短編3
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こんなに風が強ければ、外に出るのも億劫になる。綺麗にセットされた髪も洒落たスーツもそれに見合うように選んだワンピースも意味を無くす。デートではなく、ただの買い出しだ。それもジャンケンで負けたせいで行く事になった自発的ではない買い出し。
「ツイてないわね、お互い」
ワンピースを隠すのは防寒に特化した可愛さの欠片もないダウンコート。薄着で船から下りようとした私を捕まえて、モコモコに着膨れさせたサンジはスラリとした身体にジャケットを羽織って、雪だるまのようになっている私とは大違いだ。
「ま、ジャンケンで負けちまったし仕方ねェよな」
「正論過ぎて言い返せないわ」
「公平な結果ってやつだよ」
スラックスのポケットに手を入れたまま、サンジは背中を丸めて歩く。その猫背は風が吹く度にぶるりと身体を震わせる。
「ほら、やっぱり寒いんでしょ」
カッコつけたがりの背中にそう声を掛ければサンジはこちらを振り返り、ポケットから手を出すと私の方に手を差し出してくる。
「手、あっためてくれる?」
たまたまを装う確信犯はきっとこの機会を狙っていた。その証拠に震えていた背中はシャンと伸びて、数センチ目線が上がった。仕方ないなぁ、と素直に絡めた手は確かに冷えていたが水仕事をした後のサンジに比べれば随分とマシだ。
「……レディ」
「ん?」
「女の子がこんな冷やしちゃ駄目だよ」
しっかりと着込まされた衣服、隙なんてまるでない。だが、分厚いダウンコートの袖から覗いた手だけは私の我儘で何も身に纏ってはいない。
「手袋はしたくないの」
「どうしてだい?」
自身の熱を分け与えるように握っていた手にぎゅっと力を込めるサンジ。普段よりも力強い配慮を忘れたその手は特別だと言われているような気分になる。
「だって、あなたの温度が分からなくなるもの」
それに手を握る口実がお互いに出来るでしょ、と口にする私の指先に視線を向けるサンジ。未だに赤く色付いた自身の指先は船に戻ったら保湿が必要そうだ。
「……赤くなった指先を心配すればいいのか、期待すればいいのか分かんなくなっちまった」
「あなたの為に空いてるのよ、この手は」
「はは、責任重大だね」
握り合った手は相変わらず大した暖かさではない、わざわざ繋がなくてもポケットで暖を取る方が利口だとすら思える。だが、互いにそれを口に出そうとはしなかった。
「ねェ、ナマエちゃん」
「なぁに」
「おれさ、わざとジャンケン負けたんだ」
サンジはそう言って、握った手を二人の間で揺らす。
「褒められたやり方じゃねェからさ、ここだけの秘密にしてくれると助かる」
「こんなに寒いのに何で、そんな……」
わざわざ何故そんな事をしたのか分からない。サンジの行動の意味が理解出来ていない私は困惑したような表情で隣を歩くサンジを見上げる。
「君とデートしたかっただけ」
「デート……」
「そ、君と抜け出すチャンス」
握られた手が熱く感じるのはサンジのネタバラシのせいと言えばいいのか、逆にお陰だと言えばいいのか、とにかく先程のような寒さは感じない。単純、という独り言が熱を上げ続ける自分自身に向けて溢れ落ちるのだった。