短編3
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誰かを想っている横顔に魅了された時点でサンジの恋の勝敗は決まっていた、闘いの舞台にも上がれずに恋い焦がれた彼女をウェイターとして見つめる日々は美しくも切ない。店のざわめきさえ薄れて、鼓膜が彼女の音を拾おうと必死に聞き耳を立てるが聞こえたのは彼女の愛らしい鈴の音ではなく、重苦しい溜息だ。つい、心配になり、そちらに視線を向ければ彼女は浮かない顔をして料理を見つめていた。嫌いなものでも入っていただろうか、とサンジは彼女の横顔をじっと見つめながらテキパキと仕事をこなす。意識がそちらに向いていようが、手が仕事を覚えている。
「ウェイターさん」
甘やかな声がサンジを呼ぶ、遠慮がちに挙げられた手に引き寄せられるようにサンジは彼女のテーブルに向かう。そして、余計な事は口にせずにテンプレート通りの対応をするサンジ。余計な事を口にしない為に必要最低限の会話しかしないのは彼女にだけだ、女性に対して見境が無い事を知っている従業員や店の常連はサンジに訪れた春を遠くから見守っている。最初は冷やかしてやろうと思っていた従業員達もサンジの報われる事のない春に気付いてからは誰も口に出さなくなった。
「あなたの休憩は何時から?」
「おれの?」
「……相手が来れなくなってしまったの。だから、一緒にランチを食べてくれない?お金なら私が払うから心配いらないわ」
「……何でおれか聞いてもいいかい?」
彼女は辺りをキョロキョロと見渡すとサンジに手招きをする。そして、サンジの耳元に顔を近付けてこう口にした。
「いちばん怖くないから」
「っ、はは、あいつら厳ついもんな」
先程の態度とは違って年相応な態度で彼女に接するサンジ。そんなサンジ達の話を盗み聞きしていたゼフはぶっきらぼうな態度でサンジに休憩を言い渡す。盗み聞きなんて趣味悪ィぞ、ジジイ、と歯向かってくる馬鹿息子の金髪頭を小突いてキッチンに戻るゼフ。その顔には報われない春に芽吹いた小さな芽を愛おしむような笑みが浮かんでいた。
「……っつーことで、ご一緒しても?」
「ふふ、私が誘ったんだからいいに決まってるわ」
サンジは彼女の向かいの席に座ると借りてきた猫のようにピシッと背筋を伸ばして、静かに彼女の様子を伺う。彼女はそんなサンジの様子に小さく吹き出すと、取って食べたりしないわよ、坊や、と茶化すようにサンジの頬を指でなぞる。
「坊やは止めてくれねェかな、レディ」
「だって、私より若いでしょ」
「レディは幾つになっても少女だよ」
「ここには何度も来てるけど貴方って想像より楽しい人なのね」
知らなかったわ、と彼女は笑みを浮かべると少しだけ冷めたメインディッシュに口を付ける。
「ここのお料理って冷めても美味しいわよね」
「腕の良いシェフがいるんだ」
君の目の前にね、とサンジは自分自身を指差して器用に片目を閉じる。
「ウェイターさんじゃなかったのね」
「まぁね、今は人手不足だから仕方ねェんだけどさ」
そう言ってサンジは目の前の冷めきった料理を指差す。
「これ、食ってもいいかい?」
「……新しいものを頼まなくてもいいの?」
「食材を無駄にしたくねェから」
あ、でもお相手さんが来れなかったのは仕方ねェ事だし君のせいじゃねェよ、とフォローを入れるサンジに彼女は眉を下げて力なく笑う。
「……来てくれないって分かってたの」
「へ」
「口約束なんてそんなものよね。最初は悲しかったけど、もう慣れちゃった」
「……とんだクソ野郎じゃねェか」
「そうね、どうしようもないクソ野郎なの。でも、私も彼と大して変わらないわ」
そう言って彼女は窓から海を眺める。誰かを想う横顔は正面から見ても綺麗で余計に切ない彼女の胸の内が伝わってくる。
「なら、おれとも口約束しようよ」
「ふふ、貴方と?」
「クソ野郎に飽きたら此処においで、レディ」
美味い飯と待ってるから、そう言ってサンジは小指を差し出す。口だけの約束にするか、しないかは彼女自身の選択であり、その横顔の先にいる男の今後の行いによって変わるだろう。サンジはこれこそが口約束だけで終わればいいと願う、馬鹿なお人好しは彼女の幸せをそっと願う。彼女がこの席で一人待つ事がありませんように。と。