短編3
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熱に鼻水、頭痛に悪寒、日に日に症状は落ち着いていき、完治まであと一歩という所まで来た。それなのに未だに味がしないのだ。卵が絡められたお粥、普段よりも食べやすい長さに切ってあるうどん。舌にのせて、歯を立てても口の中にその旨味は広がらない。どうしよう、と頬を濡らしたのは無意識に溢れてしまった私の涙だった。サンジが器を回収しに来る前に食べ切って泣き止まなければいけないのに私の意識とは別に涙は止まる事なく、毛布に染みる。
「っ、ふっ……」
体調が万全ではないせいで余計な事を考えてしまう。最初はまだ平気だった。思考を巡らす体力なんてなく、体の辛さの方に気を取られていたからだ。だが、今は違う。思考を巡らし、自身のスルーして来た不調に気付ける余裕がある。何を食べても味がしないのだ、あたたかい事も食感も分かる。ただ、サンジの作り出す料理の味だけが認識出来ない。
泣き声が扉の外に漏れてしまったのだろう。勢いよく扉がバタンと開き、サンジが滑り込むように入って来る。顔を濡らして、この世の終わりという顔をしてお粥が入った器を持っている私はさぞ滑稽だろう。サンジはベッドの空いたスペースに腰を下ろし、私の頬を指で拭った。
「どこか苦しい……?」
「しないの」
「ん?」
「……味がしないの」
このまま一生、戻らなかったらどうしよう、とサンジのシャツを握りながら子供のように泣く私。風邪のせいで不安定になっているメンタルでは自身の大袈裟な考えにも気付けない。どうしよう、どうしよう、と不安を募らせる私を見ながらサンジはくすくすと肩を揺らす。
「……ばかにしてるでしょ」
「違ェ。ただ、可愛いお悩みだからニヤけちまった」
サンジは私の手から器を受け取るとテーブルの上に置く。そして、未だに泣き止まない私を毛布ごと抱き上げて膝にのせる。
「大丈夫、熱だってあんなに高かったのに今は平熱まで下がったろ?」
「ん」
「味覚も同じさ」
すぐに元通りになるよ、とサンジは言う。
「味覚が戻るまで、おれもスキル上げとくか」
「ふふ、これ以上?」
「だって、君にあんな顔されたら今以上の料理を出したくなるだろ」
すごい向上心ね、とサンジの体に頭を預けながら私はくすりと笑みを溢す。先程まで私を追い詰めていた不安感はサンジの腕の中でゆっくりと解(ほど)けていく。
「……不安かもしれねェけど、あと数日我慢出来るかい?」
薬の為に飯は抜けねェからさ、とサンジは眉をハの字にして私の顔を覗き込む。
「……サンジが食べさせてくれるなら我慢する」
「っ、くく、治ってからもお願いしてェぐれェだよ」
そう言うとサンジは先程、テーブルに置いた少しだけ冷めた器を手に取り、スプーンでお粥を掬う。そして、甘い声であーんと私の口を開かせるのだった。