短編3
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重いわ、お前、と私の手を離した元カレに未練はもう無い。顔も記憶の片隅でぼんやりと思い出せる程だ。だが、その最後の言葉だけが忘れられない。重い、束縛が鬱陶しい、信用されていない気がする、と畳み掛けるように告げられた言葉達が今の私にストップを掛ける。あの頃と同じ事を繰り返すな、と私の足下に影を落とす自身の過去。彼と別れてから数年は恋愛に臆病になってしまい、男性といい雰囲気になってもそれ以上になる事は無かった。なのに、この男は今までの男達と比べて簡単に私を諦めてくれるような男では無かった。
「レディ、ちょっと待って」
芽生えた懐かしい気持ちに勝手に終止符を打とうとする私を引き止めるサンジの落ち着いた低音。普段のようにメロメロと騒いでくれた方がマシだ。
「勘違いって決めつけるにはまだ早ェんじゃねェかな」
だって、おれはまだ全然レディを知らねェもん、とサンジは言ってのけた。でも、だけど、と断る理由を一から十まで並べる私をニコニコと見つめるサンジ。
「……馬鹿にしてる?」
「いや、そんなに考えてくれてると思ってなくてさ」
「……そうよ、重いでしょ」
それに私と付き合ったらこういう事は出来ないわよ、と女好きのサンジにトドメを刺す。これならサンジだって無理強いは出来ないだろう。私一人に構うよりも複数の女の子と仲良くする方がサンジには合っている。
「この機会に一人に一途になってみるのも有りだと思わねェ?」
冗談のような言葉とは裏腹にサンジの表情はどこまでも本気だった。射抜くような碧が私の逃げ場をゆっくりと塞いでいく。
「君が恋愛に何かしらのトラウマがあるっつーのは理解してるよ」
サンジは手元のグラスの中身を一気に飲み干すと普段の柔らかな雰囲気を封印して、その碧の中に私を閉じ込める。
「だけど、おれは海賊だからさ。見す見す宝を逃がすわけにはいかねェんだ」
「それを言うなら私だって海賊だもの、簡単に捕まるわけにはいかないわ」
このグラスを空っぽにするまでの猶予しか私には残っていない。この一杯が終われば私達は同じ船に帰るのだ。騒がしく目まぐるしい日常に戻り、今までと同じように仲間として過ごすのが最善の選択だと訴える私にサンジはこう口にした。
「過去じゃなくて今はおれとの話だよ、ナマエちゃん」
君の過去から導き出した正解とおれが欲しい正解が必ずしも同じってワケじゃねェ、と私の手からグラスを抜き取って代わりに自身の手を握らせるサンジ。筋張ったサンジの手は私の手を離したあの手とは違う、そんな当たり前に今更気付かされる。
「お、やっと、おれを見てくれた」
「……さっきから見てたつもりなんだけど」
「おれを通して誰かを見てたの間違いじゃねェかな」
顔すら碌に覚えていない相手の影と言葉に左右されている私は酷く滑稽だ。未練は無いが立ち直ってもいない。それをサンジに指摘されてしまえば、もう私は何も言えなくなる。
「今日からでいいからさ、君に恋するおれをちゃんと見て」
立ち直っていない私の背中を押すようにサンジはそう口にする。景色に色がつくように、視界にまばゆい黄色が差し込んだ。