短編3
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はじめは少しの出来心だった、サンジの人懐っこい笑みが近所で飼われている大型犬の愛らしい顔と重なって私は相好を崩したまま、後ろから抱き着いてくるサンジの腕の中で大人しくしていた。だが、何度も旋毛に降り注ぐサンジからの口付けに心臓の柔らかい場所がキュンと音を鳴らして、私の抑えていた出来心を刺激した。
「サンジ」
後ろを振り向き、私は呼び慣れた名前を口にした。そして、両手でサンジの口元を覆う事が出来るぐらいの丸を作る。その丸をサンジの顔の前にグッと突き出せば、サンジは不思議そうな顔をしてパチパチと瞬きを繰り返す。髪色と同じ色をした金色の睫毛がサンジの瞳をふわりと隠してしまう。だが、直ぐにサンジは何かを閃いたのか、私が差し出した手の輪っかの中に顔を突っ込んだ。そして、へにゃりと表情筋を溶かして私を見上げる。
「これって何の遊びかな?」
「……か、可愛い」
「へへ、サンジくん可愛い?」
以前は可愛いと言えば、顔をむくれさせていたのに今じゃコレだ。可愛い=可愛がられるとサンジ本人が都合が良いように解釈したのか今のサンジは可愛いも格好良いも素直に受け取ってくれる。
「いちばん可愛い」
両手を添えてサンジの肉の薄い頬をこねる私の両手に手を重ねて、サンジはこう口にする。
「いちばんは君だろ?」
おれは二番目、とサンジは私の左手に可愛らしいリップ音を鳴らしながら口付ける。それすらも飼い犬にぺろぺろ舐められている飼い主のような気分になる。近所のゴールデンレトリーバーと重ねていると言ったらサンジはどんな顔をするのだろうか。
「それで、この遊びは何かな」
「……怒らない?」
「っ、くく、怒られるような事なのかな」
「たまたま見た動画があって……」
サンジは私の言葉を繰り返し、動画と口にする。
「カップルチャンネルみてェな事?」
質問に対して私は首を左右に振って否定する。そして、飼い主の作った輪っかに飛び込む犬の動画だと白状する。
「おれが犬……?」
サンジは自身を指差して、そう私に尋ねてくる。そこに怒りや不満は見えない。ただ、予想外の答えだと言いたげな戸惑いが浮かんでいる。
「人懐っこいところがワンちゃんみたいだから、つい」
「おれはお利口だから誰にでも尻尾振ってるワケじゃねェよ」
君にだけだよ、とサンジは見えない尻尾をパタパタと振りながら私に頬を擦り寄せる。そして、そのまま尻尾の代わりに腕をぎゅっと巻き付けてくる。
「おすわりもお手も君が望むならしてみせようか」
サンジの片腕は私の腰を抱き、もう片方の手は私の手の平の上に重なる。そして、わん、とサンジは一鳴きするとそのまま重なった手を絡め取る。
「お利口なワンちゃんだこと」
「可愛がり甲斐があるだろ?」
喉を鳴らすように笑ったサンジは顎をこちらに出して、撫でて、と犬の真似事を続ける。数時間後には可愛さを捨て、狼犬のように私を食らい尽くすのが目に見えている私は束の間のサンジの可愛さを楽しむのだった。