短編3
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好きな人の前では可愛くいたい。お淑やかに上品に些細な仕草に気を付けて、あざといぐらいが丁度いい。普段との差にナミが顔を顰めていても気にせずに少食のフリをして齧り付きたいところを一口サイズに切り、小動物のように小さく口を動かす。その姿にサンジくんは期待通りの反応をくれる。女の子らしくて可愛い、と目尻を垂らしてこちらを見るサンジくんに私はホッと胸を撫で下ろす。小さなポイント稼ぎはきっと間違いではない。好きな事を我慢するのはきついが、サンジくんに引かれるのはもっときつい。
「お口に合ったようで何よりだ」
「わたしね、サンジくんのお料理がいちばん好きよ」
頬杖をついたまま、サンジくんは私の頭をポンポンと撫でる。そして、私をプリンセスと呼び、王子様のような微笑みをこちらに向けてくる。
「コック冥利に尽きるよ」
プリンセスなんて柄ではない。だけど、この人の前では姿を偽ってもプリンセスでいたかった。か弱くはいられないが出来る限りサンジくんの理想でいたかったのだ。未だに告白も出来ていない、それにサンジくんの矢印はあちらこちらに向かって伸びている。他にもプリンセスは沢山いる。だが、最後にガラスの靴を履かせてもらうのは私がいい。
そんな馬鹿な夢物語は簡単に終わりを告げた。
「……ナマエちゃん?」
あぁ、終わった、と頭の中でガラスの靴が粉々になった。今の状態からお淑やかな振る舞いをしたってもう遅い。手には顔よりも大きなハンバーガー。口の端にはソースの痕が付き、口の中には肉厚なお肉とバンズ。そして、申し訳程度の葉っぱ達がパンパンに詰まり、ハムスターのようになっている。サンジは私の正面の椅子に腰を下ろすと私の口の端に付いたソースを指で取り、自身の口の中に入れる。
「……チッ」
突然の舌打ちに泣きそうになっていると、サンジくんはボソッと文句を口にした。
「おれのソースの方が美味ェだろ……」
「へ……」
私は急いで口の中のものを咀嚼し、皿にハンバーガーを置く。そして、黙り込んでしまったサンジくんの様子を窺う。
「さ、サンジくん……あの、これは、」
「うそつき」
サンジくんの料理がいちばん好きって言ってたくせに、とサンジくんは下を向く。整った顔がさらりとした金髪に隠れてしまう。
「わたし、サンジくんのお料理がいちばん好きよ。嘘じゃないわ」
「おれの飯、食ってる時はそんな顔しねェもん……」
作ってる顔っつーのかな、あれってさ、意外と分かるもんだぜ、とサンジくんは眉を下げて寂しそうに笑う。
「あ、あれは違くて……」
「何が違ェの」
味、見た目、どっち、と迫ってくるサンジくんに私は勢いよく首を振って否定する。違うのはサンジくんの料理ではなく本当の私だ。
「……沢山食べるプリンセスなんていないでしょ」
あなたの前では可愛い女の子のフリをしたいの、と今更繕った所でもう遅い。下を向く私の両頬に手を添えたサンジくんは目線を合わせて、フリなんてしなくても君は可愛いよ、と優しい言葉を掛けてくれるが信じきれない私は曖昧な笑みを浮かべる。
「飯食う顔、もっと見せて」
「……いつも見てると思うんだけど」
「違ェ、さっきみたいに頬袋パンパンにしてさ、すっげェ美味そうに食うとこが見てェ」
「……げ、幻滅しない?」
しねェ、とサンジくんは前のめりになって私の小指に自身の小指を巻き付けた。嘘付いたら針千本と歌うサンジくんの柔らかな低音に合わせて繋いだ小指を揺らせば、サンジくんは満足そうに頷いた。そして、この日からサンジくんの餌付という名の求愛行動に目を回す事になるなんてこの時の私は知る由もなかった。