短編3
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恋愛は人という漢字の成り立ちのように片方の人間がいくら努力しようと、もう片方が手を抜けば一気に崩れちまう。恋愛は二人でするものだった筈だ。だが、今の現状を見ればおれのひとり芝居のようで嫌になっちまうのも本音だ。不満を掘り下げていけば出てくるのは彼女からのアクションが欲しいという純粋な想いだけだ。
「……押して駄目なら引いてみろ」
全くもって、おれの恋愛観とは合わねェ言葉だ。引き算は苦手だ、いつの間にか数が足りなくてマイナスになる。なら、馬鹿の一つ覚えのように足し算を繰り返していく方がマシだ。だが、その足し算の結果が今のマイナスな現状を生み出したと言うなら救われねェ。
店内の椅子に座り、数時間もレシピノートに向き合う日常にも慣れてきた。以前よりも返信をしなくなったメッセージアプリはおれの返信より先に彼女の二通目を知らせた。今日も遅いの、と。そこからカップラーメンが二つ出来上がるぐらいの時間を掛けて、あえて素っ気ない返事を返した。
『悪ィ、今日も先に寝てて』
以前だったら好意を伝える手段だったメッセージアプリが謝罪を伝えるだけの価値の無いアプリに成り下がったみてェで気分が悪ィ。実のことを言えば、早く帰って彼女をこの手に抱き締めてェ。だが、それではまた同じ事の繰り返しになる。この関係を続ける為には飴だけでは上手くいかねェ事を身を持って知ったおれは心を鬼にして愛の言葉を噛み殺し、彼女というぬくもりから手を離した。
いいなァ、と溢した独り言。若いお嬢さんが恋人らしき男の腕に自身の腕を絡めて、好きだと口にする。その輝く瞳には男への愛情が浮かんでいて、二人の事を全く知らないおれにも似合いのカップルである事を認識させてくる。そんな二人を目で軽く追っていれば、羽織っていたジャケットの裾が何かに引っ張られる。おれは後ろを振り返り、その正体に視線を向ける。
「なぁに」
「余所見……っ、しちゃ、やだ」
あーあ、勘違いしちゃって可愛いなァ、と意地の悪いおれがひょっこりと顔を出して、また彼女を泣かせてしまう。裾を掴む彼女の手からジャケットを引き抜き、しらばっくれるような曖昧な態度を繰り返すおれの頭の中ではこのチャンスを逃してはいけないと警報が鳴り止まない。
「……もう、好きじゃない?」
「好きじゃねェのはどっちだろうな」
好きなんて碌に言われた事ねェから分かんねェよ、そう言って彼女を遠ざければ目の前の顔がくしゃりとまた歪んだ。
「……って言ったら君はそんな顔をしてくれるぐれェにはおれのこと好きって事でいいの?」
「好きに決まってるじゃない」
「口では簡単だよ、如何とでも言える」
これは意地悪で言っているわけではない。全部、おれの情けねェ本音だ。いつの間にか彼女の愛情を疑っていた、人間の口は器用に嘘をつく。だが、その嘘すら吐き出されなくなったら?おれは何を頼りに彼女の愛を信じればいい?
「(……愛は無償なワケじゃねェんだよ、ナマエちゃん)」
勢いを殺せなかった彼女の体がおれの背中に当たる。
「……外だよ、ナマエちゃん」
「うん」
「普段は怒るくせに」
こんな場所で抱き着くのはマナー違反だ、と言っていた彼女を思い出す。自身はこうやっておれが逃げれねェ事を知っていて、こんな行動に出るくせに狡ィ女だ。
「すき、すきなの……っ、サンジが、すき」
「……」
「……おいていかないで」
「……押して駄目だったからさ、ちょっと意地悪しちまった」
結局、男は女の前で意地悪になりきれない。おれにしては頑張った方だろ、と自分自身に拍手を送りたい程だ。
「……っ、なら、さっきのいいなァってどういう意味」
「あんな風におれも好きって言われたり甘えられたりしてェなァって」
男は馬鹿だからベタな愛情表現に弱い、ツンとすまし顔をされるより自分自身を見上げて愛の言葉を一つ語ってくれる女の子が可愛いと錯覚してしまう生き物なのだ。
「おれ、女の子はもういいかなって」
はてなマークが浮かんだその顔におれはこう続けるのだった。
「素直じゃねェし碌に好きって言ってもくれねェ君で満足してるって話」
おれだって男の子だからベタな愛情表現はいくらでも受け取りてェ。だけど、愛の言葉を一つ絞り出すのにこんなにも時間を掛けるお高い彼女が可愛くて仕方ねェ辺り、おれはナマエちゃんとお似合いのカップルなのだろう。