のポッチをかき集めて纏める事だった。
兵士達が慌ただしく防具を着用したり剣の点検をする中、私は少し不安だった。この砦の兵士達でハイランド軍を敗れるのか
稽古をしていて思っていたけれど、紋章兵が少なく救護兵もあまり居ない。弓兵と歩兵の圧倒的に実戦不足な兵士に私の不安は募っていた。
兵士の名前も覚え、稽古の中で皆んなと息が合って来たように感じるし、一部の兵士からは食事に誘ってもらえる程に仲も良くなってきた。その日朝から出かけていたフリックとビクトールがびしょ濡れの幼さが残るハイランドの少年兵を連れて来た
なんだかんだ優しさを感じたのは、ビクトールは彼を直ぐに風呂に案内して身体を温めてさせてから牢に案内していた。その後、夕食を済ませたフリックがこっそり牢に毛布を届けに行った姿を目撃した私が微笑んでいると、彼は私の視線に気付いてから少しだけ照れ臭そうにしていた。
その夜、部屋で剣を磨いているとトントンと部屋の戸がノックされ、どうぞと声を掛けると部屋の戸を開けたのはフリックだった。
「フリック、どうしたの?」
「入っていいか?」
遠慮がちに声を掛けて来た彼に笑顔でうなづくと、彼は片手に持った紙の袋を私に渡してくる。
ちょっとワクワクしながらその中身を見ると、ミューズで有名な酒とビーフジャーキーが入っていた。
「嬉しいな」
「稽古の礼だ」
「わざわざありがとう、フリックも一緒に飲もうよ」
そう言って笑顔で酒と肴を直ぐに袋から取り出した私にフリックは笑いながら椅子に座る。私も隣に腰掛けてからフリックのグラスに酒を注いだ
「今日は月が綺麗だから月見だね」
そう言いながら彼に月が良く見えるようにカーテンを開け、窓も少し開けると少し肌寒いが気持ちの良い風が私達の肌を撫でた。
「…稽古はどうだ?」
「うん、皆筋はいいよ。只実戦に慣れてないからちょっとね。」
「そうだな、まぁ平和なのが1番いいんだけどな」
そう言ったフリックは私に渡されたグラスに口を付けてから月を眺めている。そういえばと思い、今日の稽古時に無茶をし過ぎて怪我をした兵士のグランとスーデンの話をフリックにすると、彼は綺麗な真顔をくしゃりと変えて腹を抱えて笑っていた
「楽しくやってるじゃないか。…なぁ、セツナ。ビクトールの頼みを聞いてくれるのはうちの砦としてはありがたいが。お前は向かっている所があったんじゃないのか?それに。家族は大丈夫なのか?心配してるんじゃないか?」
フリックの茶色の瞳が私を見つめながらグラスをテーブルに置いた。
「家族か。身内は居ないし向かって居たのはハイランドの観光だったから特に問題は無いよ」
「そうか、身内は居ないのか…」
少しだけ申し訳無さそうにしたフリックに、私は首を静かに横に振った。グラスに口を付けると独特な味わいが口の中に広がり、度数がかなり高いのか喉の奥が熱くなった。
「この酒、けっこう効くね」
「そうか?ビクトールも好きなんだよこの酒」
「強いはずだ」
そう言って笑った私にフリックも少しだけ笑うと彼はすぐに話題を逸らし、私を笑顔にさせるような話をしてくれた。
大体はビクトールの昔話だったけれど、酒の肴にはうってつけで、そんな話題で盛り上がっていると直ぐに夜中になってしまった。そろそろ寝ようかとフリックは立ち上がると、ふいに私を見てそのまま何も言わずにくしゃりと髪を撫でてくる
「どしたの?」
「…いや、何かあったら何でも言えよ」
「…特に困ってる事は今の所無いよ、心配してくれたの?」
「無いなら良いんだ…。おやすみな」
皮袋をしていない手が私の頬に触れてから彼は背中を向けて部屋を出て行った。
何と無く、しんみりとしていた彼に本当は何でそんな事聞いてくるのかをもっと聞きたかったと思いながら彼が部屋を出るまで背を見つめていた。
酔って赤くなった顔に手を当てながら風に当たる
ビクトールやフリック、砦の兵士の皆といる時間が心地よくて、ついつい此処に居てしまっている。当てもない旅だと皆には言っているけれど実は目的はあった
