短編3
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人間関係を円滑に進める方法を誰かに教えて欲しかった。マニュアルでもいい、こういう時にこういう返答をすれば波風が立たない、こういう気持ちになったら相手にこう甘える、そんな当たり前を私は知りたかった。今更、学ぶには遅い。他人の感情は一つじゃない、寂しいの感情の中にも種類は沢山あってマニュアル通りでは対応出来ない。
器用に他人と交じり合えない私にも恋人がいる。自分自身にも理由は分からないが相手はきっと、ドのつく物好きなのだろう。それか、一時的な箸休めだろうか。軟派な性格をしているサンジは全世界の女性と恋をするのが夢らしい。
「馬鹿みたい」
人の夢をふざけた夢だと笑う私は誰が見ても褒められたものではない。こちらがふざけていると決め付けたものは相手からしたら大真面目な夢かもしれない。
「おれと恋をしてみませんか?」
なのに、サンジは椅子から立ち上がると私の前に跪いて手持ち無沙汰な私の右手を取った。
「あなたの夢に貢献しろって?」
「違ェ、君に惚れちまったから」
「どこにそんな要素が?ドM?頭がおかしいの?」
容赦無く罵詈雑言を浴びせてもサンジは傷付くどころか、おれを知ろうとしてくれてる、とポジティブな受け取り方をして頬を緩ます始末だ。聞いてもいないプロフィールを押し付けてきたサンジの巧みで強引な口車に乗せられた私はいつの間にかサンジの彼女になっていた。付き合って数ヶ月、サンジの努力と献身のお陰でこの歪な関係はしっかり丸く収まっていった。そして、私の中にもサンジへの恋心がしっかりと形作られ、今ではこの関係を円滑に進める為にマニュアルが欲しいとさえ思っている。
「……君と暫く会えねェなんて寂しくて死んじまう」
「はいはい、死なないわよ。大丈夫」
「おれにとっちゃ死活問題なの!」
手足をバタつかせ、床を転がる成人男性の絵面は正直キツイものがある。だが、それを指摘すればサンジの緩んだ涙腺の蛇口が閉まらなくなってしまう。
「たったの一週間よ」
「……君は寂しくねェの」
「別に」
そっか、とサンジは短い返事を寄越すと寝転んだ体勢のまま、座っている私のお腹に腕を回した。お腹にグリグリと押し付けられるサンジの金髪頭に指を通して一度だけくしゃりと髪を撫でた。
別に、と素っ気なく答えた口は嗚咽を我慢する為にキツく結ばれている。一週間ぶりの再会に泣いたのは死活問題と騒いだサンジではなく、サンジの言葉を否定した私だった。
「ナマエちゃん……!?」
突然、泣き出した私の背中をポンポンと叩きながらサンジは私に何種類かの質問をする。体調に怪我に、自身のこと。おれが何かしちまった?と絶望的な顔をしているサンジに何か答えてあげたいのに私の口は結ばれたまま、何も口に出来ない。
「ナマエちゃん、大丈夫だよ。ゆっくりでいいから、ね?」
サンジは背中を丸めて、視線を合わせるように屈む。私の濡れた頬を親指で拭いながら、私の言葉を待ってくれているサンジ。玄関の扉を開けて最初に視界に飛び込んで来たのはサンジの革靴だ。いつもの定位置に置かれていた革靴にホッとして、キッチンから現れたサンジの顔を見た瞬間に何処かに感情を置き去りにしたまま、涙腺が先に壊れた。そう口にすれば、サンジは口元を押さえたまま顔を赤くしている。
「サンジ……?」
「それってさ、君も寂しかったんじゃねェかな?」
ホッとしたっつー事は安心したって事だろ、そう言ってサンジは私をぎゅっと抱き締める。普段よりも力強い抱擁は少しだけ苦しい。なのに、その腕から逃げ出したいとは思わない。
「サンジ」
「なぁに?」
「もっと、ぎゅってして」
ひとつになっちゃうぐらいのやつ、拙い言葉ではじめて口にしたおねだりはどうやら間違いではなかったらしい。相変わらず人間関係を円滑に進める方法は分からない。ただ、サンジを喜ばす方法と不器用な自分自身と向き合う方法だけは分かってきた。私に必要だったのはマニュアルではなく、愛情を一から教えてくれるサンジという存在だったのだ。