短編3
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この恋のテーマソング、サンジが勝手にそう思っているだけのJ−POPがワイヤレスイヤホンから流れる。シャッフルに設定している筈なのに高確率で流れてくるラブソング。その曲が流れてくる度にサンジの中で育っている恋心がすくすくと天を目指して成長していく、曲というよりも水であり肥料のようだとサンジは苦笑を浮かべる。
「……もう、これ以上育たねェって」
校舎の窓からぼんやりと彼女を見つめる、女友達と笑う姿はサンジ達といる時とは少しだけ違う。もっと彼女は豪快に笑う、それに遠慮なく寝ているゾロの頭を教科書で殴ったり、サンジに対してだって愛の鞭という名の鋭い言葉を寄越してくる。どちらもきっと彼女の本当の姿だ、偽りも嘘も無い。
「新鮮で遠いな」
知らない彼女に見惚れる度にこれからを考えてしまうサンジ、学生として過ごせる数ヶ月が終われば二人はバラバラだ。彼女は大学に入り、サンジは調理師免許を取得する為に専門学校への入学が決まっている。そうすれば、今以上に知らない彼女を目の当たりにするのだろう。
「(……どうせ、柄にもなく傷付くんだよな)」
彼女の好きな映画も誕生日も好きな食べ物も知っている。だが、結局、彼女が毎日なにを願って、誰を想っているか、そんな大事な事は何一つ知らない。映画も食べ物も数ヶ月で好みが変わってしまったらサンジは結局、何も知らないまま恋心を持て余すのだ。
どれくらい経ったのか、窓の外に彼女はいなかった。イヤホンから流れている曲も別の曲に入れ替わり、人気のバンド曲になっていた。サンジは感傷的な気持ちを引き摺ったまま、潰した上履きでその場から移動する。上履きの先端から彼女が落書きした名前も知らないヘンテコなキャラクターが顔を覗かせて、またサンジの恋心に水をやる。
「サンジくん!いた!」
イヤホンを片側だけ外してサンジは後ろを振り返る。そして、口元に緩く笑みを浮かべると彼女の名前を呼ぶ。
「ナマエちゃん」
「外から見えたから来ちゃった」
「わざわざ走って?」
まだ息が整っていない彼女の背中を撫でながらサンジはそう口にする。しかも、ここは三階だ。あの場所から駆けて来たのなら随分とハードだろう、とサンジは彼女の顔を心配そうに覗き込む。
「早くサンジくんに会いたかったから」
都合のいい幻聴がサンジの鼓膜を優しく撫でる。自身の両手を握り締め、信じてもいない神に祈りを捧げたのが功を奏したのか幻聴はまだまだ止む事は無い。
「会いたいなって思ってたらサンジが見えたから」
「……昼も一緒に食ったよね?」
「えぇ、食べたわよ?」
昼休みからまだ二時間程度しか経っていないのに彼女はサンジに会いたかったと口にする。
「……他の野郎はいいのかい、ほら、マリモとか」
「私はサンジだから走ってきたの」
この意味は分かるわよね、と難題をぶつけてくる彼女を置いて勢い良く走り出すサンジ。
「はあ!?」
「なら、また追っ掛けて」
捕まったら好きだってちゃんと言うから、と廊下中に響く声で叫ぶサンジ。
「今で良いじゃない!」
「少しだけおれに覚悟の時間をちょうだい!」
足の早いサンジを負けじと追い掛けて来る彼女。停止していなかったサンジの音楽アプリからはこの恋のテーマソングがまた流れ出した。