短編3
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どれだけの春に会えるのだろう、季節としての春、そして惚れた腫れたと浮かれる春。はらり、と踊る桜の花弁が彼女の髪に紛れてサンジに春を知らせる。
「今年も君は美しいね」
言の葉が芽吹けば、彼女の頬が桜色に変わる。ある種の花見のようだ、とサンジは目を細めて彼女を見つめる。満開だと口にすれば彼女は蓋をするように、その桜のような頬を両手で隠してしまうだろう。サンジは彼女の両手を握るとダンスを踊るように自身の方に引き寄せる。
「今年って言うけど、昨日と何も変わらないわ」
「春は花も人も一日で姿を変えるよ」
「また、適当言って……」
「それに今年は一日多い」
そういうものに無頓着な彼女はサンジの言葉で今年が閏年だという事に気付く。去年も一昨年も二十九日の今日は存在していなかった。毎日を記念日にする勢いでサンジが記念日を生み出していくせいか、特に一日増えたところで彼女の日常は変わらない。へぇ、そうなのね、と大して面白くない相槌を打つ彼女。
「去年より多く君といられる」
来年は少ないわよっていうマジレスはしねェでね、とサンジはくすくすと肩を揺らす。そして、春爛漫な脳味噌をくるくると回転させて甘い言葉をまた彼女に掛ける。
「私からしたらサンジの方が春っぽいけど」
「おれ?」
腕を組んで、うーん、と自分自身を整理したところで自身の春らしさなんて一つも見当たらない。頭の中がピンク色って事か、と途中で嫌な気付きをする場面があったがサンジは一旦それを横に置いて彼女を見つめる。
「ある音楽家の曲で春って曲があるの」
四重奏の曲よ、と彼女は言う。
「君の知識に感服するよ」
「ブルックよりは劣るわ」
「っ、くく、音楽家と比べたらそりゃそうだ」
それもそうね、と彼女は微笑むと鼻歌を溢す。きっと、これが彼女が言っていた曲なのだろう。軽やかなはじまり、小川のせせらぎ、春らしい情景がサンジの頭にもポンと浮かぶ。だが、その曲と自身の春らしさはどうも上手く結び付かない。
「あなたが浮かぶの」
「……悪ィ、どの辺りにおれの要素があった?」
「ふふ、珍しい顔」
困惑しているサンジの頬に手を伸ばして、彼女はこう口にする。
「私の春はあなたに出会えた事よ」
「随分と情熱的な台詞だ」
季節としての春、惚れた腫れたと浮かれる春。そして、人生の中で勢いの盛んな時期を表す春。
「人生の春と受け取っても?」
春に射す陽の光のような男はそう言って、彼女に手を差し出すのだった。