短編3
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約束と小指を絡めた筈なのにお酒が回った頭では碌な判断が出来ない。何を約束していたっけ、と揺れる脳味噌を回転させても途中で降参の札が上がる。危うげな足取りで店から出れば見知った男が停車してある車の窓からこちらに手を振る。あれ、なんで、と首を傾げる私に友人は呆れたように笑い、こう口にする。
「あんたの事だから呼んだくせに忘れてるのよ」
「えー……うん、否定出来ない」
「ほら、早く行ってあげなって」
「うん、今日はありがと」
きっと、友人も近くに彼氏を待たせているのだろう。少しだけ小走りになったその背中ににんまりと笑みを浮かべ、停車してあるサンジの愛車の助手席に乗り込む。煙草の匂いが香る車内にはもう慣れた、以前は少しだけ苦手だった香りも今ではサンジに包まれているようで安心する。
「楽しかったみてェだね」
「分かる?」
ふわふわと陽気に笑う私を見て、サンジは眉毛を下げて笑う。副音声を付けるのなら、仕方ねェ子、とでも聞こえてきそうな表情だ。
「今日の約束はどこに落として来ちまったのかな」
「んふふ、どこでしょう?」
「駅か、居酒屋か……それとも、君の頭の隅かな?」
コンコンと戯けるように頭をノックされる。約束したこと自体は覚えているが約束の中身だけが綺麗さっぱりだ、普段から忘れっぽい上に今はお酒を飲んでいる。
「指切りした事は覚えてる」
「中身を覚えてなきゃ意味がねェんだよ、レディ」
サンジの注意は全く持って正論だ、何も間違えていない。返す言葉が無いというのはこういう時に使うのだろう。助手席で小さくなる私にくすりと笑ったサンジは私の横の髪を指で掬い取り耳に掛ける。そして、そのまま顔を覗き込んでくる。
「帰りは迎えを呼ぶ事、遅くなるようなら連絡をする事」
野郎の匂いを付けて帰ってこねェ事だけは合格だ、とサンジは私の肩口に高い鼻を押し付ける。
「……怒った?」
「なぁに、怒って欲しいの?」
サンジはそう言って私の顎の下に指を滑らせる。クイっと顎を上に持ち上げられたまま、サンジの感情が読めない碧眼に晒される。
「説教は趣味じゃねェんだ、それに君の忘れグセにも最近は慣れてきたよ」
でも、飴だけ与えてやれるほど聖人でもねェからさ、とサンジは私の顎から手を離してシートベルトを装着するとレバーを移動し、ゆっくりとアクセルを踏む。
「嘘付いたらキス千回」
「……は?」
「今、深ェのしたら飲酒運転になっちまうから家でね」
「じゃなくて、千回って……」
「針よりは甘ェ罰だろ。なァ、ナマエちゃん」
運転席から目を逸らして、私は前を向く。目の前の青信号に赤になれと念を送りながら、私はサンジから与えられる罰から逃げる方法を考えるのだった。