短編3
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普段からケアを怠らないサンジの両手にはひび割れや傷は無い。あるのは幼い頃に付けてしまったという包丁の傷だけだ、それも傷というよりは薄っすらと線が入っているだけに見える。女性のように白く美しい肌と男性らしい骨や筋の凹凸。サンジが手にしているチューブの先端からハンドクリームが顔を出す。だが、一人分の手に塗るには少しばかり量が多い気がする。
「ナマエちゃん、手貸して」
言われた通りに片手を差し出せば、サンジの大きな手が私の手を包む。出し過ぎたからあげる、そう言ってサンジは自身の手のひらに付いたハンドクリームをお裾分けするように私の手に塗り込む。少しだけ甘い匂いがするハンドクリームはサンジのこのお裾分けという行為が行われるようになってから購入したものだという事を私は知っている。サンジは元々、無香料のハンドクリームを使っていた。そして、毎回毎回ハンドクリームを出し過ぎるようなミスをするような男ではない。これはサンジの可愛らしい戯れ合いだ。毎回それに私は気付かぬフリをしてサンジに両手を差し出して、ハンドクリームのお裾分けを貰う。同じ香りを纏う二人に周りは生温かい視線を送る。だが、わざわざ触れるような野暮な真似をする人間はいない。
「相変わらず綺麗な手だね、女の子の手って感じ」
そう言って、自身の手よりも一回り小さい私の手にハンドクリームを塗り込む。
「サンジの手も綺麗じゃない」
「一応、大事な商売道具だからね」
一応と言いつつ、サンジがその手を大事にしているのは誰が見ても一目瞭然だ。エッグヘッドで私達が通った不思議なドアを潜る際にもサンジは先陣を切って、扉を確認しに行ってくれた。だが、手を使わずにまさかの頭を使って確認するという大胆な行動は頼もしくもあり、私からすれば少しだけ恐ろしかった。料理人の手、海賊としての武器である足、それを考えたら一番優先度が低いのは頭。どう見ても急所だ。
「こっちも大事にしなきゃ駄目よ」
「っ、くく、お説教かい?」
「こっちは真面目な話」
サンジの頬にしっとりとした手のひらを当てる。ロビンが言っていたような悲惨な状態にはなっていないサンジの頭に視線を向けると私は安心から出た溜息を溢す。
「あの時も君はそういう顔でおれを見てた。不思議扉の仕組みに一切、興味が無ェって顔でおれを睨んでたね」
あの時の私を思い浮かべているのか、サンジは喉を鳴らして笑う。私からすれば笑い事ではないのだが、サンジにしてみれば終わりよけれは全て良しという感じなのだろう。
「大丈夫だよ。ほら、潰れたトマトにはなってねェだろ?」
目も鼻も口もちゃんと付いてる、と自分自身の顔のパーツを指差すサンジ。その顔の中心に付いた鼻をちょんと突けば、へらりとサンジの表情筋が緩む。
「私の好きな人の顔だから大事にして」
「おっと、顔だけかい?」
その意地の悪い質問に負けじと意地悪な返しをする私。
「うーん……」
顎に手を当て、否定も肯定もせずに悩むフリを続けていれば、サンジの腕が戯れつくように私の腰に回った。
「残念、タイムオーバーだ」
「あら、聞かなくていいの?」
「顔でオトせるような単純なレディだったらおれはあんなに苦労してねェよ」
私の胸に頭を預けるようにして寄り掛かるサンジ。その遠慮がちな重みにくすりと笑みが溢れてしまう。
「エッグヘッドにあった厄介な扉よりも君の心は厄介だ。おれがどれだけ手を伸ばしてもすり抜けちゃくれねェ、君が鍵を開けてくれるまで気が気じゃなかったよ」
「大袈裟なんだから」
「大袈裟なもんか」
今までで一番苦労して手に入れた勝利だよ、とサンジは口元に笑みを浮かべて、私の心に触れるように言葉を紡ぐのだった。