短編3
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テレビの画面に映る氷のリンク、その上を滑るのは私達と同年代のカップルに親子連れ。新しく出来たというスケートリンクの客層は様々だ、どうやら初心者でも数十分もあればスイスイと滑れるようになるらしい。私は隣で同じように番組を見ていたサンジのシャツの裾をクイッと自身の方に引いた。
「ん、どうしたの?」
「スケート、私も行ってみたい」
「……スケートリンクに立つ君は氷の精みたいなんだろうね」
ぽやんと熱に浮かされたような顔でサンジは私の手をぎゅっと握る。これはオーケーということでいいのだろうか。私は意識を何処かに飛ばしているサンジの頭をコンコンとノックして、もう一度、誘いを掛ける。
「スケート連れて行ってくれる?」
「勿論」
おれはデートの誘いを断ったりしねェよ、とサンジは握っていた私の手の甲に口付けを落とす。
「氷の上でも何処へでもおれがエスコートするよ」
「サンジは滑れるの?」
「君に恥をかかせない程度ってとこかな」
器用なサンジの事だ。氷の上で私を抱きしめたまま、スケート選手のようにくるくると何回転も回る事だって出来そうだ。
「あれ、もしかしてハードル上がっちまった?」
「ふふ、エスコート期待しているわ」
そう言って、私は未だにテレビの画面に映っているスケートの特集に視線を向ける。画面上のカップルのようにサンジとスケートを楽しむ事が出来たら滑りの上手い下手なんてきっとどうでもよくなる。何事も楽しんだもの勝ちなのだ。
―――――
お互いの休みが重なった週末、オープンから少し経ったお陰もあり、以前よりもあまり混んでいないようだ。あまり人混みが好きではない私からすれば、絶好のスケート日和とも言える。私はスケート靴に履き替え、サンジの差し出した手に掴まる。
「怖くねェかい?」
「サンジといて転ぶ方が無理じゃない?」
私がひっくり返っても絶対受け止めてくれるでしょ、そう返す私にサンジは少しだけ驚いたような表情をする。だが、その表情はすぐに崩れて、へにゃりと可愛らしい笑みを浮かべる。だらしないわけではない、柔らかで安心してしまうような笑みだ。
「うん、任せて」
サンジの優しい手に連れ出されて、私は一歩を踏み出す。つるりと滑る足下が気になり、つい視線が下がってしまう私の手を引きながらサンジはこう口にする。
「デートは下ばかり見てちゃ楽しめねェよ、レディ」
「つい、落ち着かなくて」
「君の可愛い顔をおれに見せて?」
私は視線を少しだけ上げて、サンジを見上げる。
「そう、そのまま」
おれにエスコートされて、とサンジは私の両手を握りながら、まるで氷の上でダンスをするように迷いなく足を動かす。少し前を進むサンジの器用な滑りに目が離せなくなる、下を向いていたら、この美しい滑りを見逃していただろう。
「はは、次はおれに夢中かい?」
「あなたの方が氷の精みたい」
「おれには荷が重いかな」
そう言って肩を竦めるサンジにくすくすと肩を揺らしながら笑っていれば、段々と氷の上が怖くなくなってくる。さっきまでの情けないへっぴり腰はもう卒業だ、美しく氷の上を舞うように滑るサンジに見合うように私は背筋をピンと伸ばした。そんな私を見ながら、サンジはどこか不満そうだ。
「……慣れてきたみてェだね」
「あら、不満?」
「いや、んー……ただ、君が滑れるようになったらこの手はお役御免かな、って」
ちょっと切ねェっつーか、寂しいっつーか、と歯切れ悪く答えるサンジ。握られたままの手にぎゅっと力が入れられる。
「まだ、ちょっと下手でいてくれねェかなァって」
サンジは特徴的な眉毛を下げて、甘えるような口調で訴えてくる。先程まで頼もしかった筈のサンジとは別人のようだ。だめ?と少しだけ腰を屈めて、こちらに上目遣いで尋ねてくるサンジ。
「途中でエスコートを投げ出すなんてマナー違反よ」
そう言ってサンジの手を引き寄せれば、途端にその顔に輝きが戻る。
「ナマエちゃん……!」
「ふふ、ほら、連れて行って」
あと半周も滑れば、私はその手を離れる事が出来るだろう。だが、手を握る理由を手放すにはこの手はあまりにも優し過ぎるのだ。