短編3
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人間には思い出の味というものが存在する、記憶に刻まれた懐かしい味。幼い頃によく食したもの、そしてその逆も然りだ。苦手だからこそ記憶にしっかりと残ったままでいる料理なんてものもある。いつだって記憶と料理は密に繋がっている。味を思い出せば、当時の記憶も同時に思い出す事が出来る。料理は人の血肉を作る他に、懐かしい記憶を思い出させるアルバムでもある。
「アルバムか」
君は上手いことを言うね、と私のリクエストしたホットケーキをひっくり返しながらサンジはそう口にする。フライパンの上で綺麗な黄金色になったホットケーキは私の思い出を美化したような仕上がりでつい笑ってしまう。突然、くすくすと笑い出した私にサンジはキョトンとした表情でこちらを振り返る。
「おれ、変なこと言った?」
「違うの。ただ、私の思い出はそんな立派じゃないから」
私の思い出は見ての通りホットケーキだ。だが、最初に母親に強請ったのはホットケーキではなかった。
「双子の野ねずみが出てくる絵本を知ってるかしら?」
サンジはそれだけのヒントで私の思い出の正体に辿り着いたのか、ピンときた顔をする。だが、絵本の中に出てくるのはホットケーキではない。
「でも、あれってさ、カステラを作る話だよな?」
「そう、フライパンいっぱいのふわふわなカステラ」
「絵本の飯ってさ、何であんな美味そうなんだろうな」
目の前の皿に盛り付けられていくサンジのホットケーキだって絵本に出てくる魅力的なお菓子と変わらない。キラキラと輝くメープルシロップに蕩けたバター、その下には絵に描いたような綺麗なまんまるホットケーキが二枚重なっている。
「ママがホットケーキもカステラも変わらないって言ったの」
だから、うちのカステラは随分と平らだったわ、と苦い幼少期の思い出を笑い話に変えれば、サンジはその当時の情景を想像したのか優しい表情を浮かべる。
「君は不服だった?」
「……少しだけ」
「でも、思い出の味なんだろ?」
「苦い思い出だって寝かせれば美化されるのよ」
あなたの美味しいホットケーキに化けるならあれぐらい許せるわ、そう言って私はナイフとフォークを使って一口サイズにホットケーキを切る。幼少期はテーブルマナーなんて気にせずに大胆にフォークを突き刺して食べていたが、恋人の目の前でそんなマナー違反が出来るほど今の私は子供ではなかった。
「ん、おいしい」
目の前のホットケーキはサンジが作るお菓子にしては随分と家庭的な味がする。きっと、リクエストをする際に私の思い出の味だと話したからだろう。レストランやカフェで提供されるホットケーキとはまた違った素朴な甘さが舌に馴染む。
「サンジも一口どうぞ」
「いいのかい?」
「勿論」
私が差し出したフォークを薄く開いた口に入れ、上にのった一口サイズのホットケーキを器用に持っていくサンジ。
「おれもホットケーキを思い出の味にしようかな」
「?」
君にあーんされた思い出、とサンジはぺろりと舌を出して悪戯っ子のように笑う。そんな些細な思い出までカウントしていたら毎日が思い出の味になってしまいそうだ。サンジはテーブルに頬杖をついて、こちらに柔らかな視線を向ける。
「いつか、おれの料理が君の思い出の味になればいいな」
このキッチンで生まれた料理は私の血肉となり、新しい記憶を増やし続けるアルバムとなっている。その事実に気付いていないのは目の前の鈍い男だけだ。