短編3
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凍てつくような寒さに半ば強引に起床を促され、通常よりも早く目が覚めてしまった。隣で穏やかな寝息を立てるサンジの睡眠を邪魔しないように、その優しい腕から器用に抜け出す。寝室を飛び出して、リビングに続く廊下を足早に歩く。もこもこと肌触りの良いワンピースの裾から覗く足首にひんやりとした風が当たる。寝室に脱ぎ捨てたままのスリッパが恋しい、そんな感情を誤魔化すように私は冷たい足を擦り合わせた。リビングに入り、一番最初に視界に入ったのはベランダに繋がる大きな窓だった。水滴に濡れた窓の向こう、薄っすらと曇った窓ガラスをワンピースの袖で拭えば、そこには銀世界が広がっていた。ふわぁ、と見慣れない景色に興奮を滲ませて、私は窓を開けてベランダに出た。深夜のうちにかなり降ったのか、ベランダにも雪は侵入しており私の素足を濡らす。
「ひゃ……っ、めた」
サンダルの中は溶けた雪が水滴となり、水を吸い込んでしまっている。足裏に広がる気持ち悪さに行儀悪く、舌を鳴らせば後ろから笑い声が聞こえてくる。その笑い声に釣られるように後ろを振り返れば、サンジがリビングの入り口からこちらを見ていた。そして、その手には私のスリッパとタオルが握られている。
「ベランダで凍死でもする気かい?」
「まさか」
物騒な一言に肩を竦めればサンジは私の足元にしゃがみ込み、タオルを広げる。
「足、出して」
手は肩に、そう言ってサンジは私の濡れた足を拭く。
「冷えたベッドに置き去りなんてツレねェね」
「ふふ、ちょっと抜け出しただけよ」
拗ねた口調でサンジはそう口にすると、私の体を器用に抱き上げる。突然、浮いた体に私は思わずサンジの首に腕を回す。降ろして、とバタつかせた私の足を器用に避けながらサンジは寝室に戻ろうとする。
「まだ堪能してないわ」
「支度をしてからでも雪は溶けないよ、レディ」
サンジの言葉で私は自身の恰好に目を向ける。
「……そうよね、まだパジャマのままだもの」
恰好の事も忘れて、浮かれていたのが途端に恥ずかしくなる。黙り込んだ私の顔を見つめながら、穏やかに笑うサンジ。
「そんなに雪が珍しかったかい?」
サンジからしてみれば、私がこんなに雪に興味を示すとは思っていなかったのだろう。今だって窓の向こうではらはらと降る雪に夢中になり、つい視線をそちらに向けてしまう。
「……あなたと見るのは初めてだから」
「そうだったかい?」
「粉雪程度なら経験があるけど、銀世界は初めてよ」
雪が降ると周りの音が静かになるでしょ、そう言って私は窓の外を指差す。これだけの雪が降っていれば車だって走ってはいないだろう、それに早朝ならば人だって禄にいない。
「この世界に二人っきりみてェ?」
「あら、台詞を取らないで」
「っ、くく、悪いね」
そう言って、サンジは窓の方にチラリと一度だけ視線を寄越す。
「世界が静かなうちに君を独占しても?」
賑やかな冬に盗られちまう前に、とサンジは私の冷えた唇に自身の唇を触れさせる。その熱が雪を溶かさぬうちに、と返す私にサンジは満更でもない笑みを浮かべた。