短編3
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ぱちりと開いたままの無垢な瞳に蓋をするようにサンジは片手を翳した。そして、キス一つまともにした事が無い初心な彼女にキスをする際のマナーを教えた。
「キスをする時は瞳を閉じて」
視界が塞がれば、代わりに聴覚が敏感になる。生々しい唾液の音、舌同士が絡まって耳を塞ぎたくなるような厭らしい音が彼女の鼓膜を刺激する。必死にサンジのシャツを握り、くったりと力が抜けてしまいそうな腰をサンジの腕に支えられている彼女はいつになっても初心者のようだ。その必死に食らいついてくる姿が愛おしくてサンジは自身が口にしたマナーを守れずにいる。薄く開いた瞼の隙間から碧を覗かせて、じっとりとした視線を彼女に向けるサンジ。鼻で息をしろ、と何度教えても上達しないキスと赤く火照った彼女の顔。
「……っ、息して」
キスで窒息死なんて夢のような死因だと思いながらもサンジはキスの合間に彼女に声を掛ける。死ぬならベッドの上でお互いを道連れにする方がロマンチックだと言えば、初心な彼女はきっとサンジを怖がるだろう。利口なサンジはそれらを飲み込み、彼女のペースに寄り添うようにキスを続行させる。
キス一つで力が抜けてしまった彼女を膝に乗せながらサンジは彼女の髪を梳くように撫でる。彼女はサンジの肩に埋めていた顔を少しだけ上げて、眉をハの字に下げる。
「なぁに、まだキスしたかった?」
「ち、違う……」
「はは、残念」
おれはまだ足りねェのになァ、と自身を見上げる彼女の顔にキスの雨を降らす。額からゆっくりと瞼に下り、次は、と余すことなく彼女の顔の余白全部に自身の色をのせるサンジ。
「……下手くそだなって思わない?」
「不器用で可愛いけど」
「……サンジはちゃんと気持ちいい?」
この体勢でそんな質問をする彼女にサンジは困ったように笑う。相手がサンジでは無かったら彼女の言葉は煽りとも取れる、無意識にサンジを翻弄する彼女はサンジ以外の男を知らない。何もかもサンジが初めてだと言う彼女に色恋のいろはを教えたのはサンジだ。だが、彼女本人の不器用さも相俟って他所のカップルよりも進展はずっとゆっくりだ。それを彼女は気にしているのか、今もこうやってサンジに確認を取る。大丈夫だったか、下手くそでは無かったか、良くなかったのでは、質問の殆どはマイナスな事ばかりだ。
「君とのキスは極上だ、それ以外の経験も勿論全部ね」
「次はもっと上手くやるから、呆れないでね」
「……慣れねェでいいよ」
サンジは彼女の少しだけ開いた唇を親指の腹でなぞる。
「駄目な子ほど教え甲斐があるって言うだろ?あ、駄目ってのは悪い意味じゃねェよ。ただ、君を一から育ててるみてェな感じがして悪くねェなって」
「サンジが言うと変態臭い」
そんな事を言う口はこうだ、と戯れつくように彼女の唇を塞ぐサンジ。下唇を食すように軽く歯を立て、甘噛みをするサンジに彼女はされるがままだ。もっと、もっと、と続きを強請るような蕩けた表情は彼女自身のものだ。サンジが一から教えたものではない。この表情を見る度にサンジは怖くなる。これ以上、彼女に狂わされる自分自身にだ。
「……まだ、上達しねェで」
手の掛かる君でいてくれ、と願う裏にはそんなサンジの怯えが隠れているのだった。