短編3
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「自分は自分、他人は他人」
そう言って人の背中を叩いて前を向かせるのは私の役目だった。なのに、今の私は自分自身が言った言葉にも責任を持てていない。きっと、今はこう励ますのが正解だと頭では理解出来ているのに励まされる私自身がその励ましを邪魔だと思っている。前を向け、と奮い立たせようとしたって一度消えてしまった火はひとりでに燃え上がったりはしない。今日の私は駄目ね、とらしくない言葉を吐き出す前に私の口を覆ったのはサンジの大きな手のひらだった。
「君は君、他人は他人なんだろ?」
「……」
「なら、その言葉はいらねェ筈だよ」
否定するならおれを倒してからだ、レディ、と三下の敵のような台詞を口にしたサンジは私を軽々と抱き上げると誰もいない静かなアクアリウムバーに足を進める。アクアリウムバーの中に入り、ソファに腰を下ろしたサンジは膝に私を乗せると向き合うように座らせ、コツンと額同士を重ね合わせる。私の視界にはサンジだけが映っている、逆に今の私の情けない顔を見れるのもサンジだけだ。
「おれしか見てねェから大丈夫だよ」
頬に両手を添えて鼻先同士をすりすりと合わせるサンジ。甘えているように見えて、この行動だって実際は甘やかされているのは私の方だ。上手い甘え方が分からない私が自然と甘えられるように先にこうやって助け舟を出してくれるサンジ。
「……サンジ、頭に手を置いて」
「ふふん、こう?」
「完璧、そのまま髪がぐしゃぐしゃになるぐらい撫で回して」
レディの仰せの通りに、そう言ってサンジは私の頭を撫でくり回す。普段の遠慮がちな手付きと違ってその手は豪快だ。だが、雑とは違う。
「……泣くかも、優し過ぎて」
眉を下げて困ったように笑えば、くしゃくしゃになった頭の後ろに手が回される。そして、そのままサンジの胸板に顔を埋める形で受け止められる。
「泣けてえらいね」
「……えらいの?」
「だって、頑張ってねェやつはここで泣かねェもん」
君はよくやってる、と額に遠慮無く降ってくる口付けは私に対する評価のようだ。幼い頃に貰った花丸に似ていて擽ったい気持ちになる。
「今日は駄目だった日じゃねェよ、心の休息日さ」
「心の、休息日……」
「疲れた時は立ち止まっていいんだよ、下を向いたっていい。それに、そこで気付けるもんだってあるだろ?」
「例えば?」
「おれがいる事とか?」
ニィと口角を上げて悪戯に笑うサンジは一度、私から腕を離すと大きく腕を開く。
「ちゃんといるよ、ナマエちゃん」
包容力抜群の恋人がここに、とサンジは広げていた腕を片方だけ自身の胸に当てるとやけに気取ったお辞儀をする。
「……っ、ふふ、なにそれ」
「君を笑顔にする役目があるからね」
「変なサンジ」
サンジがいれば悲劇がいつの間にか喜劇になる、下を向いていたって顔を覗き込まれてそこが正面になる。前を向く為に必要なのは自信でも自己肯定感でもない、私にとってのそれはサンジという存在だった。