短編3
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「少しだけ距離を置きたい」
別れたいわけではない。ただ、少しだけサンジとのこれからに自信がなくなったのだ。戻って来たからと言って前と全く同じにはなれない、過ぎ去った選択を間違っていると糾弾する気はないが貴方は正しいと受け入れられる余裕も今の私には無かった。黙り込むサンジは後悔を滲ませた顔をして自身の革靴の先を見つめている、心地良かった筈の無言すら今の私達には居心地の悪い静けさだ。
「……別れてェって結論にならねェ事を祈るよ」
「……えぇ」
「きっと、またこういう事が起きたらおれはおれの感情を殺してでも同じ事を繰り返すよ」
でしょうね、と頷く私は上手く笑えずにいる。意識的に持ち上げた口角は引き攣った笑みを浮かべながら泣かないように言葉を続ける。
「あなたはそういう人だもの」
これ以上、ここにいたら余計な事まで口にしてしまいそうだ。私はサンジに背中を向けてキッチンの扉に手を掛けた。
「……信じて欲しいなんて言えねェが、あの言葉を贈りたかったのは君だけだよ」
信じている、信じていたい、どちらの言葉も返せないまま、私はキッチンから飛び出した。
距離を置くと言っても狭い船内では限界がある、それに今は仲間の半分以上がワノ国にいる。どう動いたってサンジを避け続ける事なんて出来ない。平然とした顔をして普段通りに振る舞っていたって察しの良い仲間達にはきっとバレているのだろう、今は触れて来ない優しさがありがたかった。
「……そろそろ覚悟を決めなきゃね」
甲板に佇み、静かな海を眺める。人は海の子と言うのなら海のようなおおらかさが欲しかった、何が起きても動揺したりせずに全てを包み込めるような寛大さが欲しかった。私は手摺りから身を乗り出して、海にダイブする。次に水中から顔を出したら、もう悩むのはお終いだ。
誰にもバレずに自力で船に上がった私は床に水滴を垂らしながら目当ての金髪を探す。顔に張り付く髪を無造作に後ろにまとめて、自身の頬を叩く。気合い入れにしてはあまりにもやり過ぎだが、臆病な私はこれぐらいしないとサンジと向き合えそうに無かった。私は灯りがついたキッチンをコンコンと二回ノックして返事が返ってくる前に扉を開けた。濡れ鼠な私を見たサンジは急いでこちらに近寄って来ると濡れる事もお構い無しで私に自身のジャケットを着せて、ぎゅっとその上から熱を送り込むようにして私を抱き締めた。
「……どういう状況なんだい」
「海に入った」
「こんな夜更けにかい!?」
「頭をスッキリさせたくて」
上を見上げれば、サンジと視線が重なる。くしゃりと歪んだサンジの顔は泣き出しそうな子供と変わらなかった。そんな顔をさせたいわけじゃないのに私の口からは隠していた本心がボロボロと溢れていく。何で私を置いて行ったの、何で私以外にプロポーズなんてするの、何であなたを誰かに盗られなくちゃいけないの、と声を張り上げながらサンジの胸板をドンドンと叩く私はあまりにも幼稚でみっともない。サンジの事を子供だなんて言っていられない。
「おれの問題だったから君を置いて行った」
「私には関係ないって?」
「あぁ」
おれと関わると禄な事にならねェって君も分かっただろ、今回の件で、そう言ってサンジは濡れた私の顔をシャツの袖で拭く。
「……関係ねェって突き放さなきゃいけねェのに毎晩、君の夢を見てた。派手なプロポーズをした夜も君にプロポーズされて浮かれてる夜もあったよ、それで悪夢みてェな朝を迎えるんだ。……君がいねェ朝は邪魔なだけなのに」
「勝手な人」
「……あぁ、どうしようもねェ男だよ」
自分でもつくづく嫌になるよ、と特徴的な眉毛を下げて困ったように笑うサンジ。私は少しだけ背伸びをするとサンジの首に腕を巻き付ける。
「……ビッグマムの娘だってあなたみたいな勝手な人すぐに嫌になるわ」
「君も嫌になった?」
「嫌、大嫌い」
「っ、くく、行動と言動が合ってねェんじゃねェの?」
サンジの首に回した腕にぎゅっと力を入れた、この手を離す事が出来ない私はサンジに負けず劣らず大馬鹿者なのだろう。二人の置いていた距離はいつの間にか縮まっていた。