短編3
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恋人を模した猫を拾った、猫と言ってもぬいぐるみだが土で汚れたそれをその場に捨てておく事は出来なかった。私はその小さなぬいぐるみを拾うと土埃をパンパンと手で払い、鞄の中にしまった。船に戻ったら洗ってあげるわね、とその小さな耳を指で撫でれば、その顔がふにゃりと溶けた気がした。
船に戻り、バスルームでぬいぐるみを丁寧に洗っていれば勢い良くバスルームのドアが開く。その音にビクッと肩を揺らし、ドアの方向を振り向けば濡れ鼠状態のサンジがいた。ブロンドからは水滴がボタボタと落ち、ジャケットを濡らしている。
「……どうしたの、それ」
「はは、気まぐれな天気にやられちまった」
土砂降りだから今は外に出ねェ方がいいよ、とサンジは棚から自身のバスタオルを取るとジャケットを脱ぎ、ネクタイを引き抜く。
「私はもう用が済んだから出るわね、よく暖まってね」
「ざーんねん、君とイチャイチャ出来ると思ったのに」
「ふふ、馬鹿言ってると風邪引いちゃうわよ」
「馬鹿は風邪引かねェってよく言うだろ?」
もう、とサンジの濡れた肩をぺちりと叩き、私はぬいぐるみ片手にその場を後にする。背後から諦めの悪い声が聞こえてくるが今は無視、今は手元の恋人(仮)を乾かす事が私の最優先事項だ。
――――
恋人を模したぬいぐるみを手放すわけにもいかず、島を出航してからも一緒に航海をしている。戦いの場に連れて行ったりはしないが、枕元に置いて私なりに可愛がっている。だが、そのぬいぐるみを拾った日から不思議な事が立て続けに起こっているのだ。少々、ホラーチックな言い方をしてしまったが不幸が起きたわけでも災いが降り掛かったりしたわけでもない。
「……最近のおれの異変はコイツが原因って事かい?」
「多分……」
私がぬいぐるみの柔らかな腹部を擽れば、別室のサンジは意味もなく笑い声を上げて床に崩れ落ちる。私がぬいぐるみの口にキスをすれば、サンジは見えない誰かに唇を奪われる。何も知らないサンジからしたらホラーと何ら変わりないだろう。
「ナマエちゃん」
「……言わなかった事は謝るわ、でも、確証が持てなくて、」
「……キスするならおれでいいじゃん」
「は」
「おれだってナマエちゃんの白魚のような手に擽られて気持ちよくなりてェ。なのに、君は知らねェ間にちんちくりんな猫を愛でてたなんて……う、浮気だ……っ、君に愛撫されていいのはおれだけなのに……」
私の恋人の脳内は想像以上のお花畑らしい。責めるどころか、ぬいぐるみに嫉妬してハンカチを噛みながら悔し涙を流している。そんなものを拾って、と怒られた方がまだマシだった気さえする。
「……おれの方がテクニックだってあるし、君の期待に応えられるもん」
「ぬいぐるみに張り合って恥ずかしくないの?」
「今はそういうマジレスはいいの!おれが欲しいのは君がクソ猫にしたスキンシップ全て!」
はぁ、とサンジの熱意に押され気味になっている私はベッドの上にいるぬいぐるみに助けを求めるように振り返る。だが、ぬいぐるみは無関係だと言いたげにこちらを見ている。
「……あなたが原因なのよ」
「ナマエちゃん!アイツじゃなくて、おれ!おれを見て!」
私は痛む頭を押さえながら、サンジにこう尋ねる。
「サンジは理由が気にならないの?」
「この現象の理由さ。きっと、原因はおれだと思うんだよね」
サンジは私のベッドに歩みを進めると、ぬいぐるみを掴む。そして、私の方を向くと目尻を下げてこう口にする。
「おれの馬鹿な願いを聞き入れてくれた神様がいたみてェだ」
「神って、あなたねェ……」
「君ともっと触れ合いてェ、って思っちまったからさ」
ま、クールでドライな君も勿論好きだけどね、とサンジは手元のぬいぐるみをいじりながらそう答える。神なんて信じていないくせによく言う。
「君に触られてェ」
「君にキスして欲しい」
「たまに、ぎゅっと抱き締めて」
「それで優しく頭を撫でて欲しい」
サンジが口にする願望は私が全部このぬいぐるみにしてた事だ。そして、ぬいぐるみを通してサンジがされた事でもある。
「……情けねェ野郎の強ェ願望が形になっちまったのかもな」
お前も悪かったな、とサンジはぬいぐるみの頭をポンポンと撫で、私にぬいぐるみを差し出す。
「コイツも一応、可愛がってやってよ」
おれの次に、とサンジは悪戯な笑みを浮かべてぬいぐるみごと私を抱き締める。真実か冗談か、実際のところは分からない。だが、この海には不思議な事が山程ある。喋るトナカイ、喋るガイコツに御伽噺のような海、オールブルー。それを考えればぬいぐるみの一つや二つ可愛いものだろう。私はサンジの腕の中で非現実的な現象を受け止めながらぬいぐるみではなく目の前のブロンドに腕を伸ばす、くしゃりと乱れた髪の隙間から幸せそうな碧が覗いた。