少しづつ胸が苦しくなり、私の伸ばした手はグラスには届かずにダラリとテーブルから投げ出される。
身体が熱くなり血を求める衝動に駆られる。何度体験しても慣れないこの発作、深呼吸を繰り返してからポーチに震える手を伸ばして緩和させる最後の薬を酒と一緒に飲み干した。何か困った事があったら言えよと言ってくれた言葉を思い出しながらそのままベッドに横になった
次の日の夜、ボヤ事件があったとビクトールに聞いた時には捕虜になったあの子は逃げ出して居た。
ビクトールの部屋で詳しい話を聞けば聞く程、その子達が戻るのは危ないんじゃないかと私も少し心配になるが、今自分は発作が出ている。できれば2人と一緒に助けに行きたいが、あの状態を見られるのはちょっと困るなと思い私は砦に残る事にした。
「なぁ、お前顔が青く無いか?」
急に椅子に座っていたビクトールが私の元まで歩いて来ると、眉を寄せて顔を覗き込んでくる。
「…ちょっと貧血気味なんだ」
いつもの手で嘘をつく。まぁ半分は本当なんだけれど
「大丈夫か??まぁ、女は色々あるからな。土産にイノシシのレバーをとって来てやるから今回は砦で大人しくしてな」
そう言ってニカっと笑うと私の頭を優しく撫でてくるビクトールに、私もつられて少し笑ってしまった。
「女は色々あるって何だ?」
汗を拭いながら部屋に入って来たフリックはそう言うと目が合った私に少しだけ怪訝な顔をした。
「おい、セツナ。顔色が悪いぞ」
ツカツカと早足で私の目の前に立つと、ちょっと悪いなと一言言ってから私の額に手を置いた。
「熱は無いな。具合は大丈夫か?」
「只の貧血だから大丈夫。私は今回はお留守番してますよ」
「貧血?体質か?」
「あーうん。まぁ」
そう言って軽く流した私に、ビクトールは生理だろ、フリックもあんまり詳しく聞くなよと笑った。
そのビクトールの台詞にフリックの私の額に置いた手と表情が一瞬凍ったように見えた。
「フリック?どしたの?」
「い、いや。すまない。そうか」
直ぐに手を引っ込めたフリックは、耳を少しだけ赤く染めて、痛く無いか?と遠慮がちに聞いてくる。
その可愛らしさに本当に27歳なのだろうかと一瞬頭によぎってしまって、つい大丈夫よと言いながら笑ってしまった。
そんなやりとりをしてから2人は直ぐに燕北の峠に向かった。
残された私はビクトールに頼まれた書類整理の為に会議室へと向かい、頼まれた書類仕事をしてからレオナさんの手伝いをする為に食堂に行って食事作りを手伝う。
レオナさんと話をして笑っている時も、少しづつ私の血への衝動は強く増してゆくのを自分自身で感じていた。
次の日の朝、少し心配だった私は早起きをして砦の前に座り込んで皆を待った。1時間が過ぎた頃、遠目に青いマントと、黄色の服が見えて思わず手を振り駆け出してしまう。
ビクトールがこちらに気付いて手を挙げたのを見た瞬間に私の視界は暗くなっていった。
自分が倒れた事が分かって遠くで皆の焦ったような声を聞きながら私の意識は無くなっていった。
目が覚めると、右手が温かくてそちらをゆっくりと見つめる。目が合った瞬間にパッと花が咲いたように笑った女の子は嬉しそうに大きい声で良かったと言って笑った。
「看病してくれたの?…ありがとう」
「セツナちゃんだよね?えっと、あのおじさん2人から名前聞いたんだ。私はナナミ!リオウのお姉ちゃんだよ」
グイっとナナミの後ろに居た男の子2人を前に出すと、こっちがリオウでこっちがジョウイと言って自己紹介してくれる。
「…リオウとジョウイもありがとうね」
そう言って少し微笑むと、2人は申し訳無さそうに会釈をした。
「すみませんセツナさん、ナナミがうるさくて」
「ううん、大丈夫。皆無事で良かった。ビクトールから色々聞いたけど本当に大変だったね。いつか必ず故郷に帰れるって信じて、今は心を強く持ってね」
