短編3
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先程からサンジくんは私の右手を手に取っては好きに触れてくる。指を絡めてみたり爪を撫でてみたり、私の意識を映画からそちらに移そうとしているのか中々戯れを止めようとはしない。正直に口にしていいのなら私もこの映画は駄作だと思っている。別の作品をなぞり書きしたようなシナリオに演技が上手いとは言えない主人公、新人のイケメンアイドルを起用したという話題性だけで成り立っている映画は見るに耐えない。何してるの、とサンジくんに便乗して駄作映画から抜け出す事も考えたが隣に座るサンジくんの戯れが愛おしくて止め時を失ってしまった。
サンジくんは家の中でだけ掛けている眼鏡のブリッジを指で軽く上げ、自身の顔の近くに私の手を持っていく。そして、手のひらを天井に向けると私の手のひらに広がった線を指でなぞる。止める気なんて無かったのに手のひらに感じる擽ったさについ笑い声をあげてしまった。
「っ、ふふ、ストップ」
擽ったいわ、と上半身を動かして私は右手を引き抜こうとする。だが、サンジくんは私のストップの上からストップを掛けてくる。
「ちっとだけ、な?」
「さっきから何してるの」
「君の手相を見てる」
頭の中でサンジくんと手相を並べても上手く点と点を結ぶ事が出来ない。サンジくんはロマンチックなようで実は現実的な考えをする人だ。テレビの朝の占い、雑誌の後ろのページに載っているような星座占いだって、こういうのは良い所だけを信じればいいんだよ、こんな占いじゃ人生なんて決まんねェんだし、とバッサリ両断していた筈だ。
「……線を書き足せばいいとか言わないわよね?」
「っ、くく、君の想像するおれってそんな感じ?」
「だって、占いじゃ人生なんて決まらないって言ってたじゃない」
どんな心境の変化かしら、と茶化す私の手のひらに唇を寄せるサンジくん。可愛らしいリップ音が鳴り、手のひらにざらりとサンジくんの髭が当たる。
「人生は決まらねェけど占いを否定しているワケでもねェよ。それに君との相性が抜群だって結果が出れば、おれは間違いなく信じちまうよ」
「……手相はそこまで分かるの?」
「どうだろうね」
他人の手相なんて見た事もねェしな、とあっけらかんと答えるサンジくんについ笑ってしまう。
「なら、私はお試しかしら」
「君以外の手相なんて興味ねェし、これっきりだよ」
そう言って、サンジくんは私の生命線をなぞる。あと六十年は安泰だ、と軽い調子で私に結果を教えてくれるサンジくんは占い師というよりもどちらかといえばインチキ占い師に見える。
「高額な開運グッズとか売られそう」
「んな事、しねェって」
きっと、私の生命線が極端に短くても私の命があと二年だと占いに出たとしてもサンジくんは同じ台詞を口にしていた筈だ。言葉は絶対だ、と。言霊にのせて嘘を真に変えてしまいそうな力がサンジくんにはあると私は思っている。それはサンジくんの愛の力というやつだ。
「おめでとう、恋愛線は一本だ」
「おめでたくないわよ」
「大きな恋愛のチャンスは一度きり」
そして、そんな光栄なチャンスに恵まれたのはおれ、そう言ってサンジくんは私の乏しい恋愛線に再度口付けた。
「キザ」
手のひらに指を踊らせて、サンジくんは新たな線を指差す。まるで生命線の途中から寄り添うように出た線。
「ここはね、パートナー線。生命線が二十代の場所から始まっているのが分かるかい?」
「だから、あなた?」
「君とおれの運命線だ」
変な名前を勝手に付けないで、とわざとつれないフリをすれば、サンジくんは緩み切った顔を隠しもしないで自身の手のひらをこちらに向けてくる。
「おれの運命線はね、四十歳の場所から」
恋も人生も君と一緒にはじまった、と晴れ晴れした顔で言い切ったサンジくんは駄作映画のハッピーエンドシーンを横目に私達の晴れやかな未来を抱き締めるのだった。