短編3
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吐き出した煙草の煙越しにサンジは視線をこちらに寄越す。その瞳はぞくりとする程に冷たい、何か言わなきゃいけないのに私の口からは吃ったような声しか出て来ない。そして、下を見ればサンジの長い脚が私の背後の壁へと叩き付けられている。押し付けられた脚は私の行く先を塞ぎ、行動を阻害する。
「君の頭には何が詰まってるんだい」
自身の頭をコンコンとノックするサンジ。今のサンジからは普段の甘さは感じられない、まるで知らない人間と向かい合っているような気持ちになる。その凍てつく碧眼も鋭く尖った言葉もサンジの皮を被った別の人間のようだ。
「……聞き入れねェなら、分からせるしかねェ」
サンジは短くなった煙草を地面に捨てるとそれを靴底で踏み、火を消す。その潰れた煙草に次は私がああなるのかと自身を重ねてしまう。ヒュ、と呼吸が乱れ、背筋に冷や汗が垂れる。
「フッ、おれに怯えるくれェじゃハニートラップなんて出来る筈ねェだろ」
頭の上で固定されるように両手首を持ち上げられる、配慮されていないサンジの力加減に普段どれだけ私がサンジに大事にされていたかを思い知らされる。
「……っ、痛」
「その手で汚ェクソ野郎に奉仕でもするのかい?」
君は上手だからお相手も嬉しいだろうね、とサンジは皮肉たっぷりにそう言うと顔をこちらに近づけて私の耳朶に歯を立てる。生々しい音が鼓膜に響き、脳が揺れる。
「……この状況でそんな甘ェ顔してたら男は最後までいっちまうよ」
「さ、サンジだから」
こうなってるの、と私は恥を忍んでサンジにそう伝える。怖いし痛いのにサンジにやられているというだけで私はハニートラップを仕掛ける側から仕掛けられた馬鹿な女に成り下がる。
「おれ以外に媚びるような真似しに行くくせにナマエちゃんは悪ィ女だね」
「ただの作戦じゃない」
「作戦が毎回成功するとは限らねェだろ」
それに一回でも成功したら君は何度でもやるに決まってる、とサンジは吐き捨てるようにそう言うと掴んでいた私の手を離して拘束を取る。サンジは長い前髪をくしゃりと乱すと先程の怒りは何処にやったのか、髪の隙間から濡れた瞳を覗かせる。
「……え、泣いてる?」
「っ、ぐす、恋人が自分を餌にして敵を誘き寄せるなんて耐え切れねェし君に理不尽にキレちまうし最悪だ、絶対ェ嫌われた……もう、むり」
「情緒不安定過ぎるでしょ」
「だ、だって……っ、君に怖ェ思いさせたくねェのに」
「さっきのサンジは怖かった」
私の素直な意見にサンジは床に崩れ、膝に顔を埋める。丸まった背中はジメジメとしていてきのこが生えそうだ。
「怖かったのは本当だけど止めてくれたのは嬉しかったわ」
「……彼女だもん、何が何でも止めるよ」
「ふふ、今のキュンってした。彼女だって、私」
「それはそれは可愛い彼女だから大事にしてェの」
サンジは顔をこちらに向けると、君自身にも君を大事にして欲しい、と口にする。だが、すぐに私の赤くなった手首に気付き、ポロポロとスラックスに涙を吸い込ませていくサンジ。
「……っ、本当すまねェ」
このままでは自身の大事な手まで犠牲にしてしまいそうなサンジ。
「サンジって力が強いのね」
「へ」
「今の今まで知らなかった」
普段が優し過ぎるから、そう言って私はサンジの肩にゆっくりと凭れ掛かり、甘えるように頭を擦り寄せる。
「ほら、止めたんだからハニートラップ以外の方法を一緒に考えて」
自分自身を大事になんてサンジはつくづく海賊に向いていないと思う。だが、この甘さが今の私には丁度良かった。