短編3
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美味しい?と尋ねられるのが苦手だ。そして、人との食事も苦手。私にとって生きていく中で一番気を使うのは食事だ。体型維持や食事へのこだわりに気を使うワケではなく、ただ、得意じゃないのだ。別に摂食障害や食事へのトラウマは無い。言葉にするのは難しいが『無関心』という単語が一番しっくりと来る、生きる為の作業の一環とでも言えばいいのか、その作業に美味しさもそれ以上も必要としていない。
「美味しいかい?」
「えぇ、絶品よ」
笑みの裏に本音を隠すのはお手の物だ。確かにサンジの料理は美味しい、私以外が食べたら目を輝かせておかわりを強請るのだろう。きっと、その反応が正しい。口いっぱいに肉を詰めてゴム風船のようになっている船長も酒を寄越せと言いながら見た目に反して綺麗な所作で箸を進める剣士も可愛らしく頬に手を当てサンジが用意したみかんソースが掛かったソテーを頬張っている航海士だって皆、皆、おかしくない。きっと、ここだけ見たら最低限の量をもそもそ不味そうな顔をして食べている私が異質なのだ。
「なら、良かった」
安心したようなサンジの笑みに曖昧な笑みを返して、私は残りを口に入れる。食事の度に彼の人生を否定しているようで苦しくなる。恋人を騙している罪悪感に腹が満たされる。体が重くなり、口から吐き出しそうになるのだ。別れて欲しい、という言葉が。
罪悪感は食事を重ねるごとに増していく。段々と食事を取るのも億劫になり、キッチンに近付く回数も減った。サンジは体調による不調だと思っているがこれは心身からくる限界だ。
「ナマエちゃん、今日は」
食事の有無を聞きに来たサンジの言葉に重ねるように私は言ってはいけない一言を口にした。
「……もう、別れたい」
あなたといると苦しいの、と溢した声は震えていた。食事より別れたいと口にする方が何倍も苦しいだなんて今の今まで知らなかった。口にすればスッキリ出来ると思っていた数分前の己を殴ってやりたい。これでは、ただお互いに苦しいだけだ。
「……理由は何」
「私の勝手な罪悪感」
「君の食生活と関係するなら是非とも聞かせて欲しいな」
サンジの言葉に私の時間が止まる。何で、どうして、とパニックになりそうになりながらサンジを見上げる。
「食うのが苦手な人間だってそりゃいるだろ。皆が皆、ルフィみてェにメシって騒いでいられるわけじゃねェからな」
それに君は最低限食ってるし、おれがあれこれ口出してストレスになっちまうのは嫌だから、とサンジは私の背中に腕を回す。
「これ以上細くなったら折っちまいそうだから程々には食って欲しいけどね」
「……別れたいって言ったわ」
「おれはいいよって言ってねェもん」
それに後悔してるって顔してる、そう言ってサンジは私の両頬をムギュッと潰す。
「おれと別れたって腹は減るし、おれは君に食事を出すのをやめねェよ」
「……あなたの全てを否定してる気になるの」
「おれは否定されたりなんてしてねェよ」
「サンジは優しいから……」
未だに自分自身を許せない私はサンジの言葉を払い除けるように後ろ向きな言葉を重ねる。だが、目の前のサンジはそんな私の手を引くように前を向かせる。
「なら、君は優し過ぎて天使だね」
「っ、ほんと、やだ」
何で折れてくれないの、とサンジの胸板を叩いてもその体はびくともしない。
「おれの譲れねェプライドより君が大事だからだよ」
後悔しねェようにおれは君が離した手をもう一度掴むよ、とサンジは言う。その姿にもう折れる以外の選択肢は私には残っていなかった。