そう言った私に、3人は優しく微笑んでから感謝の言葉をくれた。あの歳で仲間が仲間に殺されるのを見て裏切り者と汚名を着せられて。
どんな気持ちなんだろうと部屋を出て行く3人の背中を見つめながら考えていると、入れ替わりでフリックが部屋に入ってきた。
「大丈夫か?具合は?」
「頭が痛いかな、派手に打ったかな」
「はぁ、心配したんだぞ。貧血で走るなよ」
「ごめん、…うっ」
フリックに心配をさせないように、笑って起きあがろうとした瞬間に身体がドクンと波打った感覚に咄嗟に口元を手で覆う。
「お、おいセツナ、どうした?」
背中に優しく置かれた手、顔が近い。ふとフリックの首筋に目が留まる。そこに噛みついて血が飲みたいとハッキリと自覚してしまう。
「ふ、フリック、」
「どうした?苦しいのか?」
困った顔で私を柔らかく抱きしめながら、背中を摩る彼に私はとうとう我慢出来ずにポロリと言葉に出してしまう
「フリック…、お、お願いが…あるの…」
険しく歪んだ私の表情に一瞬だけ驚いた様な顔をしたフリックは、ギュっと私の手を握ると何でも言えと言って優しく頬を撫でてくれる。
「…あ、ありがとう…。…ごめんね」
耐えきれなくなった私は目の前にあるフリックの首筋になるべく痛く無い様に噛み付いた。
ビクリと一瞬強張ったフリックの身体に抱きつく様にして、噛み付いた箇所から出て来る血を舐めた。
首筋を舐められている事に気付いても、彼は何も言わずにじっとしていてくれた。
1、2分経って、身体の熱さが引いて衝動が収まってきた。彼の首から静かに顔を離すと、何とも言えない様な表情の彼は、私の口元に付いた自分の血を指で優しく拭ってくれる。
その仕草に私の心は酷く痛む様な温かいような不思議な感覚になり、思わず涙が出て来てしまった。
「痛かったよね?ごめんね」
「…お前に噛まれた位で痛い訳無いだろ。ほら、泣くなよ」
ハンカチの代わりなのか、マントで優しく涙を拭われて、まだ涙が出る私の顔を自分の胸に引き寄せるとキツく抱きしめてくれる。
「…少し寝ろ。…大丈夫だから」
「…ありがとう」
そう言ってくれた彼に、私は安心したのか胸に顔を預けているといつの間にか寝てしまっていた。
「セツナは?」
「眠ったよ。」
「傷は?倒れた時に頭打って流血してただろ?」
「ああ、血は止まってる」
「…なぁ、何で泣いてたんだ?」
「……。」
さっきとはうって変わって、スヤスヤと眠るセツナの腫れた目元を見て、心配な表情のビクトールの横顔を見ながらボンヤリと考えていた。
何で泣いていたのかと、聞かれて何も言え無かった。
彼女の頼みは俺の血を飲みたい事だったから
ひと昔前にネクロードとゆう吸血鬼が人の血を飲んでいたが。彼女はどう見てもアイツとは違っていた。種族が同じなのかもしれないが、何と無くネクロードの様な邪悪さを感じなかったのだ。
ごめんね。そう言って口を血まみれにしながら泣いた彼女を見て、俺は心が苦しくなった
「フリック」
「…なんだ?」
「こいつの事は頼んだぜ。だが、どうしても対処が難しい時は俺に相談しろよ」
「…ああ」
こうゆう奴だよな、と思い少し笑うとピンと首筋を指で弾かれる。その場所は先程セツナに噛まれた場所。パッとその箇所を手で覆い、ビクトールを見ると
いつもの様にニカっと笑って部屋を出て行った。
噛み跡を覆った手を離してから眠るセツナの髪に触れた。勘の良いビクトールは俺の首筋にあった噛み跡を見て吸血鬼やネクロードを連想した筈だ。
それでも、アイツは笑っていた。殺したい程憎い相手の同族かもしれないのに、俺に任せるとまで言ってきた。ハハっと自分の口から渇いた笑いが出て来た。アイツには本当にかなわねぇなと心から思った。
また眠ってしまっていた様だ。窓の外は日がさしていてもうすぐ昼だろう。手をかざして頭の打った傷を治療してから巻いてある包帯を外した。
着替えを持って風呂に向かうと、名前を呼ばれて振り返る。
