短編3
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もうちょっと、あとちょっと、を繰り返し、フラフラと街を徘徊する私はスーツに薄手のコートという出で立ちで深夜の寒風に耐えている。ストッキングの下の素肌は鳥肌が立ち、もう進みたくないと言いたげに足を止めた。マンションから少しだけ離れた公園に入り、隅に置かれたベンチに座る。コートのポケットに入ったスマートフォンは二分おきにブルブルと震え、着信とメッセージを知らせる。一度も既読をつけていないメッセージはきっと一人の人物から送られているのだろう、申し訳ないと思いながらも今の私は連絡を返せるような状態では無かった。
定時の数時間前までは私だって早く家に帰りたいと思っていた、今日ぐらいは先に帰って疲れた恋人を出迎えたいとすら考えていた。だが、その数十分後に新人の時にすらしなかったミスをやらかしたのだ。確認不足が原因のミス、回避出来た筈のミスだ。滅多にそんなミスをしない私に周りは、そういう日もあるよね、と優しい言葉を掛けてくれたが私としては責めてくれた方がマシだった。その場では顔に出さずに冷静に処理したが退勤時間になった途端に私の頭は一人反省会を始めてしまった。そして、行き先を決めずにトボトボと進んでは立ち止まり、また帰宅ルートから外れた道を歩き出す。
パンプスを砂の上に転がして、ベンチの上で膝を抱える。コートの中に全身をしまい込むように丸まれば、風の冷たさは気にならない。ハァ、と吐き出した溜息は白い息となり宙に消えた。
「ナマエちゃん!」
砂の上を駆ける音がして、気付いた時には私の身体はサンジに包まれていた。ふわりと香る煙草の匂いとサンジの汗の香り、こんな寒い中、走り回って探してくれたのだろうか。
「……ごめん、連絡しなくて」
「君が無事ならそれでいいよ」
言いたい事は山程あるけどね、と私に釘を差すサンジは私の隣にドカッと座り込むと自身の首からマフラーを外して私の首に巻き付ける。口元までマフラーを引っ張り上げながら、私は上手い言い訳を考えるがこの時間まで行方不明になっていた事実が言い訳を邪魔する。
「今日の飯、何だと思う?」
「へ」
「帰ったらさ、あったけェ飯食って風呂入ってさっさと寝ちまお」
そして、起きたらおれがどれだけ君を心配してたか嫌になるほど聞かせてあげるよ、そう言ってサンジは足元に転がっていた私のパンプスに付いた砂を手で払って地面に跪くと片足ずつ履かせてくれる。
「……一日掛かりでも足りなそうね」
「片道四十分を六時間も旅した君の冒険記には負けるだろうね」
サンジは立ち上がると私に手を差し出す。
「帰ろ、ナマエちゃん」
二人の家に、とサンジは穏やかな笑みを浮かべる。静かな帰路を照らす月とどこか似ているサンジの表情。何も聞いてこないのは全てを見透かしているからだろうか。それとも、人の気持ちの揺らぎに敏感なサンジの気遣いだろうか、どちらにせよ今の私にはそれで十分だった。差し出された手を取って、私はベンチから立ち上がるとサンジのぬくもりにそっと寄り添った。