短編3
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甘えていたのはこの現状にだ、口にしなくても伝わると高を括っていたのだ。付き合いたての頃は多少の努力をした、可愛い彼女でいようと照れ臭さを押し殺して甘えてみたりもしたが最近は全くと言っていい程にない。この付き合って数年の間に私がどんな態度でいようとサンジのフィルター掛かった瞳には良いように映る事を理解したのだ。それに私が口にしなくてもサンジが代わりに口にしてくれていた。好きや甘えたい、そんな小っ恥ずかしい台詞を口にするサンジの前で私が似たような言葉を口にする必要はないと思っていた。その時の私は恋愛は一人では出来ないという事を忘れていた。そして、その結果がこれだ。
『今日は遅くなる』
『悪ィ、今日も先に寝てて』
『急に用事が入った』
最初はメッセージの返信が遅くなった、今までは勤務時間外で数時間も返信を待たされるような事は無かった。こちらが送るメッセージに数件立て続けに送られてきていた返信とは無関係の愛の言葉。「好き」という好意が「悪い」という謝罪に変わったのはいつからだろうか。そして、サンジの腕で眠る事も減り、冷たいシーツの上で自分自身の冷えた身体を抱いて眠る日が増えた。
そして、一番変わったのは態度だ。私に対して目をハートにする事も愛を口にする事も減った。減ったというより、無くなったが正しい。代わりに違う女性を目で追う事が増えた、私とは真逆の系統の女性ばかりだ。若々しいイメージの素直そうで明るげな女性達。
「……いいなァ」
サンジの口から溢れた独り言に胸がギュッと潰れたように痛んだ。心変わりを冷静に受け止められず程、私は大人ではなかったようだ。震える指先を伸ばして、少し前を歩くサンジのジャケットを摘んだ。気だるそうに振り返ったサンジは無言で私を見下ろすと、なぁに、と感情の読めない表情を作る。
「余所見……っ、しちゃ、やだ」
ここが外である事を理解しながらも私は言わずにはいられなかった。サンジの瞳が別の女性を映す事が今の私には耐え切れなかった。その、魔法のようなフィルターは私だけに作用すればいい。
「余所見って何の話かな?」
サッパリ分からねェ、とサンジは私の心情を知ってか知らずか、素っ気ない返事を返して私から視線を逸らす。やましい事があるから視線を外したというよりも、サンジは私から興味自体が外れてしまったのだろう。
「……もう、好きじゃない?」
「好きじゃねェのはどっちだろうな」
好きなんて碌に言われた事ねェから分かんねェよ、とサンジは私の手からジャケットを引き抜く。その手付きは優しい。だが、言葉は残酷だ。これなら手を振り払ってくれた方がよっぽどマシだ。
「……って言ったら君はそんな顔をしてくれるぐれェにはおれのこと好きって事でいいの?」
「好きに決まってるじゃない」
「口では簡単だよ、如何とでも言える」
私はもう一度、好意を口にした。信じてもらえないのは仕方ない事だ。恥ずかしさを理由にしていつも逃げていた、サンジからの好意にも自分自身が伝えなければいけなかった好意からも逃げていた。そして、サンジに甘えていたのだ。彼なら許してくれる、と。
私はサンジの広い背中に抱き着く。
「……外だよ、ナマエちゃん」
「うん」
「普段は怒るくせに」
相槌は水滴が滲んで碌な音にならなかった。サンジの背中に小さな地図が出来る、ぽつり、ぽつりと涙が滲んで染みが広がる。
「……おいていかないで」
「……押して駄目だったからさ、ちょっと意地悪しちまった」
「……っ、なら、さっきのいいなァってどういう意味」
「あんな風におれも好きって言われたり甘えられたりしてェなァって」
まさかの事実に私は顔を上げられなくなる。勝手に勘違いして嫉妬した挙句、不安になり号泣なんて恥ずかしくて仕方ない。
「おれ、女の子はもういいかなって」
「?」
「素直じゃねェし碌に好きって言ってもくれねェ君で満足してるって話」
だけど、たまにはくれねェと駄目だよ、とサンジは数年の溜まりに溜まった文句という名の甘い悩みを私にぶつけるのだった。