短編3
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「失礼、相席しても?」
頭上から降ってきた問いに反射的に顔を上げる、見上げた先にあった顔は私がよく知る者の顔であった。一年前に最後の思い出にとその主旨を明かさずに最後のデートだってした。普段よりも甘えたな私の態度にサンジは狼狽えもせず、それが当たり前とでもいうような顔をして私の我儘とも取れる欲求を受け止めてくれた。最後とも知らずに優しい人だ、と私は余計な言葉を胸の内にしまってサンジの前から静かに消えた筈だった。
「……サンジ、何で」
サンジは私の正面の椅子に座ると近付いて来た店員に注文をはじめる。アイスコーヒーを一つと場違いな笑みで受け答えをするサンジの真意が分からず、私は逃げ出す事すら出来ない。
「ひとつの違和感はそのうち大きくなる」
「違和感……」
「視線、仕草、行動」
サンジは指を立てて、その三つを上げる。そして、私の手を煙草を持った手とは逆の手で自身の方に引き寄せると私の耳元に顔を近付けて何かを耳打ちする。
「失踪の旅は楽しかったかい、レディ」
掛けられたのは皮肉を込めた言葉だけだ。サンジのブロンドの隙間から覗いた碧い瞳からは感情が読み取れない。憎いと思っているのか、黙って消えた薄情な私を責めているのか今の私には何も分からない。ただ、罪悪感だけが私の肩にのし掛かる。
「……逃げるなら最後までちゃんと逃げて」
おれに期待させねェでよ、とサンジは私の髪に手を伸ばしてくしゃりと乱す。そして、困ったように笑う。
「ちゃんと諦めさせてよ」
「……なら、何で来たの」
このまま連絡せず、探さず、数カ月、一年と時間が経過すれば自然消滅としてこの関係を片付けられた筈だ。全てを私のせいにして終わらせれば良かったのだ、そんなサンジを誰も責めやしないだろう。だって、サンジは何も知らなかったのだから。
「君の未練になりに来たんだ」
「未練って何よ……」
「捨てた男の顔としつこさを覚えとけ、ってな」
人聞きが悪いと責められないのはサンジの言葉に間違いなんてないからだ。私は失踪という身勝手な方法でサンジを捨てたのだ。理由の一つも伝えずに知らない土地で生きていく決心を決め、その手をサンジの気付かぬ内に離した。
「……サンジにメリットが無いわ」
「メリットねェ」
「それにあなたはもっと利口なやり方を知ってる筈よ」
私の事を忘れて幸せになるやり方をね、そう言って伝票を持って立ち上がろうとする私の手からサンジは伝票を奪う。そして、真っ直ぐに私の瞳を射抜く。
「自分の女と会うのに利口さなんて必要ねェだろ」
「……もう、あなたの彼女じゃ、」
「おれさ、言われてねェし言ってねェんだわ」
別れるなんて一言も、そう口にするサンジの顔に諦めなんて言葉は浮かんでいなかった。
「今、君が別れてって言ったら別れるよ。それでまた惚れさせて、二度目の告白といこうか」
「明日にはここを出るわ」
「旅には用心棒が必要だと思わないかい?今から面接でもどう?」
「……しつこい男は嫌われるわよ」
「っ、くく、それじゃ、おれはまだ君に好かれてるみてェだ」
私は自分自身の失言に気付く、これでは嫌いじゃないと言ってしまっているのと変わらない。頭を抱えて、テーブルに突っ伏す私の頭上からサンジの喉を鳴らすような笑い声が降ってくる。
「もう、諦めておれのとこに帰っておいでよ」
「……どの面下げて戻ればいいの」
「んー、そのクソ可愛い顔かな♡」
本当に馬鹿なんじゃないの、とサンジの腕をバシバシと遠慮なく叩く私。サンジはそれすら嬉しそうに受け止める。
「君って照れると先に手が出るよね、っ、いて、足も出るようになっちまってる」
サンジの脛にヒールの爪先をコツンと当てれば、ここに来てはじめて自身の口から笑い声が溢れた。
「っ、ふふ、笑わせないで」
「ナマエちゃんを笑わせてェから」
おれは君の近くにいてェの、そう言ってサンジは頬杖をついたまま、一年前と何も変わらない世界で一番優しい笑みを私に向けるのだった。