短編3
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何度目かの寝返り、二度目を過ぎた辺りで申し訳無さが勝ってサンジの長い腕から飛び出してリビングのソファに逃げて来た。手狭なソファに横になり、ブランケットを掛ければこの寒さにも目を瞑れる。消えてしまった眠気の代わりに得体の知れない不安感を一人抱き締める。夜が深くなればなるほど不安は波のように押し寄せる。そして、暗い海の向こうから手招きをしてくる。原因は分からないが深夜はドツボにはまりやすい、つい、気持ちが沈んでしまう。
「恋人を寝室に放置して昼寝でもする気かい、レディ」
「……サンジ」
「おれも誘ってよ」
サンジはそう口にすると、カーペットに腰を下ろしてソファに頬杖をつく。そして、私の顔に掛かった前髪を指で払うと丸い額に口付ける。
「眠れねェの……?」
「見ての通りよ」
眉を下げる私の顔にはちゃんと疲労が浮かんでいる。眠気の有無は関係無しに身体は休息を求め、今すぐにでも眠気の尾を掴まえたい。サンジはブランケット越しに私のお腹を優しくポンポンと叩きながら、子守唄を奏でるような優しげな声で私に一つの提案をする。
「昔話なんてどう?」
「ふふ、桃太郎とか?」
「っ、くく、もっと現代寄りかな」
サンジは私の言葉に肩を揺らしながら、ロマンチックな昔話を話し始める。
「むかし、むかし、一人の野郎がいました。その男は全世界のレディに恋をしていたので特定の彼女を作る事がクソ苦手でした」
「……誰かさんみたいね」
「男は本気の恋を夢見ながら、実は本気の恋を知らなかったのです」
サンジは私の手に自身の手を絡めながら、懐かしそうに目を細める。
「恋が眠りよりも早い事を男は知らなかったのです。恋におちるのは眠りよりも早い。そして、目覚めても醒めない夢」
だけど、一人のレディに恋を教わった男の世界は変わりました。全世界のレディに向けていた愛情をただ一人のレディに向けるようになったのです、そう言ってサンジは繋いでいた手を軽く持ち上げて私の手の甲に口付けを落とす。
「寝ても醒めても男は彼女を夢見ていました」
「ふふ、その彼女はどんな顔?」
「鏡を用意しとけば良かった」
「なら、中身は?」
「いい女だよ。寝室に彼氏を放置する困ったレディだけど」
こちらに視線を向けて、悪戯に片方の口角を上げるサンジ。
「私の王子様はリビングまでガラスの靴を持って探しに来てくれるもの」
「残念、スリッパならあるよ」
顔を見合わせて、深夜には不釣り合いな笑い声を上げる私達。きっと、これが深夜テンションというやつだろう。一人でソファに寝転がっていた時は見えない不安に息苦しさを感じていたというのにサンジが来てくれた途端に影に光が射した。帰り道はここだ、と教えるようにサンジは私の手を引いて暗闇から抜け出す。そして、サンジは私を抱き上げると寝室に向かって歩き出す。
「眠れねェなら朝までハッピーエンドを考えようよ」
私達は明けない夜に明るい未来の話を二人で語り合う、輝かしいハッピーエンドは朝が来るのを待っていた。