短編3
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サンジが提示してきた時間から、とうに二時間は経過している。きっと、もう待ち合わせ場所にはいないだろう。唯一の連絡手段であるスマートフォンの充電は落ち、真っ暗な液晶に私の泣きそうな顔を映すだけの鏡と化している。腕につけた華奢な腕時計に視線を落とし、溜め息を一つ溢す。そんな事をしても道路の規定速度は変わらないし、残業で消えた時間は戻って来ない。遅れた言い訳すら本人に伝える事が出来ない時点でもう終わっている、諦めてタクシーの運転手に自宅までの道程を教えた方が幾らかマシな気さえしてきた。なのに、諦めの悪い私は待ち合わせ場所の近くにタクシーを停めてもらい、そこから身嗜みなんて二の次にして全速力で走っている。下ろしたての靴が靴擦れを引き起こして走る度に踵に痛みが走るが、そんな事は気にしていられない。
じわりと水滴が浮かぶ。目尻にぷっくりと涙の粒が盛り上がり、ぼとりと落下していく。
「落としちゃ勿体ねェよ」
せっかくのデートなのに、と耳馴染みのいい低音が私の涙を受け止める。濡れた頬にひんやりと冷え切った手が伸びてくる。あまりの冷たさにビクッと体を揺らせば、その手はゆっくりと遠ざかり、暖を探すようにポケットの中に収まる。
「……なんで」
「ん?」
「っ、何で二時間も待ってるのよ!手だって、こんなに冷たくなって……」
サンジのコートの襟を掴み、分厚い胸板を叩く。なんで、どうして、と泣きじゃくる私の背中にサンジは腕を回すとこう口にした。
「だって、君は来ただろ」
「……それは結果論じゃない」
「それとも君の気遣いかな」
気遣いとはどういう意味だろうか、私はサンジの言葉の意味が分からず黙ったままで続きを待つ。
「君とのデートは未だに緊張するからさ、待ち時間がねェと君の可愛さにぶっ倒れちまう。だから、君が望んでいなくてもおれは君の遅刻した二時間に感謝してる」
「は」
「だからさ、待たせたじゃなくて待たせてやったんだって考えようぜ」
恋人ながら目の前のサンジが何を言ってるのか分からない。短いとは言い切れない月日をそれなりに一緒に過ごしている筈なのに未だに私ごときに緊張するなんて嘘だ。そんな、疑いの気持ちが顔に出ていたのかサンジは喉を鳴らして笑う。
「っ、くく、おれは本気なのに酷ェの」
「だって、」
私の唇にちょんと当たったサンジの人差し指。
「おれは君がもし来なくても待ってたよ」
「……どうして」
「だって、待ってるって約束したろ」
待ってるから気を付けておいで、脳内に流れる優しい言葉。それはデートの約束を取り付ける際にサンジが決まり文句のように送ってくる一文だ。
「ちゃあんと良い子に待ってたよ、おれ」
「……ご褒美をあげたいくらい」
「ご褒美のおねだりは許される?」
「叶えられる範囲で」
サンジは私の手を引きながら歩き出す。
「デートは延期にしてさ、おれん家でゆっくりしねェ?」
君が急いで来てくれた証拠が癒えるまで、そう言ってサンジは私の靴擦れを起こした足に配慮しながらゆっくりと歩みを進めるのだった。