短編3
name
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付き合う前から変わらない敬称に不満は無い。呼び捨ての方が特別感があるという人間もいるが、名前の呼び方一つで特別かどうかなんて分かりはしない。
「ナマエ……ちゃん」
それにあんなに饒舌に愛を語るサンジが私を呼び捨てにする事さえ出来ずに、何度も挑戦しては結局普段通りの呼び方に逆戻りする姿は愛おしい以外の何者でもない。
「ふふ、無理しなくていいのに」
「無理っつーか……なんか、緊張しちまって」
君の名前は、その、おれが口にするには綺麗すぎる、とサンジはまたおかしな事を言い出す。私の名前は決して珍しいものではない、ありきたりの普通の名前だ。
「私は神にでもなったのかしら」
冗談交じりにそう口にすれば、サンジはそれを肯定するようにまた愛の言葉を重ねる。以前、サンジは愛をミルフィーユに喩えた事がある。互いの想いを重ねて、何層にも積み重なった愛は崩れる事なく形を成す、と。
「女神の名を呼べるおれはなんて幸せ者なんだ」
「大袈裟」
ハードルを上げないで、とサンジの煙草の先端からいくつも吐き出されるハートの煙を手で払いながら私は苦笑いを浮かべる。
「それに私、あなたのその敬称が好きなの」
「敬称?」
「ナマエちゃんって呼ぶのはあなただけだもの」
サンジにナマエちゃんと呼ばれると、あぁ、自分は大事にされているな、と実感する。柔らかい響きもそうだが、少しだけむず痒くなってしまうのはその声の甘さのせいだろう。
「ナマエちゃん」
「なぁに」
「ただ、呼びたくなっただけ」
お返しにサンジくんと呼べば、顔を見合わせて噴き出す私達。言い慣れてもいなければ、聞き慣れてもいない呼び方は違和感しかない。きっと、サンジにナマエと呼び捨てにされた私もこんな気持ちになるのだろう。
「っ、くく、すげェ違和感」
「サンジはサンジね」
「おれもそれが好きだよ」
君が呼ぶその名前が一番好きだ、とサンジは言う。実際、敬称なんて些細なものだろう。大事なのは誰が呼ぶか、誰に必要とされるかだ。
「大事にされてるって分かるから」
とろりと蕩けた碧眼が私を見つめて、心底幸せそうな表情をする。時が経てば、大事にする事にもされる事にも慣れきってしまうのだろうか。当たり前の事だ、とサンジの愛情を蔑ろにする己を想像したが上手くは浮かばなかった。
「呼び方が変わったら、私を叱ってね」
「サンジくんって?」
「ふふ、そっちじゃないわよ」
くすくすと笑う私の腰をゆったりとした手付きで引き寄せるサンジ。
「大事にして欲しいとは言わねェよ、野郎なんて雑な扱いで十分だ」
だけど、初めておれの名前を呼んだ日の記憶は忘れねェで、とサンジは言う。
「おれは初めて君の名前を呼んだ日に分かったよ、ナマエちゃんがおれの運命だって」
サンジ、と口から無意識に溢れた三文字は私の運命を変える名前だ。慣れきってしまっても、またこの淡い気持ちに戻る為の魔法の言葉のように思えた。