短編3
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敵の目を盗んで記した場所はここではない、近くにあるもう一つの倉庫だ。そこは業者が引き払ってしまったのか、中はもぬけの殻だ。ここに連れて来られる間、繋がれたのは手足だけだった。目隠しをさせなかった時点で敵の負けだ。敵の目的であるサンジはここには来ない、私の狙い通り空っぽの倉庫に向かう筈だ。サンジが来る事を今か今かと待ち侘びている敵には悪いが私からしてみれば、そんなくだらない目的でサンジを呼び寄せるなと言いたい。
「……馬鹿みたい」
人質に私を選んだってサンジは来ない、敵はサンジを勘違いしている。サンジは女全般に弱いわけではない。それに女に生まれたからってサンジのお気に入りになれるわけでもない、私はどちらかと言えば逆だ。お気に入りどころかサンジの視界に入るだけで目を逸らされる程度には嫌われている。心当たりは無いがその鈍感さに腹を立てたのかもしれない。無意識に何かサンジが嫌がる事をしていたのなら謝りたいと思うが、その前に私は此処から逃げられるのだろうかという嫌な疑問が湧いてくる。ジャラジャラと重い音を立てる鎖。手足だけではなく、悪趣味なアクセサリーのように首に掛けられた錠が私の自由を奪う。よく似合っている、と頬を撫でる手が気持ち悪くて唾を吐き掛ければ、頬を殴られ口内に鉄の味が広がる。
外から聞こえる轟音のような音に目を見開く。そして、瞬時にサンジが来た事を察した私の頭の中は何で、どうしてのオンパレードだ。仲間だからといって助ける義理は無い、嫌いな人間を助ける必要だって無い。ここでサンジが来たってサンジにはメリットが無いのに何故だ。扉を蹴破ったサンジは一度、こちらに視線を向けるとその綺麗な碧眼を怒りで上書きする。
「……テメェらだけは絶対ェに許さねェ」
サンジの怒りの原因に辿り着けない私は一人ぽかんとしながら目の前で巻き起こる惨事を見ていた。先程、唾を吐き掛けた人間の腕はおかしな方向に曲がり、口からは悲鳴にならない弱々しい声が漏れている。体格の割に出す悲鳴は控えめなのね、と現実逃避した所で目の前の惨事は変わらないし、サンジの怒りの原因にすら辿り着けない。倒れた敵を部屋の隅に蹴り捨てたサンジはこちらに近寄って来る。そして、私の首と四肢の自由を奪っていた錠を手で壊す。サンジの大事な手が傷付いてないだろうか、と一人オロオロする私をサンジはその腕で抱き締める。
「……遅くなっちまってすまねェ」
腫れた頬に触れないようにサンジは私の顔に触れる。そして、その碧眼に私を映す。
「おれを助けてくれてありがとう、ナマエちゃん」
「……助けはいらなかったかしら、この調子なら」
辺りを見渡して、そう口にする私にサンジは首を左右に振る。
「あー……少し頭に血が上っちまってさ、やり過ぎちまった」
「……また、私のせいかしら」
きっと、この程度の敵に捕まった私に腹が立ったのだろう。私は急いで立ち上がると汚れた衣服から埃をパンパンと払い落として、サンジに笑い掛ける。
「弱くて腹が立つわよね、これでも二年の間で強くなったつもりでいたんだけど私って駄目ね……貴方の気に触る事ばかり、」
弱音を口にする私の腕を引き、背中に腕を回すサンジ。突然の抱擁に驚いた私はされるがまま、その分厚い胸板に倒れ込む事しか出来ない。
「好きな女に守ってもらった挙句、君が傷付く前に助けられなかった自分自身に腹が立つ……それにまったく君に好意が伝わってねェのも気に入らねェ」
へ、と私の口から気の抜けるような一音がこぼれ落ちる。
「嫌いの間違いでしょ……?」
「おれの態度で勘違いさせたなら謝るよ」
本命へのアプローチの仕方が分からなくて、クソみてェな態度をしてた自覚はあるんだ、と特徴的な眉毛をハの字に下げたサンジは迷子の子供のように視線を彷徨わせる。
「……こんな血生臭ェ場所で言うべきじゃねェって分かってるんだけどさ、言ってもいいかな?」
「もっと器用でロマンチストな男だと思っていたわ」
「……うっ、それは」
私はくすくすと肩を揺らすと、その丸まった背中に腕を回す。
「さっきまで嫌われてると思ってたからすぐに答えを出すのは無理だと思うの」
「あぁ」
「でも、私って流されやすいところがあるの」
だから、あなたがちょっと強引に来てくれたら靡いちゃうかも、そんな思わせぶりな台詞を残してその場から走り出す私は存外惚れっぽい。今だって助けられた時点で私の心はコロッとサンジに傾いていた。その本音に触れる前にもう手遅れなんて己の事ながら笑ってしまう。
「待ってくれ、ナマエちゃん、それって、」
後ろから迫って来る革靴の音に緩めた足は今から始まるサンジのアプローチを待ち望んでいた。