「大丈夫かい?倒れたんだって?」
「大丈夫ですか??もう歩いて大丈夫なんですか?」
走り寄って来てくれたレオナさんと、良く話をする兵士の2人は心配してくれていたのが良く分かる表情で私を見ていた。
「心配かけてごめんね、ちょっと貧血なのに走り回ってしまって。反省してる」
そう言って笑うと、3人もホッとした表情で笑ってくれた。3人と別れて風呂に入り身支度を整えてから会議室に入る。
「2人共いる?心配かけてごめんね」
そう言いながら部屋に入ると、話をしていたビクトールとフリックは私を見てギョッとしたような顔をする。
「セツナ、もう起きて大丈夫なのか?」
「まだ寝てろよ、おっ?でも顔色が良いな」
2人の側まで行ってから、もう大丈夫と笑う。本当はフリックにした事がバツが悪い気持ちがあったのだけれど、2人がこうして何も無かった様に笑ってくれるから私も笑おうと思えた。
「セツナ、怪我の具合は本当に大丈夫なのか?」
「起きた時にまだ痛かったけど、紋章で治したから大丈夫。フリック、昨日は看病してくれてありがとう。」
ギューっとフリックの腕に抱き付いて感謝を込めてお礼を言うと、フリックは一度身体を強張らせてからコホンと咳払いして腕にしがみ付いた私の肩をポンポンと軽く叩いた。
それを見てビクトールがからかうように良かったなぁ相棒と笑った。
「何だよセツナ、俺にはしてくれないのか?」
「えっ?何を?」
「ビクトールも心配かけてごめんねって熱い抱擁をだよ」
そう言って楽しそうに笑うビクトールの元まで行ってから座っていた彼の頭を優しく抱きしめると、珍しくビクトールは静かになった。
「ビクトールも心配してくれたんだ、ごめ、わぁ」
「やらんで良い。」
ありがとうと言う前にフリックに首を掴まれて剥がされてしまう。
「なんだよフリック、嫉妬は見苦しいぞ」
「うるさい」
俺は少しだけ動揺したのかもしれない。
ビクトールの言った冗談に、セツナはコクリと素直に頷くとビクトールの頭を優しく、本当に愛しそうに抱きしめた。その姿に何とも言えない様な感情になって
気付けば彼女の首を掴んで自分に寄せていた。
嫉妬は見苦しいぞと言ったビクトールに、全くもってその通りだと思うとセツナから何と無く顔を背けたくなった。
うるさいとビクトールに言うと、セツナはやきもち可愛いなとカラカラ笑って俺を見る
そんな彼女に軽くデコピンをお見舞いしてやると、痛いと言って額を抑えて膨れた。
そんな彼女を見て、俺とビクトールが笑っていると会議室のドアが静かに開いた。
そこにいたのは一昔前に一緒に戦った仲間のアップルだった。
「ビクトール、フリック久しぶりね。何で何も知らせを寄越さなかったのかしら?皆心配したんだからね」
唐突に怒りを露わにするアップルに、後ろにゾロゾロと入ってきたリオウやジョウイが困惑した表情で俺達を見ていた。
「ビクトール、知らせたと言ってなかったか?」
「いやー色々忙しかったからな。忘れたかな」
そう言って笑うビクトールに俺もアップルも呆れた様にため息を吐くしか無かった。
「それより、ルカブライトがトトの街を襲ったわ。」
そう言ってジョウイの足元に居た小さな子供を一度チラリと見たアップルは強い口調で部屋にいる全員に聞こえる様に戦いが始まるわよと言って目を伏せた。
アップルの訪問から砦は忙しくなった。
リオウとジョウイはビクトールから火炎槍の修理に行かされて、フリックは直ぐにミューズに援軍を頼みに向かう。
病み上がりの私がさせてもらえる事は万が一に負けた時、この砦がハイランドの物になってしまった時の為に大事な書類や金庫の中のポッチをかき集めて纏める事だった。
兵士達が慌ただしく防具を着用したり剣の点検をする中、私は少し不安だった。この砦の兵士達でハイランド軍を敗れるのか
稽古をしていて思っていたけれど、紋章兵が少なく救護兵もあまり居ない。弓兵と歩兵の圧倒的に実戦不足な兵士に私の不安は募っていた。