短編3
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ぐらりと揺れて、いけない、と元の位置に無理矢理戻したメンタルはまるでドミノのようだ。僅かな衝撃で一つが倒れて、一つのキッカケが大惨事を招く。そうなれば、こちらは止める事すら出来ずにただそれを口を開けて見る事になる。
「……最悪」
久しぶりの連休はサンジとイチャイチャするんだ、と意気込んでいた数日前の私に、ごめんね、無理だったよ、と謝罪をしながら無意識にボロボロと瞳から溢れる涙。ぽとり、ぽとりと枕代わりのクッションに染みを作っていく。
「泣きたいわけじゃないのに、もー、最悪……っ……」
私を甘やかして弱くしたのは貴方でしょ、何でいてくれないの、と泣いたせいで茹で上がった脳味噌はサンジに対しての文句でいっぱいになる。しゃくりあげても嗚咽は声にならない、音すら立てずに流す涙はやけに悲痛で、ひゅっ、と喉が狭まったように苦しい。泣くのは疲れるから嫌いだ、女の涙が武器だと言うのなら容易に晒すものでも無い。なのに、サンジとの事になると馬鹿正直な涙腺は今がチャンスとでも言うように洪水を起こす。腫れた瞼を擦ればピリピリとした痛みが訴えかけてくる、鏡は見ていないが今の私は酷い顔をしているのだろう。
放心状態でソファに座っていれば、ガチャリと玄関から鍵の音がする。早く帰って来てくれた、とまた涙腺が馬鹿になりそうで私はサンジの匂いがするパーカーのフードを深く被り、その上から大きめのブランケットを頭から被って泣いている姿を隠そうとする。まるで芋虫のような私の姿にリビングの扉を開けて中に入って来たサンジは小さく吹き出した。そして、私が丸まっているソファに近付くとブランケットの塊をコンコンとノックする。
「おれの可愛いナマエちゃんはここかな?」
「……いるのは芋虫だけよ」
「虫にしては随分と愛らしい姿だね、レディ」
隠し切れない湿った声に私は顔を歪めるがサンジは茶番のようなやり取りを続行させる。
「うちの子は泣き虫なんだ。そろそろ、おれに返してくれ」
「だから、いないって」
素直に寂しかったと言えたらどんなに楽だろうか、自身の天邪鬼な性格にまた嫌気がさす。ブランケットの端をペラリと捲られて、滲んだ視界の中に美しい碧が飛び込んでくる。
「みっけ」
今の私は面倒臭いでしょう、なのに、何でそんな優しい声で私に話し掛けてくるの、と口に出そうとした台詞はサンジの唇が華麗に攫っていった。そして、目尻に溜まった涙は指で掬い取られてしまう。
「おいで、ナマエちゃん」
おずおずとブランケットから顔を出してサンジの背中に腕を回す。それを受け止めたサンジは痛いぐらいの力で私を抱き締めた。
「力加減が相変わらず下手ね」
「君が愛しいから、力が入っちまうんだよ」
拒否出来ない責任転嫁に口を噤んでいれば、サンジの碧眼が真っ直ぐに私を射抜く。
「……おれって酷ェやつだからさ、」
この、会いてェとか一緒にいてェって感情が独り善がりじゃねェんだって泣いてる君を見て安心しちまった、そう言ってサンジは私の腫れた瞼に唇を寄せる。
「君を小さく出来たらいいのに」
「?」
サンジは自身のジャケットの胸ポケットを指差すと、毎日ここに入れて可愛がる、と現実味のない事を口に出す。
「そしたら、二人とも寂しくねェだろ」
良い提案ね、と前置きを残してサンジの背中に回していた腕にぎゅっと力を入れる。
「でも、抱き締めるなら今のサイズがいいわ。それに貴方に潰されちゃいそうだもの」
「今だっておれの愛は君を押し潰しちまいそうだよ」
体重を掛けて、ゆっくりとソファに沈む二人の体。崩れ掛けたドミノはサンジの愛情という壁の前で破壊を止め、立て直しの作業に入るのだった。