短編3
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入室禁止と扉の前に掛けられたプレートを無視して中に入るサンジ。今の時刻は深夜二時、サンジを追い出す船医はもう男部屋で深い眠りについている。部屋の隅で灯りを軽く絞られたライトは弱々しく部屋の中を照らしている。ぼんやりとした灯りの中にいる彼女は目を瞑り、静かな寝息を立てている。サンジは気配を消してベッドに近付くと彼女の肌に残る傷に自身が傷を負ったような顔をする。握った拳を開けば、短く揃えた爪が手の平に食い込み、薄く痕を残していた。
彼女の綺麗な白肌には細かい傷が沢山ある、隠れた場所には大きな傷痕だって残っている。だが、彼女のその傷は彼女自身のミスなどではなくサンジ達が負う筈だった傷だ。敵襲の度に仲間を庇っては傷付く彼女、一人一人が十分な戦力を持っている事を理解しながらも彼女はその偽善とも取れる行動を辞めようとはしない。
「……君は最低だ、レディ」
先日の敵襲に庇われたのはサンジだった、敵に大した戦力はいなかったが物珍しい武器を使う人間がその中に一人いたのだ。だが、サンジはそれを回避出来る余裕もあったし次に出す技で相手を倒せるという考えもあった。なのに、また彼女の悪い癖が出たのだ。その悪い癖の名は自己犠牲、自己犠牲寄りの考え方をするサンジから見ても庇えないようなやり方をする。そして、今回はサンジを庇って浅く切り裂かれた彼女の首元。本人は表面だけだからセーフだと笑っていたが恋人の首から大量の血が流れ、地面を赤く染める光景はトラウマ級だ。こうやって気配を消して保健室に忍び込むには理由がある。彼女が生きているか確認しなければいけないからだ、死に関するような傷では無いと頭では理解しているがあの時のサンジは彼女が死んでしまうと本気で思っていた。
サンジが彼女の体についた傷の全てを把握している事なんて彼女はきっと知らないだろう。引き攣った傷痕が平らな皮膚に戻っても赤く腫れた肌が元の白肌に戻ろうとサンジは過去の傷に囚われたままだ。そして、日々増える傷。
「海賊なんか辞めちまえばいいのに……」
毛布の外に出た彼女の手をぎゅっと握り、祈るように彼女の手を自身の額にくっつけるサンジ。
「ラフテルまでは我慢して」
「……起きてたのかい」
「あなたの殺気が凄くて起きちゃったの」
消すのは気配だけじゃないわよ、と笑う彼女に上手く笑みを返せないまま、サンジはシーツに視線を落とした。面白みも無いシーツの皺を数えていなければ、彼女に怒鳴り散らしてしまいそうだったからだ。
「……あなたは私に海賊を辞めて欲しい?」
「今すぐにでも」
「海賊を辞めても私の考えは変わらないし、きっと、また同じ事をするわよ」
サンジの三白眼が鋭く彼女を突き刺す。
「誰かの為なら首の一つ飛ばされても悔いは無ェって言いてェのかい」
「あなたの為ならそれも悪くないかも」
場違いな笑みを浮かべる彼女の上にサンジは馬乗りになるとガーゼが巻かれた彼女の首に手を掛ける、その手に殺意は感じられない。傷にも触れていなければ、本気で締める様子だって無い。直ぐに首から手を離したサンジは吐き捨てるようにこう口にした。
「……っ、こんな最低なレディ、君が初めてだ」
「殺したいぐらい憎い?」
「君が他人に首を掻っ切られるぐらいなら」
おれが君を殺してェよ、と彼女の胸に縋るように崩れ落ちるサンジ。泣いているのか、その声は震えている。
「熱烈なアイラブユーね」
「君には負けるよ」
皮肉を口にするサンジの唇は声と同様に震えていた。彼女はそんなサンジの頬に両手を添えて熱を与えるようにその唇を塞いだ。
「あなたを残すような事しないわ」
「……絶対ェ?」
「だって、ひとりぼっちは寂しいでしょ」
君がいねェ世界なんておれはいらねェよ、そう言ってサンジは滲む視界の中で彼女を抱き締めるのだった。